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もしも、海賊から帰るのが遅かったら(2)

 うわぁ。大惨事。


 ライと一緒に海沿いに向かう途中で既に赤々とした光が見えた。あれはきっと、船が燃えている炎の光だろう。魔力を目に集めると、火の属性の魔力が濃厚になっているのを確認できて、そう推測する。

 つまりは間違いなく、あの光の場所では魔法が使われていという事だ。そして音から察するに、攻撃魔法に違いない。今更これが太鼓の音ですという事はないだろう。

 ……一度爆発させて燃やし尽くすタイプの消火活動だったら別だけど、その方法は迷惑極まりない。もしもそうなら、どうしてそれを選んでしまったという感じだ。

「ヤバそうだなぁ」

 ライの言葉に、はっと私は目に魔力を溜めるのを止めた。

 そういえば、まだこの時の私は魔法を使ってはいけないのだった。昔は魔法なんてなくても過ごせたのに、一度使ってしまうと魔法のない生活は色々不便を感じる。


「早く行かないと」

 上空には雲が立ち込め、稲妻のようなものが時折走る。自然にできたとは思えないような、1ヵ所だけにできた雲はきっと魔法が関係している。

 アスタの属性は闇と火。2種類はどちらも雷が起こせるものではない。となれば、あえて魔力を別の属性に転換し、あの魔法を起こしているという事だ。

 雷と炎と海。

 嫌な予感しかしない。

「オクト、ちょっと止まれ」

「ん?」

 良く分からないが、ライに言われて私は足を止めた。すると突然体が浮き上がる。どうやらライにお姫様抱っこをされたみたいだ。でも、何で?

「一気に飛ぶぞ!」

「へ?」

 飛ぶ?

 次の瞬間地面が遠ざかり一気に体が風を切る。

「ひっ」

 不安定な感覚に私は喉の奥で叫んだ。

 

 しかし私が高所恐怖症だと知らないライは、自身の翼で建物よりも高い位置に舞い上がる。確かに一直線に空を飛んだ方が、私の足で走るよりも早いだろう。でも、だけど、それはちょっと横暴じゃないですか?!

「落ちるっ。落ちるっ!!」

「落とさないって。それより船が燃えてるな。あっ。残ってた奴らは海に飛び込んだみたいだな。全員脱出はできたか?」

 一度恐怖で目を閉じてしまったが、恐る恐る目を開けば、確かに黒々とした黒煙を上げながら燃える船と水の中に浮かぶ人がみえた。

 そしてその上空には、黒煙に負けないほどの黒々とした雲と稲妻。


「早く水から上がらないと」

「何でだよ」

「雷が海に落ちたら、皆死んでしまう」

 水の伝導率はとてもいい。雷が落ちてしまったら全員感電死だ――って、ダメダメ。どんな犯罪者だって裁判もせずに死刑はダメだ。

 そんな中、海辺でマントを風でなびかせ立っている男を見つけた。


「アッ、アスタァァァァァッ!!」


 私はその姿を見た瞬間、空を飛んでいる恐怖も忘れて、大きな声でアスタを呼んだ。

 状況は娘を助けに来た義父なのだから、正義の味方。いわゆるヒーローのような状況。それなのに闇の中で燃え盛る炎と稲妻を前にして佇むアスタは、私にはどうしても魔王にしか見えなかった。

 というか、海賊達にとってはまさにソレだろう。やりすぎだ。

「えっ? 師匠? えっ? 知り合い?」

「アスタ。ストップッ!! 殺しちゃ駄目っ!!」

 私の声に気が付いたアスタがこちらを振り返る。そして、赤い瞳を私の方へ向けて、大きく目を見開いた。

「……オクト?」

 アスタが私の名前を呼ぶと共にライが地面に着地したので、転がるようにアスタへ駆け寄り腰のあたりにタックルする。

 空を飛んでいてドキドキしているのか、走っていたからドキドキしているのか、それともアスタが怖いからドキドキしてるのか。

 良く分からないけれど、とにかく心臓が大きく鳴り手が震える。それでもアスタにしがみつく。

 

 私がたった1日帰りが遅くなっただけで、アスタを犯罪者にしたくないし、海賊にも死んで欲しくない。そんな大惨事、私は望んでいないし、無理。重すぎる。

「駄目。お願いだか――」

「良かった」

 私がアスタに魔法を止める様に伝える前に、強くアスタに抱きしめられた。

 5歳児の体には強すぎる抱擁に、若干内臓が出そうと思ったが、とりあえず我慢してアスタの好きなようにさせる。抱きしめられたぐらいで私が死ぬことはないが、雷が落ちれば海賊たちは死んでしまう。

「心配したんだぞ。全然帰ってこないから」

「うん……ごめん」

 私の責任ではない所が大きいが、もう少し努力すれば1日だけでも早く帰れたのを知っているので、素直に謝った。

 心配してくれていたのだろう。

 私の元の時間ではそれほど心配した所はみせなかったが、それはきっと私の心労を減らす為だと思う。逆に言えば、今のアスタには余裕がない。


「帰って来ないかと思ったんだ」

「私が帰れる場所は、アスタの所だけだから」

 5歳で、混ぜモノである私が帰ることができる場所はアスタのいる所以外にはない。

「オクト、帰ろうか」

 優しく私の頭を撫ぜるアスタの言葉に頷きかけたが、耳に聞こえたゴロゴロという音に、ハッと現実に意識が戻る。

「アスタ。雲を霧散させて雷を消して」

 既に出来上がった雷雲は、今にも雷を海に落としたいと音を鳴らす。

「何で?」

「雷が落ちたら海賊達が死んでしまう」

「だってアイツらは、俺からオクトを取り上げようとしたんだぞ?」

 問題ないよなと笑顔を見せられ、私は全力で首を振った。問題大ありだ。

 でもここで海賊を庇ったらアスタの機嫌が急降下するのが何となく分かった。機嫌の悪いアスタをなだめるほど面倒なものはない。今までの経験で、対人スキルの低い私でもそれだけは分かる。

