もしも、逆ハーレムだったら(1)
はっと気が付いた私は勢いよく体を起こした。
それと同時に、キリキリと胃が痛んだ。
「……最悪」
何というタイミングで移動するんだとトキワさんに文句を言いたいが、でもあの王子VS極悪親ばか魔族な場面で私ができたことはかなり少ない。
それにしても、カミュ弟がああいう性格だったとは。
いやいや、まだ幼い感じだったしこれから変わるのだと信じよう。ただしもしも私の時間軸でもまだ同じ性格だったら、とりあえず絶対近づかないようにしようと心に誓う。
「オクトさん?」
不意に、カミュの声が聞こえ、私はドキッとしつつそちらを見た。
どうやら今回は、カミュが寝室にいるような状況だったらしい……ん? 私はカミュとは一緒に暮らしした事などないし、一体どうして私のベッド脇に彼が居るのだろう。
不思議に思いながら視線を向けた先で、カミュと目が合う。何だか久々に会ったような気分になるのは、この世界の私の気持ちだろうか。ただ、驚きで黄緑色の目を丸くしたカミュの顔は何処かやつれているように思った。
「……よかった」
何がよかったのだろう。
状況がまったく分からないけれど、でも今にも泣きそうな顔のカミュを見ると、彼をの言葉を否定するのは憚られた。
「目を覚まさなかったら、どうしようかと思ったよ。……本当によかった」
「……えっと……泣くな」
カミュ目からしずくがこぼれ落ちた瞬間、私はどうしていいのか分からなくなる。カミュが泣くなんて私の人生では1度しか見た事がない。カミュはいつだって私の前では不敵に無敵な笑顔だったから。
そうだ。そんなカミュが泣いたのは、たしか――。
「泣きたくもなるよ。ずっと死んだように眠り続けられたらね」
「ずっと?」
「そうだよ。襲撃があった日からずっと、オクトさんは眠ってたんだから」
「襲撃?」
その言葉に、この世界の私の記憶を見たわけではないけれど、今の時間がどこに位置するのか分かった。
「……オクトさん、僕の名前、分かるかい?」
「カミュエル」
「僕の国の名前は?」
「アールベロ国」
「自分の種族は何?」
「エルフ族、人族、精霊族、獣人族の四つの血が混ざった混ぜモノだけど……」
そう。あの時もこんな質問をカミュはしてきた。
「……一体何?」
アスタが記憶を失い、コンユウとエストが混融湖へ沈み、ライやペルーラが怪我を負った、ドルン国にある混融湖であった事件の後に。
「もしかして記憶が混乱しているのかと思って」
「……大丈夫。ちゃんと覚えているから」
あの事件は、長い時が経っても忘れられない。
私は今だに彼らへの償いが終わっていないのだから。特にエストには、神様となったら必ず会いに行こうと思っていた。時間を司る神ならば、きっとそれは可能だと思う。
そしてもう一度で会えたら、私は何を犠牲にしてもエストの望みを叶えようと思っていた。
館長として生きた彼の人生を否定する事は私にはできないから。だからどうしたら償えるのか、エストに直接聞いて、彼の願いを叶えるのだ。ちゃんと彼らと話をしてこなかった私が罪を償う為には、まずは話をする必要がある。
だからそれまでは、絶対私は私の罪を忘れない。忘れてはいけない。
「なら良かった。……ごめん」
「えっ?」
「今回は僕の考えが甘かったから。信じてもらえないかもしれないけれど、オクトさんにこんな無茶をさせるつもりはなかったんだ」
そう言って、カミュが私の手を取り袖をめくる。
そこには、蔦の様に絡んだ何色もの痣があった。これは精霊と契約した証。きっとこの時間軸の私も、とっさに自分自身の周りにいる精霊と契約したのだろう。
その事をカミュは悔いている。
でもこれは私の自業自得でもあって――ん?……あれ?
カミュって、この時点で、私が何種類もの精霊と契約したことを知っていたっけ?
混融湖で私が倒れた時、周りには死にかけてるアスタしかいないはずで、あそこで何が起こったかを話せる人はいないはずだ。だから精霊との契約の所為で、私が棺桶に足を一歩踏み入れた状態だということは、医者に見破られライが知ってしまうまでは内緒にできたはず。
ここが私がいた時間の過去ではなくIFの世界ならば、何かがずれている可能性はある。しかし、ずれた部分は一体どこなのか。
「何でカミュが契約の事を知ってる?」
「ああ。話を聞いたからね」
話を聞いた?
一体、誰に?
