ラーメン
休みの日は、一日だらだらと過ごすことが多い。
特に趣味を持たないので、出歩く先がないだけなのだが。
しかも、就職を機会に地元から離れたこともあって。こちらには昔の友人も少ない。
ネットで、大体の情報交換が出来てしまうので、わざわざ出かけて合う必要もなかったりする。
さあて、今日はどうしようかな。
昨日、しっかり飲んだ割には全然残っていなくって、朝一番に目が覚めた。
休みの日だし、二度寝もいいかと思ったが、眠くなればいつでも寝ることはできる。とりあえず起きてみた。
ぼちぼち洗濯やら何やら……。一人暮らしの家事全般をこなしながら、今日一日をどう過ごすか決める。
……特にない。
こういう時は、大体ネットで動画三昧だったりするのだが、夜寝るときに何とも言えない虚無感に苛まれることがあるので、それなりに充実した一日を自分自身に提案するようにしている。
ピロ~ン
メールだ。
誰からだろうと見てみると、黒川さんだった。
『昨日はお疲れさま、全然話す機会なかったな。ちょっと残念』
『そうですね。次の機会にはいっぱいお話をしたいです。お気遣いありがとうございます……』
これでOK。
さすが黒川先輩。さりげなくフォローを入れてくれる。
但し、相変わらず一切絵文字が使われていない。
まあ、イメージ通りではあるけど。
何か食べようかと冷蔵庫を開けてみたが、空っぽ。
我が家に食料が全然ない。
昨日、飲みに行っていたので、ヤスヤスに寄ってないし。
ちょいと買い物へ行こう。
そんなわけで、『スーパーヤスヤス』へ行くことに。
窓を開けると、結構な暑さ。ちょっと億劫になったけど、こればかりは行くしかない。
ジーパン&Tシャツ&サンダルといった最低限の格好で出発。
買い置き食材に関しては、ヤスヤスセレクトの食品が俺のターゲット。
最高に美味しいわけではないが、普通に食べられる。しかも、その殆どがレンジのみでの調理という手軽さ。
惣菜同様、種類だけは無駄に多いので毎週お世話になっている。
お気に入りのレトルト、缶詰、冷凍食品をポイポイとカゴに入れ、後は生活用品をポイポイっと。
この店の良いところは、値段をいちいち確認しないでも、まず確実にこの辺で一番安いということだ。
但し、オリジナルレーベルなので、品質はそれなり。
素敵なものはないが、特にいろいろこだわりがあるわけではないし、それほど上品に育ってもいないので、俺にはこれで十分。
レジへ。
レジで金を払い、家へと向かう。
あれ? あれって白石さん?
何やら男と楽しそうに話している。相手の男は見たこと無い。社内の奴ではなさそうだ。
とりあえずあんなに気さくに話している白石さんは見たこと無い。彼氏だろうか……。
特定の男はいないとの青井さん情報だったが、あれだけのスペックだ。いて当然だよな。
相手の男性も結構なイケメンだし。
ま、ここは邪魔しないように……、と。
「あ、枝草さん!」
あれ? 彼女から声をかけてきたような……。
え? これ振り返ったら、紹介されちゃうのかな? 『私の彼です! どうです? イケメンでしょ? 貴方と明らかに違う生物でしょ?』とか言われたらどうしよう……。
「枝草さ~ん!」
おわっ! 結構呼んでいるよ。
「おお……! こんにちは。こんなところで奇遇だね」
「ええ、びっくりしました。この辺にお住まいですか?」
「ああ、すぐ近所」
隣に立っているイケメンが気になって、あんまり話が聞こえていないかも。
イケメンもイケメンで俺をぼ~っと見ている。
「ほらほら、会社の先輩で、枝草さんよ」
そう言って、白石さんはイケメンに説明した。
「あ、どうもっス」
「私の弟なんです」
「ああ、こんにちは。はじめまして」
……弟でしたか。
なぜかはわからないけど、ちょっとホッとした。
弟が何やら白石さんに小声で一言、俺には聞こえなかったけど……。
「違うわよ!」
白石さんが叫んだ。
白石さんに顔を近づけていた弟も飛び上がっている。何があった?
