第二話 サバイバルゲーム
『チームF
アタッカー(氷) リオルバート・N・ユクリア(14歳)
HU:2090(第2位) LU:2900
プロテクター(風) ☆ エリザベール・E・バラスティンブルム(16歳)
HU:1600 LU:4100(第1位)
サポーター(炎) メルフェミア・W・イリンヘリテッド(13歳)
HU:1330 LU:1990
チームG
アタッカー(炎) ☆ ゼレクフェルノ・W・アニング(16歳)
HU:2220(第1位) LU:3330
プロテクター(氷) アイリセアラ・N・オウェア(14歳)
HU:1700 LU:3900(第2位)
サポーター(雷) レイベッカ・S・マイリー(15歳)
HU:1600 LU:3200 』
リピー島に到着した翌日の朝7時半過ぎ。島の東端にある、小さな3人用の学生寮。共用リビングの丸テーブルにつくリオルは、寝ぼけ眼をこすってプリントに視線を落とした。
春学期の課題、サバイバルゲーム。昨晩、N2Yによってその詳しいガイダンスがチームごとに行われた。しかし、長旅の疲れで寮に着くなりすぐに寝てしまったリオルは、日が昇った今、ようやくその時のプリントを見ているわけだ。
「ふわぁあ……。ねみぃ」
「眠いのは、きっと寝過ぎだからよ、リオル」
大きな欠伸をするリオルに、キッチンからエプロン姿のエリザの声が届いた。卵がフライパンの上で焼ける音と、とてもいい匂いが、リオルの食欲を刺激する。昨晩のガイダンスをきちんと聞いたエリザは、リオルより早く起きて3人分の朝食を作ってくれているのだ。
「あと5分くらいでできるから、もうちょっと待ってね」
ユートピア学園の春学期は、サバイバルゲームだけでなく、寮生活もチームごとに行われる。同じチームに料理が出来る人がいて良かった、とリオルはホットミルクに手を伸ばす。これもエリザが入れてくれたものだ。ありがたくそれを啜りながら。もう一度プリントを見た。
「おい、ふざけんな! 攻撃力1位のヤツってアイツじゃねぇか」
「ゼレクでしょ? 入学式のお祭りで、リオルとイザコザを起こした、背の高い彼よね」
エリザは、ベジタブルをトントンと勢い良く切りながら言った。
「あぁ、そうだ。何かの間違いだろ? あんなアカメがオレより強いハズねぇよ」
「そういうこと言わないの!」
ぺちっ! 振り向いたエリザが飛ばしたベジタブルのへたが、リオルの額を打った。
「リオル、西の国の人たちのことよく知りもしないクセに、そういうこと言うのやめなさい。うちのチームにはメルフィだっているんだから」
リオルはメルフィに割り当てられた寝室のドアを眺めた。メルフィはまだ眠っているようだ。
「オレ、アカメルと同じチーム嫌なんだけど。あいつちっこいし、弱そうじゃん。ほら、アカメルってHU値もLU値も低いぜ。LU値なんて、1人だけ2000以下のダントツ最下位」
アカメのメルフィでアカメル。リオルがメルフィに付けたあだ名である。
「その、アカメルって言うのやめなさい。それに、あんまり、メルフィを舐めない方がいいわよ。確かに、HU値とLU値は低いかもしれないけど、彼女はプロなんだから」
「プロ?」
「もう一度、メルフィの名前をちゃんと見てみなさい」
チキンを焼くエリザの言うとおりに、リオルはもう一度プリントに視線を落とした。
『メルフェミア・W・イリンヘリテッド(13歳)』
「イリンヘリテッド!?」
その、ファミリーネームにリオルはゾッとした。300年以上の歴史を持つ西の国の暗殺一家、イリンヘリテッド家。国籍や思想には縛られず、多額の報酬によって動く、正真正銘のプロの殺し屋。痕跡を残さないその仕事は、国内外を問わず高く買われている。
歴史の裏にイリンヘリテッド家あり。決して表舞台に出ることはないが、300年以上そう言われ続ける程に、イリンヘリテッド家の悪名はヒューム大陸全土に轟いている。〝ルーインウェポン〟の開発者であるネイコラス・N・ユワルド。失踪中の時の科学者も、実はインヘリテッド家に暗殺されたのではないかと誠しやかに噂されている。
『悪いことばかりしていると、イリンヘリテッド家の人に暗殺されちゃうよ』
小さい頃、リオルは家族や町の人によくそう脅されたものだった。その、イリンヘリテッド家の少女が、今、一つ屋根の下で一緒に暮らしている。さすがのリオルも思わず身震いした。
「昨日の夜、その事実を知ったときは私もかなり驚いたわ。天術無しの体術勝負なら、きっと誰もメルフィに敵わない。ちなみに、メルフィのHU値とLU値が皆より低いのはしょうがないのよ。天術の能力は、年齢とともに成長するからね」
リオルはプリントをさっと再確認する。ユートピア学園の生徒は13歳から16歳。
「でも、オレもアイリスも、14歳で2位に入ってるぜ」
「それはあなた達がちょっと普通じゃないのよ。3位以内に入っている他の人は、みんな16歳でしょ?」
LU値1位、16歳のエリザが言った。
「HU値とLU値をもとに、同じ国の人が同じチームにならないように分けたって、N2Yはそう言ってたわ。だから、リオルとアイリスが同じチームになれる可能性はなかったのよね……」
「別にいいよ、それは」
「リオルが良くても、アイリスはきっとそうは思ってないわ。せめてもの救いは、チームFとGで、寮がお隣さんなこと。まぁ、それでも3kmくらい離れてるんだけどね」
リオルはプリントの裏を見た。そこには歪な円形をしたリピー島の地図が描かれている。島の海岸線沿い、およそ2~3km置きに、各チームの寮が円形に配置されているようだ。そして、この島の中央には、ユートピア学園の校舎があった。
「でも、HU値とLU値をもとに分けたにしては、チームによって戦力にだいぶ偏りがあるな。うちのチームと互角にやり合えるのは、アイリスのいるチームGくらいだな」
確かに、それぞれHU値とLU値の1位と2位を要するチームFとGは、能力的に明らかに突出している。
「役割はあくまで名目上で、アッタカーがサポートに回ってもいいし、プロテクターが攻撃してもいいそうよ。ちなみに全生徒のHU値の平均は1500、LU値は3000くらいだそうよ。チームGは全員がHU値、LU値ともに平均以上の能力を持っているし、総合力やバランスで見れば、彼らの方が私たちより少し上かもね」
「HU値やLU値は日々変化するし、成長するんだろ? それに、勝負は算数じゃねぇぜ。さっさとチームGをぶっ飛ばして、オレらが1番だって証明しようぜ」
血の気の多過ぎるリオルの意見にエリザが異を唱えようとした、その時である。
ガチャッ! 寝室の扉が開いた。
「あら、おはよう、メルフィ。良く眠れた?」
「うん……、おはよう。ふわぁ……」
パジャマ姿のメルフィは可愛らしく欠伸をした。眠そうな目はほとんど開いておらず、首はゆらゆらと船を漕いでいる。本当に、彼女があのイリンヘリテッド家の殺し屋なのだろうか?