「あ、アスタが、犯罪者になったら一緒に居られない」

「えっ?」

「アスタとずっと一緒にいたいから。お願い」

 私はとにかくアスタの為なのだと訴える。実際アスタの為でもある。

 海賊は犯罪者だけど、カミュと繋がっているのだ。さくっと殺して、はい終わりにはならない。きっとアスタも何かかしらの罪に問われるだろう。

「オクトッ。そんなに俺の事を……。よし、分かった」

 アスタは私を離すと手を上に向けた。

 きっと何か魔法陣を構築したのだろう。次の瞬間、空に立ち込めていた雲か消えていく。

 風属性の魔法を使えば雷を落とす可能性がある。だからたぶん水属性の魔法を使ったのだろうけれど、相変わらず鮮やかだ。道具を使わずに、自分の属性とは違う大がかりな魔法を使える人はなかなかいない。


「えっ。オクトって師匠の子供だったのか?!」

「違う。養女」

 アスタに混ぜモノの娘がいて、しかも未婚なんていう不名誉を被せるわけにいかない。ライの言葉を私は速やかに否定した。

「何でここにお前がいるんだ。しかも、さっきオクトを抱き抱えていたよな」

「いや、たまたま。たまたまだから」

 ライは慌てたように首をふる。たぶん私を連れ去った海賊とは無関係だと言いたいのだろう。実際ライが私を連れ去ったわけではないし、面倒をみてくれていたわけなのだから、アスタから要らないお叱りを受けるのは可哀想だ。

「ふーん。たまたま、俺の娘をお姫様抱っこしていたのか。……俺もまだした事がないのに」

「えっ。いや。師匠、落ち着いて、話せば分かるからっ!!」

 アスタは笑顔だ。でも目が笑っていない為、とてつもなく怖い。

 私がその笑顔を向けられているわけではないが、背筋がゾクゾクしてしまう。

「ライは、アスタの所に行くのを手伝ってくれただけ」

「そうなのか?」

 キョトンとしたような顔をするアスタに、私はコクコクと頷いた。そしてライにも頷けと、視線を送る。

「そうなんだよ。オクトが死にたくなかったら連れていけって言うから」

「オクト。ライは馬鹿だけど、運動神経だけはいいんだ。だからいくら俺の所へ帰る為とはいえ、この馬鹿を脅すとか、そういう危険な事は今後はしちゃ駄目だからな」

 ライの言い回しが悪かったようで、私がライを脅したかのように勘違いしたようだ。

 いやいや。私がいなかったら、アスタの所為でライの命が風前の灯火になりかねないという意味なんだけどね。流石に魔法も使わずにライを脅すのは無茶というものである。

 まあでも、危険な行為は極力避けようと思い、私はコクリと頷いた。


「それじゃ、家に帰ろうな。こんな場所にずっといたら危ないから」

 アスタがそう言った瞬間、私はアスタに腕を掴まれない為に反射的に一歩後ろに下がった。

 何か嫌な予感がする。

 ……ちょっと落ち着こう、私。船がまだ燃えているからそれを消火活動しなければと思ったのだろうか? いや、そういう他者の事ではなくて、自分自身の事で――。

「オクト?」

「えっと、あの。帰ったら、どうする?」

 変な質問だが、でもたぶん聞いておかなければいけないと思った。

 今のアスタは、何というか、アスタが記憶を失った状態で私を追いかけてきた時に近い気がする。執着されてるとまでは言わないが、何というか余裕がない感じがするのだ。

「どうって。家の中は安全だから、ずっと中に居ような」

 ずっと……中に?

「買い物は?」

「そうだな。オクトの料理が食べられないと辛いから、子爵邸の誰かに運ばせようか」

 私自身は引きこもり万歳な性格をしているが、監禁と引きこもりは違う。

 きっとアスタだったら徹底的に私を家の中に閉じ込めるだろう。最初は問題ない。私はインドアだし、苦痛もなく家に居られる。でも、この先ずっとアスタがそれを望んだら?

 アスタは極端へ走る傾向がある。

 ……このままでは、将来魔法学校に通えない可能性が高い。そしてその結果就職先もなくなり、ニートな引きこもり生活の始まりだ。

 いやいやいや。駄目だ。引きこもりはいいけれど、ニートは駄目。アスタなしでは生きられないだなんて、そんな不安定な生活耐えられない。


 と、とにかく。時間稼ぎが必要だ。

 

 何とかアスタを思いとどまらせる為の作戦を練るだけの時間稼ぎが。

「アスタ。……実はここで、病人の治療をやっていて」

「5歳児にそんな労働をさせるだなんて、何て酷い事を」

 あ、うん。そうだね。

 よく考えれば、5歳児に看病させるとか料理させるとか、色々無茶苦茶だ。でも家で家事をやらせていた男の発言ではない。

 ただしそれをツッコんでいても仕方がない。

「私は最後までやり遂げたい」

 中途半端は良くないから。

「だから、お願い。アスタ」

 たしかアスタには上目づかいでお願いをするのが効果的だった気がする。

 それを実践しなければいけないのは、今この時ではないだろうか。とにかく、時間稼ぎだ。時間稼ぎができたらその後、対策を練ろう。

 お願いだ、頷いてくれと、私はあまり役に立たない神様に祈りながら、少しでも可愛く見えるようアスタを見上げた。 

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