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白石さんの憂鬱

 「どうした? 那由多。元気がないようだが……」

 黒川さんが私に言った。

「黒川さんに教えていただいた『エースパイロット』ですが、閉鎖したみたいなんです……」

 私は黒川さんに言った。

「閉鎖? 引っ越しとかじゃなくってか?」

 黒川さんは聞いてきた。

「引っ越しですか……。それは気がつきませんでしたが引っ越しなら引っ越しで何か告知の様なものがあると思うのですが……」


 私は、パソコンには疎いので、断言はできないけど……。

「どれどれ……」

 そう言って、黒川さんは自分のパソコンで検索を始めた。

「確かにサイトがなくなっているな……。面白いサイトだったのに、残念だな。結構勉強にもなったしな」

 ふむ、と顎を人差し指と親指で支えて暫く画面を眺めていた。

「まあ、仕方ないだろうな。個人のサイトだし……。那由多も十分に勉強して、きちんと気付くことが出来るようになっていると思うから、『卒業』ってことなんだろうな」

 黒川さんはそう言って、私の頭を撫でてくれた。こんな些細なことに黒川さんは私を元気付けようといろいろ考えてくれたんだわ……。


 いけない、仕事に戻らなくちゃ……。


 今日は、結構事務処理が多い。単調な作業が多いのは少し退屈。


 黙々と仕事をしている私の頭によぎってきたのは、この間の屋台。本当に楽しかった。千から電話があったときは、私が行って何ができるのか心配だったけど、それなりに役に立てたようで、紫音さんにも青井さんにも……枝草さんにもお礼を言われた。おでこにカレー粉つけて頑張っていた枝草さん……思い出しても笑っちゃいそう……。


 青井さんも冷たい水の中の飲み物を一日売っていたせいで、感覚無くなって、お札数えられなくなっていたっけ。


 その後の食事もおいしかったな……。千が紫音さんのお店で手伝いたがる理由もわかる気がする。あの味を再現できたら、人に料理を出すのが楽しくなるだろうな……。


 いろんなことを考えて仕事をしていると、時間が経つのも早い。気がついたら昼休み……。


 今日は、お弁当を作ってきた。この間、紫音さんのお店で食べた唐揚げのレシピを千に聞いてチャレンジしてみた。味見して驚いたけど、ほんのちょっとのことでこれだけ仕上がりが変わるのかと驚いた。

 今回の唐揚げは、粉に少しコーンスターチを混ぜることと、前日に仕込んで冷蔵庫で冷やすこと。この二つで、衣はサクサクになるし、鶏肉のジューシーさは保たれる。自分でも驚くくらいおいしくなった。でも、紫音さんの店の唐揚げには全然届かない。紫音さん、すごいなぁ。さすがプロって味だもの。


 昼休みも終わって、仕事再開。

 昼からは比較的余裕があった。自分ではわからないけど、どうも元気が無いように見えるみたいだし、努めて明るく元気に頑張ろう……。


「よう! 元気無いんだって?」

 営業の赤池さんが部署に入ってくるなり私に言った。


 赤池さんは、前の飲み会で一緒になった人だけど、本当に気遣いのできる人で営業成績がいいのは納得できる。誰にでも公平で、話題も豊富。しかも時々ピシっと的を射た意見も出てくるし、それでいて自転車を倒したりするドジな一面も……。


 ダメ、笑っちゃ。『最悪人間ドミノ君』だったかしら? 緑川さんが言ったとき、どうしようかと思ったもの。


「心配して頂くほどのことでもないのですが……」


「ちょっと小耳に挟んだから話しかける口実にしただけだよ。あの飲み会以来、殆ど話す機会もなかったしね」


 確かにそうだ。いつも営業で外に出ていることもあって、赤池さんも緑川さんも会社では挨拶くらいしかしてないな……。


「青井と枝草とは時々遊んでいるんだろ? いいなぁ。俺も混ぜてよ」

 赤池さんは羨ましそうに言った。

「私は全然問題無いのですが、メンバーに入れていただく立場なので……」


「それは青井の策略を感じるな……。青井に詳細を問いつめねば……」

 赤池さんはちょっと怖い顔をして言った。

「そんなっ! 青井さんは悪くないと思います。寧ろ、いつも気遣ってもらっているくらいです!」

 思わず大きな声になってしまった。でも、いつもお世話になっている青井さん。誤解は我慢できない。


「嘘だよ。青井がそんな奴じゃないってよく知っているから」

 赤池さんは笑いながら言った。

「からかったんですね?」

 ようやく気がついた私は、ちょっと鈍い子?


