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もしも、海賊から帰るのが遅かったら(3)

「――というわけで、サワークラウトを食べるといい」


 壊血病の予防方法を私は教えつつ、内心ため息をつく。私の前には海賊の船長とアスタ、ライ、さらに何故かカミュまでいる。何だこの状況。

 しかも元の世界では私をアスタの家に帰してもらう為、1つ前のIFの世界では私を魔法学校へ通えるようにする為の取引材料だったはずなのに、今回は海賊の船を燃やしてしまった事に対するお詫びとして情報提供をしている。

 まさか犯罪者である海賊に謝罪しなければいけない事態になるなんて、……色々アスタがラスボスすぎる。養女として、はたしてこれから私はどうしていくべきなのか。

「これだけの情報があれば、船を壊された弁償としてはちょうどいいんじゃないかな?」

「まるで調停役を買って出ているような口調だが、王子様は賢者側というわけではないだろう?」

 カミュが今までの話をまとめると、船長は面白くなさそうな顔をした。さすがに船を丸焦げにされ、さらに船員の命まで危機にさらされたのだ。人さらいをやっていたという自業自得な部分があるとはいえ、いつも通り笑っているわけにはいかないだろう。

「まあね。でも僕としてはこれ以上騒動が大きくなるのは避けたいんだよね。だから昨日も伝えたけれど、いい加減彼女を彼の所に返してあげてくれないかな?」

 やっぱり昨日も来ていたのか。

 そしてIFの私。どうして昨日その場に行かなかったのと、説教したい気分だ。船長と関わりたくないのは分かるし、自分も出来るならそんな人さらいをする親玉に積極的に関わるなんてしたくはない。

 でもそれをしなかったばかりに、現在更に胃痛を増やしそうな事態になっているのだ。


「本当にこの魔族の所へ帰していいのか?」

「えっ?」

 船長の不穏な言葉に、私はビクッとする。やめて、これ以上アスタを刺激しないで。

 現在の私は、アスタの家に閉じ込められるかもしれないという危機に瀕しているいるのだ。引きこもりニートにならない為にも、何とかして回避しなければいけない。

 下手に刺激をして強硬手段に出られたら、力のない私では太刀打ちなんて出来るはずもないので、とにかく止めてくれ。

「娘を攫われたとはいえ、突然船を攻撃するような男にまともに子供が育てられるとは思えないけれどな。もしもそこに、オクトがいたらどうする気だったんだ?」

 間違いない。

 アスタに子育ての能力があるとはとても思えない。むしろ、ヘキサ兄、良く育ったなと常々思っている次第だ。もっともヘキサ兄の場合、伯爵家でメイドや執事が居たから大丈夫だったのだろうけれど。

