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 視界は黒で埋め尽くされ、全ての音がその黒に吸い込まれたかのように、静寂が場を支配していた。物音一つせず、何もかもが暗闇に包まれている。


「ここどこ?」


 誰かの声が虚しく響いた。


「誰かいないの?」


 その声に呼応するかのように、辺りがパッと明るくなる。天井の蛍光灯が点いたようだ。天井は広く、棒状の蛍光灯がいくつも取り付けられている。それが、部屋の中を照らし出していた。


「教室?」


 一人用の机が、部屋の中にキレイに並んでいる。その机の間の床で、セーラー服姿の久美子が身体を起こし、短い髪を撫で押さえながら辺りを見回していた。

 長方形の部屋は前後に黒板、左右は壁と窓に挟まれており、全ての窓にはカーテンがかかっていた。


「嫌ああぁぁぁっ!」


 久美子がいきなり悲鳴を上げる。


「何!」


 悲鳴を聞き、教室の後方で詰襟の制服を着た志郎が飛び起きた。ずれた眼鏡を直しながら、声の出所を探す為に辺りを見る。


「うっせえなあ」


 窓側の床では、不機嫌そうな顔をした弥彦が、短髪の赤髪を掻きだるそうに身体を起こした。志郎と同じ制服を着ている。


「黙れよ!」


 いつまでも叫び声を上げる久美子に弥彦が怒鳴るが、久美子は前方を指差したまま悲鳴を上げ続け、弥彦の声も聞こえないようだ。

 弥彦と志郎が立ち上がり、久美子の指差す先を見る。それを見て、弥彦と志郎は顔を歪めた。


「何だあれ」

「何だか気持ち悪いな」


 そこには黒板があり、大きく文字が書かれていた。


『三人の頭を集めて箱に入れろ』


 黒板の前にある教卓の上には、人間の頭が三つ入りそうなサイズの箱が置いてある。

 黒板を見たまま動けずにいた二人は、悲鳴で声を枯らしむせ始めた久美子の咳き込む声でやっと目を離した。


「大丈夫?」


 志郎が久美子に近付き、むせる久美子の背中を擦る。


「……しかし、ここはどこだ?」


 弥彦は立ったまま教室を見回す。


「学校じゃないか?」


 久美子の背中を擦ったまま志郎が弥彦に答える。


「どこの、学校だよ」


 どこのを強調して弥彦は志郎に返した。それに志郎は黙る。志郎にもここがどこかは分からないようだ。


「ごほっ。ありがとう」


 ようやく落ち着いた久美子が、志郎にお礼を言う。


「大丈夫?」

「うん」


 先に志郎が立ち、立とうとした久美子に手を貸す。


「ありがとう」


 素直に志郎の手に掴まり、久美子も立ち上がった。


「お前はここがどこか分かるか?」


 弥彦が久美子に聞くが、久美子は首を横に振って否定した。これで、全員がここがどこか分からないことだけが分かった。


「とりあえず、ここを出よう」


 志郎が提案すると、久美子と弥彦も頷いて同意した。教室の後方の扉に、三人は小走りで向かう。始めに辿り着いた志郎が扉に手をかけるが、なかなか開かない。


「何やってんだ。さっさと開けろ」


 焦れた弥彦が志郎を急かす。しかし、志郎は開けようとしない。


「違う。開かないんだよ。ピクリとも動かない」


 今度は両手で引っ張るが、志郎の手がブルブルと動くだけで、扉はピクリとも動かなかった。


「何かおかしい。鍵がかかっているから開かないって手応えじゃない」


 今度は弥彦も加わり扉を引っ張るが、やはり扉は動かない。


「何だよこれ」


 弥彦はそう呟くと、すぐに前方の扉に向かった。教室の前の扉を開けようとするが、そちらも開かない。


「くそっ!」


 弥彦が扉を蹴飛ばす。


「ダメ。こっちも開かない!」


 カーテンの間から窓を確認していた久美子が叫んだ。鍵がかかっているわけでもないのに、窓もピクリとも動かなかった。


「そこどいてろ!」


 弥彦が窓に近付きながら久美子に怒鳴り、窓際の机のイスを掴むとそれをカーテンの上から窓に打ち付けた。けれども、窓は割れず、反動でイスが跳ね返る。


「どうなってんだよ!」


 イスを置いた弥彦が、机を叩きながら叫んだ。他の二人は青ざめた顔で黙り込んでいる。

 扉も窓も開かない教室。そこに、三人は閉じ込められていた。その教室は窓を割ることも出来ない異常な空間で、不気味な雰囲気だけが教室を取り巻いていた。


「……ちょっと聞きたいことがあるんだけど」


 黙っていた久美子が、下を向いたまま口を開く。


「どうやってここに来たか覚えてる?」

「は?」


 不機嫌な顔の弥彦が高圧的な態度で久美子に聞き返すが、久美子は気にせずに続けた。


「私は覚えてない。何も覚えてないの。どうやってここに来たか。ここに来る前に何をしていたか。どこにいたか」


 いったん言葉を切り、久美子は顔を上げて弥彦と志郎を見た。


「私は誰?」


 弥彦と志郎はただ黙って久美子を見ていた。何も返すことが出来なかった。


「さっきから必死に思い出そうとしているのに、全然分からない。名前も何もかも。何も分からない。何も覚えてないの」


 短い髪を掴み、久美子は嫌々をするように首を振りつつ、すがるような目で弥彦と志郎を見た。


「私は誰?」


 二人はその問いに答えなかった。その代わり、志郎がポツリと言葉をこぼす。


「記憶喪失」

「記憶喪失だな」


 弥彦も志郎の言葉を繰り返した。そして、目線を落としたまま、嫌な事実を口にする。


「俺もだ。何も覚えていない」

「僕も」


 三人が記憶喪失。何故こんなことになったのか知る者は誰もいない。三人の間に冷たい空気が流れる。寒気を感じたのか、久美子は腕を擦った。

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