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もしも、アスタに引き取られなかったら(3)

「……やっとここまで来た」

 私はビーフシチューをぐるぐるとかき混ぜながら溜息をついた。


 海賊が罹ってしまった病気は、以前私がIFの世界で治療したものと同じ壊血病だった。いわゆる、ビタミンC不足から来るもの。

 そして船長と交渉した結果、私が病気を治す代わりにクロ達を解放してもらった。勿論病気が治らなければ、再びクロ達を捕まえると言われたので、私はある意味人質のような感じで、病気が治るまで海賊たちの生活に付き合っている。

 以前と同じように調理長に協力してもらって献立を立て料理を作るを繰り返ながら、もしも失敗してしまったらどうしようという不安と戦っていたが、前回と同様に何とか2週間が経とうという所で、病状の方は改善した。

 その事に心の底からほっとしている。

 一度は別の時間軸で治したけれど、今回も上手くいくとは限らないのだ。でも、心配はそれだけでは消えない。

「クロ達、大丈夫かな?」

 

 一応、治療が終わったら帰るとクロに伝えてあるが、かなり心配していた。その事が私も心配だ。クロはアルファさんが死んでから、かなり私に対して過保護になっている。

 無茶をしなければいいけどと思うが、思っているだけでは伝わらない。私にできるのは、とにかく早く病気を改善させて、クロ達の所へ帰る事だけだ。

「オクトちゃん、できたっすか?」

 後ろから声をかけられ、私は内心驚きつつも、こくりと頷いた。

 私の時間軸でロキは私の事を【先生】と呼んでいたが、この時間軸では【オクトちゃん】になっている。トキワさん曰く、出会うべき人には必ず出会うらしいが、その関係がその時と同様になるとは限らないそうだ。出会い方や過ごし方が違えば、関係も変わっていく。

 この時間軸のロキとは、呼び名の違いからか前よりも親しくなっている気がした。

「他の料理もできたみたいっすし、一緒に船長の所へ運びましょう」


 以前海賊に捕まった時は、積極的に船長に関わらないという選択をしたが、今回はそこまで徹底して避けるような事はせず、必要時は船長に会う生活をしていた。

 今回は私の命の危機というよりは、クロ達の命の危機が大きいので、船長の気が変わっていないかという確認をしたかったためだ。それと、船長の性格は厄介だけど怖いという認識があまりないというのも理由の一つだったりする。

 この辺りは元の世界の船長に当てはめている為、こちらの世界も同様とは言い切れないけれど。

「船長、入るっすよー」

「ああ」

 朝食をロキが持っていく後ろを私はついていく。

 私が運ぶよりロキが運んだ方が早いので確かにこの役割分担は間違っていない。しかし、どうして私が船長への食事の配膳について行かないのか。

 ライがいない為、代わりにロキがここでの私の監視役だからだろうけど。

「今日のメニューは何だ? 賢者様」

「賢者は止めて。今日は、ビーフシチュー、ほうれん草のレモンソテー、ミモザサラダ。オレンジゼリー」

 相変わらず性格の悪そうな笑顔を向ける上に、人の神経を逆なでするのが得意だなと思いつつも、船長の命令に従い答える。

 

「今日は煮込み料理か。さっさとよこせ」

「はいはい。どうぞっす」

 ロキがトレーを置けば、船長はパクパクと食べ始めた。よっぽど空腹だったのだろうかと思うぐらい、いつも言い食べっぷりだ。

 上品からは程遠いが、まあ作り甲斐があるのは確かだ。

「そう言えば、かなり船員の病状が改善したらしいな。よくやった」

「オクトちゃんのおかげで、ほぼ全快したといってもいいっすからね」

 いつまでこんな事をしなければいけないのだろうと思っていると、船長からまさかの任務完了に繋がる言葉が口から出た。

「なら、もう帰っても?!」

 まさか船長から返してくれるなんて。前はあーだーこーだ言って、一向に返してくれなかったのに。

 そうか、ここでは普通に船長に会いに行っていたから、私は混ぜモノだけど面白みのない普通の性格だと思って、興味を持たれなかったんだな。良かった。私の選択、今回は間違えなかったぞ。