「オクトがあそこに居ない事は確認したさ。船の中にはゴミしかいないと確認できたから燃やしたまでだが?」

「ゴミとは酷い事を言ってくれるな。子供の前でそういう事を言う所が問題だと俺は言っているんだが?」

 だから煽るな。

 マジで。

 死にたいのか、この野郎。


 私は船長とアスタの会話にビクビクしてしまう。

 そもそも、口が悪いのはアスタだけではなく、海賊も同じ。アスタだって海賊にだけは言われたくないだろう。

「と、とにかく。予防方法は教えたから……えっと。良ければさっきのサワークラウトのレシピを調理長宛に紙で残すけど」

「そこまでする必要はないだろ」

 アスタが話は終わったとばかりにに私の手を掴もうするので、さっと逃げる。

 勿論私だって帰ってしまいたい。この状況は胃痛が酷くなる。でもこのまま何もせずに帰れば、更なる問題に直面するのだ。

「えっと。そうだ。アスタお願い。私に文字を教えて?」

 私は先ほどしたのと同じように、アスタに対して上目づかいでお願いをする。

 実際にこのお願い方法が有効なのは先ほど認識した。この方法はできるだけ子供っぽさをアピールするのがコツな気がする。

 とにかくお願いを叶えたくなるように仕向けなければいけない。


「……仕方無いな」

 そう言いつつも、アスタの口元はにやけていた。

 それに気が付いたらしい、ライが顔を引きつらせる。アスタのにやけ顔がいつもと違いすぎて怖いのだろう。カミュは気が付いているだろうけれど、笑顔を崩さない。流石腹黒。

「ありがとう」

 とりあえず笑っておくか。

 アスタの機嫌を損ねるわけにはいかないので、私が今持っている武器をふる活用する。

「まさか、オクトが笑うなんて」

 私の渾身の笑みに対してライがとても失礼な事を呟いた。私の事を何だと思っているんだ。私だって、笑えないわけじゃない。普段は笑う必要を感じていないだけで。

「俺の娘は可愛いだろ」

 アスタが上機嫌な様子で私の頭を撫ぜ自慢する。それすら、ライにとっては未知な行動らしく、慄いていた。

「もう、絶対離さないから。怖い目にも合わせたりしない」

 上機嫌だけど、私の危機は去っていなさそうだ。

 この調子なら私のお願いを聞いてはくれそうだけど、過保護モードなアスタは私を簡単に外出させてくれないだろう。それこそ、自分と一緒でない限り――。


「あ、アスタ。そうだ」

「ん? どうしたんだ?」

「私もアスタとずっと一緒に居たい」

 アスタが珍しく満面の笑みを浮かべた。アスタって、こんな風に笑うんだと私は初めて知る。

「だけどアスタが魔法の研究をしているのも好き」

 仕事を止めて私と一緒に居ようと、とんでもない事を言いだす前に私は更に言葉を重ねた。

「仕事に行ってしまったら、一緒に居られないぞ?」

「だから私もアスタの仕事場に一緒に行きたい」

 本来職場に子供なんて連れていくべきではない。そこに託児所があるわけでもないのだから。でもこの危機の回避方法はこれしかない。

「お願い、アスタ。いい子にしてるから」

 私は上目づかいで、お願いをする。

 アスタの過保護モードが終わったら、また普通に買い物などに行ったり家事をしたりして、会社に行くのを止めればいい。それまでの間だけ、職場の人には悪いが我慢してもらおう。


『オクト、移動なのじゃ』


 唐突に耳に響いたトキワの声と共に、体から意識が引きはがされる。

 えっ。このタイミングで?

 今度は前回に比べてとても急だ。何とか希望の光だけは見つけたから、後はIFの私頑張れと祈りながら、私は意識を失った。





◇◆◇◆◇◆◇◆





 がばっと体を起こすと、近くに積まれていた本が崩れ落ちた。

「ここは……宿舎?」

 本が地面に平積みされているのは私の家のようでもあるが、この懐かしい部屋はアスタの働いている王宮魔術師の宿舎だ。

 ということは元の時間に帰ってこれたという事はないだろう。しかし場所が海賊のアジトでもないなら、移動はしたのだろう。

「トキワさん」

「急にすまんかったのじゃ。少々問題が起こってのう」

 トキワさんの名前を呼ぶと、トキワは空中に現れた。そしてぷかぷかと浮かんだ状態で私を見下ろす。

「問題?」

「些細な事じゃよ」

「そもそも、どうして私はこんな事になっている?」

 私の神経がすり減りそうな状況ばかり、何故起きるのか。言葉を濁されてしまって今回の原因を私は聞いていないが、聞く権利はあると思う。

 いい加減、私も早く元の時間に戻りたい。

「些細な事故じゃ」

「些細なら教えて」

 なんとなくだが、言う必要がないからではなく、わざと濁されている気がする。トキワさんが濁さなければいけない事故とはなんなのか。


「そうじゃ。急いで移動したからのう。ここは先ほどの時間より少し先の未来で世界は跨いでおらぬ」

 トキワは慌てたように話を逸らしてきた。

 怪しい。怪しいが、先ほどの時間の未来という言葉に、私は現在状況の確認の方が先決だと考えた。

「監禁は?!」

 私は引きこもりニートルートからの脱却はできたのだろうか?

 果たしてこの世界の私は、あの後どうなってしまったのか?

「……されておらんようじゃのう」

 遠くをながめながら現状を読み取ろうとするトキワさんの言葉に、ほっと息を吐く。よかった。上手くいったのか。

「ここでのお主は、親馬鹿と化した魔族の仕事場に毎日ついていっておるようじゃ。元々お主は無口じゃからのう。特に迷惑をかける事もなく上手く受け入れられたようじゃ……むしろ――」

 不意にトキワさんの言葉が切れたかと思うと、瞬きをする間に姿を消してしまった。

 何だと思えば、部屋のドアが開く。


「オクト、起きていたのか?」

 アスタに対して、私はコクリと頷いた。

「ちゃんと夜は眠れたかい?」

 私の近くへやって来たアスタはしゃがむと私と視線を合わせ心配そうに訪ねてきた。……ん? 

「えっと。大丈夫」

 私がベッドから降りると、アスタは私の頭を撫ぜた。

「じゃあ会社へ出かける準備をしよう」

 そう言って、アスタは私の手を掴む。あれ? いつもなら私がアスタを起こしに行くか、もしくは料理をしている所にふらっとアスタが起きて来るパターンが多い。なので、私の部屋へアスタが起こしに来るという状況はかなり違和感がある。

 そのままアスタとリビングへ行き料理を開始した私は、更なる違和感を感じた。なんとアスタが料理の手伝いを甲斐甲斐しくしはじめたのだ。何かが、私の時間と大きく変わっている。


 IFの私。どこまでアスタを飼いならしたんだ。


 私はアスタの変貌に、大きな戸惑いを感じた。

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