もしも、ママが生きていたら(3)
「ただいまー!!」
「……ただいま」
お土産を買い、クロと一緒にテントへと戻った私たちは、ママたちが居る場所へ向かう。
「アルファ達なら、団長のテントにいるぞ」
「了解!」
団長とフウカさんは夫婦なので、団長に会いに行ったというよりも、フウカさんと話す為に3人で団長のテントに居るのだろう。何だか団長が女3人の勢いに押されている姿が目に浮かぶ。
いくつものテントの間を通りながら思うが、どうやら私はだいぶんとこの一座に馴染めているらしい。
私が通っても、団員がギョッとしたり、不躾な視線をむけてくることがない。どうやら私がクロと歩き回るのは当たり前の行動のようだ。
誰かに話しかけたりするとまた違うのかもしれないが、やみくもに怖がられていないのは分かる。……でも、当たり前か。私が一座から抜けたのは5歳の時。その後も、もしもずっとここで過ごしていたならば、また周りの反応も変わっただろう。
別におかしな事ではない。
おかしな事ではないけれど、どうしても奇妙な感覚になる。
「母さん、ただいま。お土産買って来たぞ……あれ?」
テントの扉をクロが開けた瞬間、私は息を飲んだ。
「コラッ。ちゃんと入る前には挨拶をしなさいっていってるでしょうが」
「いてぇ」
アルファさんが私たちの方へ来ると、ポカリとクロの頭を叩く。でも私が驚いたのは、クロが雑な扱いを受けているからではない。
目の前にいるいる団員ではない人物に驚いていた。
「初めまして。伯爵の役職を頂いている、ヘキサグラム・アロッロと言う」
銀色の髪に青色の瞳。色と同じようにいつもクールなヘキサ兄は、私達の方を向くと挨拶をした。
少しの間呆然と見つめていたが、私ははっとして、慌てて頭を下げる。今の私はヘキサ兄の妹のような存在ではなく、ただの旅芸人に過ぎない。貴族をマジマジと見たりしたら不快に思われて、大変な目に合う可能性もある。
「初めまして。俺はクロ、隣にいるのはオクトと言います」
上手くしゃべれずに頭を下げている私に変わって、クロが自己紹介をする。
「クロ、オクトと一緒に別室へ――」
「いや。本人も一緒にいた方がいいのではないだろうか」
本人?
私とクロは頭を下げたままちらっとお互い顔を見合わせた。私もクロも、たぶんヘキサ兄とは知り合いではないと思う。もしかしたら、講演中に見られていた可能性はあるけれど、自己紹介をする事になったのだから面識はないはずだ。
「顔を上げてもらえないだろうか」
ヘキサ兄に言われて、私は顔を上げる。
ヘキサ兄が私を睨んでみえるのは、目が悪いためだという事を私は知っているので、それほど怖いと思う事はなかった。
「実はオクト嬢が魔法の勉強をした方がいいのではないかと思い、魔法学校への入学を勧めに来た所なのだが、魔法についての知識はあるだろうか?」
「魔法?」
「混ぜモノであり、なおかつ、エルフと精霊族の血を持つオクト嬢はかなり大きな魔力を持っている。特に君は混ぜモノだ。だから、魔力の制御は覚えておいた方がいいと思うんだが、どうだろう」
えっと……どうだろう。
私はどう答えたらいいものか分からず、一度上げた視線を再び足元へ向ける。
私自身は、魔法の重要性を知っている。【私】が生きてきた中で、魔法はとても必要なものだったから。
でもこの世界の私は魔法がないままここで過ごしていて、どう感じているかが分からない。【賢者の歌姫】だなんて恥ずかしい二つ名を持ち、ママやクロが近くに居て、アルファさんは死んでいなくて。……きっとここに居れば、混融湖の事件も起こらないだろう。
ある意味幸せな世界だ。
私が絶対手に入れられない世界だ。
だからこそ、この世界の私がどう考えるかが、分からない。
「ちょっと待てよ。オクトがもしも魔法学校に通うなら、一座から抜けるって事だ――ですよね?」
「魔法学校の在籍期間は基本学習期間が6年あり、その後学部ごとに通う期間が変わって来るが、4年から6年ほど通う事になる」
そう。卒業までに10年から12年はかかるはずだ。私の場合は、国一番の魔術師であるアスタが師匠として勉強を見てくれたから短かったけれど、この世界の私はそんな短くはならないだろう。
「必要ないんじゃないか? 今までだって、魔法なんてなくたってやってこれたんだしさ」
クロの言葉に頷きたいけれど、それは混ぜモノの危険性を知らないからに過ぎない。クロは精霊を止める事が出来るようなので、クロが隣にい続けてくれれば、混ぜモノの暴走は起こらないだろう。でもずっと一緒というのは難しいのではないだろうか。
私の世界のクロは、王様になっていた。その運命がこの世界でも待ち構えていた場合、王様になったクロの近くに私は居られない。いや、もしかしたら、ずっと一緒にいるなんていう我儘が押し通せる世界なのかもしれないけれど、私なら誰かに頼り続けなければいけない状況というのは嫌だろう。
