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もしも、混融湖に落ちたならば(2)

「何というか、高齢者の会話っぽいというだけ。とりあえず、喧嘩は止めて、現状の打破を考えよう」

 私は小さくため息をついて、2人に提案した。

「現状打破って」

「たぶん、混融湖に落ちた事で、過去の事が喋れなく――これもNGキーワードか」

 今度は混融湖に落ちたという言葉はNGキーワードらしい。

 世界の時間が止まってしまったのを見て、ため息をつく。なんてややこしい。かといって、私まで認知症会話をするわけにはいかない。時の女神様に本当に文句を言いたくなる。


「とりあえず、ここがどこか確認しよう」

 私は話しても無駄な事を全て切り捨てる事にして、時間が動き出したタイミングを見て、2人に提案する。

 過去の事が話せないなら、今を語っていくしかないのだ。混融湖の呪い封じも勿論考えていった方がいいだろうけど、すぐにいい案は出そうにもない。

「確かに、このままというわけにはいかないよね。……でも、普通に考えれば、落ちた場所と同じじゃないかな?」

「違う」

「コンユウ、何か知ってるのか?」

 たしかコンユウは混融湖に落ちるのは2度目の体験になるはず。なので色々時間を移動してしまっている可能性とかに気が付いているのだろう。

 しかしコンユウはぷいっと顔をそむけるだけだ。エストに対してまでツンかと思いそうになるが、たぶん混融湖の呪いの関係で話せない事が多すぎるのだろう。

 混融湖に落ちた事さえNGキーワードなのだ。なんて面倒な呪いだろう。


「おーい、大丈夫か?!」

「何だ? どうしたんだ?」

「父ちゃん、ヒトだって、ヒトっ!!」

 これからどうするべきかと考えていると、遠くから声が聞こえた。どうやら波打ち際にいる私達に気が付いたらしい。

 父親らしき人に声をかけながら、1人の猫型の獣人が走って来た。

「こんな場所にいたら混融湖に落ちるっていうか、あんた達まさか落ちたのか?!」

 私達のびしょ濡れの様子をみて、獣人の青年は縦長の瞳孔を大きくする。

「とにかくこんな場所にいたら、また落っこちまうから。立てるかい?」

 青年に言われて、立ち上がろうと足に力を入れるが、どうにもうまく入らない。すると、ひょいと荷物の様に持ち上げられた。

「そっちの兄ちゃん達は大丈夫かい?」

「大丈夫です」

「俺も」

 エストとコンユウは、男の意地で立ち上がったようだ。偉いなぁと思いつつも、まったく体が動く気がしないので、運ばれるがままになっておく。

 普段なら知らないヒトに運ばれるなんて申し訳なさで緊張するのだが、どうにも眠気がまさる。多量の時の魔素がまだ体に馴染んでないのだろう。頑張れ、寝るなと自分に言い聞かせていたが、知らない間に私の意識は睡魔に飲み込まれていった。




◆◇◆◇◆◇◆◇





「――さん……オクトさん」

 名前を呼ばれて私はゆっくりと身じろぎをして目を開ける。

 どれぐらい寝てしまっていたのだろうか。流石に3人仲良く混融湖に落ちたなんてギャグみたいな世界は夢であってほしいけれど……たぶん夢ではないんだろうなと思う。

 トキワさんに色々説明してもらいたいが、近くに人がいるからかいまだにトキワさんは現れない。

「オクトさん」

「……えっと」

 私の名前を呼んでいたのは、エストでもコンユウでもなかった。ベッド脇に白髪をした老人が椅子に座っている。たぶん彼が私を呼んだのだろう。

「良かった。目が覚めたようだね」

「はあ」

 獣人に担がれて移動したような気がするが、目の前の老人に獣人らしき特徴はない。何も特徴がないとなると人族か、もしくは翼を小さくした翼族か――。


「あの。エストとコンユウは」

「混融湖を流れると、それなりに体力を奪われるようだから、今は別の部屋で眠っているよ。流石にオクトさんを男と同室にするわけにはいかないからね」

 私の幼児体型――いやいや、私のような若作り相手に部屋を別々にしてくれるとか珍しいなぁと思う。年頃の女性を男性と同室にするのは良くないだろうけれど、子供なら問題はないと思う。

