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ひも

作者: タロ

 ひもが切れた。

 夜、寝ようとした時だ。夕飯を食べ、シャワーを浴びて、テレビを見ながら晩酌していたら眠くなったので、立ち上がり、天井からぶら下がるひもを引っ張った。そしたら、部屋は暗くなったが、同時にブチっとひもが切れた。普通に引っ張ったつもりが、思わず転びそうになる。もちろん、転びはしなかった。代わりに座卓にすねをぶつけた。

 私は、痛むスネをさすった。

 その手には、ひもが握られていた。

 そして、気付いた。

 ひもが切れた、と。



 ひもが切れてしまった。

 しかし、絶望はしない。

 むしろ、感謝すらしたい気持ちが胸にはあった。

 夜に電気を消そうとして、消せなかったら困る。眩しくて、睡眠に支障が出るだろう。だが、そんな心配はいらない。私の手にある、すでに力無くダランとくたびれているひもが、最後のふんばりをみせて、電気を消してくれたのだ。

 ありがとう、ひも。

 そう心の中でひとこと御礼を言い、ひもを座卓の上に放った。

 私は、眠いのだ。

 床についた私は、ひものことなどはすっかり忘れ、頭の中に鬱屈とした日常を忘れられるような楽しい夢という名の妄想を描き、ゆっくりと意識を手放した。



 朝起きると、いやなモノを目にした。

 座卓の上にある、切れたひもだ。

 昨晩は酔っていたせいか感謝したような気もするが、とんでもない、今となっては情けないではないかと咎めたくなる。

 ひもが切れると、どれだけの面倒を私が被ると思っている。

 まず、明りを点けるのが面倒だ。根元の方からひもは切れたので、無様に残った二センチ弱の先端がほつれたひもを引っ張らなければならない。その為には、いつものように立ち上がるだけでは届かないから、座卓の上に乗らなければならない。それに、明りを切るのも面倒だ。なぜなら、とは言うまい。

 とにかく、このままでは面倒だ。

 私は、切れたひもを結び直すことにした。

 しかし、これもまた面倒くさい。いや、本当に。

 物が計算されたはずの散らばりを見せる座卓の上で、両手を上げたままという苦しい姿勢で、指先に神経を集中させねばならない細かな作業をするのだ。

 長い方のひもの先端を軽く結び、短く残った方を中に入れ、ギュッと結ぶ。言葉にすればたった三工程なのだが、いかんせん私は不器用だ。

 ギュッと結んで繋ぎ合わせるつもりが、するっと抜けて、結び目だけを作る結果に終わること、二度や三度ではなかった。軽く結ぶ、という第一工程でミスしたことも、けして少なくない。

 だが、艱難辛苦を乗り越え、私はひもを結び直した。

 少し短くなったひもが天井からぶら下がるのを、私は満足感を持って見つめた。



 ひもが、短くなった。

 以前のように暗闇の中を手さぐりで明りをつけようとしても、うまくできない。気持ちちょっと上に手を伸ばさなければならなくなった。

 だが、それだけのこと。

 明りはちゃんと点く。

 部屋は明るくなる。

 しかし、それだけのこと。

 私の気持ちが明るく晴れるワケではない。



 今日という日を振り返る。それか昨日か、思い出せるならもっと前のことか、なんなら明日以降のことを予想して思ってもイイ。

 どうだろう?

 私が如何に寂しい毎日を過ごしているか、ということだけがわかるだろう。

 今日は少し心に乱れがあるようだ。いつもと同じような日常を、すんなりと受け入れられない私がいる。何でもないことのはずなのに、天井からぶら下がるひもの結び目から眼が放せない。

 不思議な気分だ。

 私は、このひもが羨ましい。

 一度切れてしまっても、それでいいとせずに、また結ばれたひもが、羨ましい。

 私が結んだひもに、嫉妬の感情すら覚える。

 なぜだろう?

 私は考えてみた。すぐに理由はわかった。

 私は、切れたままのひもなのだ。あの晩、冷静な判断力を欠いていた私が、いいじゃないか、と妥協してしまい放置した、あの時の切れたひも、そのものなのだ。

 今の私からは想像つかないかもしれないが、かつては私にも友人がいた。けして多くはないが、たしかにいた。そこに繋がりがあった。だが、その繋がりも、いつのまにか切れてしまった。いきなりプツンと、ゆっくりスルリと、どうやってかは知らないが、次々と切れてしまった。そして私は、それを、それでもいい、として放置してしまった。

 どうして繋がっていたのだろう、なんて繋がっている時は考えもしない。だけど、その繋がりが切れてしまった時、少しだけ『繋がり』ということを意識する。そして、その繋がりは、時として思いもよらないタイミングで切れてしまう。もう戻せないこともあるし、戻せることもある、だが、再び繋ぎ合わせることが解くことと比べて理不尽な程に難しいことだと、今の私は知っている。

 もういちど、また、結び直したひもを見つめる。

 一度は切れてしまったこのひもを、また結び直せたことを思い出す。

 やはり、今日の私は少々おかしいらしい。

 涙が零れてきた。

 結び直す時の苦労を思い出して流れた涙ではないはずだ。

 では、なんの涙だろう?

 疑問は、そのままにした。



 私の部屋の天井からは、ひもがぶら下がっている。

 そのひもは、ある日 切れた。

 結び直したら、短くなった。

 短くなったひもは、少々不便だ。

 だが、繋がっている。

 前よりも近くなって、明りと繋がっている。

 結び目も見える。

 たしかに繋がっている。



 私は、ひもを引っ張った。

 ゆっくり、力を抜いて、またひもが切れないように引っ張った。

 部屋が暗くなる。

 寂しくなって、私は泣いた。

 外との繋がりの無い部屋で、私は泣いた。 


暗いけど、まぁいいか…。



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