突然な始まり
「うーん……」
寝苦しい。
なんというか、胸とお腹のあたりに重たいものがのっかっている感じだ。アユムだろうか。
本で生き埋めになっている可能性も否定できないけれど。
「アユム……重い」
何となく乗っているものに体温を感じて、アユムに違いないと思った私はうっすら目を開けて伝える。
アユムとは同じ部屋で寝ていても、基本的には別のベッドだ。ただし、アユムは夜中に目を覚ますと私のベッドへもぐりこんでくるという癖があった。たぶん、怖い夢を見ての行動だろうと思い、私はその辺りはアユムのやりたいようにさせている。
無理に引きはがして情緒不安定になるぐらいなら、ぐっすり夜は寝てもらった方がいい。それに最初は自分のベッドで寝ているのだから、アユムが精神的に安定して怖い夢を見なくなれば、こういう事もなくなると思っていた。
ただ、上に乗っかられると、結構重い。子供の体重を甘く見てはいけない。
何とか押し退けようとして、何故かもがくような動きになってしまい、ん? と首をかしげる。アユムってこんなに重たかったっけ?
いや、でもアユムが重いというより、自分に力があまり入っていないような……。
何かがおかしいと思い起き上がると、私は魔法で掌に光を作り出し――そのまま硬直した。
「なっ……」
ここは何処だ?
起き上がった場所が私の部屋ではなかった。それどころか、ベッドでもない。下には藁が敷き詰めてあり、その上に布がかけられていると感じの場所だ。
そして、そこで寝ているのは私だけではない。たくさんの子供が雑魚寝をしている。
何が何だか分からず、私は目を瞬かせた。
まさか、人身売買にでも攫われたのか?
年齢はさておき、私の外見は大人と呼べるものではない。でも、私は混ぜモノだ。好き好んで私を売ろうとするものは居ないはずなのに……。まさか、また何かに巻き込まれているのか?
一体自分は、ここで目を覚ます前は何をしていたと考えるが、普通にベッドで眠ったような気がする。……いくらなんでも、私の家の中に人さらいが入って来るとは思いにくい。
何が目的で、誰がこんな事を?
「オクト? ……えっ? 何、その光?!」
突然隣から子供に声をかけられ、ビクッとする。アユムの声ではない。
でも相手は私の事を、オクトと呼んだ。だとすると知り合いのようだが……はて。私の知り合いで、子供なんて居ただろうか?
「……クロ?」
子供の方を見て、私は固まった。そこにいたのは、私の記憶が正しければクロだ。でも――。
「縮んだ?」
「ちぢんでねーよ。チビはオクトもだろ? 本当に言うようになったよなぁ」
そう言うクロはどうみても、私の記憶にあるクロに比べて小さい。7歳、もしくは8歳ぐらいだろうか。少なくとも、青年という言葉ではなく少年という言葉が似合う。
「チビって――」
ふと、そんなチビクロよりもさらに自分が小さいことに気がついた。えっ? 何で?
私の毎日牛乳の成果は?!
光を灯す掌もかなり小さい。まるで昔に戻ったみたいな――。
「まあ、いいもん食ってないし、しかたないけどな」
「クロ。ここどこ?」
クロは明らかに縮んでいるのに、まったく焦りがない。その事に、どんどん嫌な予感が積み重なってく。
「どこって。オクト、どうしたんだよ」
「だって。なんで、こんなに、子供が?!」
「何言ってるんだよ。こじ仲間だろ?」
「孤児仲間? えっと、孤児って、親のいない?」
孤児は分かる。でもその仲間って何?
確かに私の親は既にいないので、孤児には間違いないけれど。でも、私は既に子供ではないので、孤児はおかしいというか……。
「ねぼけてるのか? とりあえず、まだ日ものぼってないから、ねよう」
ポンポンと頭を叩かれ、無理やり私は横にさせられた。そして幼子にするかのように、クロにゆっくりと体を叩かれる。
……何だコレ。
何が起きているのかさっぱり分からない。とりあえず、クロと私が若返っているという事は、時属性が絡んでいる気がする。
時属性といったら――トキワさんか。
何故だろう、ものすごい彼女が原因な気がしてきた。
『オクト、聞こえるかのう? 聞こえたら頷くのじゃ』
子供声なのに、じゃじゃ言葉。これは、どう考えても、合法ロリという、頓珍漢な異名を持つトキワさんだろう。というか、この珍妙な喋り方をする存在が、トキワさん以外居るように思えない……いや、思いたくない。
私はとりあえず、クロに気が付かれない程度に小さく頷く。
『今は姿を消し、お主のみに声を送っておるのじゃ。ちーと厄介な事になったからのう。説明をしたい。少し外へ出てこれるかのう?』
やっぱりトキワさんが原因か。
憂鬱になりつつも、原因が分かった事に少しだけほっとする。元々私が前世の知識を思いだしたのも唐突で、その時は何の説明も入らなかったのだし、まだ今回のハプニングは親切だ。
「オクトどうした?」
私がむくりと起き上がると、クロがたずねててきた。
「トイレ」
「1人で大丈夫か?」
その言葉にこくりと頷き、立ち上がると、周りの子供を踏まないようにして部屋から外へ出た。
『こっちじゃ』
トキワさんの声は聞こえるが、姿は相変わらず見えない。
それでも声のする方へ歩いていくとそのまま外へ出た。
「……ここ、どこ?」
外へ出たが、暗いから場所が分からないというよりも、来たことがない場所だから、ここがどこなのか分からない感じだ。見覚えがある建物が何もない。というか、そもそもここはアールベロ国だろうか? 建物の感じが違う気が……。
「ここはホンニ帝国の町の一つ、カオクフの町じゃ。金の大地の方に位置しておる場所なのじゃ」
何処ですか、それ。
ホンニ帝国は以前来たとこがあったが、カオフクという町には行った事がない。かといって、詳しく説明されても、へーとしか言いようがないので、流しておく。
すでにここにいる事には変わりないのだから仕方がない。
「どうして私はここに? それに、私もクロも若返っているようだけど」
歩きながら自分自身を確認して思ったのだが、縮んだというよりもこの場合は若返ったと言った方がいい気がする。クロの声だって、声変わり前の高い声色だった。ただ縮んだ縮んだわけではない。
「話せば長くなるのじゃが……。まあ、ちーと事故が起こってのう。本当に、ちーとした事じゃよ」
何やら話しにくいのか、念を押すように言う。……その念押しの所為で、本当に事故なのだろうかと疑わしくなった。事故なら、どういう事故か言えばいいと思うのだが、トキワはそれを言わない。
「ここは、過去の世界で、更にIFの世界じゃ」
「は?」
過去の世界? IFの世界?