「ま、ちょっと拗ねてみただけさ。次、また飲み会あったら一緒に行こうね。で、なんだっけ? お気に入りのサイトがなくなったんだって?」


「ええ、とても勉強になるサイトだったのですが……」

「そうか。残念だったね」


 そう言って、赤池さんは行った。


 うまく言えないけど、私がモヤモヤしているのは、サイトが閉鎖されたからというわけではない。黒川さんが言うとおり、個人が趣味でやっているものだし、飽きたら止めてしまうサイトも多い。


 でも、あのサイトにはそれ以外のものを私は感じていた。確かに、女性を査定するという点は、最初こそ抵抗を感じた。でも、あの管理人さんの気付く力、そして適切な対処。最後に極めて冷静な分析。そして撃墜。それを読んでいる人のために面白おかしく、それでいて絶対に個人を特定できないように配慮してのレポート。


 私が新人研修のお手伝いをさせてもらった後、『気付き』について、黒川さんに相談した。そのときに教えてもらったサイト。私は、あのサイトからいろんなことを学んだ。あれだけの配慮ができる管理人さんがいきなりサイトを閉じるだろうか……。何か事情があったとしか思えないのだけれど……。


 数日後……。


「那由多、やはり引っ越しだったようだな。『エースパイロット』。昨日、検索したら少しデザインは変わっていたけど、サイトがあったぞ」

 黒川さんは言った。


「本当ですか?」

 私は、早速検索した。そしてヒット!仕事中にも関わらず、最新記事をチェック……。


「よかった……」

 画面を見つめながら私は言った。

「よかったな。私としても那由多が元気じゃないと毎日がつまらんからな」


「でも、何かが違う気が……」

 そう、とてもよく似せてある。これはあの管理人さんが書いた文章ではない。どこがどうって言えないけど、何か足りない……。


 それから数日間、このブログをチェックした。

 内容は最初こそ以前とよく似ていたが、日が経つにつれ、段々撃墜というよりは女性に対する誹謗中傷が内容の殆どを占めるようになっていった。


 管理人さん、変わっちゃったのかなぁ……。




「枝草、あのサイトだけどさ、もうやめたのか?」

 いきなり青井さんは俺に言った。

「一応個人的にはまだ書いていますが……」

 あれからも日記にはその日あったことを書いている。それにしても、今日みたいな忙しい日にわざわざ何でそんなこと聞いていたんだろ……。

「じゃ、引っ越しか……」

「そういうことになりますかね……」


 とりあえず、年に数回の繁忙期。昼から延々と同じ作業をしているような気がする。

「そうか……」

 そう言った青井さんが少し寂しそうな顔をしたような気がしたが、忙殺されていたのかも。


 昼休み。屋上へ。ずっと同じ姿勢だったせいか、軽く体操でもしようかと。


「よう!」

 後ろから青井さんが来た。

「どうも」

「ちょっと話していいか?」

 やけに慎重な様子の青井さん。

「どうしたんですか? 改まって……」

 コホンと小さく咳払いをしてから、青井さんは話始めた。

「実はな、枝草が何か悩んでいるんじゃないかと思ってさ……」

 そう言われたら、確かに自分自身について少し反省してはいるけれど……。

「ま、今までいい加減にしていた罰ですよ」

 本当にそう思う。

「だからと言ってだな……。ちょっと枝草らしくないんじゃないのか?」

 青井さんが言っている意味がわからない。

「何がですか?」


「うん……、午前中にも聞いたけど、サイト引っ越ししたんだろ? それからの記事が、何か攻撃的と言うか、単なる誹謗中傷じみていると言うかだな……。個人的な趣味だから、俺がどうこう言える話じゃないんだけど。白石さんもがっかりしているって黒川が言ってたし……」


 いったい何の話か全く見えない。

「俺には意味が分からないんですが……。サイトは閉鎖したし、その後の日記はオフラインで書いていますから誰にも見れないはずですよ? どうやって青井さん達が見るんですか?」


 驚いた様子の青井さん。

「だって、まだあるぞ……『エースパイロット』ってサイト……」

 いやいや、驚いたのは俺の方だ。

「それ、俺じゃないです!」


 青井さんは本気で驚いている。

「当初は内容もそっくりだったぞ?」


 内容? そっくり?

「屋台やった日の夜に閉鎖して、それっきりですよ?」


「「じゃあ誰が?」」

 俺たちは顔を見合わせた。




「詳しいことはわからないけど、どうも別人だそうだ……」

 黒川さんは私に言った。どうやって調べたのかはわからないけど、私にとっては別人であることがわかっただけで今はホッとしている。

 でも、誰が? 何のために偽物サイトを作ったのかしら。その記事を読んだら、前の読者はさぞかしがっかりするだろうな。私でさえ、ちょっと疑ってしまったのだから……。


 でも、目的はわからないけど、前の管理人さんになりすまして悪い印象にしようとしているのなら、許せない。今まで一度もしたことはないけど、一度コメントで聞いてみようかしら……。


「那由多、職場で蒼い闘気は出さないでおこうな」

 黒川さんに言われて我に返った。

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