始まりはここから
「女を置いて逃げかえれば許してやるぜ、ガハハハハ」
下卑た野太い男の笑い声が響く。
部屋に満ちる酒と鞣した革、それに混じる鉄錆びた臭い。
古びた木の床板をギシギシ軋ませ、大柄な男は青年に詰め寄った。
ここは、アルカディア王国ソウカスの街の冒険者ギルド。
「うわぁ定番だなぁ」
取り巻く好奇の視線とは裏腹に、口を開いた青年の声は落ち着いたものだ。
面倒くさそうに肩を竦めてさえ居る。
女連れがどうとか、受付の女性がどうとか、絡まれるのは彼にとってよくある事だった。
「ご主人様、これは様式美と言うものなのです」
青年の仲間である獣人の少女は、そう言って楽し気に薄桃色の長いうさぎ耳を揺らす。
「早く片付けてしまえ」
その後ろで、腕を組んで居る戦士の女性も、本当に興味なさげだ。
鍛え抜かれた褐色の肌を、大胆に晒している彼女の装備にもこの一連の流れの要因があると言うのに。
「ライ様、相手の方に怪我をさせてはいけませんよ」
儚げな美貌を曇らせてそう言ったのは、争いを好まないらしい白い髪の美少女だ。
一部では聖女とさえ崇められている彼女も彼の仲間で、傍にそっと寄り添い謹み深く慈悲の微笑みをたたえている。
他にも青年の仲間は沢山居るが、今日はこの四人で冒険者ギルドを訪れていた。
と言うのも、約束があったからだが。
「てめぇ!」
そんな諸々の事を、のんびり考えている青年の態度に、不遜なものを感じたのだろう。男は顔を真っ赤にすると、彼の胸倉へと手を伸ばした。
だが、掴んで締め上げる筈の男の手は、空を掻く。
態々捕まってやる事はないと、一歩後ろに下がっただけで青年は男の手を躱していたのだ。
僅かな動作だが、その身のこなしは素晴らしい。
「避けてんじゃねぇよ」
「貴方が遅いんでしょう?」
「あぁ!?」
冒険者は力が全て、青年が実力の一端を見せた事で、揶揄い半分だった男もだんだんと後に引けなくなっていた。
今度は、直接的に攻撃をしようとでも思ったのか、男が拳を握るのが見える。
見えていた。
そう青年には見えていたのだ。
神霊の加護を強く受けた彼にとっては、男の全てが遅く感じられるだろう。
軽く一撃入れて黙らせるか、考えて居たのはそんな所。
「待ちなさい!」
青年が手刀を構えた瞬間、場を止めたのは鋭い女性の声だった。
騒がしいギルドの中にあって凛としてよく通る。
騒ぎを止めるために職員が呼んだのだろうか、ギルドのカウンターのさらに奥、二階に続く階段からその女性は降りて来る。
「何を、しているのですか?」
「ギ、ギルドマスター」
囃し立てていた野次馬も口をつぐみ、シンとギルド内は静まり返った。
ギルドマスターの靴音だけが、コツコツと気まずい男たちを責める様に響く。
「冒険者同士の私闘は禁止ですよ?」
「こ、これは別に何でもねぇんです」
男が誤魔化すように、白々しい笑顔を作って弁明した。
「そうなのですか?」
それを真に受けている訳ではないだろうが、ギルドマスターは青年にも視線を送る。
青年もこれ以上の揉め事は面倒だと、軽く肯定してこの場を治める事にした。
「ええ、何でもないですよ、少し話が盛上がっただけです」
「……」
「騒がしくしてすみません」
ギルドマスターは青年を鋭く見つめていたが、暫くすると諦めたように溜め息を吐いた。
「ならばいいでしょう、約束の時間より少し早いですが着いて来てください」
「解りました」
青年はにっこりと微笑んだ。
◇◇◇◇◇◇
僕らはギルドマスターに促されるままカウンター奥に進んだ。
彼女の癖のない長い黒髪が、背中で揺れるのを追いかけていると少しして立ち止まる。
「少しは、自重して頂けませんか?」
立ち止まり振り向いた彼女の青い瞳が、困ったように潤んでいる。
「ごめん、貴女を困らせるつもりは無かったんだ」
本当にそんなつもりは無かったが、彼女の立場からすれば、気が気でなかっただろう。
申し訳なく思った。
「本当ですか?」
「次から気を付けますから」
「お願いします、本当に……」
ギルドマスターは悩ましげに近づいて、僕の瞳を覗き込む、心なしか頬も赤く色付いている様な気がした。
ハハッ参ったなこれは……。
「はいはーいお邪魔さまー」
そう思っていると、見つめ合う僕らの間を薄桃色のうさ耳が通り抜ける。
「早く案内してくれ」
「……」
後ろから着いて来ていた、他のメンバーも気付くと呆れた様子で僕を睨んでいた。
え、これって僕が悪いのか?
「あっ……申し訳ないこちらです」
ギルドマスターは慌てた様子で、直ぐそばに有った扉を開き、中に入って行った。
「むぅうーー」
通りすぎてしまったと気付いた獣人娘は、少しムッと頬を脹らまして、ダダダッと駆け戻ってそれに続く。
「ふんっ」
「……」
横を通り過ぎる女戦士に、聖女様の視線が痛い。
「失礼しまーす」
何故か肩身が狭い思いをしながら、僕は最後に部屋に入り扉を閉めた。
部屋の中には、待ち合わせの相手が既に待っていたようで、僕らが入ってくるのをソファーから立ち上がって出迎えてくれる。
なんだ、もう到着していたのか。
手配してからずいぶん早かったな。
「紹介しよう、彼が今ギルドで斡旋出来る、最高のポーターだ」
ギルドマスターに言われて、隣の男が頭を下げる。
そいつは黒い髪を目元まで伸ばした地味な見た目の男だった。
「よろしくお願いいたします」
「よろしく」
なんだ男か残念。
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