「つまりのう。時間というのはいくつもの選択肢で枝分かれをするんじゃ。並行世界ともいうかのう。元々オクトがおった時間からすると、ここは『もしも』の世界であり、過去の時間なのじゃ。ちなみにここは、お主がもしもアスタリスクに引き取られずに、クロ達についていったと選択した先に存在する時間じゃ。その体の中に、一時的に精神が入りこんでおる。きっと、その選択を思いだせるはずじゃ」
はずじゃって……。
私は過去にアスタに引き取られた時の事を思いだそうとして、アルファさんがアスタにくってかかり、オクトは自分が育てると決めたんだと言ってテントから出て行く光景が浮かんだ。
あれ?
確かこの時私は、アスタを選びそのまま引き取られる事になったはず。だからこんな会話なんてなかったはずだ。
「でもあまり、思いだそうとするでないぞ。精神がこの時間軸のものとくっ付きはがせなくなるからのう。融合してしまえば、体の時間軸の方へとりこまれ、元の時間へは戻れなくなるんじゃ」
「ならやらせるな」
そう言う事は早く言おうよ。
なんか元の時間に戻れないとか怖いんですけど。
「なんで、こうなった?」
「事故じゃ」
「どんな?」
「よいではないか。小さい事を気にすると大きくなれんぞ? わらわの方で元の時間軸の時間に戻れるようにするからのう。我慢するのじゃ」
……やっぱり怪しい。
怪しいけれど、問い詰めたところで答えてくれる気がしないので諦める。ただし諦めるのは決して大きくなれないと言われたからではない。
そもそも小さなことを気にしなければ大きくなれるというなら、もっといろいろ気にした方がいいトキワさんは合法ロリなんて姿をしていないはずだ。うん。性格と身長は関係ない。
「私はなにをすればいい?」
「普通にここでしばらく生活すればよい。ただし、この世界に合わせるのじゃ。この時間の流れに大きなさざ波を起こせば、時を繋ぐのに時間がかかるからのう」
合わせる……。
この世界に合わせるというのは、この世界の私に合わせろという事だろう。先ほどのクロの様子を思いだすと、この世界の私は多分魔法が使えない。実際私が魔法を覚えたのは、アスタに引き取られたからだ。
とりあえず、先ほどの光魔法は、以前ママに教えてもらったと言ってクロを誤魔化そうか。
「そう言えば、アルファさんは?」
先ほどは近くに居ないようだった。
代わりに、何人もの子供があの部屋にいたが……一体今はどういう状況なのだろうか。
「アルファ?」
「クロのお母さんの事」
「……この世界では、既に流行り病で死んだようじゃの。その後クロとオクトはこの町へたどり着き、盗みをしながら生き延びておったようじゃ」
トキワは紫の大きな瞳を天へ向けると、私には見えない何かを見ているかのように一点を見つめた。
「死?! えっ、盗み?」
そう言えば、本当の私の時間でクロと再会した時、すでにアルファさんの姿はなかった。こんなに早く亡くなっていたのかと呆然とする。
「幼児が生き延びるにはそれしかできんからのう。そうこうするうちに、他の浮浪児達も集まり、クロとオクトを中心とした子供だけの窃盗集団が出来上がったと」
マジか。
確かに子供だけなら、助け合っていった方が生き残れる確率は上がるだろう。でも、まさか窃盗団にまでなっていただなんて。
クロの過去、壮絶すぎると顔が引きつる。
「でもあれ? 私とクロが中心?」
「オクトとクロの知恵で、この集団は動いておるようじゃからな」
マジか。
「頑張るのじゃ。わしも姿を消してはおるが近くにおるからの。ここでのお主は、小さな女盗賊じゃ」
最悪だ。
もともとファンタジーな世界ではあったけれど、ここまでファンタジーな厄介事に何度も巻き込まれているのは、私だけではないだろうか。
せっかく頑張って森の奥で引きこもる為に薬師になったというのに、期間限定とはいえ、女盗賊にジョブチェンジをしなければいけないだなんて。……こんなの酷過ぎる。
こうなったら意地でも元の世界へ戻ろうと、私は深くため息をついた。