 自分自身のナイスプレーに拍手を送りたい。

「まあ、待て。俺に褒められたからってそんな嬉しそうな顔をするな」

 帰れるフラグが立てば、私だって表情が緩むというものだ。ただ付け加えるなら、決して船長に褒められたからではない。

「そこでだ。今日からはお前をこの船の薬師として雇いたい」

「だが断る」

 やっぱり、あげて落とす作戦か。このやろう。人の嫌がる事ばかりして。

 私はきっぱりと負けませんという意志を持って、反対した。

「船長断られちゃったっすね。ちゃんと優しくしないから駄目なんすよ」

 私のうんもすんもない返答に、ロキがケラケラと腹を抱えて笑う。

 ロキの笑いに、船長は憮然とした顔をする。こういう時船長は嫌味っぽい笑いを浮かべ、更に嫌味をいいそうなものだが、ロキが相手だと素の表情が出るようだ。

「優しくされても、海賊にはならない」

「子供だけで、これからもやっていけるわけがないと思わないか?」

「それでもやるしかないなら、やっていく」

 普通に考えて、たぶんどこかで対策を考えなければいけないだろう。

 いつまでも盗みだけで生きていくわけにはいかないのだから。今はまだ子供だから、同情や憐れみから若干見逃されているというのも感じている。

 でもそれは今だからだ。

 このままではいられない事には気が付いている。でも私を含めた一緒に住んでいる子供にはあそこしか居場所がない。それに盗賊を止めて海賊になるでは50歩100歩だし、私だけ抜けるわけにはいかない。


「放せよっ!!」

 船長と睨みあっていると、大きな声が聞こえた。

 ドアの向こうから聞こえた声はとても聞き覚えのあるもので――。

「船長、失礼します」

「俺は、オクトを助けるんだっ!!」

 バンダナを被った長身の男が扉をくぐる。その肩には、黒髪の子供の姿があった。

「クロ?」

「俺はオクトに会いに――オクト?」

「何度外に捨てても入って来るんですけど、どうしますか?」

「オクトを返せ!! 盗みに入ったのは俺だろ?!」

 ギャーギャーと騒ぐクロを持て余しているらしい海賊が、眉を八の字にする。子供慣れしていないのだろう。

「クロ。私は大丈夫。落ち着いて」

 あまりギャーギャー騒ぐと、今度こそ殺されかねないと思い私はクロに声をかける。今は私との約束を守って船長もクロに危害を加えてはいないようだが、今後も絶対大丈夫とは言えない。

「船長。壊血病の予防方法を今から教える。だから、私とクロをこのまま返して」

 海賊の壊血病を治すのが、クロ達に危害を加えず解放する条件だ。私は自分も開放してもらう為の条件をちらつかせる。


「帰ってどうするんだ?」

 てっきり、その予防方法が正しいとどうやって証明するのか聞かれると思っていたので、言われた言葉にきょとんとする。

 私が以前体験した言葉と何やら違うようだ。あの時とは状況が違うのも分かっているし、違って当たり前なのだけど、時折感じるデジャヴの所為でどうにも調子が狂う。

「どう?」

「このまま盗賊稼業で生きていく気なのか?」

 それができるのかと、その覚悟があるのかと言っているのだろう。犯罪者として生きていくのは大変だ。誰からも褒められる事ではない。

 でも、なら、どうしろというのか。今の私に出来る事は限られていて、それ以外の道を見つけられない。

「条件を変えないか?」

「……何に?」

「予防方法を教えたら、ガキどもが1人で生きていけるだけの力をやるというのでどうだ?」

 何をたくらんでいるのか。

「海賊になる気はない」

「お前らに里親や住み込みで働ける場所を与えると言ってるんだ。俺も使えない人間はいらないからな。勿論、使えるようになれば話は別だが」


 使えないと言う言葉にクロが悔しそうな顔で睨みつけた。

 ……いや、クロ。その挑発は乗ってはいけないからね。自分で育てるのではなく、他者に育ててもらって、いいとこどりをしたいという言葉だから。

「このガキは頭が回る上に、手先も器用そうだ。ちょうど今、商人と一緒に機械屋の男が来ている。そいつの所で色々学んだらいい」

 機械屋。

 その言葉に、私は自分の知っているIFの世界へ近づいた気がした。

「俺を厄介払いして、オクトはどうする気だ?!」

「オクトは魔力が強いようだからな。緑の大地にある魔法学校で学べ。伝手があるから何とかなるだろ。卒業後にまた迎えに行く」

「来るな」

 反射的に答えると、船長は大笑いした。

「行く気はあるんだな。馬鹿じゃなければ、それを選ぶだろうが。とりあえず、そのガキは外に一度捨てて来い。少しだけ賢者様と2人きりで話したい」

「苛めちゃダメっすよ」

 私の意志を無視して、ギャーギャーと騒ぐクロとそれを担ぐ海賊、更にロキまで部屋から出ていてしまう。


 一体船長は何を考えているんだろう。

 別の時間軸で私が彼と初めて出会ったのは、更に2年ほど前だ。緑の大地にある学校というのは、アールベロ国のウイング魔法学校の事だろう。だとしたら伝手は……カミュの事だろうか。

「何で俺がこんな提案したか分からないという顔をしてるな」

「当たり前」

 慈善事業を海賊がするとは思えない。

 船長のたくらみは、一体どこなのか。

「一応これでも僅かばかり責任は感じては居るんだ。俺の甥の政治が悪いから、浮浪児が増えているわけだしな」

「は? 甥?」

「異母兄弟の子供だから血は少し遠いがな」

「待って。甥って――」

「この国の帝王だな」

 この国の帝王って……。えっ? ええっ?