「僕の事は分からないか、流石に」

「えっ?」

 知り合い……だろうか? 見覚えはあるような、ないような……。

「オクトさんが混融湖に落ちてから100年ちょっと経っているからね」

「……100年」

 100年といえば、魔力持ちは生きていられない時間ではないけれど、とても長い時間だ。獣人や魔力が低い人族などは確実に亡くなっている。


「この日をずっと、待っていたよ」

 私を待っていたという老人。

 私は老人のキャベツのような黄緑色の瞳を見て――まさかと思う。

「……カミュ?」

 私がその名前を呼んだ瞬間だった。

 老人の瞳からポロリと涙が零れ落ちる。その涙をハンカチで拭うが、止めどもなくこぼれ落ちていくようで止まらない。

「悪いね。どうにも年をとると、涙腺が緩くなるみたいでね」

 違う。

 きっと年の所為ではなく、カミュはきっとずっと待っていてくれたのだ。待っていてくれたから、泣いてくれるのだ。


 私の中にいる、この体の持ち主である私が動揺する。

 つられたように目頭が少し熱くなった。

「泣くな」

 どうすればいいのか分からず、私はカミュの皺の刻まれた手を握る。

 カミュの涙は、昔1度しか見た事がない。あの時も、私の為に涙を流してくれた。

「……そうだね。全てはここからだ」

 カミュはすべての悲しい気持ちを一度外に出すかのように深く息を吐くと、ハンカチで目元をぬぐう。もうそこに涙はなかった。


「カミュ。コンユウやエストのいる部屋を教えて。今後どうするか話あわないと」

 100年後の世界にやって来てしまったのだ。

 普通に考えたら、元の世界に戻る方法を模索するべきだろう。この時間は私達が居ない世界で進んでしまった。でもこの世界にはIFの世界がいくつもある事を【私】は知っている。だから、この世界が絶対とは限らない。

「オクトさんはこれからどうしたい?」

「どう?」

「このままここで過ごす事もできるからね。彼らに会う前にオクトさんの気持ちを知りたい。きっとオクトさんは彼らの気持ちを優先するからね」

 良く分かっていらっしゃる。

 カミュにとって、私と会ったのは久々だろうに。何といっても100年ちょっと経っているのだ。

 でもカミュの言う通り、私は楽な方に流されがちなので、彼らがここに留まって新しい人生を歩むと言ったら、それを優先させるだろう。


 私はこの世界の私ではない。

 だから私が選択してもいい問題ではないけれど、でもきっとこの世界の私も同じ選択をするはずだ。私が私ならば。

「元の時間に戻りたい」

「どうしても?」

 こくりと私は頷く。

 ずっと、カミュを待たせてしまったのだ。きっとカミュだけじゃない。アスタやライやミウも私を探してくれたと思う。

 何より私が彼らにもう一度会いたい。

 彼らと同じ時間を歩きたいのだ。

「それがオクトさんにとって、辛い選択になったとしても?」

「辛いかどうかは私が決める」

 これはこの世界の私の記憶ではないけれど、でも私は彼らがどれだけ私を心配してくれたか知っている。エストやコンユウは大切な友人で捨てられないものだけれど、だからといって、他の皆を捨てる事なんて出来ない。


「……カミュ。辛い選択という事は、何か方法を知っているの?」

 私達が過去へと帰る方法を。

 カミュの事だ。混融湖が時を繋いでいる事は既に調べきっていたのだろう。だから100年も経ってしまっているのに、私達が流れ着いたらすぐに駆けつけれくれ、私が幼い姿のままでも驚かずに迎えてくれたのだ。

 頭の良いカミュなら、何かいい方法を知っているのかもしれない。

「まさかとは思うけど、再び混融湖に入るとか、運に任せた方法じゃ……」

 どこかのツンデレさんがすでに行っている方法だけど。普通に考えたらやらない方法だ。

「違うよ。そもそも、オクトさんの運だと、どれだけやっても2度とたどり着けないと思うよ」

 ですよね。

 私のくじ運のなさは、酷いものだ。まあ悪運は強いようなので、色んなものに巻き込まれながらも、今の所生きているのだけど。

「その件は彼らもいるところで話そうか」

 やっぱり、何かいい方法を既に思いついているらしい。流石過ぎる。

 私が立ちあがるとカミュも立ち上がった。そして、足を引きずりながらゆっくりと歩きだす。


 そう言えば、一つ前の世界でも、青年のカミュは足を引きずっていたなと思う。

「足、どうかしたの?」

「昔、戦争でね」

 そうか。私の知らない未来では、戦争が起こるのか。

 元々アールベロ国は小さな戦争をいくつもしている。なので、その中の一つにカミュも参加する事になるのかもしれない。

「痛みはないけれど、オクトさんに心配されるなんて久々だから、存分に心配してくれて構わないよ。ほら、か弱い老人だし」

 心配するのが損になるぐらい、カミュはいつも通りだ。か弱い老人は、自分でか弱いとか言わない。

 でもカミュはきっと、私の心の負担を減らす為に言ってくれているんじゃないかと思う。何といっても、腹黒なカミュなのだから。

「カミュ、生きていてくれてありがとう」

 戦争で死んでしまわなくて良かった。

 私はきっとエストやライが居る前では言えないだろうと思い、そっとカミュにお礼を言った。

「それは僕のセリフだよ」

 そう言って、カミュは皺の刻まれた顔で、泣きそな、でも笑顔を見せた。

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