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黒川さんと

 「青井さん、ちょっと枝草くん借りていいですか?」

 黒川さんが言った。


「枝草? 余裕は?」

 青井さんは俺に聞く。

 ま、繁忙期ではないので、そこそこ余裕はある。

「どのくらいですか?」

 一応聞いてみる。


「わかんないな……。すぐかもしれないし時間かかるかもしれない……」


「いったいどうしたんですか?」

「総務のパソコンが調子悪いのよ。詳しい人いなくって困っているの。枝草くんパソコンに強いじゃない」

 人差し指をあごの下に当てて黒川さんは言った。


 詳しいというほどでもないが、一応は人よりは把握していると人から言われる。

 家のパソコンも自作だし。修理も自分でやる。

 やってみればわかるが、それほど難しいことじゃない。


 でも、パソコン知らない人は本気で何にもしらなかったりするからな……。


 『何にもしていないのに、いきなり壊れた』から始まって、『今日は機嫌が悪いようだ』に続き、そこで手助けしようものなら『あいつが触ってからおかしくなった』で終わる。


 そういった危険があるので、俺は人のパソコンを一切触らない。

 俺からすると、パソコン素人の言い分は、酔っぱらいに絡まれるより面倒だ。


 ただ、黒川さんの頼みとあっちゃ、無視もできない。

「お役に立てるかどうかわかりませんが……」


「よかった! 青井さんいいですか?」

「ああ、じゃあ枝草、頼んだぞ。お土産は事故を起こさず無事に帰ってくることだからな。おやつにバナナ持っていくか? 今ないけど」


 相変わらず訳の分からないことを言っている。面白いかどうかも微妙。


 黒川さんとエレベーターに乗って六階へ。

 総務には、白石さんとあと年輩の社員が2名。


「どれですか?」

 総務の四名が一斉に一台のパソコンを指さした。

「具体的な不具合は?」


 年輩女性社員の一人が言った。

「なんかパッと出ないのよ」


 でた、これぞプロフェッショナルビギナー。相変わらず難易度高ぇ!

 これで、不具合を特定できたら、パソコンに詳しい云々じゃなくって、エスパーだ。


 もう一人の年輩女性社員が言った。

「そうそう、いつもの画面じゃなくって短い文みたいなのが出るんだ。なんかへんなものインストロールしたのかしら。ウイルスとか」


 ウイルスを故意に自分でインストールする人はいないと思うが……。

 あと、インストロール……ちょっと文字が多い。

 こういう人案外多かったりするけど。


 まあ、今の話から察するに、要はネットに繋がらないってことかと。


 試しにネットにアクセスしてみると……。ほら、やっぱり。

 こういう時は……、LANケーブルが抜けているか、抜けかけているかのどちらかだ。


 パソコンのトラブル時は、設定をごちゃごちゃいじろうとする人が多いが、原因の殆どが物理的なことである場合が多い。


 ケーブルを確認……、案の定パソコン側の線が抜けかけている。

 そいつを差し直すと……、はい、元通り。


「直りましたよ」

 黒川さんに言うと、総務の四名全員が近寄ってきて……

「おお! いつもの画面だわ。パッと出たわね」


 総務四人がスタンディングオベーション。

 いや、大袈裟です。


 ただ、不具合箇所についてはビンゴだったようだ。


「すごいです……、枝草さん」

 横で白石さんが感動している。

 ……いや、全然スゴくないのですが。


「今日、誰かこの机動かしたりしました?」

 聞いてみると、白石さんが気まずい表情で手を挙げた。


「ええ、今朝机の下の方に埃がたまっていたので……」

 申し訳なさそうにする白石さん。

「いやいや、気にすることじゃないですよ。でも、恐らくその時に線が抜けたのだと思います。この線です」

 と簡単に説明した。


「まあ、また何かあれば呼んでもらえばいいですが、一応覚えておいてください」


 総務四人が一斉に「ハーイ」と返事。

 どうでもいいけど、息ピッタリだなこの部署。


 「お礼にお茶でもいれますね」

 と白石さん。

「いえ、もう戻りますから」

 お礼を言われるほどの仕事をしていない。


「まあ、そう言うな。白石の気持ちをくみ取ってやってくれ。偶然とは言え、今回の原因が自分にあったことへの罪滅ぼしの気持ちなんだろうから……」

 黒川さんはそう言って俺を引きとめた。


「また、枝草さんに救われました」

 いや、毎度思うけど、大袈裟なんだってば!


 白石さんがお茶を運んできた。

 綺麗な陶器のカップに入った紅茶?


