もしも、王子と恋愛するならば(3)
「愛?」
「そう、愛だよ」
……恥ずかしげもなく、良く言えるなぁ。
さらりと恥ずかしい事を言っても似合ってしまう辺り、流石としか言えない。私が愛とか言ったら、たぶん頭の病院を進められそうだ。それぐらい縁のない言葉である。
「信じられないって顔をしているね」
「いや……えっと」
「僕がオクトさんを愛していると気が付いたのは、アスタリスク魔術師が刺された事によってオクトさんが精霊と契約をして、倒れた時だったかな。その体験をした経験は?」
すでにそれは経験済みだったので、私はこくりと頷いた。しかも別世界でも体験済みである。
先ほどの逆ハーレム世界でも、カミュはその瞬間に恋に落ちたような事をトキワさんが言っていた。あのタイミングには何かあるのだろうか?
私の過ごした世界との違いがあまり分からないが、細かな選択の違いで、カミュの感じ方も変わるのかもしれない。私の世界のカミュが、いい友人のままでいられたことは、もしかしたらラッキーなのかもしれない。
「そう。それは大変だね」
「でも終った事だから」
そう。終ってしまった事だ。
どれだけ後悔をしても、時間は戻らない。小さな選択の違いで、様々に未来は分かれていくけれど、あの選択をしてしまったのが、私の時間なのだ。
エストやコンユウの事を思いだして落ち込んでいると、カミュが私の頭をなでた。
「嫌な事を思いださせてしまったね」
「大丈夫」
何というか、このカミュは大人だなぁと思う。
私の知っているカミュなら、きっと私をこんな風に慰めるのではなく、腹黒い事を言って苛めてくるはずだ。勿論その結果、彼らの事を考えずにすむるので、それがカミュなりの慰め方だとは分かっている。でもその慰められ方は、色んな気力も奪われる。
「そう言えば、カミュは公爵になったの?」
「そうだよ。王位継承権を返還して爵位を貰ったんだ。でも、兄と弟が死んで、更に兄の息子が死んでしまった場合は、再び呼び戻されるだろうけどね」
「王様にならなくていいの?」
そういえばカミュは王様になりたい的な事はあまり言わないなと思う。そもそも、王家の問題をあまり話さない。
何か事件があると私を巻き込んでくれたりもするけれど、深い所に踏み込ませることはなかった。もっとも、カミュが王様になりたいといっても、私に何か出来るとは思えないけれど。
「それよりも、もっと大切なモノができたからね」
「……くさい」
その大切なモノが、この世界の私の事だと嫌でも分かった。勿論それは私の事ではないと分かっているけれど、どうしても恥ずかしくなってきて、嫌味が口から出る。
しかもこのくさいセリフが似合うあたりが、何だか不公平さを感じた。顔がいいって、絶対得だ。
「そんなセリフを言えるようになったのも、公爵ならではだよ。王様だったら決して言えないからね」
「そうなの?」
「王様はね、国を一番に考えないといけないから。特にこの国は、今は隙を見せる事ができないし」
王様というのは何とも面倒な仕事のようだ。
あまり王家とは関わらないようにしていたし、カミュ自身関わらせないようにしてくれていた気がするので、詳しくは分からないけれど。
「この地位を貰うのは結構骨が折れたんだよ。兄上はなかなか僕を手放してくれないから。まあ、最終的に妥協させたんだけど」
「それは凄い」
カミュは兄の事を怖がっているというか、苦手意識を持っていたと思う。
なんだかんだで乗り越えたんだなぁと思うと、カミュが堂々としているというか、自信ありげなのも理解できる気がした。
もともとカミュの能力は高いのだし、自信がみなぎっていても何ら問題はないのだけど。
「他人事のように言うけれ、オクトさんはこれから公爵夫人になるんだよ?」
「私ではないからいいけど……」
「面倒そうとか思っているでしょう? 普通の女性なら目をハートにして喜ぶような地位なんだけどね」
「いや。私は森の中で薬屋を営んでいるだけで、十分楽しいし」
私の場合は地位とか名誉とかよりも平穏がほしい。
公爵というか、貴族というのは何かとマナーとかめんどくさい。カミュのいとこの公爵令嬢とは幼い時に話をしたけれど、あの時もお茶会でも主賓となっていたし大変そうだった。そしてあの立場に私がなるとしたら気を遣いすぎて胃潰瘍を作るに違いない。
なのでこの世界の私には、同情してしまう。
「これが兄上の最大限の妥協だったから、そのあたりは我慢してほしいな。貴族もなれると、そこそこ楽しめるようになると思うよ。お金はあるから研究はし放題だし」
「公爵家の夫人が研究していていいの?」
それこそマナー違反ではないだろうか?
