5
「今度も四角の中を埋める問題だね」
「今度は数字か。左から増えていっているから、また何かの法則性が?」
「今度こそ足し算かかけ算じゃないか?」
「足し算。四を足していく……。足しながら増やす……。足す数を倍にしてさらに足す……」
志郎が法則を次々出していくが、当てはまるものがない。かけ算も同様に出していったが、問題を解くことは出来なかった。
「ダメだな何か違う。また別の考え方をしないと答えは出ないみたいだ」
志郎が眼鏡を外して目頭を揉んだ。だいぶ頭を使ったようだ。
「これ5がやたら出てくるのは、何か意味があるのかな?」
久美子がその部分を指差す。
「そういえば一つ挟んで必ず五が入るな。ということは、四角の中に五は入らないって言えるんじゃないか?」
「そうだね。五は入らない。五以外の何かで、……。たぶん二桁?」
そう言って、志郎はピタリと止まった。慌てて眼鏡をかけ直して紙を見る。
「二桁。二桁だ」
確かめるように何度も呟く。思わず出た言葉のようで、志郎本人も驚いているようだ。
「1と5が一桁。□と50が二桁。100と500が三桁。ということは、入る数字は10だ! 何か覚えがあるなと思っていたけど、これお金だよ」
「一円五円十円五十円百円五百円……。本当だ! お金だ! やった! これで全部解けた!」
「やったな!」
三人ははしゃいで騒ぐ。終わりが近付いていることで、三人の気分は高揚していた。
「あとは二つの答えを合わせるだけだな」
「一つ目が車、二つ目が十、だね」
「車と十か……。これを合わせるってどういうことだろう?」
また解けない問題の出現で、三人は若干、気持ちを落ち着けた。
「合わせると、開くことに繋がるんだよね。鍵がかかっているような箱はもうないから、そういう類のものではないはず。車を開くとするとドアで、十を開くとすると五と五に分けるとかになるけど、もちろんそんなのに関係するものはここにないし、答えは全く別のものだよね」
「ならこの二つの言葉を合わせるとかか? くるまじゅう、くるまとお、しゃじゅう、しゃとお。それっぽい組み合わせはないな」
「二つを合わせて漢字にするとかかな? でも、そんな漢字に覚えは……。軒だと一本足りないから違うし」
三人は思い付いたやり方をあげていくが、答えには辿り着かない。漢字を崩して合わせる。ひらがなにして混ぜ合わせる。他にも色々な意見は出たが、全て開くものにはならなかった。
「もしかして日本語じゃないのかな?」
「日本語じゃないって?」
久美子の言葉に弥彦が問い返す。
「ほら、車って解いた時はローマ字だったじゃない。だから、これも全部ローマ字にして合わせると何かの単語になるとか」
「ローマ字を英単語に……」
弥彦が遠い目をする。どうやら全く受け付けないようだ。
「英単語か……。そういえば、英単語では何も試していなかったね」
志郎がとりあえず車と十を英単語に直す。
「CARとTEN。ローマ字と比べれば字数は減るけど……。これを組み合わせて何が出来るかな?」
志郎の言葉を聞いて、久美子が何かに気が付いたようだ。頭を悩ませて出来上がっていた眉の間の皺が消え、久美子の表情が晴れやかになった。
「分かった。カーとテン。カーとテンでカーテンだ!」
「カーテン!」
「案外簡単な答えだったんだな」
三人は肩の力を抜き、安堵の表情を見せる。そして、顔を引き締め直し、教室の窓を見た。窓のカーテンは全て閉じられていた。
「全てを開けば終わりが訪れる」
久美子が紙の一節を読み上げる。カーテンはそれに相応しい答えだった。
「開こう」
「うん。開こう」
三人は頷き合い、窓の前に立った。カーテンの端に手をかけ、お互いの顔を確認する。その顔は期待に満ち、瞳は輝いていた。
「じゃあ開くよ」
志郎の声で、全員がカーテンをぐっと掴む。
「せーのっ」
三人で立った場所の左右のカーテンを開いた。窓を邪魔していたものが全てなくなる。
窓の外はどこまでも暗闇が続いていた。建物や何かが見えるということもなく、そこには底なしの黒しか存在しない。
異常な状況だったが、その暗闇よりも三人の目を引き付けるものがあった。
窓の上部。カーテンを開かないと気付かない位置に、文字が書かれていた。
『お前達は本の中にいる』
その文字に三人は言葉を失う。その場を動くことも出来ず、ただ文字を見つめていた。
沈黙が続く静かな空間に、紙を捲る音がしていることに全員が気付く。それは、三人の後ろからだった。三人はパッと振り返る。音のする場所はすぐに分かった。教室の中央。机の上。開かれた本。三人の行動が書かれていたあの不気味な本が、机の上で捲られていく。誰が触っているわけでもないのに、紙がひとりでに動いていた。三人の見ている前で最後の一枚が立ち上がり、パタリと倒れる。そして、裏表紙が浮き、本がゆっくりと閉じられていく。
血相を変えた三人は手を伸ばし、それを止めようとした。弥彦は机の上から。久美子は机の間を走って。志郎は目の前の机を除けて。しかし、その甲斐なく本は閉じられていく。三人の手は届くことなく、本は音も立てずに閉ざされた。とたんに全てが真っ暗になる。
視界は黒で埋め尽くされ、全ての音がその黒に吸い込まれたかのように、静寂が場を支配していた。物音一つせず、何もかもが暗闇に包まれている。
「ここどこ?」
誰かの声が虚しく響いた。
「誰かいないの?」
end