「必要ないという事はない。混ぜモノは、感情の起伏により暴走を起こし、酷い場合は国を消してしまう。魔力の制御ができれば、暴走も抑えられるだろう。まだ詳しい事は分かってはいないが、私の父ならばもう少し詳しく知っているかもしれない」
「オクトは今までそんな事ありませんでしたよ」
「今までなくても、これからもという保証はない話だ。オクト嬢が混ぜモノであることに罪はない。しかし私は、混ぜモノに対して何もしないわけにはいかない立場でもある」
ヘキサ兄の言葉は正しい。
正しいと知っているからこそ、答えに迷う。知っている【私】では、知らない私の代わりに答えてあげる事ができない。
「もしも魔法学校に通う事になったら、オクトはどうしたらいいのかしら? 混ぜモノであるオクトが住むことができる場所なんてあるの?」
今まで喋らなかったママが質問した。
そしてそれは、魔法学校に通わない為の質問ではなく、通う為の質問の様に思える。……ママは私に魔法学校に通って欲しいのだろうか。
それはママと別れるという事。寂しいという感情が湧くのは、私ではなく、この世界の私のものだろうか。
「住む場所は、私の方で責任もって用意しよう。魔法学校の寮が使えなかった場合でも私か私の知り合いの家を用意すると約束する」
「あら、貴方の家に泊めるの? オクトはこうみえて年頃の娘よ。イケメン眼鏡男子でも聞き捨てならないわね」
ママは私の方へ近寄ると、私を背中から抱きしめた。
……うーん。私が年頃であるには間違いないのだろうけれど、だから何だという所もある。今の私はアラジン風のへそ出しの服だ。でも色気はまったくない。
つまりは、年頃というにはおこがましいような姿だという事だ。
「私が家を用意した場合は、彼女専用の部屋を用意しよう。私以外のものにお願いをする場合は、女性の知り合いに頼む予定だ」
「……えっと、私は別に――」
プレイベートがあるのは嬉しいが、別に私はそこまで気にしない。混ぜモノの私に手を出そうなんて馬鹿は早々いないし、ヘキサ兄は違う。
若干、私の時間では、血迷ってしまった人もいたけれど、あれは例外だ。私にとって恋だの愛だのは基本縁がない話だ。
「あら、別室だったら大丈夫という事はないわよ? こんなに可愛いんだもの」
「ママ、あの……」
「それとも何? 幼女は専門外? オクトは体の成長が遅いようだけど、心はそれより早く成長して、すぐに合法ロリ状態になるわよ」
合法ロリって……。
そういえばトキワさんにその言葉を教えたのはママだと言っていたなぁと、私は黒歴史を思いだす。
やはりママって、前世の記憶があるタイプなのだろうか?
「合法ロリ?」
「手を出しても問題ない年齢だけど、姿は幼女って意味よ。お兄ちゃんって呼ばれたら、コロッといっちゃうぐらい可愛いわよ。ね、クロ」
ヘキサ兄やクロに残念な言葉を教えないで上げて下さい。
寂しさによる悲しさではなく、違う意味で泣きたくなってきた。
「えっ? いや。 えっ?」
クロが混乱している。……当たり前だ。私だって、たぶん突然ロリコンを勧められれば混乱する。
「なに? それとも女性の価値は胸だと思っているわけ? 巨乳だろうと、チッパイだろうと胸は胸よ。巨乳には夢が詰まっているけれど、貧乳は夢を与えているら小さいのよ。むしろ貧乳はステータスよっ!」
……ママ。
どうやら、ママには前世の私と同じ方向性の残念な知識があるようだ。それは今の言葉だけで十分分かった。だからお願い。それを力説しないで。
魔法学校の入学の話だったのに、どうしてこうなった。
「女性の胸が小さい事は些細な問題であり、それによって女性を選ぶつもりはない」
「些細な事でも、女性にとっては大きな問題だったりするのよ」
小さい、些細な事。
……ん?
何だかそのキーワードが気になるが、2人の会話の内容もどこへ突き抜けていってしまうのか分からなくて気になる。
早めに止めなければ、もっと残念な現実が押し寄せてきそうだ。
「それとも、貴方は女性には興味ない人? 好きな男の人がいるの?」
それはないから。
これ以上ヘキサ兄をカオスな方へ連れていかないで上げて下さい。というかここは普通、恋人(女性)が居るのかという質問ではないだろうか?
どうしていいのか分からず、オロオロしていると、意識が引っ張られる。
意識が引っ張られるのに、トキワさんが話しかけてこないのは、私に気を使ってだろうか。……うん。まあ、今の気持ちを聞かれたなら、ショッパイ以外の何物でもない。
体から引きはがされるのを感じながら、もう少し早く、せめてママの残念な話を聞く前が良かったなという、自分勝手な感想を持ったまま、私は意識を失った。




