鏡の中の君
「君はいつも笑っているね」
目の前の鏡を覗くと、鏡の中の僕が斑な闇の色の目をして、僕を無表情に見ていた。
「何を言っているんだい。今、僕は鏡を覗いているけど、僕が笑っているようには見えないよ」
鏡の中の僕は、いやいやと首を振った。
「僕が言っているのは、さっきのクラスでの態度さ。クラスで人がいじめられていたな。お前はそれをどう見ていた? 思い出せよ」
「どうって、どうも」
僕はちゃんと答えなかった。それでも鏡の中の僕は引かなかった。
「笑っていただろう」
「笑っていないさ」
「笑っていたよ」
「違うよ」
「お前は加害者に同調して、笑っていた。そうだろう?」
「……」
僕は、鏡の中の僕を見て、笑った。
「嫌だなあ。何を言っているんだい? ふざけるのもたいがいにしてよ。そんな時に笑うわけないじゃないか」
鏡の中の僕は無視して続ける。
「話を変えよう。お前、さっき教室で、相談に乗ったな」
「よく知っているね。そうだけど?」
「その相談内容を覚えているか?」
僕は、少し返事に遅れた。
「……もちろんだよ」
「じゃあ言ってみろ。どんな内容だった?」
「……それは」
それは。確か、学業とは関係ない、学校にも関係のない、
僕にも関係のない、
「言ってみろ」
「……」
「言えないのか」
「……忘れたよ」
鏡の中の僕は、死んだような目で、僕を見てくる。
「言えないのか。お前は、相談に乗ったんじゃないのか?」
「乗ったよ」
「乗ったということは、親身にそいつの気持ちになって相談に乗ったんだよな。それならどうしてお前は覚えていないんだ?」
「……知らないよ。僕の記憶力は、弱々しいからね」
鏡の中の僕は、全く笑わない。
僕は、半笑いを浮かべている。
「じゃあお前、その質問を聞きながら、自分が何を考えていたかも覚えていないのか?」
「……」
「それは覚えているだろう」
僕は答えない。鏡の中の僕は、無表情のまま答える。
「当ててやるよ。『こんなこと人に相談しても意味ないのに。馬鹿じゃないの?』だ」
「……覚えていないよ」
「ならどうしてすぐさま否定しない?」
「いきなり驚いたことを言われたって、人の脳はすぐに反応しないよ」
「立派な言い訳ご苦労」
僕の顔は、笑ったまま固定されてしまっている。鏡の中の僕は、無表情に僕に問う。
「どうしてお前は、今笑っている?」
「笑う気はないんだよ。本当さ。勝手に表情が、笑ってしまうんだ」
「嘘だ」
「どうしてそんな事言うのさ」
「どうしてお前は、相談されたことを覚えていない?」
「……記憶力が、無いからだよ」
「嘘だ」
「どうして」
「どうしてお前は、人を嫌いにならない?」
「……その人の良い所も、見つけられるからだよ」
「嘘だ」
「どうしてさ」
「どうしてお前は、人を好きにならない?」
「……それは」
「答えられないか。それが本当だ」
「いい加減にしろ。なんで嘘って言うんだ!」
鏡の中の僕は、僕を弾劾した。
「それはお前にとって、人はどうでもいいものだからだ」
僕は、ははっと笑った。
「何言ってんの? 僕は人が大好きだよ」
「ならどうしてお前は、人の相談に親身になれない?」
「だから」
「それはお前が最悪だからだ。人を人として見ていない。ただ自分の障害物になるものだと見ているだけだ。だから人を好きにも嫌いにもなれない。人の話を聞いていて何度も思ったことだろう?
