もしも、逆ハーレムだったら(3)
「なんで」
「何が?」
何で、私を好きになっちゃってるの?!
私は叫びかけた言葉を飲み込んだ。これを叫んだらたぶん色々アウトだ。ライは絶対不審がるだろう。
ライが私を好きになるなんて、私との間に何が起こったか気になる。気になるが、私はこの世界の記憶に触れるのは止めた。この世界の記憶に触れた、ら強すぎる感情の波に揺さぶられてしまう気がしたからだ。
どうやら――というか、元々分かっていた事ではあるが、私は愛だの恋だの的な感情が苦手である。自分自身がそれについて考えるのも苦手だし、相手から向けられるのも苦手だ。
精神的に成長をすれば慣れるものなのか、一生苦手のままなのかは分からないけれど、とりあえず今は無理という事だけは間違いない。
そしてそんなものをまともに自分が感じたら、今までの私のままではいられない気がする。トキワさんが記憶に触れ過ぎないように言ったのは結局はそういう事だろう。この世界のオクトと私が同化してしまわないようにするには、知りすぎないというのは必須なのだ。ベースは私なのだから、同じ経験をすれば同じような感情を持ち、この世界の一部になってしまう。
「なんで――病室からこれたのかなと。怪我、大丈夫?」
「大丈夫だって。俺は、丈夫なのが取り柄だし」
「そう。……えっと。皆は?」
私は、さりげなくライが私の事が好きという話から別の話へスライドさせる。あの時と同じなら、この旅には、アスタやペルーラもいるはずだ。
「ペルーラは元気は元気だけど、安静にしろって医者からは言われてるな。師匠は……」
「アスタがどうかしたの?」
ライが言い淀んだのを見て、私は不安になった。
この世界は全員が助かった世界だと思っていた。
でもそれは、本当にそうなのだろうか? 私の世界でアスタが助かったのは、偶然精霊魔法が上手くいっただけの事。ある意味奇跡の結果だったのではないだろうか。
だとしたら……だとしたら――。
さっと、血の気が引いた。
この世界は、私の世界ではない。だから、ここに居るアスタは、私の知っているアスタとは、厳密にいえば違う。ある意味、私には無関係の存在だ。
それでも足元から恐怖が這い上がってきて、この世界の私と私の心が共鳴するように震える。
「ライ。アスタは?」
「師匠は――」
死刑判決を待つ様な、重い沈黙が部屋の中に落ちる。
そしてライが口を開いた瞬間だった。
ドカーンッ!!
「……へ?」
唐突に鳴り響く爆発音に、ドキリとする。それと同時に、先ほどとは違う恐怖が足元から這い上がって来る。
このパターンの爆発音を最近何度も耳にしている気がする。そう。それは、数々渡り歩いたIFの世界で。
「絶対安静のはずだけど、えーっと……なんというか――」
ライの言葉を消すように再び爆発音が鳴った。
今日は世界が滅亡する日ですか? と聞きたくなるような、耳を塞ぎたくなる音だ。勿論耳を塞ぎたくなるのは、音量の問題だけではなく、精神的な問題もあってである。
「――とりあえず、ここに来たみたいだな」
「えっ?」
えっ?
ここに来た?
ライが見ている方を向くのが怖い。
私が心の中でうわぁぁぁぁと叫び声を上げると、この世界の私の声が同じようにはもった気がした。同時に胃がキリキリと痛む。
見たくない。見たくないけど、見ないのは選択肢としてあり得ない。その後が怖すぎる。
どんな事でも勢いだ。勢いが大切だと自分自身に言い聞かせ、そちらを見た。
その瞬間、赤い瞳とばっちり目が合う。
ついでにその後ろにドアがなくなり、穴があいた壁が見えた。うん。私の胃の代わりに先に犠牲になったのだろう。私もすぐ後を追うからね、ドア――という現実逃避的な言葉が浮かぶ。
できる事ならばこのまま現実逃避していたい。しかしそれは、無理というものだ。
「……君は誰?」
「へ?」
赤い瞳は私を写していたが、困惑に揺れていた。
ここに居るのはアスタだ。アスタだけれど……いつものアスタじゃない。
「師匠は、その。今、記憶が混乱しているみたいでさ」
アスタと目を合わせたまま硬直してしまった私の耳元で、ライが囁く。
「混乱?」
どう言う事だろう。
「今、俺が話しているんだけど」
ひぃ。
ライとひそひそ話すと、アスタが少しだけ低い声を出した。不機嫌な時に良く出す声だ。
「俺の頭の中にずっと残っている、君は誰?」
苛立った声で、アスタがもう一度私にたずねる。
……君は誰と聞くという事は、きっと記憶喪失の一種には違いないのだろう。ただ私の顔は覚えているなら、前とも違う状況だ。
前は命の恩人であるだけで、アスタと私は他人であると伝えた。その結果がどのような結末を迎える事になるかを私は良く知っている。
でもこの世界の私にとってはこれから体験する事であって、私の経験に基づく結論は出す事ができない。だとしたら、この世界の私は、どういう結論を出すだろう。
あの時の私と同じように【逃げる】という選択を選ぶ可能性は高かった。アスタが私と一緒にいる事で死んでしまうかもしれないというのは今でもとても怖い事だから。
でも――。
アスタを見ると、不機嫌なだけではなく、困惑していて、不安がっているようにも見えた。記憶喪失ならば、誰だって不安にもなるだろう。
そんな状態で、アスタは私の所へ来た。きっと追跡魔法を使ってここまで来たのだろう。私が誰かも知らないけれど、不安を消す為に。