「おはよう。ずいぶん遅いお目覚めだな」
リオルは少しだけビビりながらも、いつものように悪態をついた。
「よく言うわ、リオル。自分だってつい10分くらい前に起きたクセに。それに、メルフィは誰かさんと違って、ちゃんと昨日のガイダンスを聞いてから寝たのよ」
リオルはぐうの音も出ずに口笛を吹く。エリザが歩み寄りメルフィにホットミルクを差し出した。
「もうすぐ朝ごはんできるからね、メルフィ。これ飲んで待ってて」
「うん、ありがとう」
メルフィは髪をポニーテールに結いながら、静かに着席した。
エリザの言葉通り、それから1分程で朝食は完成した。照り輝くチキン、ふわふわのタマゴ、みずみずしいベジタブル。それらをクルミパンで挟んだ、栄養満点の朝食である。
「「「いただきます」」」
3人は、同時にチキンサンドに齧り付いた。
「めっちゃうまいぞ、エリザ」
「うん、とってもおいしい」
「そう? 良かったわ。おかわりもあるから、たくさん食べてね」
自然と皆から笑顔が零れる。特に、チキンの味付けが絶妙だった。
「そういえば、食材なんてどこにあったんだ?」
「普通に冷蔵庫や棚に入っていたわよ。ただ、ざっと見積もって、せいぜい1週間分ね」
「えっ、そんだけ? その後は、どうするんだよ」
「メルフィ、12時間も眠ってた誰かさんに、春学期の課題のルールを教えてあげて」
小さな口でチキンサンドを頬張るメルフィが頷いた。ゆっくりと飲み込んでから口を開く。
「サバイバルゲームは毎週月曜から金曜、9時から15時までの6時間行われる。この時間は、天術の使用が許可され、私たちは制服を着て寮の外に出なければいけない」
「全10週間、計50日300時間の勝負ね。でも、リピー島は外周およそ70km、そんなに小さな島じゃないわ。ルールがこれだけなら、ひたすら逃げ続けることも可能よね?」
「うん。でも、そうもいかない。リオル、ここからおよそ10km、リピー島の真ん中にユートピア学園の校舎があるのは知ってる?」
「知ってるよ、そんくらい! バカにすんな、アカメル!」
ついさっき地図を見たリオルはムキになって答えた。が、エリザに睨まれて黙る。
「食料も生活必需品も、そこにたくさんストックがある。だから、週に2、3度くらい、往復5時間かけて、校舎までいかなければいけない。そして、校舎が開いている時間は、12時から13時のたった1時間のみ。そこで必然的に他のチームと鉢合わせてバトルが起こる」
「そうね、メルフィ。でも、校舎の中は安全地帯。校舎を傷つけると大きく減点されるわ。だから、バトルは校舎の周辺で起こる。同じように、各チームの学生寮も傷つけてはならないわ」
しばらく黙っていたリオルは、チキンサンドと一緒にサバイバルゲームの概要を飲み込んだ。なかなか、いい味を出している。特に、逃げるだけでは成り立たない点がおもしろい。
「とりあえず、今日は様子見ね。それで、明日か明後日、校舎に行って食料を調達しましょう」
「おいおい、何、勝手に決めてんだよ、エリザ? 偉そうにリーダー気取りか?」
2個目のチキンサンドを手に取ると、リオルは噛み付いた。エリザは苦笑いを浮かべる。
「エリザはリーダー。そっちのプリント、名前の所に星マークがついてる」
リオルはメルフィの小さな人差し指の先を目で追った。
『プロテクター(風) ☆ エリザベール・E・バラスティンブルム(16歳)』
チームメンバーとHU値とLU値が書かれたそのプリント、エリザの名前の上には確かに星マークがついていた。同様に、チームGのリーダーは、あのいけ好かないゼレクのようだ。
「私もリーダーの意見に賛成。今日は様子見が正解」
「N2Yが勝手に決めたことだし、私がリーダーとかあんまり気にしなくていいわよ。私たち3人でチームF。サバイバルゲームも、寮生活も、3人で協力して頑張りましょう」
その発言がいかにもリーダーくさい、とリオルは心の中で思った。
「料理は基本的に私が作るけど、家事もみんなで分担しましょう。とりあえず、洗濯と洗い物ね。リオルに好きな方を選んでもらいたい所なんだけど、ほら、下着とかもあるでしょ……。だから、私たちが洗濯をして、リオルが食器を洗うってことでいい?」
「ほら……。結局、仕切ってんじゃんかよ……」
チキンサンドを頬張りながら、リオルは不満げに小さな声で呟いた。
「ね、お願い、リオル。洗い物と力仕事はリオルの担当ってことで……」
エリザはチキンサンドを置いて、両手を合わせた。上目遣いでリオルの顔色を伺う。
やはり、エリザは柔らかい物腰でさり気なくリーダー気取りをしてくる。それに、いつの間にか力仕事が増えている。文句の一つも言ってやろうと、リオルは口を開いた。しかし、何かがつっかえて言葉が出てこなかった。
何だろう、この違和感は? でも、不思議と温かい。
「わかったよ。やればいんだろ、やれば」
リオルはいかにも不機嫌そうに頷き、チキンサンドに齧り付いた。
澄んだ水の音。毒の海とは違い、キレイな水の流れる川に沿って、2人の少女が歩く。
「近くに川があって良かったわ。寮の洗い場で洗濯をするにはちょっと手狭だったし」
洗い終えた洗濯物のかごを抱えたエリザが、隣を歩くメルフィに微笑んだ。
「こんなキレイな川を見るのは久しぶり。数年前、仕事で南の国に行った時以来」
「そっか。西の国では暑さと乾燥で、川が干上がっちゃうんだっけ?」
「うん。洗濯物も干し過ぎると自然発火しちゃう」
「えっ!? それって本当の話なの? 都市伝説かと思ってたわ」
ひどく驚くエリザに対し、メルフィは淡々と頷く。
「猛暑、乾燥、水不足、自然発火。西の国の気候は、ヒューム大陸一過酷」
「それは、今年の夏が思いやられるわね……」
リピー島の気候は季節によって大きく変化する。夏には西の国そっくりの気候になるのだ。
「メルフィは、東の国にも来たことあるの?」
「ある。3回だけだけど。東の国は好き。穏やかな風が吹いて気持ちいい」
川から離れ草原を歩く2人を優しい風が包んだ。今、リピー島は春。東の国そっくりの気候。
「いや、4回かもしれない……。もし、あれが夢でなかったのなら」
どういうこと? エリザは思わずそう尋ねようとした。しかし、戸惑いと絶望に染まったメルフィの赤い瞳を見て、言葉を失ってしまった。
穏やかな風の中を歩くと、チームFの学生寮が見えてきた。その少し手前には目印となる小さな木が2本。洗濯物のカゴを置くと、2人はその木の前で足を止めた。
「洗濯物はここに干すのがいいわ」
気を取り直して、エリザが明るい声で振る舞う。
「うん。じゃぁ、ロープは私が張る」
そう言った途端、エリザの視界からメルフィが消えた。気がつくと、すでに木に登っていて、下の方の枝にロープをしっかりと結わえ付けている。そして、目にもとまらぬ速さで、反対側の木へと飛び移る。あっという間に、5メートルのロープが3本、木と木の間に張り渡された。
「これでいい、エリザ?」
メルフィが優しい表情で首を傾げる。さっきは思いつめたような表情をしていたと思ったが、気にし過ぎだったのかしら、とエリザは心の中で安堵の息を漏らす。
「うん、完璧よ。さすが、インヘリテッド家の名に恥じない、素晴らしい身のこなしね」
木から飛び降りたメルフィの頭を優しく撫ようと手を伸ばした、その時、エリザはゾッとして、思わず手を引っ込めた。
「そんなことない。だって、私はイリンヘリテッド家の恥。落ちこぼれの失敗作だから」
褒められた少女が、どうしてこんな顔をするのだろうか? あまりに無表情で、不気味で。怖くなったエリザは、それ以上言及することができなかった。
気まずい空気のまま、2人は黙々と洗濯物を干し始めた。
「エリザ、もう8時40分。すぐに制服に着替えてサバイバルゲームの準備をしないと」
