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お誘い

 昼休み、とりあえず気持ちを立て直したものの、何とも言えない気持ちで社員食堂へ。


 できれば、白石さんにだけは合いたくない……。


 我が社の社員食堂は、値段は安く、味はスーパーヤスヤスの弁当よりは少し上。

 温かいものが温かい状態で食べられるかどうかくらいの差だけど。


 せっかく来たので紹介しようと思ったが、本当に普通の社員食堂で特記するべき特徴が全然ない。すまない。


 ああ、黄色いキャップのマヨネーズがあるな。

 俺は生まれて初めてここで見たが、青井さん曰く、それほど珍しいものでもないらしい。


 ああ、そうそう。カレーの大盛りがやたら多い。

 最後までおいしく食べられない感じ。だから誰も頼まない。


 新入社員が先輩にだまされて注文させられるのは、会社の恒例行事の洗礼。

 俺も新入社員のときに青井さんにやられた。

 青井さん曰く、『この会社で一番注意しなくてはいけないこと』とか言ってたな。

 わざわざ体験させる必要はなかったんじゃないかと思うが。カレー代は青井さんが払ってくれたけど。


 それにしても、なんでこの誰も頼まない罰ゲームみたいなメニューがなくならないのかが不思議。

 単純に食堂のおばちゃんの悪のりだとしか思えない。


 あと、福神漬け(食べ放題)がやたら赤い。らっきょう(定量)は恐ろしく小さい。

 あんなのスーパーヤスヤスでも見たこと無い。何処から仕入れているんだろう……。


 食堂では運良く白石さんには遭遇せずにすんだ。

 俺はAセット(ハンバーク+目玉焼き+ポテトフライ+サラダ+ご飯@おかわり自由+味噌汁@自分で好きなだけ入れる)をさっさと平らげて、屋上へ。


 屋上には二羽の鶏がいるはずもなく、二人の女性が楽しそうに紙パックのカフェオレ(多分。遠目でそんな感じの色だったし)を飲みながら歓談中。

 げげ、黒川さんと白石さんだ……。


 俺は、なるべく離れた場所で、自販機で買ったアイスコーヒーを飲んでいた。


 それにしてもリバーシのお二方、仲が良さそう。

 美人二人が一緒にいる光景は、そこだけ色の付いた写真のように見える。

 容姿が優れていることが確認できない距離でも、しっかり美人オーラを発しているのがわかる。


 オーラのかけらもない俺は、なるべく気配を消してたたずんでいた。

 そこに、『世界の車窓から』のテーマソングをやや大きめに口ずさみながら青井さんがやってきた。

 ドSだな、この人。『社会の窓』とかけているつもりなんだろうな……。まだ、俺の傷口に塩を塗るかな。



「ぼっちか?」

 どうだろ。このセリフ。普通「一人か?」だろ。

 ネクタイを緩めながら、青井さんは隣に座った。

 ペシ、と音を立てて、青井さんが自分の持ってきたコーヒーを開けて一口。


「ところで、枝草はどっち派だ?」

 リバーシをちょいと指さして、俺に聞く。


「どっちだと言われても、選べる立場じゃありませんから……」

「いや、単純に好みの話。あの二人、いい意味でタイプが正反対だろ? 男だったら、迷うところだよなぁ」


「そうでしょうね。でも、俺は、そんなこと考えたこともないので返答できませんよ」

 こういう話題、苦手だなぁ。

 相手にされないとわかっているのに、選ぶってのは虚しさしか残らない気がするのだが……。


「そこを敢えて、だな」

 青井さんは食い下がる。


 いくら食い下がられたところでどちらも魅力的で判断できない。

 あの二人から同時に言い寄られるほどのスペックは持ち合わせていないが、もしそうなったらその瞬間アホになってその辺走り回るかも。

 

 その瞬間に振られるだろうけど。


「どちらも魅力的ですが、俺には無縁な存在ですね」

「最高に期待はずれな返答だな」

 『うえぇ、こいつはダメだぁ』みたいな目で見ている青井さん。

 一〇〇均で買ったコンパスくらい使えないやつをみる目だ。


「じゃあ、青井さんはどちらですか?」

「両方!」

 やや食い気味の返答。

 何だ? そんな答えありだったの? しかも食い気味即答って……。


「一週間交代とかだといいな」

 まだ言っている……。

「ただ、俺には黒川とは結婚出来ない事情があってだな……」


 すげぇな、この自信。付き合えること前提なのね。

 まあ、青井さんならいけるかも。

 だって、この人、嫌う要素が全くないし。

 あまり人付き合いが得意でない俺でさえ、上手に扱ってくれるし。


 でも、結婚できない事情って何だ?

 気になったので、聞いてみた。

「どうしてですか?」

「時にはどうにもならないことってのがあるんだよ……。 枝草、お前黒川の下の名前って知っているか?」

 黒川さんの名前?

 ……思わず俺は吹き出してしまった。


 黒川さんは、フルネーム『黒川くろかわ あおい』。そりゃ、青井さんとは結婚できないわ。


「まあ、そのことがきっかけで黒川とはよく話すようになったんだけどな」

 青井さんは笑った。

 そんなくだらない話をしていたら、リバーシの二人がこちらに気付いてやってきた。


「青井さん、週末の飲み会だけど、メンバーは?」

 と黒川さん。


「えっと確定は俺と枝草。他はまだ返事待ち。黒川と白石は来るの?」

「一応そのつもりはしているのですが……」

 うそ! この二人来るの!?


