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この度無所属魔獣になりまして。  作者: 海産キクラゲ
勇者に魔物とパーティーと
4/9

覚悟の両目に響く怒号

 木漏れ日に照らされる濡れたような紫の髪。遠くから響く鳥の声は木々に反響し、純粋だったそれを草の音と、風の音と混じらせて消えていく。

「マス」

その中で唐突に耳に入った名前。僕は顔を上げた。

 あの小屋を出た後、森へ入った僕はイリーを先導に歩き続けていた。

「一緒に、歩くの」

小屋でしたそれのように膝を地面につけると、太ももを叩き僕を呼ぶ。土に汚れていくその膝を見かねて僕は駆け足でイリーの隣についた。

 満足したかのように微笑むと立ち上がり、また歩き出す。

……ところで、今どこに向かっているのだろうか。

もしも人里だったらそれこそ生命の危機だ。安寧を求めたはずのこの行為の結果が全く正反対の方向に行ってしまっている。

 一度何かで確認できないものかと足を止めようとした時、

「あそこ、私達のホームなの」

そう言うイリーは前方を指さした。

 そこには小屋。昨日寝泊まりしたものよりも少し大きい、レンガで造られた家だった。

煙突からは煙。即ち人間がいる。それ即ち……。

昨日の道中イメージした映像が突如流れる。

 処刑人と化したイリーの元から少しだけ足を下げると、

「どこに行くの?」

『……』

イリーは目ざとく僕の行動を見、そう言うと、僕の上体を抱き上げ小屋へ向けて歩を進め始めた。

ズルズルと地面に線を引く足に僅かながら力を込め少しの抵抗をするが、そんな僕の意思は彼女のでたらめな鼻歌にかき消された。


 どんどんと近付く小屋。距離が縮まる度に確認できる蒔や干されている洗濯物に、いよいよを持って僕の生命が刈り取られる時間が迫っているのを感じる。

冷や汗に濡れる体。

懇願するように顔を上げイリーを見る。

視界いっぱいに広がる彼女の顎は青空の下で嬉しそうに影を落としていた。

そしてついに

「マス〜ようこそなの〜」

片腕で僕を抱え、空いた方の手でイリーは扉を開いた。

木製のドアが軋む音。

地獄の門が開いたように、僕には聞こえた。

 「ただいまぁ〜」

僕の胸中を残酷なまでに無視し、イリーの伸ばされた語尾は部屋に響く。

長方形のその空間には、玄関の他に扉が1つと、それ以外は壁で囲まれている簡素な作りだった。

外から見た煙の正体は、玄関正面の壁に埋め込むようにして設置された暖炉のものだろう。

パチパチと薪を爆ぜさせる赤い炎は、僕の警戒心のようにメラメラと燃えていた。

「あれ…誰もいないのかな?」

首を傾げ、部屋に入るイリー。

そろそろ下ろしてくれてもいいんじゃないだろうか。

 その意思を伝えようと、本気で嫌がる素振りを見せようとしたその時、音。

薪の鳴き声ではない、葉のさざめく音ではない。

(これは…)

足、音。

木の床を素足で歩いているような、そんな、音。

玄関ではない、もう1つの扉の向こうから、それは近付いてくる。

その歩数が重ねられる度、音が大きくなる度、恐怖は僕の視線を扉に釘付けにした。

逃げる事も、呼吸する事さえも忘れて扉を凝視していると、ついに、扉がゆっくりと開かれた。

 途端、室内に流れ込む湿気。

白い湯気と共に現れたのは、裸の、灰色の髪をした人型の女。

肩にはタオルをかけ、胸にあるふっくらとした双丘がその端と共に揺れている。

その側頭部には、湾曲した2本の角が、生えていた。

「…あ、エン。ただいまなの」

「……」

イリーは片手を上げてその女性に言葉をかける。

角の生えたその人は、タオルを掴み、頭を拭きながら僕らの方へ歩み寄ってくる。

だめだ、もう、だめだ。

この後僕はきっとあの暖炉に放り込まれて殺されるんだ。

瞳から滲み出てきた液体と共に、今日までの行動を振り返る。

相変わらずボンヤリとしている魔王城での生活。

それと相反するようにハッキリとしている放浪の日々。

(はは…)

省みる事なんて、なかった。

やるならいっそ、ひと思いに…。

そう口の中で呟きを落とし、目を閉じた。


「イリィィィィ!!!あんたどこ行ってたぁぁぁ!!!」

突如、暗闇に響く怒声。

ビクリと跳ねたイリーの体に反応するように目を開けると、目の前一杯に健康的な人の肌が広がっていた。

恐る恐る、見上げる。

灰色の髪をしたその人は、僕を、全く、見ていなかった。

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