5分後、洗濯物を干し終えたメルフィはいつも通りの様子だった。あまり悪い空気を引きずるタイプではないようだが、機嫌を損ねやすく、気難しい所があるようだ。メルフィの接し方には少し気をつけようとエリザは自分に言い聞かせる。
「そうね。寮に戻りましょう。リオルはちゃんと洗い物をしてくれたかしら?」
そして、すぐ後ろに見えるチームFの寮に2人は戻り、扉を開けた。
「「ただいま、リオル」」
しかし、リオルからの返事はない。
「あれ? リオルは?」
リビングはガランとしていて、リオルの姿が見当たらない。割り当てられたハズの食器洗いも、半分くらいしか終わっていないまま放置されている。
コンコン! エリザはリオルの部屋をノックした。しかし、返事は無い。
「リオル、いるの? 開けるわよ」
エリザは先程より強くノックしながら尋ねた。しかし返事は無い。
ドアノブを捻ると、簡単にドアが開いた。しかし、そこにリオルの姿は無かった。
「トイレにもいないわ」
「もう……。仕事も途中で放り出して、どこに行ったのよ、リオルは」
エリザは心配そうな表情で、リオルの寝室をもう一度見回す。部屋の半分近くを占めるベッドの上には、今朝リオルが着ていた部屋着がぐちゃっと脱ぎ捨てられていた。
「制服が無いわ! まさか、1人で先にどこか行っちゃったの?」
「ねぇ、エリザ。もしかして、1人で校舎に食料調達に行っちゃったんじゃない? 今日は様子見っていう方針に、リオルはあまり納得してなかったみたいだし」
「でも、校舎が開くのは12時。こんな早く出発したって意味ないじゃない」
とは言ってみたものの、エリザもその可能性を捨て切れずにいた。
いや、もしかしたら、自分たちを驚かそうと、テーブルの下にでも隠れているのではないだろうか? そう思って、エリザは再びリビングを探し始める。そして、テーブルの上で意外なものを見つけた。それは、いかにも男の子っぽい字で書かれた殴り書き。
『お隣さんに挨拶してくる リオル』
8時57分。サバイバルゲーム開始の3分前。制服に着替えたエリザとメルフィは、アイリスたちの属するチームGの寮へと、森の中を全速力で森の中を駆けていた。
「もう! リオルのバカ!」
「そんなに慌てる必要あるの、エリザ? リオルはお隣さんに挨拶に行っただけじゃないの?」
「リオルの挨拶が、どうぞよろしく、で済むワケないじゃない。リオルは、1人でチームGを倒すつもりなのよ」
血の気の多いリオルの性格を考えれば、まだ余裕のある食料調達より、まずそちらを疑うべきだった。その判断ミスによる数分の遅れが、致命傷とならなければいいが……。
「誰かいる。100メートル先」
「誰? リオル?」
メルフィの視線の先を追ったが、深い森の中、エリザにはそこまで遠くは見えない。
「違うわ。女の子の制服」
「じゃぁ、その子にリオルを見なかったか聞いてみましょう」
まだ8時58分。9時前だから、バトルになることもない。ゆっくりとこちらに歩く少女の姿が、エリザにも見えてきた。ちょっと意外なその人物に、エリザは思わず驚きの声を上げた。
「アイリス!」
銀色の瞳に整った顔立ち。その少女は、今エリザたちが探しているリオルの幼馴染だった。
「エリザ、どうしたの? こんな所で?」
「こっちが聞きたいわ、アイリス。でも、それは後回し。リオルを見なかった?」
「見なかったわ。2人はリオルと一緒じゃないの? 私はリオルと会いに来たのに……」
今からサバイバルゲームが始まるこのタイミングで? 口にこそ出さなかったが、エリザは唖然とした。やはり、アイリスのリオルに対する執着は普通じゃない。
「じゃぁ、すれ違いだったのかしら……。アイリスの他のチームメイトはどこにいるの?」
「わからないわ。でも、たぶん、私たちのチームの寮の近くだと思う。ねぇ、そんなことよりリオルはどこにいるの? リオルに何かあったの?」
リオルもリオルなら、アイリスもアイリス。2人の故郷の町は、いったいどんな教育をしていたのだろうか? エリザは心の中で首を傾げずにはいられない。
「もうすぐ9時。そしたら、レーダーでリオルたちの居場所がわかる」
メルフィが誰よりも冷静に呟いた。そして、それから数秒後。
キーーンコーンカーンコーン! 第1週目、月曜日。サバイバルゲーム開始を告げるチャイムが響いた。
「リオルの居場所は?」
腕時計にはいくつかの機能がある。その1つが、全生徒の現在地がわかるレーダー機能。これは毎時00分に1分間だけ使える。エリザはリピー島の地図を拡大した。チームGの寮近くに3つの印が重なっているのを見つけた、その時である。
ピピッ! それがリオルたちだと確認する前に、時計の表示が変わった。
『チームF マイナス120ポイント 現在のポイント 9880』
音が鳴ったのは、エリザの時計だけではなかった。チームメイトのメルフィの時計、さらには、チームGのアイリスの時計も鳴った。エリザは思わず、アイリスの時計を覗き込む。
『チームG プラス120ポイント 現在のポイント 10120』
チームFのマイナスポイントと、チームGのプラスポイントは同じだった。
「まさか、もうリオルたちの戦いが始まってるの?」
エリザは急いで時計をレーダーに戻し、3つの点を確認した。リオル、ゼレク、ベックス。
ここから南に、1.5km。地図上と同じその地点からは、森が燃えて煙が上がっていた。
ピピッ! また、3人の時計が鳴る。
『チームF マイナス80ポイント 現在のポイント 9800』
「急ぐわよ。リオルが危ないわ!」
「どうした、ギンメ。口ほどにも無いな」
背の高いゼレクは、赤い瞳でギロリと睨みつけ、尻餅をついたリオルを見下ろした。
「くっ……。黙れ! このアカメが!」
火花を散らして燃える森の中、リオルが立ち上がる。瞳を銀色に光らせ、ブリザードを放った。しかし、ゼレクが目の前に炎の壁を作り出すと、それは一瞬にして溶けてしまう。
しかし、リオルは慌てない。さっきの攻撃は囮だ。正面の防御に集中している間に、ゼレクの左右と背後から、3本の氷の槍を放った。リオルが思わず拳を握りしめたその時、ゼレクの全身を、球状の炎が包んだ。3本の氷の槍もあっという間に溶け、蒸発してしまう。
「ふっ、甘いぞ! ギンメ!」
ゼレクは全身を包んでいた大きな炎の球を、拳大に圧縮した。そして、その炎の玉がリオルに襲い掛かる。リオルはすぐに、1m程手前に氷の盾をつくった。相手のピンポイントの攻撃に対応した小さくぶ厚い盾。しかし、その高密度の盾も、圧縮された炎の玉にじわじわと削られていく。リオルは必死に氷の修復を繰り返すも、耐え切れない。
「クソっ!」
炎の玉は、氷の盾に穴を開けて貫通した。リオルは咄嗟に両腕を前に構え、身を守る。
「ぐぁぁああ!」
ジュウという音を立て、リオルの右手の甲が焼けた。
ピピッ! これで3度目。時計を確認する余裕もないが、今のが一番ダメージが大きかった。
やはり、氷と炎という属性相性が、厳然たる事実としてリオルに襲い掛かる。それでなくても、ゼレクの方がHU値も、LU値も上なのだ。
リオルは火傷に氷で応急処置を施すと、素早く立ち上がって近くの木の影に隠れた。
「クソガキ君め~っけ!」
リオルの頭上、木の枝の間からチームGのサポーター、ベックスがひょっこり顔を出した。
ひどく驚いたリオルは、咄嗟に瞳を銀色に光らせ、氷の礫を4つベックスに放った。
その瞬間、ベックスの瞳も黄色に光る。4つの氷の礫は一瞬で帯電すると、まるで磁石が反発するように、四方にはじけ飛んだ。その隙に、リオルは近くの木の影に逃げる。
「あれれのれ……。逃げなくてもオールオッケーなのに……」
枝に腰掛けて両足を揺らしながら、ベックスは残念そうな顔を浮かべた。
「お前は攻撃しないのか?」
赤い瞳のゼレクが、ベックスのいる木の下にゆっくりと歩み寄る。
「うん。ボクは、サポーターだからね。直接手を下すのは、あんまりお好きじゃないんだよ」
「だったら、せめてサポートくらいしてくれ」