「まあ、俺は国に捨てられたから、もう関係はないといえばないんだが」

 船長はにやりと笑った。

「俺は国が欲しい。国が欲しければ人も財力も力もいる。勿論それだけではないが、使える人材はいくらあってもいいんだ。その為の初期投資という所だな。これはオクトにも悪い話じゃないだろ。学ぶだけ学んで逃げる事だって出来るしな」

「何でそれを教える?」

「お前は変に敏すぎるからな。勝手な憶測で、断られても困るんだ。つまりだ。俺にはお前が必要だ」

 ……くそっ。

 私ではなく本来、この時間の私の意識が動揺しているようだ。誰かに求められることになれていなくて。たぶん、この時間の私は今後もこの男に振り回される事になるのだろう。


「まあ、とにかくまずは壊血病の予防方法を教えろ」

 船長はそう言って、傲慢な笑みを浮かべた。




◇◆◇◆◇◆◇◆




「トキワさん。私はいつ帰れる?」

 私は誰もいない場所でトキワさんに声をかけた。

「いつでも、移動は可能じゃ」

「えっ? 可能なの?」

 何でもっと早く言わない。

 私はその言葉にぎょっとする。

「何じゃか馴染んで、病気を治療しておったからのう。邪魔してはいかんかと思ったのじゃ」

「……遠慮せず早く伝えて」

 何? 私はまた無駄な労働をしたの?あ、いつもの事ですね、分かります。

 なんとなく、無駄な努力をするのに慣れてしまっている自分が憎い。


「それにしても、いつ帰れるか聞くとは、何かあったのかのう?」

「あまりここに長く居ない方がいい気がして」

 長く居ればいるほど、この世界に関わりすぎて、帰る時に躊躇ってしまいそうだ。

 ここは私が知っている世界ではないけれど、知っている人が多すぎる。知りたくないような深い裏事情をふとした拍子に知ってしまう。

「それもそうじゃのう。では、準備をするから、しばし待つのじゃ。丁度クロも近づいてきておるしのう。準備が整い次第連絡するからのう」

「クロ?」

 トキワに言われ振り返れば、クロが居た。

 

 私が突然振り返って名前を読んだ事に驚いたらしく目を丸くして一度立ち止まったが、クロは突然走り出すと私にタックルをかけるかの勢いで抱きしめた。少し痛い。

「オクト。本当に魔法学校に行くのか?」

「……うん」

 クロは多分否定をして欲しくて言ったのだと思うが、私は肯定した。それは私だからではなく、きっとこの世界の私もそうするだろうと分かるからだ。

「何で?!」

「このままだと駄目だから」

 ずっとこのままではいられない。いつか私もクロも大人になって、その時にどうしようもない状態にならない為にも、今変わるしかないのだ。

「だから、クロ。一緒に頑張ろう」

 私だけじゃなく、クロも。

 このどん底な生活から抜け出す為に。

 例え、離れ離れになってしまったとしても。


「俺、絶対オクトの事むかえに行くから」

「うん」

 昔クロと離れ離れになった時は、こうやって別れを惜しむ事もできなかった。だからこのIfの世界はとても恵まれている。

 私の時間軸では運よくもう一度で会う事ができたけれど、離れ離れになった当時は手放してしまった手をもう一度つなげるとは思っていなかった。でも……今回はとても安心している。

 もう一度会う約束をしていれば、いつかクロとは会える気がした。

「だから、それまで、俺の名前を持っていて」

「名前?」

 名前って、私がお守りにしている、クロの名前が書かれた紙の事だろうか?

 別にずっとお守りにしていたし、捨てるつもりはないけれど、何で名前? 私が忘れてしまうと思ってるのだろうか?

 私は首をかしげた。

「そうしたら、もう一度名前を書いて渡すから」

「もう一度?」

「酒場の姉ちゃんに聞いたんだ。今度は本当の意味で渡すから。だから、俺の事を待ってて」

 ……本当の意味?

 ふと、そう言えば、ホンニ帝国ではプロポーズ時に真名を書いて相手に送ると、カザルスさんに聞いた事があったのを思いだした。


 あれ? 何か変なフラグが立っちゃってませんか?


 予定していない言葉に私は動揺する。

『オクト、準備ができたぞ』

 トキワさんの声が耳に届くと同時に、私の現状を無視して意識が遠ざかる。無理やり意識だけ体から引きはがされている様な感覚だ。

 いいよとも待ってとも言えないまま、私の意識はブラックアウトする。

 そんな中、IFの世界の私に、フラグ回避頑張れとエールを送った。 

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