「カミュ――」
一体誰に聞いたのかを問おうとした瞬間、扉がノックされた。
その音に、私はビックっとする。
あの時、この屋敷には私とカミュしかいなかったはずだ。私は暴走を起こしかけた混ぜモノとして怖がられ、アスタ達とは別の、人里離れたこの城で眠っていたのだから。
扉の向こうに居る相手が誰であれ、やっぱり何かが違う。
「どうぞ」
ドアを見つめたまま固まってしまった私に変わって、すでに涙を拭いたカミュが答えた。
遠慮がちに、音を立てないように開かれた扉の向こう側にいた人を見て、私は目を見開く。驚きすぎて、声すら出なかった。
「オクト?! 気が付いたの?」
驚いている私と同じぐらい驚いた顔をしたチョコレート色の髪と優しげな緑色の瞳をした青年――エストが足早に私の近くへ寄ってきた。更にその後ろには、少し性格の悪そうな紫色の瞳を同じように大きく見開いているコンユウの姿がある。
「良かった。気分が悪いとかない? 大丈夫?」
「……あっ。うん」
「普通精霊と咄嗟に契約するとか馬鹿だろ。つうか、倒れたのは自業自得だ、ばーか」
「だと思う」
コンユウが顔を合わせるなり、嫌味を言って来たが、それについては私自身もう少し人の治癒に関する勉強をしておけば良かったと思っていた事だ。
前世の記憶にあるゲームでは治癒魔法というものが存在した。この国の魔法では主流ではないけれど、絶対存在しないとも限らない。
それに精霊魔法についてもしっかりと勉強をしておけば、あんなに焦って多くの精霊と期限を設けないトンデモ契約を結ばずに済んだはずだ。明らかに私の知識不足が起こした所も大きい。
「嘘だよ。くそっ。アンタはな、もう少し言い返すとかしたらどうなんだ? 分かってるよ。上手くいったのは、オクトが精霊と土壇場で契約したからだってことぐらいは。……凄いよ。アンタは」
「コンユウが褒めるなんて……」
「だから何で素直に喜ばないんだ! 大体俺が嫌いっていっていたのはずっと――」
「はいはい。病人の前で騒がないようにね」
キャンキャンといつも通り私に噛みついてくるコンユウに対して、年上らしくカミュが止めた。年上の仕事ではあるけれど、いつもは私とコンユウの喧嘩を止めるのはエストなので珍しい。
しかし何故だろう。
カミュが珍しい行動をとったからだろうか? コンユウやエストとまた揃って喋る事が出来るなんて懐かしく嬉しい状況なのに、どうにも胃が痛い。
最初胃の痛みを感じた原因は一つ前のIFの世界で、その世界の私に申し訳ない状況でバトンタッチしてしまったからだろうと思っていた。しかし今も痛いとなると、これは私ではなくこの世界の私が胃を痛めているのかもしれない。
私が見る事ができなかった、幸せな未来にいるはずなのに。はて。何故この世界の私は胃痛持ちなのだろう。胃潰瘍はストレス以外にも、ピロリ菌によっても出来ると前世の記憶にはあるが……原因はピロリ菌なのだろうか?
「そういうカミュエル先輩も、いつまでオクトの手を握っているんですか?」
「……ただ、痣の確認をしただけだよ」
「そうですか。そうですよね。オクトに最低限の護衛しかつけずに、いかにも囮ですという状況にしたんですから、他意なんてないですよね。あるはずないですよね」
あれ?
なんだかエストが怒っているなと思うと胃がキリキリと痛んだ。
えっと。そういえば、混融湖の事件が起こる直前に、私は反王家の魔法使いに対する囮だとかなんとかとライから聞いていた気がする。
だからエストが怒ってくれているのだろう。エストは私の大切な友人だし、この時のエストは私に対して特別な想いという残念な感情を持っていた。
「エスト、大丈夫だから」
混融湖の件でうやむやになってしまっていたが、そういえばこの時の私はエストとの仲をどうすればいいのか分からず困っていたように思う。
「オクトは優しすぎるよ。だから皆勘違いするんじゃないか」
「勘違い? ……えっと、私は優しくない」
私が優しいという方が勘違いだ。
「無自覚が怖いんだよね」
無自覚?
その言葉に、私の胃が悲鳴を上げ、私は軽くお腹を押さえた。
……嫌な予感しかしない。
「これ以上ライバルは、増えて欲しくないというのは、オレの我儘かもしれないけれど――」
「ら、ライバル?」
ライバルとは何のライバルなのか。魔術師としてのライバルとか、スポーツマン的ライバルならいいのだけど。
私の顔は多分、盛大に引きつっている気がする。それと同時に、更に胃が悲鳴を上げた。
「そんなの、恋のライバルに決まってるだろ。くそっ。言わせるなよ」
補足説明ありがとう。全然嬉しくない。
言いたくないなら黙っていればいいのに。
ボソリとコンユウが呟いた言葉を聞いた瞬間、この世界が紛う事なくIFの世界であり、私の世界とは全然違う場所であると自覚した。