「うん、ボクは熱狂的サポーターだからね。全力で応援するよ~。フレー、フレー! クソガキ君! ゼレクなんてぶっ飛ばせ! あっ、ボクってつい負けてる方を応援したくなっちゃう心優しいハートフルフルガールなんだよね。フレー、フレー! ク・ソ・ガ・キ!」
木の上から声を上げて敵を応援するチームメイトに、ゼレクは思わずため息をついた。
「どいつもこいつも自分勝手だな。そういえば、アイリスは見つかったのか?」
「うん。さっきレーダーで確認したら、こっちにカミングだったよ。しかも、メルフィとエリザと仲良しこよし。これは、早くも総力戦の予感。2vs3になったら、流石にリオルたちが有利かな? そしたら、ボクはゼレクたちを応援するよ」
「勝手にしろ」
チームメイトなどあまり当てにしていないゼレクは、話半分に赤い瞳を光らせた。すると、ベックスが座っている木一本を残し、半径10mの森が一気に炎を上げる。
その時、ゼレクは右手が指の先から凍りつくのを感じた。急いで右手に炎を纏い、すぐに氷を溶かす。凍っていたのは一瞬だけだったが、指先は凍傷になったように感覚がない。
「ちっ!」
ピピッ! 少し遅れて、時計がゼレクのダメージを判定した。
『チームG マイナス130ポイント 現在のポイント 10330』
「やったー、リオル! してやったりー! ゼレクが広範囲を攻撃して、防御がペラッペラのバイリンガルになるのをお待ちかねだったんだね!」
まだ感覚のない指先と、木の上で騒ぐベックスにイラッとしたが、それでもゼレクは冷静だった。赤い瞳を光らせ、周囲の木々を燃やす炎を操る。バラバラに燃えていた炎は、一つの大きな渦となって木々を薙ぎ倒し、一帯はあっと言う間に火の海と化した。
「そこか!」
氷を纏って防御するリオルを、ゼレクはようやく見つけた。周囲の炎をその一点に集中し、激しい炎の渦でリオルの氷を溶かす。リオルも負けじと、巨大な氷の塊で体を覆い直した。
ゼレクは思わずニヤリと笑った。これだけの力を費やせば、それが解けてしまった時、すぐに天術で身を守ることはできない。しかし、それはリオルだけでなく、ゼレクもまた同じである。この攻防で先に力尽きた方に必然的に隙が生まれ、それが敗北に繋がる。
それでも、ゼレクの口元は微笑んだままだった。属性相性を考慮すれば、確実に押し切れる自信があったからだ。リオルを覆う氷はじわじわと小さくなり、ゼレクの自信は確信に変わる。
「はぁああ!」
溶けて小さくなった氷が、角ばった形から人型に変わる。ゼレクは一気に最後の追い討ちをかけた。残り5秒で氷の防御を溶かしきれる。3秒、2秒……。 ゼレクがリオルへのダメージを予感したその時だった。
突然、リオルを覆う氷がまた大きくなった。それも、直径3メートルを優に越え、先程の倍以上ある。
「バカな!」
声を上げて驚愕するゼレク。しかし、その判断だけは賢明だった。力を使いきって隙が生まれることを恐れ、炎の渦を戦略的に撤退する。周囲に倒れた木々だけが、静かに燃え続けた。
次の瞬間、その残り火も、局所的な突風にあっという間に吹き消される。
「リオル! 大丈夫?」
森の火を吹き消したエリザは、慌ててリオルのもとに駆け寄った。疲労とダメージで倒れそうになるリオルを支える。
ゼレクはその様子を冷静に見ていた。こんなフラフラな奴が、最後にあんな巨大な氷を作り直すことができるのか? いや、不可能だ。だとすれば、あの時、天術を使ったのは……。
心配そうにリオルの元に駆け寄る少女の1人を、ゼレクはきつく睨みつけた。
「アイリス! 貴様がリオルを守ったのか!」
ゼレクは怒りに顔を引きつらせ、怒鳴り声をあげた。アイリスが静かに振り向く。
「そうよ。チームなんて関係ない。リオルは私が守るわ」
当然のように答えるアイリスに、ゼレクはさらに腹が立った。敵を応援するサポーターに、敵を守るプロテクター。いったい、このチームはどうなってるんだ?
「もう大丈夫だ、エリザ」
支えられていたリオルが、エリザの手を振りほどいた。1人で立てる程度には回復したようだ。ほっとしたエリザは焼け焦げた周囲を見回し、ぐちゃぐちゃの人間関係を整理する。
「アイリス、その気持ちはすごく嬉しいし、本当に素晴らしいと思うわ。だけど、少しはチームの人たちのことも考えてあげて。じゃないと、ゼレクの面子が立たないわ」
エリザの言葉にアイリスは首を傾げる。誰かの面子を立てるというのも、大人の女性になるために、大事なことなのだろうか?
「今回は突然のことで、こんなことになっちゃったけど、今後は私ももっと気をつけるから。ね、アイリス。だから心配ないで。リオルは私がしっかり守るから」
確かに、今回のことはアイリスもちょっと予想外だったし仕方ない。エリザは自分よりLU値が高い唯一の生徒。風属性は、リオルの苦手な炎属性との相性も良く、その点ではリオルの守護者として明らかに自分より優秀。性格的にもしっかり者で、リオルを守る役割としては申し分ないと言える。それでも、アイリスには一つ大きな気がかりがあった。
「リオルを守るのは、あくまでチームメイトとして?」
銀色の瞳は真剣そのもの。エリザだって、その真意がわからない程野暮ではない。
「もちろん」
少し間を置いてから、自分にも強く言い聞かせるように、エリザは笑顔で答えた。
「そう……。ならいいわ。春学期の間、リオルをお願い」
「うん、任せて。そういうことで、ゼレクとベックスも今日の所は許してくれないかしら? 初日の相手にはお互い強敵過ぎて、デメリットしか見当たらないでしょ?」
エリザの提案に、皆、互いの表情をうかがった。森の焼け跡を緊張感漂う空気が支配する。
「次に会った時は容赦しないからな。その時までに、お前の大好きなチームワークでも磨いておくといい。あばよ」
ゼレクは皮肉めいた挨拶を残し、森の奥へと消えて言った。
「じゃぁね、メルフィ。サポーターとして、クソガキ君に至れり尽くせりのサービスをご提供してあげるんだよ。えっ、メルフィってばそんなエッチなサービスまでしちゃうの? もう……、意外に大胆なんだから。じゃぁね、メルフィ」
焼け跡に残された木から手を振るベックスを、メルフィは顔を赤らめて無視した。
「ほら、アイリスも行くんだよ。ボクたちは幼い頃からずっと、リーダーの背中を追いかけてきたじゃないか。あの日見た夕日は忘れないよ。ほら、レッツラゴー、マイオウンウェイ!」
ベックスが何を言ってるのかは不明だが、そんなことより、アイリスはリオルのことが心配で仕方なかった。しかし、大人な女性になるためには、時に、リオルと距離を置くことも必要なのかもしれない。自分に精一杯そう言い聞かせる。
「じゃぁね、リオル。ケガが治るまでは無理しないでね」
「あぁ……。じゃぁな、アイリス」
右手の甲の火傷を痩せ我慢して、リオルが笑顔で答えた。
「じゃぁね、リオル。またね」
名残惜しそうにもう一度言うと、何度も振り返りながら、アイリスは森の奥へと消えた。
Δ Υ Σ Τ Ó Π Ο Σ
それから3日後。第1週、木曜日、9時半過ぎ。
チームFの寮の近くの砂浜を、次々に天術が飛び交う。
「くらえぇぇえ! エリザ!」
リオルは瞳を銀色に光らせ、直径1メートル近くある氷塊を降らせた。隕石のように迫り来る巨大な氷の玉に、エリザは思わず目を丸くする。
「エリザ、伏せて!」
メルフィの声を聞いたエリザは、言われた通りに身を屈めた。しゃがみ込んだエリザの目の前に炎の壁が出現し、迫り来る巨大な氷の塊を食い止めると、そのまま溶かしきった。
「助かったわ、メルフィ」
頷いたメルフィは、もう一度瞳を赤く光らせ、リオルに反撃を試みる。
「リオルの穀潰し!」
地面を走る炎がリオルに襲い掛かる。属性相性の悪い炎を、氷で防ぐのは難しい。思わず力が入ると、リオルは右手の甲の火傷が痛み、顔が引きつった。
「大丈夫よ、リオル!」
