もしも、逆ハーレムだったら(2)
状況を整理しよう。
精霊との契約で眠い事を理由に、とりあえず全員に部屋から出て行ってもらった。目が覚めてから皆が部屋から出て行くまでの間に話を聞いて、大体の状況も見えてきてはいる。だから今から私はこの世界の私の記憶にアクセスしてみようと思っている。
でも思っているだけですぐに行動に移せない。
今まで以上に記憶を覗くのを躊躇っているのは、たぶん手に入れてしまった情報が、面倒以外の何物でもないからだ。
「嫌な予感しかしない」
エストもコンユウも混融湖に落ちていない世界。
つまりは全員が助かった世界なはずなのだ。それは私が求めていた時間でもある。それなのに、どうしてこう、嫌な予感しかしないのか。
「嫌な予感とはなんじゃ?」
「にぎゃっ」
唐突に声をかけられ、私は叫んだ。
姿を見てトキワさんだと分かったが、いまだに心臓がバクバクいっている。
「なんじゃ。突然叫びよって」
なんだはこっちのセリフだ。
嫌な予感しかしない場所で突然声をかけられたら、まさか自分の義父辺りが魔王のように降臨したのかと思ってしまう。唐突にアスタが転移魔法で現れる事は今までにもよくあった。
現在が私が体験した時間軸と同じ流れなら、アスタは剣に刺されて瀕死状態なのだけど、コンユウやエストが混融湖に落ちていない事を考えると、アスタの現在も変わっている可能性がある。
ただそれを口にすれば、フラグが立って本当に現れないとも限らない。なので私は喋らないという賢い選択を選んだ。
「まあいいがのう。先ほど、カミュらと話しておったようじゃが、この世界がどういう世界かは分かったかのう?」
「いや……」
分からないというか、分かりたくないというか。
「ざくっと説明すると、昔ノエルが言っておった、古代語の『ぎゃくはーれむ』という言葉に近い状態じゃ。つまりのう、多くの男がお前に惚れておるのじゃ」
「うわー……」
「なんじゃ、嬉しくないのか?」
「当たり前」
目の前が真っ暗になりそうな単語に、私が顔を覆うと、トキワさんがすごく不思議そうに声をかけてきた。
「ノエル曰く、すべての女の子の夢じゃと言っておったがのう」
ママ……。
どうしてママがその単語を知っていたのか分からないけれど、その説明もどうなんだろうと思う。前世では逆ハーレムという皆から好かれる女の子が主人公の少女漫画があったのは知っている。だからそれなりに需要はあったと思う。
しかしだ。それはあくまで、皆から好かれて当たり前だと納得できるぐらい、性格が良くて、可愛くて、憎めない少女だからいいのだ。私が逆ハーレムになった所で、残念の二文字しかない。
というか、申し訳ないと土下座したくなる。
そしてたぶん、このIFの私も同じなのだろう。そうでなければ、こんな胃痛をずっと感じているはずがない。どうやらこの世界の私はストレスによる急性胃潰瘍ではなく、慢性胃潰瘍を患っていそうだ。……胃薬は常備薬として持っているだろうか?
「まあでも、ようやく今この時点をもってカミュが逆ハーレムに参戦したからのう。少しはマシになるじゃろう」
「何を言っているのか理解ができないんだけど」
何故カミュが参戦したらマシになるのか。
そもそも、何でこの時点でカミュは参戦してしまったのか。私の時間軸では、カミュは泣きはしたが、この後も友人としてずっと私の近くに居てくれた。私の時間とこの時間にどんな差があって、カミュにそんな残念な感情が生まれてしまったのかまったくもって謎だ。
「あの腹黒は天邪鬼じゃからのう。本気で好きになった相手には手を出せんのじゃ。これまでは、オクトが逆ハーレムの状態になっていく過程をとてもいい笑顔で楽しんで、時に引っ掻き回しておったが、これ以降はしないじゃろう」
うん。笑顔で人の地獄を楽しんで引っ掻き回すとか鬼畜だ。地獄に落ちろ。……いや。私に惚れるなんて地獄を今味わっているのか。
悪い事はするものではない。
「ただし腹黒は諦めが悪いからのう。カミュがすべての条件みたしたら、オクトはカミュと結婚するという選択肢しかなくなるのう」
「えっ」
トキワさんはここではないどこか別の場所を見つめながら、とんでもない予言を落とす。でもちょっと待て。カミュと結婚って、感情とかを度外視するにしても色々無理がある。カミュは腐っても王族だ。
「まあ、そうなるには、かなりの年月が必要のようじゃからのう。この世界があの道へ繋がる可能性は僅かなのじゃ」
「……ならいいけど」
このIFの世界は私の世界ではないけれど、流石に本気でカミュに地獄に落ちてもらいたいわけではない。
「そういえばこの世界はエストとコンユウが混融湖に落ちていないけれど」
何がどう変わったのだろう。
「当然じゃ。この混融湖にくる少し前に、コンユウがオクトに告白したのじゃ」
マジで?
