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龍ちゃん

 次の駅についた。

 撃墜した彼女は降りていった。


 代わりにうるさい男子高校生が四人で乗り込んできた。

 訳の分からない会話が繰り広げられている。


 A「なあ、知ってた? スカイツリーってトイレットペーパー五本分らしいぜ」

 B「確か六百何メートルだっけ?」

 C「そう考えるとたいしたこと無いな。六百メートルだったら走れる距離だし」

 D「そういや、お前、体育好きだよな。バッと着替えてバッと運動場いってたし」

 B「あれはえぐかった」

 D「俺もビビった」

 A「俺はトイレットペーパーって長いなぁって思って……」


 うるさいなぁ……。


 大体さぁ、A。 大体、スカイツリーとトイレットペーパーの何を比べて五本分だ? 重さか? 値段か? 長さか?


 それから、B。 スカイツリーの高さは634メートルだ。『ムサシ《634》』と覚えておけ。


 もう一度A。日本工業規格《JIS》で規格されているトイレットペーパーの寸法はダブルだったら三十m前後、シングルだったら六十m前後というのが一般的。

 ま、最近では五十五mと五十mが多いけどね。


 その前提で言わせてもらえば、トイレットーペーパー五本分なんて、三百メートルほど。半分にも届いていないのね。そんなガセネタを、でかい声で宣言しちゃだめでしょ。


 しかも、C。 走れる距離だからたいしたことがないだと? これは俺も驚いた発言だ。

 高さを走る距離でイメージするってのは、一体どういう了見だ? まず意味が分からん。


 お前ら高校生くらいだったらどんなにバカでも、四キロ程度は楽勝で走れるわな?


 目の前に富士山よりデカいビルがあったとしてもたいしたことないわけだな?


 あと、D。お前擬音多すぎ。


 B。 それ見てどこをエグいと感じた? エグいの意味を知っての発言か?


 最後にもう一度、D。 Cのとったこの程度の行為にビビるとはどれだけ心臓が弱いんだ? ニワトリか? ニワトリなのか?


 全員、一度病院行って診てもらえ! あたまだぞ!


 ああ、俺って大人気ない……。冷静がウリだったはずでは……。


 程なく最寄りの駅に付き、俺はスーパーヤスヤスへ。

 いつものように半額弁当……と思ったが、今日は体力的にかなり困憊している上に、さっきの高校生へ大人気ない怒りを抱いたせいでかなりヤバい。

 ここはちょっと元気になりそうな食材でも買って……。


 ぁ……調理するのも面倒……、ダメだ、どこかで食べて帰ろう……。

 手ぶらでスーパーを出て商店街を歩く俺。


 行き先は決まっている。

 ときどき行く中華料理屋『濃厚麺道こてつきめんどう』だ。

 ここは、安くておいしい。


 この店のオープンと俺がこっちに住んだ時期が同じくらいなので、オープンからの常連ってことになる。

 しかも、ここの店長兼オーナーの龍ちゃんとは同い年ということもあって、気が合って楽しい。ちょっと龍ちゃんの悪い癖が出てくると、困るときもあるんだけど。


 店に入る。

「毎度! あ、京ちゃん。久しぶり!」

 龍ちゃんの明るい声が出迎えてくれた。


 この店長兼オーナーの名前は金龍きんりゅう 紫音しおん

 小さい頃から自分のキラキラネームにコンプレックスがあったとか。

 だったら、この店の名前はどうよ?

 説得力ないったら。


「疲れた、死にそう、元気になるやつ、千円くらいで……」

 それだけ言って、俺は一旦カウンターに伏せた。

「了解!」

 この店のいいところは予算だけ言えば、後は龍ちゃんが適当に色んな物を作ってくれる。

 勿論メニューはあるし、普通の客はそこから選ぶのだが、何故か俺だけ最初に行った日から勝手にメニューを決められてしまう。


 ところが、龍ちゃんが勝手に決めたメニューは、百%の確率で、俺が食いたいものを合致する。

 龍ちゃんに言わせれば、『顔に書いてある』って言うけど、本当に心を読まれたみたいで怖くなる時がある。



「お待たせ!」

 しばらくして、いろいろ出てきた。

 見るからに元気の出そうなメニューがあれこれ。レバニラ、ポパイ、ミニラーメン……。

 それぞれ絶妙な量で出てくる上に、どれもかなりおいしいので、ガンガン胃袋に入っていく。

「白飯いる?」

 ご飯をしゃもじでかき混ぜながら、龍ちゃんは聞いた。

 このおかずに白飯なしはありえない。

「あ、大盛りで」

 割り箸を取りながら返す。

「了解! 残さず食べてね」

 そう言って、龍ちゃんは白飯を俺に渡してくれた。


 二〇分後……。

 今度は別の意味で死にそう……。食い過ぎた。

 ここに来ると、うまいもんだからついつい食べ過ぎてしまう。

 ここに通っていると、確実に体重が増え続けていく危険があるので、週一回程度に自粛している。


「今日、お客さんが少ないから、奥の座敷で横になってくれても良いよ」

 龍ちゃんが言った。

「わりぃ、龍ちゃん。じゃ、一〇分だけ借りるわ」

 そう言って奥の座敷へ……。

「龍ちゃんって言わないで! 何だか強そうで嫌なの!  大体、苗字を略すんなら絶対お断りだけど『金ちゃん』とかになりそうなもんじゃない? 私のこと、『龍ちゃん』って呼ぶのって、京ちゃんだけだよ」

