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もしも、職場で面倒をみられる事になったら(2)

「お待たせしました」

 給湯室という名の最新魔法調理システムな場所でクレープを作った私は、仕事場の皆さんに配りながら、お菓子の力って偉大だなぁと一人感心する。

「いつもありがとうな」

 そんな中アスタの同僚であるおじさんが、お礼を言いながらお皿を受け取ってくれた。

 お礼を言われるたびに、本当にアスタの職場の人って心が広い良い人ばかりだなと思う。混ぜモノが作った料理なんて普通だったら好き好んで食べたくないだろうに拒否される事はほぼなかった。勿論【混ぜモノ】であることは料理でうつるような病気とはまったく違うので、知識がしっかりしているから無暗に恐れたりもしないのだとは思う。

 でも、仕事はできても性格に色々難ありなアスタの同僚なんてやってる人達なのだから、彼らの心が広いのは間違いない。


「今日はクレープなんですね」

「はい」

 リストの所へクレープを持っていくと満面の笑みで出迎えられた。そんなにお腹が空いていたのだろうか?

「オクトちゃん」

「はい」

「ずっとこの職場にいて下さい。本当に、マジで、この通りです」

 何故か頭を下げられ、私は固まる。

 ずっとと言われても、この世界の私ではないので、ちょっと答えにくい。私ならそれは無理ですと言ってしまうが、IFの世界の私も同じ答えになるとは言えないぐらい生活環境が違った為に。

「エンド魔術師とアスタリスク魔術師を止められるのは、もうオクトちゃんしかいないんです。この世界を救うと思って」

 そんな君が勇者だというようなノリで言われても困るんですけど。

 内容が内容なのですごく重い言葉ではないが、何といえばいいのか分からない。

「……少々大げさかと」


 リストがこんな事を言うのは、たぶん少し前のできごとがあったからだろう。

 実はついさっき、エンドとアスタが険悪なムードになってしまったのだが、エンドの休憩という言葉に便乗して、何かお菓子を作りますと言って話を逸らしたのだ。

  するとお菓子という言葉に2人は睨みあいを止め、何を作るのかと色々聞いて来たので、材料を見てから決めるというと二人はいそいそとついてきた。そして皿の準備などを手伝ってくれ、いつの間にか喧嘩の内容はうやむやになったのだ。まさかこんなに上手く行くとは思ってもいなかった。

 だからこその、お菓子の力って偉大だなぁという感想だったのだけれど、流石に世界を救うようなものではない。

「そんな事ありません」

 ガシッと私の手を掴むとリストは首を振った。

「今まで僕がどれだけ迷惑を被ったか。アスタリスク魔術師は自由に傍若無人だし、エンド魔術師はマイペースすぎますし……うっ。思い出すと心の傷が」

「えっと。何だか、すみません」

 私の義父と、同族が迷惑をかけたようで。

 私が誤る必要はないのだろうけれど、何となく申し訳なくなる。


「ちょっとくらい苦労させておいた方がいいぞ。じゃないと、リストは女遊びが酷くなるからな。コイツは苦労を感じるぐらいでちょうどいいんだ」

「えっ?」

 近くにいたおじさんの言葉に私は固まる。

 えっと。女遊び? 彼が?

 アスタやエンドよりも年下な彼は、タラシのようには見えない。

「人聞き悪い事言わないで下さいよ。オクトちゃんが勘違いするでしょうが。僕はただ、女の子の友達が多いだけ――オクトちゃん、さりげなく離れるのは酷いですよ」

 いや。だって。

 このおじさんが嘘をついているようにも見えないし。女友達って、ガール・フレンドという事で……。

「その通りだ。この女タラシに近寄ってはいけない」

「あと、このエルフにも近寄ったらいけないけどな」

 リストと話していると、クレープを配り終えたらしい、アスタとエンドが私の背後に立った。


「子供はいつかは巣立つものだぞ」

「オクトはずっと俺と居るからいいんだよ」

「結婚はどうするんだ?」

「俺は、俺よりも強い男以外、絶対認めないからな。オクトはか弱いんだ」

 うーん。背後で繰り広げられる会話はオーソドックスな親ばかの会話っぽく聞こえる。しかしアスタより強い相手しか認められないという事は、つまり結婚は許さないと言っているのと同じだと思う。もっとも結婚なんてする気は多分この世界の私もないだろうから問題はないだろうけれど。

「なら、私は問題ないな」

「俺が、陰険エルフより弱いわけがあるか」

 ……何故、あえて喧嘩をふっかけあっているのだろう。

 アスタとエンドは、まるで好きな子にちょっかいかけるような関係だなと思う。ただ、それを口に出してはいけないぐらいは分かっているので、私はもう一度お菓子の威力に頼る事にする。

