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もしも、アスタに引き取られなかったら(1)

「おきろー!!」

「むぎゅ……」

 上に誰かに乗られて私は目を開けた。

 重い……。

「オクト、おはよ」

 目を開ければチビクロの笑顔とぶつかる。……夢じゃなかったか。


 いっそすべて夢オチだったらどれだけ良かったか。

 夢オチにできるなら、二度寝でも三度寝でもするけれど、トキワさんが関わっている限り、そういうのは期待できないだろう。なんといっても、彼女は合法ロリと自称するような頓珍漢な存在。そんな存在が関われば、どんなありえな事でも起きる気がする。

「おはよう、クロ」

 現実逃避を諦め、私はクロに挨拶をした。

 とりあえず、このIFの世界にいる限り、私はこの世界の私らしく振る舞う必要がある。チラッと、この世界の【私】の記憶を確認したが、クロとの関係は旅芸人の一座に居た頃と変わりがない感じだ。

 だとしたら、普段とそれほど態度を変える必要はないと踏んでいる。多少、アルファさんが亡くなっている事により、クロの過保護度が上がってはいるが、お兄ちゃんとして妹を守らなければいけないという責任感から来るものに違いない。

 起き上がると、泣き声や笑い声で周りはとても賑やかだった。まあ子供だらけなのだから仕方がない。それにしても、この喧騒の中で私も良く寝られたものだ。自分は意外に図太いのかもしれないと思う。

「皆、お腹空いたってうるさくてさ。オクト、悪いけど、何かつくってくれないか?」

 クロの言葉に、私はこくりと頷いた。

 

 一番年上でも10歳前後程度の子供だらけの中で料理が出来そうなのは私ぐらいだ。盗んだパンをガジガジと齧っているだけでは栄養失調になってしまうだろうし、私が料理を請け負った方が上手くいくだろう。

 私はキッチンとしている場所へ足を向ける。

 この建物は、どうやら空き家のようで、そこに子供たちが住み着いたようだ。こういう空き家はそれほど珍しい場所ではなく、ここ以外の建物でもそういった場所はいくつかあった。元々の家の所有者は、夜逃げをしたらしい。

 逆に言えばそんな空き家が多く、浮浪者が溜まるこの町はあまり治安の良い場所とは言えないという事。

 この町は海が近く、商人出入りがある町。この町に住む人は、海で漁をして生活をしたりもしているが、商いのおろしをする方が儲かる。

 そんな仕事をして成り上がろうとこの町には各地から人が集まってきているが、その数に合わせただけの仕事はなく、貧富の差が出てきていた。

 そして私が今いる場所は貧民層が溜まるようになった場所。娼館も近く、子供が住むのに適した場所ではない。しかしそれでもここしか私たちには居場所がない。

 

「オクトー!」

 固くなったパンを牛乳と溶き卵浸して焼いていると、背後から抱き付かれた。

「今日何? 今日何?」

「フレンチトースト。このパン、固くなってきてるから」

 一緒に暮らしている水色の髪をした子供が朝ごはんが気になって仕方がないらしく覗き込む。

「やりー。ふれんちとーすと! ふれんちとーすと!」

「えっ? マジで?! 超豪華じゃん!!」

「ふわふわのパンだよね!」

 ……そうか。これ、豪華なんだ。

 トキワさんにあまりこの時間の記憶に触れない方がいいと言われたが、すこしだけ普段の食事を思い返すと、材料がないことが原因で堅いパンが出ていることが多かった。

 基本盗品で生活しているので、食材が足りないのが普通だ。今日の牛乳や卵に関しては、どうやら貰ったものらしい。

 どんな経緯があったかまでの記憶には触れず、現実に私は意識を戻した。気にならなくはないが、深入りするのは良くないだろう。私はずっとここに居る気はないのだから。


「まだ食べないで」

 焼きあがったパンを食べようとした子に注意すると、えへっと可愛らしく笑われた。

「味見だよー」

「何が味見だ!」

 犬耳の獣人のボーイッシュな少女の頭をクロより少し年上な少年がぽかりと殴る。

「いたーい!! ソールひどいっ!!」

「つまみ食いしようとするからだ」

 ……にぎやかだなぁ。流石子供と言おうか、とにかく何事にも全力だ。しかも10人ほどでまとまっている為賑やかさは倍増する。

「皆、一度集合! あ、オクトはそこで聞いていていいから」

 どこか他人事のような感覚で、喧騒に耳を傾けていると、クロが手を上げて全員に声をかけた。


「数週間前から停泊している船の積み荷を今日盗もうと思うんだけど」

「おっ。とうとうやるんだな」

 とうとう?

 雰囲気的にどうやら船へ盗みに入る事は前から決めていたようだ。船というのは商船だろうか? 海産物を釣る為の船だと、クロ達がほしがりそうなものはない気がする。

 まあ、食べ物が手に入るのは私的にはウエルカムなのだけど。

「船?」

「ほら。この間オクトも見ただろ?」

 あえて自分の記憶に頼らず首をかしげてみると、クロが更に説明をつけたした。

「海賊船の事だって」

「えっ?」

 海賊?