 龍ちゃんが怒っている。

「じゃ、ドラゴンちゃん?」

「もっと嫌よ! パワーアップしてない?」


 龍ちゃんの実家も中華料理屋。昔から結構有名な店だ。


 小さいときから手伝いをしているうちに料理を覚えたとか。

 料理長兼オーナーの娘ということで、店の従業員からも可愛がられ、好奇心旺盛な龍ちゃんにみんな自分の得意料理を教えたとか。

 お陰で、中華料理だけでなく、アジア圏の料理は殆ど習得しているとか。


 ただ、同じ料理を作っても、何故か味がお父さんとは全然違うので、同じ店では料理が出せない。

 そんなわけで、この店を出したのだと聞いた。


 奥はそれほど広くないが、座敷になっている。

 店の仕込みが終わった後、龍ちゃんも時々横になっているとか。


 横になって五分くらいしたことだろうか。ちょっとウトウトしていた。

 ふと気配を感じて目を開けると、座敷に龍ちゃんがいた。


 俺が目を開けたことに気づいた龍ちゃんは、横になっている俺の隣に座って言った。

「京ちゃん、添い寝してあげようか?」

 更に、俺の頬を撫ぜてくる。

 優しく撫ぜられてちょっと気持ちいい……って!

「おいっ! やめんかっ!」

 思わず寝返りを打った。

 出たよ、これが龍ちゃんの悪い癖だ。


「だって、今お客さんいないし」

 仕事着のチャイナドレスには大胆にスリットが入っていて・・・・・・。

 チラッとめくったようなそうでないような・・・・・・。


「そういうことではなくってだな……」


 龍ちゃんは容姿端麗、頭脳明晰、リバーシと並んで、俺がどうあがいても脳内撃墜できそうにない女性の一人だ。

 ただ、俺に対してフレンドリー過ぎて、オープン過ぎるのだ。


「さっさと今の会社辞めて、私と結婚して、この店一緒にやろうよぉ!」


 抵抗する俺に強引に抱きついてくる。

 何でこんなになつかれているのかわからないが、時々こうやって迫ってくる。

 全然嫌ではないが、ここは店の中。いつお客さんが入ってくるかわからない。


「そんな一方的な要求、飲めるわけ無いだろ」

 何とか避難して、言い返した。


「ちぇっ、つまんないの」

「つまる、つまらないの問題じゃなくってさ」

 何やらぶつぶつ言いながらカウンターの中へ戻っていった。

 ……助かった。


 龍ちゃんは、女性として条件的に何ら不満はないが、毎回こうもペースを握られてしまうのはどうかと。

 結婚したら、毎日楽しそうではあるけどな。

 確実に肥満への道を歩くことは間違いなさそうだ。


 龍ちゃんの乱入で、休憩のつもりが、余計に疲れ……あれ? めちゃ体が軽い。


「元気出てきた?」

 カウンターから龍ちゃんが言った。

「ああ、凄く体が軽い」


「あら、そう。じゃ、効果あるんだ、これ」

 と言いつつ、何やら瓶に入った粉を見て独り言を言い出した。


「お父さんの店から勝手にかっぱらってきた甲斐があるってもんだよ」


 ……何ヲ入レタノデスカ?


「最初これ試した人の発想がわからないなぁ。原材料から想像するに、元気の象徴って感じしないけどなぁ……」


 ……正体ハナンデスカ?


 よっこらせ、と体を起こした。

 辺りを見回すと、さっきその辺に放置したはずの上着が、ちゃんとハンガーで吊るされている。

 さっき乱入してきたのは、この為だったのね。

 本当に気が利くわ。いい奥さんになるだろうな。


 ハンガーから上着を取って、羽織った。

 そろそろ帰ろう。

「さて、帰るわ。御馳走様でした」

 そう言うと、厨房の奥から龍ちゃんが出てきた。

何やらモグモグしている。つまみ食い中だった?

「あ、またねぇ。次は私を襲いたくなる漢方仕入れておくね」

「仕入れんでいい!」

 全くこの女だけは……。


 そう言いながらも龍ちゃんに手を降って店を出た。

 

 帰宅後、今日の撃墜ブログを更新した。

 ペンの持ち方については昔聞いたことがあるけど、サウスポーの人って普通に持つとすごく書きにくいらしい。

 まあ、今日の彼女は右利きだったから関係ないけど。


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