どうして僕は人を嫌いにならないのだろう」
「……人を、僕はよく見ているから」
「いや、見ていない。人をどうでもいいと思っているから表面しか見ていない。だから人を好きにも嫌いにもなれない。お前は物事に対し全て自分に関係ないからと除外する。最悪な利己主義だ」
「ふざけんなっ。僕が利己主義? そんな訳がない。ただ僕は、公平に見ているだけだ」
「それがあり得ない。お前はいつも笑っている。いつも人の意見を否定しない。いつも誰かにくっついている。それが公平? お前は光しか見ていない。暗い面を無視している。それはあり得ないだろう。光があって影がない。そんな世界はどこにある?」
「僕は、そんな、自分勝手じゃない。良い所しか見ない、ずっと笑っているなんて、みんなにとってもいいことじゃないか。何が利己主義だ」
「人を平等に見ているくせに、人のことをどうでもいいと思っているくせに、人に合わせて、お前は人から嫌われないようにしている。そう思って考えろ。お前の笑いはなんと汚い笑いか」
「違う、そうじゃない」
「人を光の面しか見ないのもずっと笑っているのも人に好かれるため。だが人なんてどうでもいいから嫌いにもならないし相談ごとも覚えていない。利己主義の塊じゃないとどうして言える?」
「僕は、人に嫌われたって構わない」
「それじゃあ教室で叫べ。僕は実は人間のことなんかどうでもいいです」
「それはっ、そんなこと、そんなこと言って無理して嫌われる理由はないじゃないか」
「無理して好かれる理由もないよな?」
「……黙ってよ」
「お前は昔から本をよく読むよな。あんな人になりたいとも何度も思ったよな。しかし行き着いた先は利己主義の塊。かっこいい主人公からは遠く離れた卑しい人間だ。どう思う?」
「違う違う違う! 僕はただっ」
「どうして叫ぶ? 僕は事実を言っているだけだ。人なんかどうだっていい。これは本の影響だろう。いつも頷いて、皆好きになる。これも本の影響だろう。しかしずっと笑っているのは? 反論を言わないのは?
それはお前の本性だからだ」
「違う、僕はそんな人間じゃない」
「なぜ違うと言い切れる。最悪な本性を認めたくないのか」
「認めるって、そんなの、僕じゃない」
「それは理想だ。夢物語だ。実際のお前は、自分のことしか考えない、相手のことなど考えない、全く人間らしく気味の悪い本性を持った、利己主義だ。お前は利己主義の人間には近づかなかったな? それは同族嫌悪じゃないのか?」
「違うよっ、本当にそいつらが嫌だったから」
「嫌だった? 人は平等に見るのではなかったのか? そいつらにも良い所が見つかるのではないか?」
「あんな奴らの良い所なんて」
「その言葉は、真っ直ぐ自分に跳ね返らせろよ。お前は今自分を批判したんだ。さあ、良い所なんて、の次、お前はなんて言おうとした? それは全て自分に当てはまることさ」
「馬鹿言うなっ、こんなの僕じゃない! 僕じゃないんだよ!」
「当ててやるよ。『利己主義の奴なんか最悪』、と思っただろう。いいぞ、そのまま自己嫌悪しろ。お前は、利己主義なお前は、自分で卑下するべき対象だ。さあ、言ってみろよ。僕は利己主義の最悪な人間ですって」
「ぼ……」
「言えない。言えないんだな。自分はかわいいんだな。全く骨の髄までお前は利己主義だな」
「黙れよ」
「最初にお前は、自分のことを最も高尚なように言ったな。しかし自分は否定できない。それは甘えている証拠だ。お前は高僧からは程遠いな。自覚しろ。その辺を考えろ。お前は利己主義だってことをな」
「いいから黙っていろ!」
僕は、携帯を鏡に投げつけた。小気味いい音をして、ガラスは粉々に割れた。鏡の中の僕も割れた。腐った無表情な目も消えた。
僕は隣の鏡を覗く。墨汁のようにどろどろな目をした僕は、無理やり口角を上げた。
仮面は出来た。教室へ行こう。
僕は鏡を割ったことを、もう忘れていた。
読んでくださりありがとうございます。雉野青です。
ふと思った悩みから書いてみました。結果主人公、病んだ状態になりましたが……。
不快な思いをした方がいらっしゃったらすみません。
他の作品も少しあるので、読んでくださると幸いです。