その時、吹き抜ける突風が一瞬で炎をかき消した。翠の瞳で微笑みかけるエリザに、リオルは火傷の痛みを隠して笑って見せた。
「いくわよ、メルフィ」
今度は、エリザが翠の瞳を光らせ、メルフィを攻撃した。クロスした2本の風の刃がメルフィに襲い掛かる。それでも、メルフィは防御する様子も見せず、近づく攻撃をただ眺めていた。
「はいよ、っと」
リオルがメルフィの前に強固な氷の壁を作る。クロスした風の刃は、氷の壁に×印の傷をつけたが、後ろのメルフィは無傷だった。チームFの3人は顔を見合わせ、笑みを浮かべる。
「ある程度、形になってきたわね。リオルもメルフィもいい感じよ」
3人は決して仲間割れを起こしたわけではない。これは、リーダーのエリザが提案し、すでに日課となりつつある守りの特訓なのだ。
「リオルもメルフィもすごいわ。2人ともこの数日で、少しずつだけどLU値が伸びてる」
しかし、リオルは浮かない顔をしている。サバイバルゲーム開始直後、初っ端にゼレクと戦って以来、ずっとこんな地味なトレーニングばかりしているのだ。4日目を迎えた今日もこの調子では、リオルはもう我慢がならない。
「何で守りの訓練ばっかなんだよ! こんな地味なトレーニングやめようぜ」
「天術は防御特化の能力よ。だから、まず長所のLU値を伸ばすべきなのよ。それに、守りをおろそかにしてケガしたら、その後の戦いにも悪影響が出ちゃうでしょ?」
優しく微笑みながら、エリザはリオルの手の甲の火傷を見た。リオルは口を尖らせる。
「私もエリザに賛成。この特訓はとても意味がある。天術には、程度の違いはあれ、属性相性というものが確かにある。炎属性の私は、風属性に弱い。でも、氷属性のリオルが風の刃から私を守ってくれたら、とても頼りになる。この、サバイバルゲームは、そうやって上手くチームメイトを守ることが重要」
「その通りよ! 素晴らしいわ、メルフィ!」
喜びの声とともにエリザが抱きついた。メルフィはちょっと困ったように視線を泳がせる。
「私たちはユートピア学園の生徒よ。だから、争いを前提としたこのサバイバルゲームの中でも、平和の意味をきちんと考えなくちゃいけないと思うの。チーム内に同じ国の出身の人はいないのには、ちゃんと意味があるのよ。どのチームも、3人の属性はバラバラ。だから、メルフィの言う通り、互いに助け合わなければならない。天術は人を守るための力。チームメイトをしっかり守ること。それこそが、この春学期の真の課題なのよ」
エリザは優しい笑顔でリオルに微笑みかけた。しかし、血の気の多いリオルはあまり納得がいかない。
「んなこと言ったって、守ってるだけじゃポイントは稼げないんだぜ。こんなんじゃ優勝できねぇよ。さっさと、他のチームと戦おうぜ」
「しょうがないじゃない、リオル。だって、まだ火傷が痛むんでしょ? 洗い物もできないくらい痛いんでしょ? だったら、戦いなんてできるハズないわ」
「そんなことねぇよ、もう大丈…、いっ!」
反発して思わず拳に力が入ったリオルは、また手の甲の火傷に顔を歪めた。初日のゼレクとの戦いで負ったケガである。最初の3日間、校舎に食料調達に行くことも、敵チームに攻撃をしかけることもできなかった一番の理由はこれだ。
「でも、今日で4日目。食料もだいぶ減った。ケガしてるクセに、家事もしないクセに、リオルがたくさん食べるから……。そろそろ校舎に食料調達に行かないと厳しい」
さらっと真顔で言うメルフィにリオルは腹が立った。しかし、怒って力が入るとまた火傷が痛んでしまうので、顔を引きつらせながら何とか平静を保った。
「そうよね……。そろそろ、食料調達に行かないと厳しいわよね。じゃぁ、仕方ないか……。リオル、手の甲の火傷を見せて」
リオルは首を傾げながら、エリザが差し出した右手に自分の手を乗せる。すると、エリザが反対の手をリオルの火傷の上にそっとかざした。
エリザの瞳が翠色に光る。リオルの火傷の上で、翠色の風が静かに渦巻いた。すると、優しい風はあっという間にリオルの傷を癒し、痕跡一つ残さずに見事に完治させてしまった。
リオルは右手を握ったり、開いたりするが、もう全く痛みは感じない。
「すごい……」
メルフィは目を丸くした。リオルは驚きのあまり声すら出ない。天術というのは基本的には、自然を操る能力。傷を治す力なんて、聞いたこともない。でも、天術には、その人特有の能力が存在するいう噂だけは聞いたことがあった。
“癒しの風”は、エリザ固有の能力。リオルにもメルフィにも固有の能力はまだない。
「というか、そんな能力持ってるなら、どうしてさっさと治してくれなかったんだよ。3日も出し惜しみすんなよ」
感謝に遅れて苛立ちがやって来たリオルが文句を言うと、エリザはいつものように優しい微笑みを返した。
「ごめんね、リオル。うっかりしてたわ」
あの火傷は、リオルの行動を縛るいい薬。それくらいなら、アイリスも許してくれるだろう。
「さぁ。リオルのケガも治ったところで、早速、食料調達に校舎に向かうわよ、オー」
エリザは何食わぬ笑顔で拳を上げた。
午前10時57分。リオルたちチームFの3人は、寮から4km程の草原を歩いていた。
「残りおよそ6km、このまま行けば、校舎に着くのは12時半頃になりそうね」
「ちょっと遅くないか、エリザ? ペースアップして、12時ちょうどに着くようにしようぜ」
「それを決めるのはまだちょっと早いわ。あと3分待てば、レーダー機能が使える」
1時間に1度、レーダーで各チームの現在位置を確認する。その情報をもとに毎時間作戦を立て直すことが、このサバイバルゲームにおいて非常に重要である。
「1時間前にレーダーを確認した時、校舎に向かっていたのは、チームE、F、H、I、P、S、Xの7チーム。11チームが校舎付近で争った昨日よりは、いくぶんかマシね」
「でも、E、F、H、Iと島の東に4チームも偏ってるから、途中で鉢合わせる可能性が高い」
「そうね、メルフィ。きっと、どこもチームGを警戒してたのね。アイリスたちのチームGは、初日からずっと首位をキープしている。そのチームGが、昨日食料調達を終えたから、今日、周辺のチームが一気に校舎を目指している」
それはチームFも同じ。だからこそ、エリザは今朝までリオルの火傷を治さなかったのだ。
「ビビり過ぎだろ、どいつもこいつも」
「まだ勝手が良くわからないし、それくらいで丁度いいのよ。今日の目的もあくまで食料調達で、ポイント稼ぎじゃないんだから、下手に他のチームに攻撃する必要はないのよ」
「でも、チームGは昨日、食料調達ついでにごっそりポイント稼いでたぜ」
「うちはうち、よそはよそ。うちのチームの今日の目標は、ノーダメージで寮まで帰ることよ」
「そうやってすぐ仕切る……。オレは反対だぜ。リスクを恐れてたらリターンは得られない」
「私はエリザに賛成。せっかく守りの訓練をしたんだし、今日はそれを生かすべき」
「じゃぁ、2対1で、守りに徹するということで決まりね」
エリザは優しく微笑み、メルフィは小さく頷く。リオルは舌打ちをしてそっぽを向いた。
「10時59分。もうすぐレーダー機能が使えるわ。そして、その次に使えるのは、校舎が開く12時。この1時間、どういう進路をとるかはとっても重要よ。特に、同じ島の東側から出発したチームE、H、Iの3チームは、近くにいる可能性が高いから注意しましょう」
キーンコーンカーンコーン! 11時を告げるチャイムが響くと、3人はすぐに腕時計のレーダー機能を起動した。
「右前方1kmの地点にチームE。左前方1.5kmの地点にチームH。チームIは大きく南に迂回して、5km以上離れてる」
時計のレーダーを拡大しながら、メルフィが呟いた。
「チームEとHがちょっと近いわね。急ぎ過ぎると、衝突する可能性があるから、12時までの1時間は少しペースを落としましょう」
