黒川さんの意外
ぼちぼち散髪に行かないといけないな……。
鏡に映った自分を見て思った。ボサボサといっていいほど伸びている。そんなわけでいつものスーパー銭湯へ行くことに。ついでに今日の湯はなんだろうとネットで検索。
どこのスーパー銭湯でも同じだと思うけど、一つ薬湯があってこれが結構楽しみだったりする。
向こうへ着けばそんなことはわかるし、その薬湯が何であったとしても行くことには変わりないので、意味がない行為と言えばそうなのだが、ここ数年の習慣になっている。
……あれ? 今日何日だっけ? あ、工事で休みだ……。ってか、しばらく工事続くみたいだな。リニューアルはリニューアルで楽しみだ。
しかし、髪と爪は一度『切りたい』と思ったら、もう我慢できなくなる。俺だけかもしれないが……。どうしたものかと考えたが、スーパー銭湯のHPには、同じ系列の他の店舗情報があったので、チェック。その中でも設備の豊富な店舗を発見。そこへ行くことにした。
今日は、土曜日で休みなので、運動がてら自転車で行くことにする。駅四つ位なので、三〇分もあれば着くだろう……。俺は、荷物をまとめて出発した。
実際自転車で行ってみると、思ったより時間がかかった。というより、俺の自転車の速度が想定より遅い。こんなに劣化しているのか……。これから時々こういった運動でもしないと、気がついたら萎えまくってしまうな。気をつけよう。『俺がその気になったら……』が口癖のおっさんにははなりたくないものな……。
いつもと違うスーパー銭湯に到着。切符を買って散髪屋へ。
「あ、いらっしゃい」
あれ? いつもの店員さんだ。
「あ、こんにちは」
「向こう工事中なんで、こっちの手伝いに回されたんですよ」
「じゃ、話は早い。いつも通りでよろしく」
「はい、かしこまりました」
ちょっと新鮮さはなくなったけど、初めていく散髪屋であれこれ説明するのは面倒。結果的にはこれがベスト。しかも、この店員さん腕いいしな。
散髪は一五分ほどで完了。いつも通りの仕上がり。
早速次に風呂に入っていつも通り一時間三〇分ほど堪能した。
ここのスーパー銭湯はHPで見た限り他の店舗より設備が充実している。特にフードコーナーが充実していて、基本和食でも洋食でも中華でも何でもある。ショーケースの前で何にしようかと検討中、小さな女の子がコツンと俺にぶつかった。
「ん? 大丈夫か?」
俺は声をかけた。女の子はニカッと笑って言った。
「うん、へいきだよ!」
その後ろから声がした。
「若葉! こんなところにいたのか! 探したぞ!」
ん?聞いたことがある声……。俺が振り返るとそこには黒川さんが。
「黒川さん? 珍しいところでお会いしましたね」
黒川さんも驚いているようだ。
「本当だな、まさかこんなところで出会うとは……」
「ママ? おともだち?」
その女の子は言った。
ママ!? 今そう言わなかったか!?
「ママの会社の人だよ。それからお友達でもあるよ。枝草さんって言うの」
「こんにちは。黒川 若葉です!」
女の子はぺこりとお辞儀をした。
「あ、こちらこそ。こんにちは……」
一応返事をしたが、訳が分からない。どうなっているんだ……?
「あ、何だ、知らなかったのか? 私には子供がいるぞ。今六歳だ」
黒川さんはあっさりと言った。
「そうなんですか? 独身とばかり思っていました」
俺は返した。
「ま、独身は独身だよ。結婚したことないからな」
あまりにも驚くことばかりで言葉も出ない。
「えらい驚きようだな……。てっきり青井さんにでも聞いて知っているのかと思ったが……。まあいい。今から食事するのだが、枝草くんは?」
黒川さんは聞いてきた。
「あ、俺もそうしようと思っていたところです。黒川さんはここの常連ですか? よかったらおすすめを教えてほしいのですが」
俺も聞いた。
「常連と言うほどでもないが、時々この子が喜ぶので連れてきているな。広いお風呂はこの子にとってのプールみたいなものなのだろうな……。あ、おすすめだったな。基本何でもおいしいな。特にこだわりがなければ日替わりで十分だと思うが……」
「じゃ、そうします」
俺はそう言って、食券を購入した。黒川さん親子は既に購入しているようすだったので、三人で座敷に向かった。
まもなく店員が来て、半券を置いて戻った。
「私が、この子を産んだのはまだ大学生の時でね。一年上の先輩との間の子。基本私が育てている」
黒川さんが、躊躇なく説明を始める。俺は黙って聞いていた。
「四回生は卒論と子育てと就活で大変だったな。今じゃいい思い出だけど」
楽しそうに話す黒川さん。
「まあ、私は親元に住んでいるから、すっかり爺ちゃん婆ちゃんっ子になってしまっているがな……」