 女性ばかりの部署で、少々アウェイを感じながら、ちょっと急ぎ目でその紅茶をすする。

 柔らかな香りで、めちゃくちゃおいしい。


「これ、おいしいですね」

 そう言うと、白石さんがにっこり笑った。

「最近のお気に入りです。リラックス効果があるそうです」

 見せてくれたリーフ缶には、マーガレットみたいな花の写真が印刷されていた。


「カモミールティーです」

 聞いたことはあったが、こんな花だったんだなぁと発見。


 早々に飲み終えた俺は、自分の部署は戻った。

 心なしかリラックスしたような気がする。

 それはあのお茶のお陰というより、白石さんの笑顔のお陰だと確信しているけど。


 「どうだった?」

 青井さんは言った。


「LANケーブルはずれて、ネットに繋がらなかっただけでした」

「それにしては、遅かったな」

「ええ、お茶をごちそうになっていましたから」

 

 青井さんの手が一瞬止まった。

「なんだと? 俺は黒川に一度だってお茶なんか入れてもらったことはないぞ!」

「いや、お茶入れてくれたのは白石さんで……」

「白石さんにしたって同じだ、一度もない! 前に蛍光灯代えてやったときも、コピーのトナー入れ替えてやったときも……くそ! 後で文句言ってやる!」


 なんだか拗ねていらっしゃるようです……青井さん。


 昼休み、青井さんは社員食堂で出会った黒川さんに強く訴えていた。

 その後、総務でお茶を入れてもらったらしく、午後からはご機嫌で仕事に取り組んでいた。


 何て扱いやすい人だ……。

 しかも、『俺にはクッキーも出たぜ』とやたらマウンティングしてくる。

 子供か? あんたは。


 仕事が終わって会社から出る。

 まだまだ明るい。

 今日は、久しぶりにどこかで一杯やって帰ろうかな……。

 そんなことを考えていると、後ろから声をかけられた。

「枝草くん!」

 黒川さんだ。

「ああ良かった間に合った」

 ちょっといきを切らしている。

「どうしたんですか? またパソコンドラブルでも?」

「いや、部署の方はその後快適。本当に有難うね。それより今から暇?」

 特に用事はない。

「大丈夫ですけど……」

「じゃ、悪いんだけど、買い物付き合ってくれない?」

「あ、はい。何買うんですか?」

「パソコンなんだけど、どれがいいのか全然わからなくって……」

 まあ普通の人がパソコンの仕様書見ても、よくわからないだろうな。


「家で使っているパソコンが調子悪くて……時々フリーズして使い物にならないんだ。修理に出そうとしたら、交換部品もあるかどうかわからないし、新しいの買った方が安いですよって言われて……」

「家のパソコンはいつ買ったものですか?」

「ん……、大学の時に卒論書くのに買ったから、かれこれ五年前ってところかな」


 あ、そりゃ古いわ。

「確かに買い換えた方がいいですね。明らかに快適になると思いますよ。予算と用途を教えてもらえれば選びやすいのですが」


「パソコンの相場がわからないので予算は何とも言えないな。最低十万くらいは覚悟しているけど……」


「あはは、そんなにかからないと思いますよ」


 ホッとした表情の黒川さん。

「うわぁ、助かるなぁ、それは。ちなみに、さっき言っていた私の用途は、主にネット、メール、会社の資料作成ってところかな」


「持ち運びしますか?」

「いや、スマホがあるから、家に置きっぱなしになると思う。できれば……」

「できれば?」

「その……、ちょっと可愛らしいやつがいいかな、と」


 黒川さんは少し恥ずかしそうにそう言った。


「カラーバリエーションの豊富な機種もありますよ」

「そうか……、でも私が可愛いのを持っていたら、おかしくないか?」

「どうしてです? 自分の気に入った物を買えばいいじゃないですか。自分のものなんだし」


 まだ、少し抵抗があるようだ……。

「でも……、ガラじゃないって言うか」

「家に置きっぱなしなのに、誰が……家に誰か来られるんですか?」

 思わず聞いてしまったが、聞いて良かったのか?


「あはは、残念だがそれはないな。よかったら枝草くんが一人目になってみるか?」

「光栄ですが、謹んで遠慮させて頂きます」

「私の部屋には来たくないか……」

 何故かがっかり顔の黒川さん。


「いえ、万が一その情報が漏れたときの先輩のファンの方々の反応が恐ろしいので」

「本当に上手な断り方を知っているなぁ、枝草くんは」


 いえいえ、ガチです。

「今日、こうやって一緒に歩いているだけでも、十分なリスクがあることをご存じで?」


「一体何のリスクがあるんだ?」

「それは本人には絶対に知られないところで執行されているのです」


 そんな話をしている内に、駅前の電化製品量販店へ。

 黒川さんの用途を聞くに、それほどハイスペックなものは必要ない。

 会社の資料を扱うので、オフィス系のソフト入っているものを選ぶ必要があったが、それでも、それほど高額にならずに選ぶことができた。


 黒川さんのご所望の『可愛らしい』色も選択できた。

 ついでに『可愛らしい』模様まで入っている。

 本人は、ちょっと抵抗があったようだが、俺が背中を押した。

 だって、最初に見た時の反応が、明らかに気に入っているようだったし。

 『ガラじゃない』って抵抗してたけど、結局ガラの入ったパソコンを購入しましたね、とかうまいこと言うテスト。


 買い物の帰り道、駅に向かっている。


「本当に助かったよ。付き合ってもらって正解だった。絶対に私一人では無理だったと実感したよ」

「いえいえ、お役に立てて光栄です」


 黒川さんはご機嫌だった。

「そうだ! 予算が大幅に浮いたから、夕食をご馳走するよ」

 周りに会社の人がいないことを確認しつつ……。

「ゴチになります!」


 そして二人で食事へ……。

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