これは私の失敗の話
ラサイアスは益々男を訝しんだが、話には少しだけ興味もあった。
聖剣の事を知っていると言うこの男が、いったいどんな因縁をつけてくるのか。
「その剣の由来はご存じですか?」
「ええ、僕の曾祖父が使っていた剣だと」
男は頷いてそうですね、と肯定した。
「ではあなたの曾祖父さんは、その剣を何処で手に入れたのかご存じですか?」
「いえ、それは……知りません」
ラサイアスは素直に告げた。それと共にそう言う話かと、今度は純粋に聞いてみたくなる。
古い迷信を信じているような男が、知っている昔話だ。町中で吟遊詩人の弾き語りを気晴らしに聞くような気持ち、と言えば解るだろうか。
「そうですね、ではその辺りからお話ししましょうか……」
この国に暮らす者ならば、魔導王の話しは誰でも知っている事ですが、と男は話し出した。
魔導王それは、ただのお伽噺ではなく、100年程前に実際に存在した人物の事だ。希代の魔術師であり、そして悪魔の様な男。
自身の研究に必要ならば、人道にもとる行為でも悦んで行い。少しでも気に障る事があれば、魔導の力を使い自分勝手に暴れまわり。
正当な血筋の王族を城から追い出し、貴族でさえも奴隷に下し。民はすべて、その知識欲が赴くがままの実験材料とした。
力ない人々はひたすら怯え、踏みにじられるのを待つしかなかったそんな暗黒の時代を築いた者。
今もその名と共に、悲惨な歴史は人々の心に深く刻まれている。
「魔導王カイトは突然現れたと言われています、素性も何処で闇の力を身に着けたのかも一切明かされていない」
とラサイアスが言うと。
「カイトさんは他から移って来たんですよ。それも偶然に」
ポーターの男は苦笑いして、続ける。
数十年の支配が続き。
魔導王カイトは、対抗できるものが居ないことを良いことに、終いには人を害するだけでは飽き足らず、この大陸そのものを汚し始める。
魔導王の認識では魔術の練習の試し撃ちをしただけや、実験で出たごみを廃棄しただけだろうが、それが周辺の環境を壊し始めた。
困った土地神は、魔導王を元々住んでいた場所に送り帰そうとしたが、交渉のために差し向けた使者が行方不明になってしまう始末。
これを重く見た女神は諸神と話し合い、最終的に見込みのある人種に強い加護を与えて、魔導王の討伐を支援する事とした。
その時、白羽の矢が立ったのが、ラサイアスの曾祖父であるライオネルだった。
ラサイアスの、曾祖父の話とあって何時しか一行は、真剣に耳を傾けていた。
女性たちの笑い声が途切れると、虫の鳴き声が五月蝿いくらいに戻って来る。
ふっと、語り部と化していた男は、木々の暗闇に視線を流す。
それがラサイアスは少し気になったが、彼の瞳は鬱陶しい前髪に遮られているので、何を見ているのかは解らなかった。
特に意味は無いのかもしれない。たんなる息継ぎかもしれない。
だが、明るい篝火により浮かび上がる闇は、それだけで不吉なものを感じさせた。
「ライオネル・マンセルは、当時魔導王を討伐しようと有志を募って各地を修行して回っていました」
女神と聞いて、ラサイアスの隣に座り直したセルジュが、身を乗り出す。
そして、質問を投げ掛けた。
「ラサイアス様の曾祖父様は、貴族では無かったのですか?」
「……」
「彼は冒険者でしたが、ランクはSでしたので、貴族相当の身分ではあったんですよ」
ラサイアスは沈黙し、男は質問にそう答える。
その上魔導王討伐後、王族の生き残りの女性と結婚したのでまさに成り上がりの夢であると。
「ライオネルも旅の途中、こんな風に野営していました。まあ、これほど大規模なキャンプではありませんでしたが、仲間の数人と夜明けを待っていたんです」