「ちょっと待てよ。わざわざゆっくり歩くことないだろ?」
「必要なら、12時のレーダーの後でペースを上げればいい。私はエリザの意見に賛成」
またまた意見の対立。しかし、これ以上ゆっくり歩いたら校舎に着いても食料を選ぶ時間がなくなってしまう。1対2だろうが、リオルはここは譲るつもりはなかった。
「そんなのんべんくらりやってたら…」
「ねぇ、リオル。風がとっても気持ちいいでしょ? 東の国もこんな感じなんだよ。景色も楽しみながら、ゆっくり歩こうよ」
リオルが文句を言いかけた所で、エリザが優しく微笑みかけた。リオルはそれでも自分の主張を貫くつもりだった。でも、何かがつっかえて続きの言葉が出てこない。
何だろう、この違和感は? でも、不思議と楽しい。
リオルに優しく微笑みかけるエリザ。キレイな髪が穏やかな風になびく。草原をバックにこんな素敵な笑顔を見せられたら、リオルはそっぽを向きながらもつい歩調を合わせてしまう。
「ったく……。ピクニックじゃねぇんだぜ。女ってこれだから嫌だ」
1時間に1度のレーダーが終わり、リオルたちはペースを落として校舎へと歩いた。15分程歩くと草原の終わりが見え、大きな森が広がる。しかし、3人の視界に広がる色は緑ではない。
「すごい……。綺麗……」
見たことも無いピンクの花を咲かせる木々に、メルフィは感嘆の声を漏らした。
「わぁ、サクラじゃない! まさか、リピー島でもサクラが見れるなんて思わなかったわ」
「サクラ? 東の国にもあるの?」
「そうよ、メルフィ。年に一度ああやって淡いピンクの花を咲かせるの。リオルも、綺麗だと思うでしょ?」
「ま……、まぁまぁかな」
そう言いながらも、初めて見るその木にリオルは不思議と心を奪われた。他の木にはない、魔力のようなものを感じる。サクラを見上げながら、3人は淡いピンクの森を歩いた。
「東の国には、サクラの名所がいくつもあるのよ。そうだ、卒業したら、2人とも東の国においでよ。私が色々案内してあげるわ」
エリザの提案に、嬉しそうに頷くメルフィ。しかし、リオルは頷くことができなかった。それは、リオルが素直になれなかったからではない。エリザの笑顔にどことなく儚さの様なものを感じたからだ。
風に吹かれ、サクラは舞い散る。それこそがサクラの魅力だとエリザは説明したが、リオルにはイマイチ理解できなかった。それでもやはり、この木はとても綺麗だと思う。
それからは3人ともしばらく黙って、サクラ並木をゆっくりと歩いた。その淡いピンクに、ひらひらと舞う花びらに、心も目を奪われる。そして、10分程経った、その時。
「動かないで!」
メルフィの突然の注意喚起に、リオルとエリザは驚いて足を止めた。その数秒後、拳大の火の玉が北の空から3つ飛来し、目の前のピンクのサクラが赤い炎に包まれた。メルフィが警告してくれなければ危なかった。燃え盛るサクラの木に、リオルたちは動揺する。
「敵か!? 右から来たってことはチームEだな。望むところだ!」
リオルは炎の飛んできた方向を目がけ、ブリザードを放った。しかし、腕時計は鳴らない。
「ちっ、外したか」
「攻撃はダメよ、リオル。守りに徹するって言ったでしょ?」
「いいだろ別に? 先に仕掛けてきたのは向こうなんだ。反撃くらいしないでどうすんだよ?」
「今度は反対から!」
メルフィの言葉に、エリザは慌てて後ろを向いた。翠の瞳を光らせ、木々の間を飛来する3つの火の玉を、突風で次々と吹き消す。その風に煽られて、見事なサクラ吹雪が宙を舞った。
「今度は反対から? まさか、私たち挟み打ちにされてるの?」
「11時のレーダーが終わった時から、チームEとHはずっと私たちを待ち伏せしてた。でも、殺気がダダ漏れで、サクラの森に入った時からバレバレだった」
エリザはそんなこと全然気づかなかった。流石はヒューム大陸に名を馳せるイリンヘリテッド家の末裔。人並外れた感覚を持っているようだ。
「でも、気づいてたならどうして言ってくれなかったの、メルフィ?」
「右から電撃!」
メルフィの声に素早く反応し、木の間を縫う電撃をリオルの氷の盾が防いだ。
「だって、今日は守りに徹する日でしょ? 攻撃してくるチームがいなきゃ特訓の意味が無い」
「もう……。まったく見上げたプロ根性だわ」
「メルフィの言う通りだ。それくらいじゃないと面白くない。いや、これでもまだぬるいな」
ニヤリと微笑むリオルに、エリザはとても嫌な予感がした。リオルが大きく息を吸う。
「ちょっと、リオル何をするつも…」
「お~い! しょうもない攻撃してんじゃねぇよ! アカメ! キメ!」
リオルの大きな声が、挑発が、森に響き渡った。自分に向けられた発言ではないことはわかっていたが、それでもアカメという差別用語にメルフィの表情が一瞬引きつった。
「ちょっと、リオルなんてことしてるのよ!」
「もめてる場合じゃない、エリザ。左右からまた攻撃が来る。さっきより大きい」
すぐに3人は瞳を光らせた。森の木々を薙ぎ倒しながら、炎と電撃が3人に迫る。右から迫る電撃をリオルの氷の壁が防ぎ、同じく右からの炎の波をメルフィが天術で操って2つに分断した。エリザは圧縮された空気の壁をつくり、左からの炎を鎮火し、電撃を地面へと逃がした。
「こんくらいじゃないと楽しめないぜ! ドンドン来いよ」
その後も、左右から、次々と炎と電撃が飛んできたが3人はうまく防いだ。
「そんな悠長な状況じゃないわ、リオル。とにかく、ここに留まるのは危険よ。このまま、2チーム6人に囲まれてしまったら逃げ場を失うわ。作戦変更、一気に校舎まで駆け抜けるわよ」
「そうこなくっちゃ!」
リオルは生き生きした表情で、メルフィは落ち着いた様子で、エリザは緊張した面持ちで。三者三様の表情を浮かべながらも、3人はともに校舎へと勢いよく走り出した。
「敵の殺気はわかりやすい。攻撃する直前の殺気を感じ取ったら、私が合図をする」
「頼りになるわ、メルフィ。このまま走りながら、守りに徹するわよ。訓練通りに、属性相性を考えながらうまく連携して、ノーダメージで切り抜けるわよ」
「右後方から炎! 左から電撃!」
チームEとHの左右からの攻撃は、主に炎と電撃だった。敵の炎にはエリザの風、敵の電撃にはリオルの氷。属性相性を考慮して攻撃を防ぐ。時々飛んでくる氷柱にはメルフィの炎の壁で、風の刃にはリオルが氷の盾で対応した。
守りに徹しながら森を駆けるチームFの3人。チームEとHの6人も、距離を保って数多くの攻撃を仕掛けながら、執拗にリオルたちを追いかけてくる。
「そこか!」
わずかに敵の姿が見えた。リオルは銀の瞳を光らせ、30m程先の木の影に氷の矢を放った。しかし、それは、敵の炎の壁によって防がれてしまう。
「ちょっと、リオル! 攻撃はしないって約束でしょ?」
「うるせぇな。守ってばっかじゃつまんねぇだろ?」
「右から電撃! 左後方から炎!」
メルフィの声。リオルは氷の壁で、エリザは圧縮した空気で、敵の攻撃を防いだ。
「ありがとう、メルフィ。完璧な指示よ。サポーターが優秀だと助かるわ」
「私は優秀なんかじゃない」
メルフィは超速でエリザの前に移動し、飛んできた氷柱を炎で溶かした。
『だって、私はイリンヘリテッド家の恥。落ちこぼれの失敗作だから』
数日前のその発言が、不気味な程無表情のメルフィが、エリザの脳裏に蘇った。身のこなしも、第六感も申し分ない。その上、天術を操る精霊の子。天術はまだまだ未熟だが、それでも、メルフィは殺し屋としてのセンスと才能に溢れている。そんなメルフィが、どうしてそんな言葉を口にするのか、エリザにはわからなかった。
「きゃっ!」
「エリザ!」
足を滑らせてバランスを崩したエリザを、咄嗟にリオルが支えた。リオルに抱きかかえられたエリザが地面を見ると、いつの間にか薄い氷が張っていて、滑りやすくなっている。
「左後方から、電撃!」
エリザを抱きかかえたまま、リオルが素早く氷の壁を作って、電気を地面に流した。
