実は私は……
山の斜面に点在するドラゴンを収納するだけでもそれなりの時間が掛かるもので、作業を終える頃にはとっぷりと日が暮れていた。
戦闘でなぎ倒された樹木を端に避けて、拓けた空白地帯には彼等が設置したテントがまるで幻想のサーカスのように突然と立ち並んでいる。
凶悪な魔物の闊歩する山中に居ながら、加護を十二分に受けた奴隷戦士達がその周りを巡回することで、中はとても安全だ。
その巡回する戦士も、交代で休憩する戦士も、中で炊事をする者も全てが女性だ。
賑やかな話し声が絶えないのは仕方がないだろう。
野営中だと言うのに暖かい豪勢な食事が出てくるのは、ラサイアスが作ったメイド隊の活躍のお陰。
特に今日は遅れていた戦勝の祝いを兼ねていた。
今回の功績で都に戻れば大変な騒ぎになる、いや、街に戻るだけでも一騒ぎだろう。
なんといってもドラゴンの掃討だ。ラサイアスの悲願が叶い血族として正式に認められる可能性がある。
しかし、そうなればゆっくり仲間たちと悦びを噛み締める暇もなくなってしまう。
出来ればその前に自身の仲間だけでの祝勝会をしたいとラサイアスが提案したのだ。
奴隷が殆どを占めるなか、主人からそんな提案があれば否はなかった。
乾杯の音頭をとってグラスが掲げられる。
酔うほど飲むつもりは流石に無いのだろうが、雰囲気を盛り上げる程度に皆楽しんでいた。
楽器が得意な者が弾いているのか軽快な音楽が流れ、それに合わせて美少女達が詩を口ずさむ。
女性達の楽しげな声や笑顔、全てが一人の主人を楽しませるため。
少し落ち着いた頃合いを見計らい、所在なさげに座っていた男のもとに、この集団の主であるラサイアスは歩み寄った。
「お疲れさまですポーターさん」
ラサイアスは気さくに話しかける。
「あれを全て収納してしまえるなんて流石ですね」
「いえいえ……」
ポーターと呼ばれた男は控えめに会釈して応えた。
赤みの強い金髪に碧眼のラサイアスは、絵に描いたような美男子で半分だけとは言え高貴な血筋。
彼が軽鎧にマント姿で剣を振るえばお伽噺の勇者そのものだ。
方や、何処にでもある様な町人の旅装の何処にでも居そうなこの集団では異質な男。
「少し相談があるんですが」
「私もお話ししたい事があります」
全く違う二人は夜の森で向き合うことになった。
「では、僕から先にしますね」
ラサイアスは話した、これからの予定、これからの彼の未来の話を。
自分達はこれまで人種を脅かしてきた存在を打ち破る力を得た。
だが、これで終わりではない。
この力を使い、更なる人々の幸福を目指したいのだと。
それは綺羅星のごとく輝く理想。
もし聞いているのが女性ならいや、男性だったとしても胸を熱くするような演説だった。
事実、彼等の話に聞き耳をたてている周りの女性たちは、ラサイアスの話にうっとりと酔っている。
「出来れば貴方をお誘いしたかったのですが、他国の貴族と契約があるとなると難しいでしょう? 貴方の同門の方をよかったら紹介して頂けませんか?」
弟子や後輩でも構わないとラサイアスは頼み込む。
ドラゴンを倒してみてから、移動手段に困る等と言う間の抜けた事をして懲りているのだろう。
「それは、また何か大きな魔物を狩るということでしょうか?」
「はい! 次は火竜を退治しようと思っています」
ラサイアスは、にっこりと微笑んで隠すことでもないと堂々と宣言した。
これがそこらの冒険者が言っているのならば戯れ事だが、ラサイアスはすでに緑竜を下している。
ラサイアス一行が、火竜の棲む北のイドカ火山に辿り着けば、同じ事が起こるかもしれない。
「なぜ火竜を殺すのでしょうか?」
「はい?」
男は沈痛な面持ちでラサイアスに聞いたが、彼には質問がよく理解出来なかった。
「必要で数頭狩るとか、街を襲ったとかなら解ります」
なぜドラゴンを殺すのか?
そんなものドラゴンがドラゴンとして存在しているからとしか言いようがない。
人種を襲う脅威の代表として打ち倒さねばならないのだ。
「しかし、高い火山に住む赤溶岩竜は人と接触しません。それにあの場所の火竜を殺せば火山が噴火します」
「そんな迷信を信じて居るのですか?」
ははは、とラサイアスは笑った。
随分と保守的な考えの遅れた人だ、とラサイアスは彼の事を一気に下に見た。
しかし、そんな事は微塵も感じさせない真面目な表情を作ると。
「そんな事は起こり得ません。心配しなくて大丈夫です! 我々には女神様がついています」
力強く断言して、不安そうな男を勇気付ける様にそう言った。
「そうですか」
だが、その言葉にも男が動かされた雰囲気はなく、何時までも暗いままで、回りで見ていたラサイアスの仲間たちは段々と苛ついてくる。
自分達の主人の要望だ。次に頷かなければ脅して喋らせてしまおうか、そんな雰囲気を出す者さえ居た。
「交渉はこちらでしますので、紹介だけでもお願い出来ませんか?」
「それについてお答えする前に、私の話をしてもいいでしょうか?」
だが、空気を読まずに男は続けた、ラサイアスとは逆に過去の話を。
「その聖剣についての話なのです」
ラサイアスは、不意の言葉に常に身に付けている剣、フェザースターへと思わず手を伸ばす。
これが聖剣だと言う事は、一部を除いて仲間しか知らない筈だった。
仲間にしたって全員が、全てを知っている訳ではない。そんな極秘事項を何故知っているのか。
初めてラサイアスは、男に警戒心を抱いた。
今や場の注目は遠慮なしに二人に注がれている。
「知っていたんですか?」
レイチェルと言う名前をラサイアスが思わず口にしたが、それを男は即座に否定した。
「ギルドマスターに聞いた訳ではありませんよ」
ギルドマスターは、秘密を簡単に他人に話すような人間では勤まらない。
男は、初めから聖剣の事を知っていたのだと、ラサイアスに話した。
「実は私は、その剣に浅からぬ因縁があるのです」