そんなアスタを見て、私は覚悟を決めた。
「私はアスタの娘」
「娘?」
不機嫌な顔が一転してキョトンとしたものになる。
たぶん、覚えていないのだろう。……自分自身を否定されるのは苦手だ。自分自身で自分を上手く肯定できないから。
でもアスタを不安の中に置き去りにするのは嫌だった。
「魔族ではないよね? 混ぜモノだけど」
アスタの質問に私はコクリと頷く。
私がもしもアスタと同じ魔族だったならば少しは親子ぽっかっただろうが、生憎と魔族の血は流れていないし、髪の色も瞳の色も全て違う。
「……ヘキサの婚約者でもないよね」
「違う」
止めてくれ。
とんでもない、フラグを立てようとしないで下さい。
ヘキサ兄は、アリス先輩と結婚するというバラ色未来が待っているのだ。それを壊すのは例え親でも許されない。
「良かった」
ぶんぶんと首を振ると、アスタが笑った。
含みのある笑いではなく、心の底から嬉しそうに。……あれだろうか。自分の息子が混ぜモノと恋愛していたら色々問題だから否定されて嬉しいのだろうか。
いや、うん。まあ、いいんだけど。
ヘキサ兄と恋愛関係になりたいわけではないので、まったく問題ないのだが、ちょっともやっとする。アスタは出会った時から私が混ぜモノという事を気にしていなかった。
だから私が混ぜモノである事を負の意味でとらえた事が少しだけ、本当に少しだけ寂しかったのかもしれない。でも私という情報を何も持っていないのだから私の利用価値部分も知らないのだ。
混ぜモノというのは、いいものと思われていないのだから、アスタが面と向かって嫌な顔をしなかっただけ良かったと思った方が良いだろう。
そんな風に納得しようとしている時だった。
突然目の前が暗くなった。
意識を失ったわけではないようで、背中に腕を回された感覚はある。……ん? 腕を回されたという事は、抱きしめられているという事だから――。
「えっ。あ、あの」
どうやら私はアスタに抱きしめられているようだ。暗いと思ったのは、アスタのローブが顔を覆っているからだろう。じんわりとアスタの体温が私を包み込む。
「良かった」
再び良かったとささやかれ、私は首をかしげようとしたが、抱きしめられている為できなかった。
何で抱きしめられているのだろう。
「名前を教えて」
「お、オクト」
別に娘として何らおかしなことをされているわけではないけれど、妙に気恥ずかしくなって、ドキドキする。ついでに胃はズキズキずる。
なんだかこの状況は良くない気がする。
「オクト、ずっと一緒にいよう」
「む、無理っ!!」
反射的に否定すると、ぎゅうぎゅうと抱きしめる腕に力を入れられた。
うぷっ。出る。内臓出る。体格差と自分の力を考えてくれ。
「師匠。ストップオクトが死ぬって」
声も出せずにいると、ライが止めに入ってくれた。ありがとう。でも、何だろう。胃が痛い。キリキリと痛む。
「そういえば、妙に俺の娘と仲が良いみたいだけど? どう言う事?」
「えっと、それは――まあ。幼馴染だし、オクトの事が好き――」
ザクッ。
何かが突き刺さる音が聞こえて、私はアスタの片腕が外れたこともあり、慌てて体をねじるようにして、音の出先を見る。
するとライの真横を通って、壁に剣が突き刺さっているのがみえた。
えっ。マジ?私の体から血の気が引いたが、ライも同じように顔色を悪くしていた。
「あ、あぶねぇ。師匠、酷い。いくら、オクトが好きだからって、剣はないだろ?!」
「何を勘違いしてるんだ。そこに、こちら側を監視する魔法陣があったから壊したんだよ。おおかた、反王家が残していったんだろ。まあ、一緒に刺さればいいとは思ったけどな」
「思ったのかよっ!! ……あれ? 師匠、記憶が戻って?」
どうやら、アスタは反王家が残していた魔法陣に気が付き壊したらしい。……でも、ライの真横に何も言わずに剣を付きたてたのはわざとな気がするけれど、どうなのだろう。いや、追及は止めよう。胃が更に痛くなる。
「ああ。俺としたことが、よりにもよってオクトを忘れるなんて。オクトごめん」
……戻ったんだ。
なんてスピード解決。私としては、忘れたまま他人として暮らしていても何ら問題はないのだけれど、アスタの言葉を否定するのはアスタの逆鱗に触れそうだったので黙っておいた。
「大丈夫」
「でも記憶がなくても、オクトとは、ずっと一緒だから。ヘキサの婚約者じゃなくオクトが俺の娘だと聞いた時、凄く嬉しかったし」
アスタがいい笑顔だ。
えっと。もしかして、先ほどの良かったは、ヘキサ兄に私を取られなくて良かったという事でしょうか?
この、親馬鹿っ!
私は心の中で叫ぶ。
一瞬でも傷つきかけた自分が馬鹿みたいだ。アスタは別の世界でもやっぱりアスタなのだ。
「オクト。愛してる」
アイ?
I?
……愛?
唐突に言われた言葉は、親馬鹿というよりも、まるで愛の告白をしているようで――いや、実際、愛の告白で――。
「ずっと一緒に居よう。もう誰にも渡さない」
「がはっ!」
「「オクト?!」」
アスタとライが私の名前を呼ぶ。
しかし自分のキャパを超えた事態により、胃痛も限界に達し、私は二人の心配そうな顔を見ながら血を吐いて倒れた。
もう誰にも渡さないって、元々私はアスタのものでもなければ誰のものでもなく、私は私のものだと言いたいが、上手くしゃべれない。
出来るならもう何も言わずそっとしておいて下さい。お願いします。そう思いながら私は意識を手放した。