これは私の失敗の話②
ライオネルは頭を悩ませていた。
南の王国が出兵した2万の軍が、魔導王に全滅させられた。
北の帝国が魔導王との交渉を検討している。
そんな悪い知らせばかりが届く。
だというのに、冒険者仲間たちは楽天的で、ライオネルが何とかしてくれると思っているのだ。
冒険者ランクSだからと言って出来る事と、出来ない事がある。
「はぁ……」
彼は、重いため息をつくと枯れ枝を火にくべた。
仲間はみんなそれぞれに、薄汚れた毛布にくるまって寝息をたてている。
国を救いたい、だが彼らを勝機の見えない戦いに追いやるなど出来ないと、どんなに考えを巡らせても出ない答えを求めていた。
「こんばんは」
ふっとそこに声が掛けられる。
若い男の声だ、ライオネルは素早く傍らに置いてあった剣を抜いた。
「誰だてめぇは!」
ライオネルは忍び寄る魔物にさえ気付く事が出来る、鋭敏な感覚を持っている。そうでなければ一人で見張りなど出来はしない。
人の気配など声を掛けられるまでしなかった。
これはもしや、魔導王が自分達の事を耳に入れて、殺しに来たのでは無いかと疑った。
剣先を人影に向けて油断なく構えているが、相手は構わずゆっくりと此方に近寄ってくる。
「魔物か?」
もしかしたら亜人かも知れないが、ライオネルはそう声を掛けた。
両手を上げて攻撃の意思はないと示しているのだろう、焚き火に照らされた男の背には大きな翼が有った。
「俺は魔物ではないですよ、貴方に神託を持ってきました」
そう言うと男の首に着けられていた金色の輪が光輝いて頭の上に移動した。
するとどうだろう、男の薄かった気配が濁流のように押し寄せてライオネルを貫いた。
「あ、これ本当悪目立ちしますよねすみません」
男はのんびりとした口調で場にそぐわない事を言ったが、ライオネルは男の姿を呆然と眺めるだけになっていた。
気が付けば剣もいつの間にか取り落として跪いて居る。
自分が敵う相手ではない、瞬時にそう思った。
もしも目の前の男が魔導王その人だったなら、立ち向かうなどとんでもない。
伏して額ずき許しを乞うしか出来ることはないと。
「えーと、どうしよう? 大丈夫ですか? 俺も初めてなんですよね」
だが、男はライオネルのそばまで寄ると、目線を合わせるように地面に座った。
その様子が噂に聞いていた魔導王とはまるで違うことに気が付き、そこでやっと先程男が口にした台詞がライオネルの脳に到達した。
「し、神託だと?!」
ライオネルは、喉を詰まらせながら何とか声を振り絞った。
◇◇◇◇◇◇
「貴方の曾祖父さんはその時2枚の羽根を差し出され、白い方を受け取りました」
それがその剣の刀身です。と示されてラサイアスは何時も腰に差している聖剣を改めて見た。
とても羽根で出来ているようには見えないが、確かに中心部から羽枝が外に延びるように細かい筋が付いている。
「なるほど、面白い話ですね絵本にでもしたら売れそうだ」
「いいえ、売れませんよ」
男は苦笑いして否定した。
「こんな話は」
ライオネルは聖剣の力を使い魔導王を倒した。
それは誰もが知っているおとぎ話の結末だが、史実には少しだけ続きがあった。
「彼は魔導王討伐後、剣の返還を拒否しました」
剣がまだここにあるのがその証し。
ライオネルは力を手離したくないと、しかしこれは欲望の為では無いと言った。
人は弱く神々は必ず助けてくれるとは限らない。
だからこの剣を地上に残して欲しいと使者に懇願し、甘い使者はそれを受け入れた。
「……」
話の雲行きが悪くなり、ラサイアスの仲間たちの視線が鋭さを増した。
「ライオネルは剣を地上に残しましたが、それを受けた時に誓った誓約は今現在も活きています。そして、彼はその剣を子に引き継がずその死と共に棺に埋葬させました……それを貴方は盗りましたね?」
ごくりと誰かが唾を飲み込む音がする。
ラサイアスは表情を無くし、ただその碧瞳に焔を映していた。
「まるで見て来たような口ぶりですわね」
セーラが唇を引きつらせている、何時もの隙の無い高慢な態度が崩れていた。
男が苦笑して首を傾けると地味な旅装に不似合いな金色の環が二つ首もとで光を返していた。
「ええ、見て来ましたから」
その答えにラサイアスの仲間たちは武器を構えて立ち上がった。
ピンク色のウサギの獣人が叫ぶ。
「まるでご主人様が聖剣を盗んだような言い様許せないのです!」
「ライ様は聖剣に選ばれし勇者ですそれを侮辱する事は万死に値いたします」
聖女と巷で言われている少女も杖を掲げる。
「なんだか解らねぇが喧嘩売ってんのはあたしにも解ったよ!」
褐色の大柄な女戦士は長剣の鞘を地面にぶつけて威嚇した。
その他の少女、美女たちも男を取り囲んだが、男とラサイアスは座って向き合ったままだ。
「それで、どうしようと言うのですか?」
その話を誰かにして、大々的に言いふらしますかとラサイアスは聞いた。
彼は、正式にではないが、王家の了解は得ている。
だからこそ、心配なのは周囲の支持、正統性だった。
王家の、それも初代勇者王の墓を暴いたなどは大変な醜聞、聖剣は現代の王族に正しく受け継がれたものでなければならない。
それを危惧したからこそ、王族は手が出せずに居たのだ。しかし、そこにラサイアスたちが現れ、聖剣を持ち出した。
そう王国は、代償無しにそれを得たいがため、彼らを目溢したのだ。
男は静かに首を横に振った。
「いいえ、そんな事はしません」
「では、脅しますか? 僕を」
それにも男は首を振った。
「そんな事の為にこの話をした訳ではありませんよ、こんな恥ずかしい話を」
男は物憂げにため息を吐くと、立ち上がった。
「私は誓約に則り罰則の遂行に来ました」
覚悟をと男はそう言った。
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