この世界の貴族の女性は仕事をしないのが一般的なのだから。
「女性の魔術師が働きやすい環境って大切だと思うから、公爵夫人自ら研究を続けるというのは、結構いいと思うんだよね。女性の方が魔力が低いというわけでもないし、使える人材は使わないと」
「……でもそれは、あまりに私に都合が良い解釈では?」
確かに女性魔術師の働きやすい環境というのは大切だ。どうしても、魔術師の職場は男性職場になる。そもそも魔法学校へ通う女子が少ない。女子の場合、強すぎる魔力を制御する為に入学するのが基本で、男の様に魔力があるから入ろうというのとは少し意味が違う。
しかし女性の魔術師が働きやすくなる事と、公爵夫人が魔術の研究をしている事はイコールではない。若干は女性が魔術を研究してもおかしくはないという印象に変えていく看板はなるだろうが、そんなもの若干だ。それぐらいなら王宮で働いて実績を作った方がまだ意味がある。
だから、カミュがいうそれは、本来働くべきではない公爵夫人が研究する為の言い訳に過ぎないと思う。
「もちろん僕はオクトさんびいきだからね。オクトさんに都合がいいようにするに決まっているよ」
「あまり、甘やかすのはちょっとどうかと思う」
好きだからって、甘やかせばいいというものではないのではないだろうか。
勿論好き好んで、厳しくされたいわけではないし、貴族に合わせるのは相当な苦痛も伴うとは思う。でも今までの歴史を全て無視してしまっていいとも言えないのではないだろうか?
今まで働いた事がないお嬢様に突然働く事が正しいと説いた所で混乱するだけだ。
「どうして甘やかしてはいけないと思うんだい?」
「えっ。いや、甘やかされると、依存してしまうというか、自立できないというか……」
アスタに甘やかされる時も、いつもそう思っていた。
それにカミュの言い分をを言い訳に研究を続けたところで、良く思わない人はいるだろうし陰口は必ず叩かれると思う。特に私は混ぜモノなのだから、世間一般の好感度は低い。
「それにカミュにも迷惑をかける事になると思う」
だから現実をちゃんと把握して、打開策を考えるべきだ。ただ甘やかされるだけでは良くない。
「結婚するなら、迷惑をかけられて当然だし、むしろ僕に依存してもらいたいぐらいだよ」
「えっ」
「まあ、それは冗談にして、僕としてもオクトさんには研究を続けてもらいたいんだよ。でも王家に関わって首輪で繋がれれば、オクトさんがしたい研究が難しくなるからね。だから公爵夫人、一個人として研究をしてもらいたいんだ」
……本当に冗談だよね。
冗談でなくても、何となくこの世界の私はカミュが作り上げた世界に囚われてしまっている気がした。この時間の私がどんな研究をしているのか分からないし、それがカミュにとってどんな利益があるのかも分からない。
でもカミュがこの世界の私に与えるものは、毒の様に私を侵していく気がする。どこまでも甘く優しく、そしてどこまでも苦い毒だ。きっとこの世界の私はその毒から逃げられないし、また逃げるという思考が残っているのかどうかも怪しい。
「そう言えば、オクトさんは、どうしてこの時間に来たのかを知っているかい?」
「いや」
不意にカミュが話を変えてきて、私は首を振る。きっと、私が困惑していると気が付いての事だろう。でもそう考えると、やっぱりカミュが私に甘い。
……正直不気味だ。
そう感じるのは、やはり私がこの世界の住人ではないからだろう。でなければ、今の情報を考える限り、カミュは女性が考える理想の王子様だと思う。顔が良く、地位も高く、お金持ちで、自分の事を一番に考えてくれて、好きな事をやらせてくれるだなんて。
私にはどう考えても勿体ないレベルだ。
「ちょっと考えたんだけど、オクトさんが未来を知ってしまうのはいいのかな? あまり未来を知りすぎると、逆にこの時間がオクトさんにとってはあり得ない時間になってしまうんじゃないかな」
「……そもそもこの時間は私の時間に繋がらないと思うけど。でも確かにあまりよくはないと思う。ただトキワさんは小さくて、些細な事故があったからこうなっているとしか言わない上に、唐突に時間も移動してしまうから私には何も出来ない」
トキワさんがテンポよく移動するのは、私がその世界にとりこまれない為もありそうだけれど、そもそも情報をもう少しくれれば、私だって解決に向けて動けると思う。今は流されるままだ。
「小さくて、些細な事故?」
「そればかりを繰り返して言うだけだから」
いや、事故と言ったの最初だけか。ちーとした事故で、その後は、小さくて些細な事とかなんとかと言っていた。……でも私にそれだけの情報でどうしろというのか。
肩をすくめると、カミュが深くため息をついた。
「何?」
「その言葉をもう一度よく考えた上で、トキワさんが喋れない理由も考えてみるといいかもしれないね」
カミュは何かに気が付いたのだろうか?
小さくて……些細な事。小さくて、小さくて――。
「オクト、移動するのじゃ!」
唐突にトキワさんが目の前に現れ叫んだ。
それと同時に、意識が引っ張られる。
何でこのタイミング?!
まるで、原因を知られたくないというかのようではないかと思う。
「頑張ってね、オクトさん。いつか君の時間がこの時間に繋がるといいね」
いやいや、良くないから。
たぶん私にとっても、私の時間のカミュにとっても。
しかしそんなツッコミを言う暇もなく、私の意識はそこで途切れた。