白石さんのこんな大きな声、初めて聞いたかも。
「だって、姉ちゃんテンション一気に上がっていたし、てっきりそうだと思うじゃない」
弟は言い訳のように白石さんに言った。
白石さんの顔が見る見る赤く染まっていく。
「そっそんな! 枝草さんにだって選ぶ権利はあるんだから!」
一体何のお話でしょう? 私にはさっぱり見えてきませんが……。
「姉ちゃん可愛いから大丈夫じゃない? 枝草さん、どうです? 姉ちゃんのこと」
どうって言われても……。
「弟の俺が言うのもなんだけど、結構可愛いと思うんスよね」
「あ、それは確かに。会社でも有名だよ」
「もうっ! そんな話はいいから! 二人ともやめて!」
必死でジタバタする白石さんの可愛いことと言ったら。
結局何の話かわからないまま強制的に終了。
「じゃ、俺、先帰るわ。荷物かしな」
そう言って、イケメン弟は白石さんから荷物を奪い取った。
「何言ってんの!? もう! いいわよ、一人で帰れるから! キャッ、何言っているのかしら? 私」
「じゃあねぇ~」
イケメン弟は振り向きもせず手だけ振ってさっさと行ってしまった。
二人っきり。しかも俺の両手にはスーパーヤスヤスの袋が。
白石さんは、しきりにハンカチで汗を拭いている。
「あのさ、とりあえず俺の部屋に行っていい?」
途端に、白石さんの顔がさらに赤く染まった。
「えっ! 枝草さんの部屋にですか?」
何か誤解されてる感じがする……。
「えっと、この荷物を何とかしたいなって……」
「あ、そうでしたか……」
しばし沈黙……。
「荷物を置いてから、どこかでお茶でも飲みましょう」
「え、あ……、はい。よろしくお願いします」
なんだか妙な感じで、デートする流れになってしまった。
部屋に荷物をおいて、もうちょっとだけましな服に着替えた。さすがにTシャツとジーパンとサンダルは、デートにはイタダケナイ。
白石さんにはアパートの前で待っていてもらった。
再び俺が登場すると、にこにこ笑ってお辞儀をした。
本当に可愛い人だな、この人。
今後、俺以外にこの笑顔を見せたら嫉妬するかもしれない……。
俺はようやくあることに気がついた。
「さっきお茶って言っていましたが、白石さんお腹空いていませんか? 俺、朝から何にも食べてなくって……」
「あ、そうですね。もうお昼ですもんね」
そういうわけで、食事に出かけることにした。
確実にうまい店はあるが、今回はちょっとやめとこう。龍ちゃんにどれだけいじられるかわかったもんじゃないし。
歩き出してすぐに白石さんが言った。
「私、ラーメンが食べたいです」
おわっ! それはまた、俺のいきなり振り出しに戻されるこの感覚。
「ラーメンですか?」
「はいっ! 今まで行ったことがないので。せっかく枝草さんと食事をするのなら、初めてのところに行きたいです」
そのキラキラ光る白石さんの瞳を見て、断れるはずもない。
俺は悩んだ。龍ちゃんの店であれば、味に関してはラーメン初体験が素晴らしい思い出になることは間違いない。
ただ、今回は有名チェーン店の方が、無難かと……。
「枝草さんのお勧めの店がいいです」
白石さんからのとどめの一言。
わかりました……。濃厚麺道へご招待させていただきます。どうなるかはわからないけど……。
まもなく店へ到着。
「いらっしゃい! あ、京ちゃん!」
「おう! 今日は後輩連れてきたぜ!」
こうなれば先手必勝!
『穴場情報を教える後輩思いの先輩』で乗り切るしかない!
「あ、いらっしゃい!」
「あ、初めまして……」
龍ちゃんは白石さんをちらりと見て、一瞬鬼のような形相で俺を睨んでいたような気がするが、見なかったことにしておこう。
「奥の座敷使ってよ。カウンターだと後輩さんの洋服に油が飛んじゃあいけないから」
ん、気配りできているねぇ龍ちゃん。さすがだ。
すれ違いざまに「いちゃついている京ちゃん見て、私が油ぶっかける心配もないしね」とつぶやいたのも聞こえなかったことにしよう。
「何にする?」
「基本ラーメン、それから適当に。二人で三千円で」
ま、いつものパターンだ。
「彼女、好き嫌いとかアレルギーとかある?」
「ありませんが、でも、あんまり辛いのはちょっと苦手です……」
龍ちゃんがにやりと笑う。
「龍ちゃん! 彼女、人生初ラーメンらしい……」
一応、予防だけはしておかなくては……。
「何だか腕がなっちゃった。よし、わかった。今までラーメンを食べなかったこと後悔するくらいおいしいのを作ってあげるね!」
そう言って、カウンターへ戻った。
「すっごく綺麗な方ですね」
「あ、そう?」
「しかも、枝草さんと仲がいいんですね」
「そうかなぁ?」
ちょっと白石さんの元気がなくなったような気がしたけど、しばらくして、料理が運ばれてきた途端白石さんの表情が一変。
「わあぁ、いい匂いですね。おいしそう……」
白石さんは目をキラキラさせて、ラーメンを食べ始めた。
「これ、今まで食べたものの中で一番おいしいかもしれない……」
小さな声でつぶやく白石さん。それは良かった。さすが龍ちゃん。グッジョブ!
では、俺も……。ウグッ、結構辛いぞ……これ。龍ちゃん、俺のだけ激辛にしやがったな……。
スープの色殆ど変えないで、どうやってここまで辛く出来るんだ?
無駄に高度な技使うんじゃないよ!
「これは、二人で適当につついてよ」
なんだかいろいろ出てきた。
「京ちゃん、白ご飯は?」
「あ、もらうよ」
このおかずが本当に白ご飯に合うんだよな。それで、いつも食べ過ぎてしまうんだけど。
「後輩さんは?」
「食べきれるかしら……、でもご飯に合いそうです」
料理を見渡して、白石さんが返す。
「じゃ、ちょっとだけよそっておくね」
「はい、お願いします」
白石さんは一品食べるたびに感激していた。
龍ちゃんも気を良くしたようで、途中から白石さんといろいろ話をしていた。
俺は、正直最初のラーメンで、味がわからなくなっていたのだが……。