 商業船じゃなくて?

 不穏な言葉に顔が引きつる。何だか私達のような、なんちゃって子供ギャングではなく、本業っぽい相手の名前が出たんですけど。

 私はフレンチトーストを皿に移しながら、ギョッとする。


「夜は船で寝泊まりしているらしくて人が増えるけど、昼は人の数が減ってる。どうやら病人が何人かいるみたいで、中に残るのは病人みたいだ。だから、中に入るなら、昼間の方がいいと思うんだ」

「クロ、海賊が相手だと危ない」

 いくら病人ばかりといえども海賊だ。

 海の荒くれ者。前世の漫画とかでひょうきんに描かれていたりするし、実際に結構ひょうきんな海賊も知っているけれど、普通に考えて犯罪者。全くの極悪人とは言わないが、絶対危険だ。

 なんちゃってが、立ち向かって良い場所じゃない。

「でも商船ねらうよりいいと思うんだ。商船は国に守られているから、一度盗めば役人にずっと追いかけられる。その点海賊は国とは無関係だから役人に追いかけられないし、一定期間を過ぎれば、また別の場所へ移動する。それに海賊自身盗んできた盗品を運んでいるから、何を持っているかのチェックも甘いみたいだし」

「そうそう。俺とクロで潜入したけど、どうってことなかったよな」

「えっ? 潜入?」

 そんな危険な事をしたの?

 私はソールと言う名の少年を見る。

「酒を運ぶバイトしてな。海賊は酒の使用率が半端ないから簡単には入れるんだ。出入りも激しいし、顔も早々覚えられてないと思うぞ」

 私以外の子供は、凄いと尊敬の目をしていたが、私はどんどん不安になっていく。海賊だって馬鹿じゃない。そう簡単に盗みが成功するように思えなかった。

 

「もしも捕まったら誰も助けてくれない」

 私達は孤児だ。誰かの助けが入るとは思えない。

 海賊の盗品を盗んでも役人は動かないけれど、逆に言えば法に基づかない方法で海賊自身に処刑されてしまうという事だ。

 私はまだ死にたくないし、クロ達にも死んで欲しくない。

「だけど、やらないと。小さい仕事だと実入りが少なすぎるからさ」

 クロが苦笑して、部屋の中を見渡してから、最後に私を見た。

 ……ああそうか。部屋の中に居る子供は10人。だけど、盗みに参加するのは不可能なぐらい幼い子もいる。

 私とクロだけなら、スリを繰り返し、食材を盗んだりすればいいけれど、大所帯となればそれだけでは難しい。たぶん、色々苦しくて、今回の大きな作戦に出たのだろう。

 クロは頭が良い。だから海賊を相手にする事が危険な事は重重承知で……でも、それしかもう方法がないという事。そして小さな子にそれが分からないように私へ伝えて来るクロは、私の知ってるやさしいお兄ちゃんだ。

「……分かった」


 私の前世の知識を上手く切り売りすれば大金が手に入る可能性もあった。

 けれどその場合私へのリスクが増えるし、もしもそれに頼り切り私が攫われたりすれば再びお金を手に入れる事が難しくなるだろう。きっと元々ここに居た私も同様の事を考えて、あまり前世の知識を大盤振る舞いする事がなかったのだと思う。

 だとしたら、リスクを承知で、海賊から盗むしかない。

「今回は俺とソール、ターミャの3人で行こうと思う」

「えっ。私は?」

 私も行くものだと思い覚悟を決めていたのに、私の名前が上がらない。

「オクトはここに待機して、他の子を見てて」

「クロ……」

「大丈夫。よくばったりしなければ、絶対成功するから」

 流石にこの体格では足手まといか。

 獣人の血を継いでいるはずなのに、私の体の成長はこのIFの世界でも遅いようだ。魔法を使えないなら、確かに荒事には向いていない。

 

 混ぜモノで、体もひ弱で……私はここで役に立てない。

「分かった。でも危険だと思ったら逃げて。そうしたら、私がお金を作るから」

 この世界の私も、私には変わりないのだから、きっと考える事は同じだと思う。

 もしもダメだったら、早く逃げて欲しい。そしてその時には自分の前世の知識を商人に売って、一時的お金を作ろうと考えるはずだ。

「オクト、駄目だ」

「だったら、安全に成功させて。クロがもしも戻ってこれなくても、私は同じことをする。違う方法がいいなら、絶対帰って来て」

 どうやらクロは私の中に、商人が高く買い取ってくれる知識がある事を知っているみたいだ。もしかしたら私に売らないように言ったのもクロ……もしくはアルファさんかもしれない。

「分かったよ」

 クロは苦笑しながら承諾した。


 



 でもその日、クロ達は夜になっても帰ってこなかった。 

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