「あの……」

「何だい、オクト」

「2人とも疲れたと思うから、休憩してクレープ食べよう?」

 2人を見上げながら私はそう伝えた。

 ここで笑顔というのはおかしいので、とりあえずどうしたらいいのか分からず首をかしげながらになってしまったけれど。


 しかしお菓子の威力はすぐに発揮された。

「何てうちの子は優しいんだ」

 アスタはしゃがみこむと私を抱きしめた。ギューギュー抱きしめられて、ちょっと苦しいが、部屋で攻撃魔法を発動させられるよりはマシだ。

「とりあえずアスタリスク魔術師、放してあげてお菓子を食べさせてあげて下さいよ。小さい子は沢山食べて大きくならないといけないんですから。オクトちゃんもお腹が空きましたよね」

 この世界に昼食の概念がないため、このおやつがある意味お昼御飯だ。確かに一度にたくさん食べられない私は、通常の幼児と同様に頻回食をしておいた方がいいだろう。


 リストの言葉にしぶしぶと私を放したアスタは、私の手を引いて先ほどまで本を読んでいた部屋へ移動する。移動した先には既にクレープや紅茶が3人分準備されていた。どうやら私が配っていた間にアスタかエンドがお茶会の準備をしてくれたらしい。

 家事が一切できなかったアスタが?! とちょっとびっくりなのだが、アスタ自身の魔法を見る限り不器用な方ではないし、たぶんやる気の問題なのだろう。どちらにしろ、お茶の準備ができるようになるまでの過程を知らないので、私にはかなりの急成長に思えた。

「アスタが準備してくれたの?」

「もちろん」

 マジで? という意味で尋ねると、アスタが何かを期待したような顔で私を見た。えっと……。

「えっと。ありがとう、アスタ」

 お礼を言うと、アスタは子供の様に嬉しそうに笑った。その笑顔にドキリとする。

「……見慣れてはきたが、魔族が笑うと気味が悪いな」

「お前が気味悪がっても、オクトはそんな事ないからいいんだよ」

「ここの準備は私も手伝ったんだが」

「言いたい事だけ言うのは会話じゃないからな」

 間違いない。エンドさんの言い分も。

 アスタの邪気がまったくないような笑顔は何となく慣れないので、気味が悪いとまでは言わないが、見るたびにドキッというか、ギクッとするというか、とにかく驚いてしまう。

 でも今回は珍しくアスタの言い分も正しい気がした。気味が悪いと言う言葉は面と向かって言うものではないだろう。ただこのままでは、またもここで喧嘩が起こりそうなのであえて掘り返す真似はしない。

「あの。エンドさんもありがとうございます」

 私はお礼を言って、もう食べると合図するように席に座る。するとその隣にアスタ、私の正面にエンドが座った。強硬手段に出てみるものである。


「やっぱりオクトの作る菓子は美味しいな」

 女性が居ないわけではないが、基本王宮魔術師の研究部署は男職場のようだ。あまり菓子を食べる事もないのだろう。

 その為私が作る菓子の評価は高いようで、2人とも美味しそうに食べてくれた。

「リストが持ってくる菓子のような邪念を感じない」

「……邪念?」

 エンドは天然系なのか、時折会話が不可思議だ。というか、邪念って何だ、邪念って。美味しい、不味いともまた違う感想だ。

「ああ。リストが女友達に貰ったものをたまに持ってくるんだよ。時折毒入りもあるから気を付けないといけないんだよな。オクトは絶対食べちゃダメだからな」

 毒入りってどれだけ恨まれているんだろう。

 リスト……。

 普通の人かと思ったけれど、これからは認識を改めた方がよさそうだ。女癖が悪いのはやはり嘘ではなさそうである。


「えっと、毒は大丈夫だった?」

「私が解毒に詳しいからな。後はリストが一口食べ毒見をするようにしている。女癖は悪いが、アイツの舌は精度が高いからな。異物にはすぐに気が付く」

 毒見って。

 もしかして、エンドが居るからここで毒見をしているのかもしれない。万が一少量食べただけでも倒れるものだった時の為に。

 でも危険かもしれないものをあえて食べるリストは、ある意味平等に女性に優しいといってもいいのだろうか。なんとも評価をしにくい人だ。とりあえず言えるのは、魔術師というのは変わり者が多いと言うことぐらいか。


 しばらくの間、3人で雑談をしていると、扉がノックされた。

 おっと。少し長くしゃべりすぎただろうか。そう思いつつ扉の方を見れば、会話の中で良く出てくるリストが顔を蒼白にしながら立っていた。

「あ、あの」

「何だよ。今いいところなのに」

 いや。別に普通の会話だったんだけど。

 会話を邪魔されたアスタは少しだけ不機嫌そうな声を出す。微妙に怖い。

 しかしリストはそんな不機嫌なアスタにも負けずに用件を続けた。

「実は王子達が面会に来ているんですけど……会ってもらえませんか?」


 ……王子達?


 そう言えば、ここは王宮の一角なんだっけ。すっかり忘れていたけれど……。

 面倒な事が始まりそうな予感しかしない単語に、私は出来たら断って欲しいと思うが……思うが……。蒼白な顔のリストを見るとその願いはきっと叶わないだろうと悟った。

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