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支社長室にて

 仕事中、人事部の部長が俺の部署にやってきた。ヤバい、名前が思い出せない!

「青井、ちょっといいか?」

 そう言って、青井さんを連れて出ていった……。



「……と言う話でな、彼にはいい経験だと思うんだ。何もずっとと言う訳じゃない。三年という期限付きでの話なんだがな……」

 支社長はそう言った。俺にとっては、あまりに唐突な話で、即答はできない……。


「なあ、青井。お前が彼を可愛がっていることは私も人事部も把握しているし、この会社の人間だったら、誰でも知っていることかもしれん。その彼が、いきなりお前の元を巣立って関連会社への転勤、それも海外ともなれば、心配するのも無理はない。しかし、私もだが、向こうさんの社長も彼のことに関しては、大きく買っておられる。青井だって、そろそろ次のステージへ上がってもらわんと私も困る。それは、赤池にしても、緑川にしても同じことが言えるんだが……。その時に、彼は青井達にとって、大きな力になると確信している。『可愛い子には旅をさせろ』じゃないが、こういう経験は大きいと思うのだが……」


「本人は何て言っていますか?」

 俺は聞いた。

「本人には、まだ話をしていない。まず直属である、青井の意見を聞いてからにしようと思ってな……」

 支社長は言った。横で、人事部長も頷いている。

 

「あいつには自分で判断する力があります。俺はあいつの判断を信用していますから、その決断を応援するしかありません。確かに今、あいつに抜けられることは部署長としては、大きな戦力不足になることは否めませんが、それとこれとは別の問題だと考えます」


「そうか、分かった。では、青井は部署に戻ってくれ。こちらでもう一度検討してから、彼には日を改めて話をすることにする。青井を気にして転勤を嫌がるようであれば、それは青井も賛成という体でいいのか?」

 人事部長は聞いてきた。

「本当にそれだけが原因なのであれば、そう言ってもらって構いません。では、失礼します……」

 そう言って、俺は支社長室を後にした。部屋を出たところで、白石さんに出会った……。白石さん、真っ青な顔をしている……。聞かれたか……?


 部署に戻った俺に、枝草は聞いてきた。

「何の話だったんですか? 栄転とか?」


「すまん、今は何も言えない。その件については、今後なしってことにしてもらえるか?」

 少し厳しい口調になってしまった……。枝草のことだ、気にしているに違いない……。枝草は、ぺこりと頭を下げて、自分の作業に戻った。すまん……。



 どうしよう……、お茶は要らないって聞いていたのに、うっかり入れてしまって部屋に近づいたために、聞いてはいけないことを聞いてしまった気がする……。ところどころしか聞こえなかったけれど、青井さんのお気に入りっていったら、枝草さんしかいない。その枝草さんが外国へ転勤って……。どうしよう……、どうしよう……。


「どうした? 那由多? 顔色が真っ青だぞ? 気分が悪いのなら、少し医務室で休んだらどうだ?」

 黒川さんが声をかけて下さったけど……。今、一人で医務室に行ったら、余計にいろんんことを考えてしまいそう……。

「あ、平気です。本当です。何ともありません……」

 黒川さんは私の顔を何度ものぞき込んでいたが、私の額に手を当てて、熱がないことを確認したら、納得してくれた……。仕事に戻らなくっちゃ……。仕事をしていれば気も紛れるはず……。



 昼休み……。俺は何を食ったか覚えていない。とりあえず、このクソ寒い屋上で、頭を冷やしに来た。そんな物好きは俺だけだったんだろう、他には誰もいない……。


 頭の中はあいつの転勤の話が離れない。あいつはどういう判断をするんだろう……。俺の元を離れることは構わないが、自分のことより心配になる……。転勤先で、あいつのいいところが開花すればいいが、ちゃんとあいつを理解して、のびのび育ててくれる環境なのだろうか……。


 いろんな経験をして、一段と逞しくなったあいつは、確かに俺から見ても会社から見ても魅力のある人材だ。しかし、それがあいつ自身のぞんでいることなのだろうか……。あはは、これを『老婆心』というのかな……。ここまで俺に心配させる男も珍しい。大したもんだよ、あいつは……。


「あ、青井さん……」

 後ろから声がしたので振り返ったら、そこには白石さんがいた。何か言いたそうにモジモジしている。

「聞こえていたか?」

 俺はそう聞いた。

「少し……」

 冷たい風が白石さんの髪を乱す。白石さんはそれを直そうともせず、泣きそうな顔になっている……。

「あいつ自身の話だ……」

 俺は言った。

「分かっています……」

 白石さんは返した。

「仕事上の話だ……」

 俺は言った。

「それも分かっています……」

 白石さんは返した。

「じゃあ、その時が来たら、真っ先に知らせるから」

「はいっ!」

 力強く白石さんは頷いた……。

 彼女なら、あいつに付いていって、支えてくれるはずだ……。



 ある日、俺は支社長室へ呼ばれた。支社長室に行く途中、総務の中を通過したが、黒川さんの姿はなかった。ただ、白石さんがじっと俺を見ていた。何が始まるんだ?