「全部で何人くらいになりそうですか?」

 と黒川さん。

「何人くらいがいい?」

 とスマホ片手に青井さんが聞いた。

「何人でもいいですけど、あんまり多いのも……」

 ちらりと白石さんを見て、黒川さんが返した。


「じゃ、四人ずつにしておこう。あんまり少ないのも逆に盛り上がらないし」

 青井さんが決定。この人数は俺としても助かる。

 何も言わなくても会は順調に進みそうだ。


 白石さんは黒川さんの横でずっとモジモジしている。

 さっきのことを気にしているのだろうか。

 うら若き女性には、あまりに衝撃的だったのかもしれない。ここはスパッとさっきのことを謝っておくほうがよさそうだ!


「白石さん、朝は見苦しいものを見せてごめん!」

「え……? 何のことでしょう?」

 きょとんとした表情の白石さん。


 おわぁ! まさかの自爆テロ?

「いや、分からなかったらそれでいい……、この件については忘れてくれ……」


 慌てて言い訳をする俺を見て、青井さんは横で『バカだ! バカだ!』って俺を指さして爆笑している。


 畜生! 先輩だけど砕け散ってしまえ!


 白石さんは黒川さんに目で確認しているが、黒川さんはまたもや『何のこっちゃ?』のポーズ。


 俺は、それ以上詮索されないため、必死で平静を装う。


 ようやく笑いのおさまった青井さんはメールを打ち出した。おそらくリバーシのお二方の参加決定のお知らせだろうな。


 送信数秒後、立て続けに数件のメールが。


「あ、男性陣残り二名が決定したよ。赤池と緑川」

 親指を立てる青井さん。


 白石さんは黒川さんに目で「誰? 誰?」と聞いている。

 黒川さんは小さくうなずいて「二人ともいい人よ」と目で返事。

 それを見て、ホッとした様子の白石さん。

 本当に小動物みたいで可愛いな。


「女性後二人は、どうする? 俺が声をかけようか?」


 青井さんが、黒川さんに聞いた。


「何度か誘われていた今年の新人の二人に声かけてみます」

 後の二人は黒川さんが何とかしてくれるようだ。


 でも、その新人二人って、絶対にリバーシのお二人を目当てだろ……。

 まあいいか。ナンパ目的の飲み会じゃないし。


 午後からの仕事にはちょっと力が入った。

 週末には、リバーシとの飲み会。白石さんとゆっくり話せるかもしれない。

 テンションが上がるには十分な条件だ。


 それはそうと、白石さんの言いたかったことが、俺のズボンのことじゃなかったんだよな。

 じゃあ、何を言おうとしたんだろ。

 飲み会の時に聞けるかな……。

 ずっとモジモジしていたし、なにか言い難いことなのかな。


 仕事が終わって、帰り道。

 テンション上がった俺は、今日一日分の体力を既に使い果たしてしまい、帰りはフラフラ状態。


 いつもなら軽快に上がっていく駅のホームの階段が、拷問にすら思えてくるほどの疲労困憊ぶりだ。


 ここは、エレベーターを使うことにする。


 エレベーターが来て乗り込むと、駅の改札の方からガラガラとスーツケースを転がす音がしたので、ちょっと待機。


 案の定、スーツケースを頃がして女性がやってきた。

 俺がエレベーターのドアが開いているのを見つけると、 途端にダッシュしだした。ヒールの音をカツカツと響かせて走ってくる。

 ちょっと見ていて危なっかしい。

「待っているからゆっくりでいいよ!」

 一応声をかけた。


 慌てて転んだりしても余計に厄介だ。

 これだけ目の前だ。無視できない感じだろ。


「どうもありがとう……」

 乗り込んできたのは、俺より年上の二十代後半くらいの色っぽい女性。

 切れ長な瞳が印象的だ。

 アニマルプリントのタイトスカートも上品に着こなしている。


 動物系の香水がさらにその色気に拍車をかけている。


 大人の女特有の落ち着いた雰囲気で、さっぱりとまとめあげた髪が非常に魅力的だ。

 ほほう……。かなりの強敵と見た。ちょっと好みかもしれない……。


 ホームではすぐに電車が来た。

 俺たちは同じ車両に乗った。


 横座りの電車だったが、彼女とは向かい合わせに座る形に。

 俺は大好きな端っこに座り、疲れた体を横の手すりに預けていた。


 彼女は静かに本を読んでいる。

 いまのところ撃墜できる要素が微塵みじんもない。


 しばらくして、カバンに本をしまい、手帳を取り出した。


 薄い緑の落ち着いた手帳だ。ネイルもいたってノーマル仕様。


 ちょっと撃墜は無理かな……。

 そう思っていると、彼女は手帳に挟まっていたボールペンを抜き、何やら書き出した。


 ……うおっ! 何だ? あのペンの持ち方は!

 ペンが中指と薬指の間に挟まれている。


 しかも、ペン先は自分自身に垂直に向けられている。


 きっと箸とかも、ひどい持ち方なんだろうな……。


 ペンの持ち方が汚いのは、世間でやや容認されている感があるが、俺から言わせれば箸をグーで握りしめて食事をするのと変わらない。

 大体、結婚して子供が産まれたときに、教育上、非常によろしくない。


 ということで……撃墜!(通算一三機)

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