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箱の錠前を持ち、久美子が黙ってダイヤルを回し始める。一つ動かしては鍵を引っ張り、開けようとしていた。どうやら全ての数字を試そうとしているようだ。
そんな久美子の横を通り、弥彦は黒板の前に立った。黒板に書かれた文字を眺める。
『三人の頭を集めて箱に入れろ』
白で書かれたその文字の端を、弥彦が指で擦る。擦った部分は消え、弥彦の指に移った。
「これって何なんだ?」
指の汚れを叩き落としていた弥彦が誰にともなく呟く。近くにいて聞こえた久美子が、錠前から顔を上げた。弥彦は久美子に背を向けたままだ。
「三人ってたぶん俺らのことだよな」
「たぶんね」
「頭を集めて箱に入れろってどうやってだ? ここには刃物なんてないのに」
「ちょっと。物騒なこと言わないでよ」
弥彦の言葉に久美子が嫌な顔をした。
「殺し合いをさせるのが目的なら、普通はそれなりの道具を用意しておくよな」
「そんな普通なんて知らないわよ」
「箱だって鍵をかける意味がない」
「それは……。そうね。実際にこうやって開けるのに時間がかかっているし、何だか遠回りな印象」
弥彦は腕を組み、眉を寄せて唸った。
「何か……。おかしいな。それとも何か別に意味があるのか?」
「別の意味……」
小さく呟いた久美子の顔が、ハッとした表情になる。
「分かった! 分かったよ。この文章が何なのか! これ番号だ!」
弥彦が振り返り久美子を見る。
「番号?」
「番号って何のこと?」
久美子の声に、机を調べ終わっていた志郎も教卓に来た。
「三人の頭って、三人の名前の頭のことだよ。私は久美子で九。弥彦は八。志郎は四。三人で三桁の数字になる」
久美子は錠前のダイヤルを回し始めた。
「順番は皆の腕にあった数字。その順に数字を集めてこの箱の鍵に合わせると……」
ダイヤルを849と合わせ、久美子は錠前を引っ張った。すると錠前はカチリと音をたてて外れた。
「開いた!」
久美子は箱を勢いよく開けて、中を覗き込む。
「……何これ?」
中には紙が一枚入っていた。他には何もない。紙は箱の大きさに見合わず、両手で収まるサイズだ。
『二つの刻みし円盤が場所を示す』
紙には横書きでそう書かれていた。
「刻みし円盤?」
「何だそりゃ」
弥彦が久美子の手から紙を摘み取る。
「場所を示すって何の場所だろうな?」
顔の前で紙をひらひらさせながら、弥彦は眉を寄せて文字を見た。
「何かは分からないけど、きっと手がかりではあるよね」
志郎が眼鏡を押さえながら考え、思い付いたままを口にしていく。
「円盤は丸い何かかな。で、それは刻んでいると。何かを刻む丸いもの? それが二つ」
「そして、この教室にあるもの、だよね。ここから私達は出られないんだし。さすがにないものを指定したりはしないよね?」
「教室にある丸いものか」
三人は教室を見回す。三人からは後ろの黒板や教室に並ぶ机が見えた。目ぼしいものは見当たらない。
「掃除用具入れの中は空っぽだったよ」
「机の中もあの本が出て来た以外は空だった」
「丸いものって意外にないな」
キョロキョロとしながら、三人は段々と後ろを向いていく。
「あ、時計は?」
志郎が黒板右上の時計に気が付いた。
「円盤だな」
「時を刻んでもいるね」
三人で時計の前に立った。
「刻みし円盤が時計だとすると、示している場所ってどこだ?」
「針が向いている方向かな? 時計は止まっているし」
久美子が針の先を辿って行くが、時計の右上と右下はただの天井と床だ。特別に何かを示しているとも思えない。
「いや、ちょっと待て。二つのってあるだろ。つまり俺の時計も刻みし円盤だ」
弥彦が腕を上げて腕時計を見る。時計の針は短針がぴったり三時、長針が三十五分で止まっていた。
「だとすると、針の方向は違うと思う。腕時計を持っている人が動いてしまった時点で、文章が成立しなくなるから」
「じゃあ何だろう? 共通点としては時計の針が変な位置で止まっていることだけど……」
三人は時計を眺め、それぞれに考え込む。始めに気付いたのは志郎だった。
「これ、また数字を示している可能性は?」
「数字?」
「針が変なところで止まっているだろう。針が差している数字が何かの場所を示しているんじゃないか?」
志郎の言う方法で考えると、教室の時計は短針が一、長針が五を示していることになる。
「俺の時計は短針が三、長針が七だな」
「一と五、三と七が示す場所?」
久美子が首を傾げて考える。
「一、五。苺? 十五なら十五夜とか?」
「そんなものどこにもないぞ」
この教室に机はあるが、ここは使われていない教室そのもので、変わったものなど一つもない。
「一と五、三と七はバラバラで考えるよりも、同じ考え方で解いた方がいいんじゃないかな。一と五をそのまま文字に置き換えるなら、三と七も文字に置き換えるって具合に」
志郎が久美子の考えを補整する。
「うーん。じゃあ三と七で……。ミナ、みんな、とか?」
「場所を示すようなものじゃなきゃおかしくないか?」
久美子の答えに弥彦がつっこむ。
「場所? 場所……。場所……。……もう分かんない! 少しはそっちも何か出してよ!」
久美子が弥彦に食ってかかった。
「あ? 俺?」
弥彦が驚いた顔をする。どうやら何も考えていなかったようだ。
「えーと……。じゃあ足し算とか」
「また数字になっちゃうけど? それに足し算なら短針も長針もその数字に合わせておけばいいじゃない」
「ならかけ算とか」
「五と二十一? で? 場所はどこなの?」
久美子がここぞとばかりに指摘する。弥彦は必死に考えるが、もう何も出てこないようだ。久美子の執拗な追い討ちに、弥彦が切れた。
「お前うるせえんだよ!」
「何よ!」
久美子と弥彦は睨み合った。そこに落ち着いた声が割り込む。
「もしかして、これ以上の変化はいらないのかも」
久美子と弥彦が志郎を見た。