「ごめん、エリザ。私の殺気覚は、攻撃じゃないこういう補助的な技には反応できないの」
反射的に木に飛び乗ったメルフィが、凍りついた地面を指差しながら言った。
「謝ることじゃないわ、メルフィ。それに、ありがとね、リオル。ちょっと見直したわ」
倒れそうになって支えられたエリザは、リオルに向かって微笑んだ。恥ずかしくなったリオルは、すぐにエリザの体を起こす。そして、凍った地面を見て、照れた様子で口を開いた。
「ダメだ、この足元。氷を解除してもすぐ元に戻る。たぶん、サポート役の氷属性が1人ずっと氷を張り続けてるんだな。オレは慣れてるから大丈夫だけど、2人は滑っちゃう…」
「左右から炎!」
メルフィの声に素早く反応し、エリザが両手で風の盾を作り、炎を吹き飛ばした。
「大丈夫よ、私とメルフィは木の上を行くわ。私は天術で風に乗りながら、メルフィはもともとの身軽さと跳躍力で大丈夫よね?」
「うん、問題ない」
リオルは氷の上を駆けながら、エリザとメルフィは木を枝から枝へと飛び移りながら。3人は一直線に校舎を目指した。相変わらず手を緩めないチームEとHの左右からの攻撃。メルフィの声に素早く反応しながら、3人は特訓した以上の連携を見せた。
挟み撃ちからの逃亡が始まって、およそ30分。森の終わりが見え、ようやくこの鬼ごっこにも終わりが見えてきた。
「校舎だ!」
体育館の併設された3階建ての校舎は、どこにでもある普通の校舎のようだった。
「11時58分。いい時間だわ。リオル、メルフィ、このまま一気に校舎に入るわよ」
「うん」
森を抜けたその瞬間、小さく頷いたメルフィが素早く後ろを振り向いた。瞳を赤く光らせると、森の出口に火をつけて、チームEとHをしばらく足止めした。
校舎の周囲300mは、何もない平坦な荒野。その道を3人は一気に駆け抜ける。そして、残り100mの地点まで差し掛かった。
「殺気! それも10以上!」
「やっぱり、森に潜んでやがったか!」
緑、赤、黄、銀。たくさんの瞳が光る。リオルたちも瞳を光らせ、防御の体制に移った。
風、炎、雷、氷。10以上の激しい攻撃が、一気にリオルたちに襲いかかった。あまりの一斉攻撃に流石のリオルも足がすくんだ。こんなたくさんの攻撃、防ぎきれない。
「大丈夫よ。私に任せて!」
頼もしい声とともに、エリザの瞳が鮮やかに光った。巨大な翠のバリアが3人を包む。
固有能力“風封の護”。その内側はとても居心地の良い空間だったが、外側では圧縮された空気がもの凄い勢いで渦巻いていた。敵の風を飲み込み、炎を吹き消し、雷を弾き飛ばし、氷を粉々に砕く。“風封の護”は、10以上の敵の攻撃を完全にシャットアウトし、大切なチームメイトを見事に守った。
「すげぇ……。さすが、LU値1位」
「無傷で寮まで帰るって言ったでしょ?」
エリザはいつものように優しく微笑んだ。リオルとメルフィは、目を丸くしながらもゆっくりと頷く。森に潜む敵も相当に驚いた様子だった。
キーンコーンカンコーン! 12時を告げる音が響いた。校舎の扉がゆっくりと開く。
「さぁ、行くわよ!」
エリザの掛け声を合図に、バラバラな敵の攻撃を連携して防ぎながら、リオルたちは残りの100メートルを一気に駆けた。そして、ゴールテープを切るように、校舎に逃げ込む。
校舎に足を踏み入れると、そこにはN2Yがいた。
「チームFデスネ。オ疲レ様デス。ソレデハ、早速デスガ食料庫ヘトゴ案内致シマス」
扉の向こうでは、各チームが激しい戦いを繰り広げている。校舎の中は安全地帯。3人はホッと一息ついてN2Yの後に続き、校舎の廊下を歩いた。廊下から見えるがらんとした教室は、生徒がいないことを除けば普通の学校のものと同じだった。
「メルフィの話だと、夏はものすごく暑くなるみたいだから、ここで座学だといいわね」
「イヤだよ、座学なんて。精霊の子が普通に勉強したってしょうがないだろ?」
暑さは苦手なリオルだが、座学はそれ以上に嫌いだった。
「そんなことないわよ、リオル。私たちは、世界の平和を実現するためにたくさんのことを学ばなければならない。政治、経済、歴史、そして、何よりお互いの国のこと。私は、この島に来てそのことを痛感したわ」
「トテモ良イ心ガケデス。実ハ夏学期ノ課題ニツイテ、タダ今検討中ナノデスガ、エリザベール君ノ意見モ参考ニサセテ頂キマス」
「そう……。それは楽しみだわ」
向こうの空き教室を眺めながら、エリザは静かに呟いた。
「コノ階段ヲ降リレバ地下ノ食料庫デス。コレニ入ル分ダケ、持チ帰ッテ結構デス」
そう言ってN2Yがエリザに渡したのは、さほど大きくもないリュックだった。
「う~ん。ガイダンスの時も見たけど、このリュックだと、食料はせいぜい3日分って所ね」
「ソレデハ、私ハコレデ。次ノチームヲ案内シテ来マス。13時前ニハ必ズ校舎カラ出テ下サイ」
N2Yを見送り、リオルたちは階段を下る。40段程下ると、巨大で頑丈な扉の前に辿り着いた。
「せいやっ!」
リオルが重く大きい扉を開くと、冷たい空気が漏れた。巨大な棚には、肉や野菜を中心に百品目はあろうかという大量の食材が並べられていた。
「すごいわね。全生徒で、1年間で食べきれるのかしら?」
「うん、すごい。でも、寒い……。冷蔵庫みたい……」
「こんなの大したことないぜ。北の国はいつでも冷凍庫みたいだからな」
巨大な冷蔵庫の中、3人はリュックに詰める食料を探し始めた。
14時45分。この日のサバイバルゲームもラスト15分となっていた。チームFの3人は、寮まで残り700mの緑の森の中を悠々と歩く。ここまで来れば、ほぼホームグラウンド。いつも天術の訓練をしている、自分たちの家の庭みたいなものである。
「ちぇっ、つまんねぇの。帰りはどこのチームもビビって仕掛けて来やしない」
食料を詰め込んだパンパンのリュックを背負うリオルは不満げだった。
「エリザのあんな強力なバリアを見せられたら当然だと思う」
「私たちの見事なチームワークも見せつけてあげたしね。他のチームが、今後も私たちからはポイントを奪えないと諦めてくれれば幸いね」
挟み撃ちや集中攻撃を受けた往路と一転、復路はとても静かだった。
「今日も、このまま何事もなく、サバイバルゲームが終わるといいわ」
「何事もなかったらつまんねぇよ。午後は1度も天術使ってねぇし」
「いいじゃない。食料は調達できたし、私たちはノーダメージだし、今日の目標は達成よ」
「だから、やっぱりその目標が甘っちょろかったんだよ。ビビって守りに徹したりせず、オレたちもチームGみたいに積極的にポイントを奪いに行けば良かったんだ」
とはいえ、往復20kmの道のりはただ歩くだけでも十分に疲れる。往路では、体力も気力もそれなりに消耗したし、今から敵チームに乗り込もうとは、流石のリオルも思わなかった。
緑の森が終わり、視界が開ける。右手には砂浜と紫の海が広がった。3人は進路をやや左にとり、心地よい風が吹きぬける草原を歩く。
今朝干した洗濯物が風になびいているのが見えてきた。その向こうに学生寮を見つけると、まだ数日しか住んでいないとは思えない安心感をリオルは覚えた。
「誰かいる。私たちの寮の裏。待ち伏せして、私たちを狙ってる」
突然、メルフィが小さく呟き、リオルとエリザに緊張が走る。それでも、敵に下手に勘付かれないよう、今まで通りゆっくり歩いた。
「敵は3人。ベックスたちの殺気ではないから、たぶん近隣のチームDだと思う」
「チームDはまだ1度も食料調達に行っていないわ。もしかして、この食料を狙ってるの?」
「は!? ズルいだろ? そんなのありかよ?」
「ルール上は問題ない。だから、どこのチームも復路は争いを避けて慎重だった。どうする、エリザ?」
「残り10分。何とか争いを避ける方法は……」
「んなもんねぇよ! だったら、先制攻撃だ!」