 部屋の中に入ると、支社長と人事部長、それから黒川さんと……蛍谷さん!?

「あれ? どうして? あ、失礼しました……」

 仮にも支社長室……、あまりのびっくりにタメ口になりかけてしまった……。

「実は、前に枝草くんにも言っていた件なんだが、こちらの支社長さんとの間では了解をもらえたので、直接君に話をしに来たんだ」

 蛍谷さんは楽しそうに言った。

「一体、何の話ですか?」

 俺は聞いた。前に? 何の話か見当がつかない……。

「ま、枝草、座りたまえ。あ、黒川君は下がっていいから」

 支社長はそう言った。

「かしこまりました」

 黒川さんはそう言って退出。支社長室には、支社長とと人事部長と蛍谷さんと俺……。


「では、私の方から説明しよう」

 人事部長が説明を始めた。支社長がテレビ会議に使う大型モニターで、いろんな資料や写真を映し出しての結構大がかりな説明だった。寧ろプレゼンテーションに近い感じか……。約三十分ばかりで一通りの説明は終わった。


「どうだろう、俺と一緒に来てくれないか? 三年で軌道に乗せる自信はあるんだ。その後、枝草くんには、こちらの会社に戻ってもらって、俺の会社との中継としてやっていってもらいたいと思っている」

 蛍谷さんは真剣な表情で俺にそう言った。

 俺は、視線を支社長に移した。すると支社長も笑顔で頷いている。隣の人事部長も……。

「しかし、俺には今の仕事があるし、青井さんにも迷惑がかかるのでは……」

 俺は言った。

「その青井も、君が決めたことであれば全力で応援すると言ってくれたよ」

 支社長は言った。

 その言葉を聞いた瞬間、一瞬青井さんに裏切られたというか、見放されたような気持ちになりかけたが、『頑張れよ!』ってあのウザい親指を立てるポーズが直ぐに頭に浮かんできて、俺の気持ちを打ち消した……。


「そうですか……、少し考える時間を頂いていいですか?」

 到底今直ぐ結論の出せる話ではない……。

「それは分かっている。また、今の部署の引継もあるので、直ぐにとは行かない。決定後、転勤までには一ヶ月程度の期間は見ている。但し、蛍谷社長も暇ではない。君自身の判断は、一週間以内としておく。いいかね?」

 支社長はそう言った。


 これから一週間で、結論を出すのか……。何から考えればいいんだ? 誰に相談すればいい? どうすればいい? 俺?


 帰り道、スーパーヤスヤスへ……。弁当と惣菜を眺めてはいるが、選んでいない自分に気付く。結局酒だけ買って店を出る。そこには、青井さんが立っていた。

「晩飯食ったか?」

 青井さんは言った。俺は無言で首を横に振った。

「向こうに車止めているから、乗れ」

 そう言って、俺を連れていった。


 着いた先は、万歳お晩菜だった。俺自身この店にくるのは、久しぶりだ。今日は、千の姿が見えない。

「今日、千はいないんですか?」

 おしぼりを持ってきてくれた大将に聞いた。

「あいつは、金龍菜館に行かせたんですよ」

 大将は言った。

「どうして? 何かやらかしたとか?」

 あの千のことだからそんなわけはないとは思うが。

「あはは、違いますよ。次の修行先です」

 大将は笑った。

「じゃあ、こっちは?」

 俺は聞いた。

「しばらくこなくていいと言ってあります。お陰で結構大変でしてね、千のやつがいないと……」

 大将は肩をトントンしながら言った。


「いやね、私はあいつがズブの素人だったときから面倒見ているじゃないですか? どうしても『最初に比べりゃ』って尺度で見てしまう部分があるんですよ。それにね、年の問題もあって、どうしても親子関係みたいな感じになって、アドバイスするべきところで甘くなったり、逆にどうでもいいことで叱ってしまったり……ってな感じで。昔から言うじゃないですか……『可愛い子には旅をさせろ』って。今でも千は自分の息子、って言っても私にはいないんですがね……、それと同じかそれ以上に思っていますよ……。俺みたいなのがそんなこと言っちゃ、親御さんに叱られちゃうかもしれませんがね……」


 ちょっとグッと来た……。そう思って青井さんを見たら……、あ、号泣している……。どうした? 青井さん!


「青井さん! 大丈夫ですか?」

 俺は声をかけた。

「うるせぇ! 今の俺に話しかけるな!」

 青井さんは俺の手を振り払った。訳わかんねぇ。何事だ? この間の人事部長が来た時もそうだけど、最近の青井さん、何考えているかわからないな……。


「大将! 俺、めちゃくちゃ気持ち分かりますよ! 今日は一緒に飲みましょう!」

 いや、号泣して言っているけど、大将仕事ありますから……。

「そうですか! わかりました! 店閉めます!」

 そう言って、大将は表に出て、暖簾を下ろした。

 おいおいおいおいおい! 飲むのかい! ダメでしょ。 まだ、店にはお客さんもいるし……。ちょっと慌てる俺……。


 どうなってんの? 俺の悩みどころの話じゃなくなっているんだけど……。ってか青井さん、何のために俺をここに連れてきたの?

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