「さらにその場の勢いでエストにも告白したのじゃ」
「……えっと、エストが告白じゃなくて?」
「それはもっと前に、お主自身されておるじゃろう」
あっ。
そう言えばそうでした。
私はエストから告白をされた時、誤魔化そうとして失敗した上にエストに慰められたという、残念極まりない過去を持っている。
あの後もエストは私に対して片思いを続けるというショッパイ状況が続いていた。
「えっと、だとすると、コンユウは私とエストが好き?」
自分で好きと言う言葉を呟いて、胃痛を感じたが、トキワさんの説明だとそうなる。
「魔族の【好き】は少々我らが感じるものと違うからのう。とにかくじゃ、コンユウは告白した上に、自分の育て親が反王家派でさらに人質状態になっているという現在の問題まで告白したんじゃ。そこで一度作戦が練られ、今回は反王家の作戦を利用して、混融湖にオクトをおびき寄せたふりを2人はしたのじゃ」
「なんだか……告白しすぎのような」
何があったかは知らないが、色々吐露しすぎている気がする。コンユウの育ての親は大丈夫なのだろうか?
いや。うん。エストが告白されているのだから、きっと反王家あたりの事もエストは聞いていたはずだ。エストとライは一緒に暮らしていて、ライはカミュの乳兄弟でいつも一緒にいるわけだからカミュにもその話は伝わっているわけで。
だとしたら、大丈夫だろう。
育て親が殺されたことによりコンユウが王家を恨んだら色々面倒な事になる可能性が高い。となれば、カミュならさっさと懐柔する方向で手を回すはずだ。
「とにかくじゃ。それにより、色々時間が変わったのじゃ。このような奇跡を起こせるとは、ぎゃくはーれむを女子が望むのも分かるのう」
……世間一般の女子は死亡フラグ回避の為に逆ハーレムを使おうとは思わないと思う。むしろ逆ハーレム状態になる事の方が奇跡というか。
とにかくだ。現在私を好きなのはエストとコンユウとカミュで、コンユウは私以外にエストの事も好きという何だコレな状況のようだ。
「いっそ、BLに走ればいいのに」
「びーえる?」
「……今の言葉は忘れて下さい」
前世の残念知識がつい口から出てきてしまい、それを聞いたトキワさんが訪ねてきたが、私は首を振った。自分が助かる為とはいえ、友達に対してなんて酷い事を考えたのだろう。
うん。まあ、それを彼らが望むのならば、否定はいないけれど。むしろ応援する。
私の心の負担はその方が軽い。
「オクト。起きてるか?」
コンコン、ガチャッ。
私が返事をする間もなく、ノックだけ一応したライが部屋の中に入ってきた。
ライが入ってきた事によりトキワさんが慌てて姿を消す。
「あれ? 今、誰かいなかったか?」
「誰もいない」
流石鋭い。普段から護衛などで気配の捉え方など鍛えているのだろう。
ライはおかしいなと首をひねるが、トキワさんの事は伝えない方が良いだろうと黙っておく。
「そんな事より、ライ……顔」
首をひねるライの顔を見て、私は胸が痛んだ。
「名誉の勲章ってやつだ」
ライの顔には大きなガーゼが張ってあった。あの下には、大きな傷がある事を私は知っている。その傷はここで戦っている時についたもの。つまりは私が原因だ。でもライは気にした様子もなくにっと歯を出して笑った。
私の時間軸でもそうだ。ライは傷の事に関しては一言も恨み言を言わなかった。
「名誉って――」
「好きな奴を守る為にできた傷だからな」
……ん?
…………んん?
………………んんん?
「にしても、目が覚めて良かったわ。ったく。あいつ等もオクトが好きならちゃんと守れって言っておいたのに。帰ったら特訓だな。でもオクトはよく頑張ったな」
そう言ってライは私の頭を撫ぜた。
一瞬混乱したが、ライのいつもの雰囲気に私は力を抜く。
「私の事だから」
頑張って当然だ。
私が頑張らなければ誰が頑張るのだという話である。
「でも俺の為でもあるからさ。生き残ってくれてありがとな」
「……あっ、うん」
生きている事を感謝され、私は戸惑う。
たぶんそれは、昔から私は生まれてこなかった方が良かったのではないかと思っていたからでもある。
たぶん私が死んだら嘆き悲しむ人はいるけれど、面と向かって生きている事を感謝される事は今までなかった。
「何驚いた顔してるんだよ。俺はさ。前に言った通り、カミュをどうしても優先してしまうけど、オクトの事が好きなんだからさ。生きててほしいと願って当然だろ? もしかして、まだ自分は混ぜモノだからいらない人間だとか思ってるのか?」
「そんな事はないけど……」
必要としてくれる人がいる事を私は知っている。
そしてこの言葉を呟いた時、特に違和感を感じなかったから、この世界の私も分かっているはずだ。私は、本当に申し訳ないぐらい周りから大切にされていた。
そんな事をしんみりと考えながらも、今の言葉の中にさりげなく入っていた爆弾発言に私はギクリとする。
「……えっと、あの。その。ライ。今、私を好きとか言った?」
さらっとライの今の言葉を流してしまおうかどうしようか悩んだが、現状をちゃんと知っておかないと、後で痛い目を見そうだと考え、私は胃痛を抱えつつ確認するという選択をとった。
どうか聞き間違いであって欲しいと願って。
「言ったけど?」
そしてライはその言葉が私を地獄に突き落とす大きな爆弾発言であるとも知らず、いつも通りの軽いノリで私に伝える。
……ライもですか。
私はこんなトンデモない現実に突き落とす神様を若干呪いたくなった。