銀色の瞳を光らせ、リオルがブリザードを放った。地面を這うように進む真っ白な冷気が、草むらと洗濯物を凍らせ、その奥にある自分たちの寮へと襲い掛かる。
その瞬間、寮の手前に上昇気流が発生し、洗濯物ごとブリザードを巻き上げた。風の天術を使ったのは敵ではない。光が収まった翠の瞳が、リオルを睨む。
「バカ! 寮を攻撃したら大幅な減点なのよ。そうじゃなくても、私たちの大切な家なんだから」
エリザが血相を変えて怒った時、寮の上から斜めに降り注ぐ無数の雹が3人に襲いかかった。1人冷静だったメルフィが赤い瞳を光らせ、炎の盾で仲間を守る。
「もう争いを避ける方法はないわ、エリザ」
寮の方から、火の玉と風の刃が飛んできた。それを、エリザの風とリオルの氷で防ぐ。
風、炎、氷。敵は寮にうまく身を隠しながら、リオルたちに次々と攻撃を仕掛けてきた。
反撃したいリオルだが、敵はリオルたちの寮を盾にしているため難しい。
「チクショウ、卑怯な真似しやがって……。これじゃ、防戦一方じゃねぇか」
「それでいいのよ、リオル。もともと今日は、そういう作戦なんだから」
草むらを切り裂き、荒れ狂うハリケーンが迫る。リオルは氷のバリアで3人を覆った。
火花を散らせ、激しい炎の渦が迫る。エリザは、反対周りの風の渦でそれをかき消した。
音もなく無数の氷の矢が忍び寄る。メルフィは同じ数の火の玉でそれらを全て溶かしきった。
「残り5分。これなら全然防ぎきれる」
メルフィの言う通り、防戦一方だが決して押されてはいなかった。もともと防御特化の天術。その上、3人は属性相性を生かし、連携してお互いを守っていた。
寮の左からブリザードが渦を巻いて迫る。メルフィが赤い瞳を光らせた。敵のブリザードが炎の盾に当たる、その瞬間、メルフィは思わず目を丸くした。
渦を巻いて直進していたブリザードが突然グニャリと曲がり、炎の盾をかわして横からメルフィに襲いかかったのである。それでも、メルフィは反射的に身を翻し、持ち前の身体能力でその攻撃を鮮やかにかわした。しかし、次の瞬間、メルフィはもう一度目を丸くした。
かわしたブリザードが、そのまま隣のリオルに襲いかかったからである。メルフィの影から迫る真っ白な冷気に、リオルも完全に意表をつかれた。
その時、リオルの周囲を風が勢い良く渦巻いた。ブリザードを巻き上げてリオルを守ると、エリザは2人に優しく微笑んだ。
「なかなか優秀な風属性のサポーターね。相手のブリザードと火炎は、風に乗って不規則な動きをしてくるわ。メルフィはブリザードの動きに注意して。私は火炎を防ぐから」
風属性のサポートを生かした敵の攻撃を、メルフィとエリザが次々と防ぐ。敵の風のサポートはメルフィの殺気覚に引っかからないが、それでも2人は冷静に対応していた。
リオルは、そんなチームメイトの凛々しい姿をただ眺めていた。属性相性を重視するのが、チームFの戦い方。敵の風属性がサポートに回ったために、リオルはやることがなくなってしまったのだ。
「おい、アカメ! そんな所でこそこそしてんじゃねぇよ!」
「こら、リオル! そういうこと言わない!」
やる事がないのでとりあえず挑発してみたが、速攻でエリザに怒られた。敵は安い挑発に乗ってはくれず、姿を隠したまま攻撃を続けている。こうなると、リオルはもう本格的にやることがない。しかし、だからと言って、残り時間をボーッと過ごすようなリオルではなかった。
「じゃぁ、こっちから行くぜ!」
リオルは銀色の瞳を光らせ、敵が身を隠す自分達の寮へと突進した。
エリザの目の前まで迫っていた炎の渦がUターンをして、背後からリオルに襲い掛かかる。
「ちょっと! リオル……。もう!」
エリザが敵の炎からリオルを守った。続いて迫るブリザードも、メルフィの炎がかき消す。
「っしゃあ!」
チームメイトに守られ、リオルは一気に寮の裏へと躍り出た。ずっと隠れて攻撃をしていた敵チームの3人が恐怖に顔を歪める。
「くらえぇぇぇええええ!」
リオルの拳が地面を打つと、巨大な3つの氷塊が、チームDの3人に襲いかかった。顔面に、下腹部に、背中に、固い氷は見事にクリーンヒットして敵を3m以上吹き飛ばした。
ピピッ! 少し遅れて、腕時計が攻撃のヒットを告げる音を鳴らした。
「まだまだぁ!」
既に手負いの3人は、銀色に光るリオルの瞳にまた顔を歪めた。その時である。
キーンコーンカーンコーン! サバイバルゲームの終わりを告げる15時のチャイムが響いた。
「ちぇっ……。運のいいヤツらめ」
リオルはそう呟いて、背を向けて逃げるチームDの3人を見送った。
「リオル! 大丈夫?」
エリザとメルフィが慌ててリオルのもとに駆け寄った。リオルが生き生きとした表情で振り向く。
「あと30秒あれば、立ち上がれないくらいボコボコにしてやったのに」
「少し血が出てるわよ、リオル。大丈夫?」
エリザはとても心配そうな顔で、リオルの頬の小さな傷を覗き込んだ。
「ああ。こっちが攻撃した時に、向こうの風使いが反撃してきて相打ちになったんだ。でも、大した傷じゃない。ダメージだって向こうの方が全然大きかった。ほら、これ見てみろよ」
『チームF マイナス60ポイント プラス420ポイント 現在のポイント 10060』
リオルはとても得意気にポイントを見せたが、エリザは思わずため息をついた。
「もう……。大したケガじゃないからまだ良かったけど、敵が罠を張ってたらどうするの?」
「ポイントを奪われたら、それ以上に奪い返せばいいだけだろ?」
「違うわ、リオル。ポイントのことを心配してるんじゃないの。私はリオルのことを心配してるのよ。もう……。メルフィもリオルに何か言ってあげてよ」
困った様子でメルフィを振り返ったその時、エリザは戦慄した。
「メル……フィ……?」
メルフィの様子は明らかに普通ではなかった。異常だった。常軌を逸していた。全身が痙攣を起こしたように震え、顔は絶望に歪んでいた。まるで魂を抜き取られたようで、いつも可愛らしい顔からは全く生気が感じられない。
それでも、その赤い瞳がどこを見ているのかだけは明らかだった。
リオルの頬の傷。流れる赤い血。
「いやぁぁぁぁぁぁああああああああああ!」
メルフィがとても人間のものとは思えないような、不気味な悲鳴を上げた。
「いやだ……。もういやだ……。もう人殺しなんてしたくない……」
メルフィは力なくその場にしゃがみ込むと、ひどく怯えた声で何度も呟いた。涙の流れる目の焦点は定まらず、全身が小刻みに震え続ける。あまりに異様な光景に、エリザは全身の血の気が引く思いがした。そして、メルフィの悲しい言葉が思い出される。
『だって、私はイリンヘリテッド家の恥。落ちこぼれの失敗作だから』
まさか、メルフィは血を見るとパニックを起こしてしまうの?
「ごめんなさい……。でも、もういやだ……。人殺しなんてしたくない。もう誰かが死ぬのなんて見たくない。いやだ、いやだ、いやだ……。ごめんなさい……。ごめんなさい……」
メルフィは震える声で、壊れたように首を振り続けた。確かに、素晴らしい感覚と才能を持っていても、血を見ただけでパニックを起こしてしまうようでは、殺し屋失格なのかもしれない。
でも……。メルフィはそんなことをするために生まれてきたんじゃない!
「メルフィ! メルフィ……。大丈夫だから。もう、大丈夫だから……」
エリザは膝をついてメルフィをぎゅっと抱きしめた。強く、優しく、精一杯の愛情をこめて。
「もう泣かなくていいんだよ……。もう謝らなくていいんだよ……」
エリザは恐怖や絶望から守るようにメルフィを抱きしめた。
「メルフィは落ちこぼれなんかじゃない。失敗作なんかじゃない。メルフィはこんなに優しい子。私とリオルの、大事なチームメイトなんだから」
優しい手が頭を撫でると、メルフィの震えも徐々に収まる。エリザに抱きしめられ、少しずつ落ち着きを取り戻すメルフィの様子を、リオルはただただじっと眺めていた。