そう言って、黒川さんは若葉ちゃんの頭を撫でた。若葉ちゃんは家から持ってきたと思われる人形の手足をグニャグニャ曲げて遊んでいる。
「大体、事情はわかってもらえたかな?」
黒川さんは俺に言った。
「はあ、大体は……。分かれた旦那さんとは?」
思わず聞いてしまった。
「え? 相変わらず仲良くやっているよ。向こうは忙しいみたいだから、月に一度会えるか会えないかって感じだけどね。最も向こうの狙いは私よりこの子みたいだけど」
そう言って、黒川さんは笑った。全くその笑顔に陰りがない。本当に仲良くやっているのがわかった。
「じゃ、なぜ……」
言いかけてやめた。そこまで詮索するのはちょっと……。
「ああ、不思議だろ? みんなそう言うよ。でも、私は性格がこんなだから……。家庭に男二人はいらないって感じになっちゃってさ。こうやってちょっと距離置いている方が上手くいく関係ってのもあるって気が付いたときには既にこの子が私のお腹の中にいたってわけで……」
淡々と話す黒川さん。その時、注文していた料理が届いた。
若葉ちゃんはお子さまランチを楽しそうに食べている。黒川さんは日替わりを。若葉ちゃんを楽しそうに見つめながら食べる黒川さんは、今まで見たことがない表情だった。そして、俺も食べた。確かにうまいのだろうが、さっきの話で頭がいっぱいになって、ほとんど味はわからなかった。
「そう言えばさ、『エースパイロット』はその人に教えてもらったんだ。彼、あのサイトえらい気に入っていてな。あのサイトの管理人ってどんな人なんだろうな……」
黒川さんは言った。
あら、随分な人気なのね。俺。そんなことを考えていると、若葉ちゃんがクシャミして食べていたナポリタンの一本が、鼻から出てきた。その後、それが原因でクシャミを連発するんだけど、その度にちょっとずつ出てくる……。十センチくらい出たところで、クシャミは一旦止まったがその顔と言ったら……。思わず笑ってしまった。若葉ちゃんも黒川さんも一緒に笑う。若葉ちゃんが笑えば笑うほどパスタは出てくる。それでまた俺たちが笑うからエンドレスで続き、結局パスタ一本が全部出るまで続いた。
笑いながら若葉ちゃんの顔を拭く黒川さん。完全に母親の顔だ。またもや黒川さんの意外な一面を見ることができた。それにしても、俺の重い気持ちをクシャミで吹き飛ばしてくれたな、この子。
「あの……。黒川さんの意外な一面を知ったことと交換って訳じゃないのですが……」
俺は言った。
「ん? 何だ? 枝草くんの秘密を教えてもらえるのか?」
黒川さんは笑いながら返した。
「実は、『エースパイロット』って俺のサイトなんですよ」
とうとう言ってしまった。これだけ褒めてもらってお礼も言えないのが辛くなってきたし……。
「で、いつも応援して頂いているので、お礼を言いたいなって……」
少し驚いた表情の黒川さん。
「そうか……。那由多がずっと『枝草さんと似ている』って言っていたが、本当だったんだな……。あ、
お礼はこっちの方だよ。いつも楽しませてもらっている。これからもよろしく。ただし、私を撃墜するのはやめて欲しいけどな」
黒川さんはそう言って笑った。
「あはは、黒川さんだと逆に撃墜されてしまいますよ。ねぇ、若葉ちゃん?」
照れ隠しに若葉ちゃんに無茶ぶりしてしまった。
「『げきつい』? なに?」
そう言って、黒川さんの顔を見た。黒川さんはにっこり笑って若葉ちゃんの頭を撫でた。
「食事が済んだら、予定は?」
黒川さんは言った。
「今日は特に何もないです。ま、いつもですがね」
俺は頭を掻きながら返した。
「じゃ、この後、うちに来るか? お茶でも出すが……」
招待されたけど、正解がわからない……。どうすればいい? 俺。
「あ、きてー。わかばのえをみせてあげるー。」
若葉ちゃんまで……。
「若葉もこう言っているし、遠慮はいらないよ」
黒川さんは言った。
「わかりました。ではお邪魔させて頂こうかな……」
俺は言った。若葉ちゃんは『やったぁ~』って喜んでいる。黒川さんの実家ってちょっと興味あるしな。
食事の終わった後、俺は自転車を押しながら、黒川さん親子と黒川さんの実家へ向かった。
五分後……。
目の前には、恐ろしくでかい日本家屋が……。一体何坪あるんだ?家の塀が限りなく続いている……。
「すごいお家ですね……」
思わず口に出た。
「ああ、ただ広いだけの旧家だけどな」
いえいえ、ありえないでかさでしょ。玄関に入ると、車が三台ほど並んでいた。高級そうな車が二台と軽自動車が一台……。しかも日本庭園百選にでも出てきそうな庭の植え込み……。もの凄いお嬢様だったのね……黒川さん。
俺、完全にビビっています……。




