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屋台その2

「白石さん? お待たせ?」

 一瞬アホの子みたいな顔になる俺。

「千から聞いて……。できるだけ急いだのですが……」


 なるほど、千が連絡してくれたのね。でも、この忙しさ、本気で助かる。

「ありがとう! 助かるよ」


「紫音さんから電話で段取りは聞きました。パック積めをお手伝いします」

 そういって、白石さんはカバンからエプロンを出して身につけた。ヤバい、死ぬほど可愛い……。とか見とれている暇はない。白石さんは店の前に立って、客の注文通りに網からサテを取っていく。客が金を払おうとした瞬間、にっこり笑って、『飲み物はいかがですか?』ってか? 


 百発百中で全員が飲み物頼むわな、そりゃそうだ。頼まなかったら、雄としての本能が欠如していると解釈してもいい。

 ってか客が女子でも全員買っていく、白石さんのスペック、半端ねぇ。


 お陰でさっき千が補充したはずの飲み物も恐ろしいペースで捌けていく。それと同時に青井さんの表情がかなり苦しそうだ……。


 その時……。

「あ、すみません……」

 白石さんは言った。どうも通行人と接触したようだ。

「邪魔なんだよ、こんなところで突っ立てちゃ……」

 その男はニヤニヤ笑いながら、白石さんに絡んできた。


 青井さんは一気に厳しい表情に変わった。

「あいつ、わざとぶつかって来やがった……」


「どうしてくれんだよ? あ~痛い痛い、骨折しているかもしれねぇ……」

 男は更にまくし立てる。

「本当にごめんなさい……」

 白石さんはペコペコ謝っている。……違うだろ……。


「お、可愛いじゃないか、お詫びに俺を介抱してくれよ、あっちのベンチに行こうか……」

 酔っているのか? 強引に白石さんの手を掴んだ。


「てめえ! いい加減にしろ!」

 青井さんが飛び出した。

「キャッ!」

 その時、男の体が一回転して、青井さん、男の足で踵落としをくらった。


 俺も飛び出したが、ぎりぎりのところで、避けた。

「あ、ごめんなさい! ついとっさに……」

 白石さんは困り果てている。

 どうも、男は白石さんに投げ飛ばされた様子。どうやって投げたかは一瞬のことで、わからなかったが……。


「畜生! 覚えていやがれ!」

 もはや博物館に寄贈すると、感謝状をもらえるくらいの古典的な捨て台詞。ある意味、本当に言う奴がいるのだと感動を覚えた。あと、『ぎゃふん』と本当に言う奴とで出会ったら、俺は心おきなく死ぬことができる。死なないけど。


 とりあえず、そう言って、男はどっかへ行ってしまった。


 周囲からは『おおおお! ブラボー!』との声と拍手が……。どうも、誰からみても迷惑な奴だったし。


「大丈夫?」

 俺は、言った。

「ええ、それよりあの方、大丈夫だったのでしょうか? 急所は外しましたが、投げる最中に、三カ所ほど打ち込んでしまいましたが……」


 投げるのも見えなかったが、その間に打撃三発? 何者だ? 白石さん。


「武道やっていたの?」

 頭を抱えながら青井さんが聞いた。ナイス質問。それ、俺も聞きたかったです。


「私の両親、二人とも古武道を……」

 それは初耳、単なる味音痴かと思っていました。もの凄く失礼な話ですが。すみません。


「格闘とか嫌だったのですが……、覚えているもんですね……」

 ってことは、急所外さなかったら、あの男、投げられている最中に死んでたってこと? 何教えているんだ? 白石さんの両親……。


 今の騒動で一瞬周囲はざわついたが、更に店に人が詰めかける要因を作ってしまったようで……。それから、十時まで全く客が切れることがなかった。


 十時になって、祭りも終わり、後片づけ……、ってか体力残ってねぇ……。

 白石さんは、食器類を片づけている。しかし、俺と青井さんは、呆然として座り込んでしまった……。


「遅くなってゴメン!」

 やってきたのは龍ちゃん。

「どうも全部売れたみたいだよ……」

 最後の力を振り絞ってそう言った。

「ええええっ! 本当に全部売れたの!? 売れ残っても店で出せばいいやって思ってかなり多めに用意したんだけど……」

 龍ちゃんはバットを確認している。


「あ、ゴメン……。事後承諾だけど……、一本二百円だけど、六本で千円にしたから……。両方の種類を頼む人が多かったし……」


「あ、それは全然構わないけど……。よくあの量全部捌けたね。五百本以上あったのに……。 飲み物も十分用意したのに追加って言っていたし、どうなっているのかなて思ったんだ……ってか、追加した飲み物も完売している!」


 ……そんなに売ったんだ……。どうりで大変だったわけだ。


 俺と青井さんはその場に座り込んだ。

「お二人とも大活躍でしたよ」

 白石さんは言った。


「なっちゃんも本当にゴメンね。手伝わせてしまって……」


 俺たちがそんな話をしている間も、千はてきぱきと後片付けしていく。やるな、こいつ。


「大体片付いたよ。俺、先にこれ店に持って帰っておくから」

 そう言って、千は店に戻った。


 俺たちもどっこらしょ、と腰を上げた。


「じゃあ、店に戻ろうか」

 青井さんは言った。


 店に戻ると、既に料理が準備されていた。ちょっとしたバイキングパーティー状態だ。あの人数のパーティーの後、またこれだけ準備したんだ……。すごいな龍ちゃん。


「本当に今日はありがとうございまいた。どうぞお好きなだけ食べて飲んで下さい。これ、少ないですけど、気持ちです。受け取って下さい……」


 そう言って、俺たちに封筒を渡した。中身はすぐに想像がついたので、みんな断ったが、どうしてもという龍ちゃんのお願いに最後は折れて、とりあえず受け取ることにした。


 それから食事。和気あいあいとした和やかな雰囲気で、みんなで楽しく過ごした。さながら学園祭の打ち上げ。龍ちゃんがまた何か料理に仕込んだのか、食べ始めるとドンドン体が軽くなっていく。途中から、龍ちゃんが座敷でウトウトしていたが、みんな事情はわかっている。修学旅行の夜みたいな雰囲気で、ヒソヒソと楽しく夜は更けていった。


 俺たちは、ある程度後片付けしてから帰った。千が店のことを知っているのが助かった。


 家に帰って俺はふと思った。今日、一日手伝いとはいえ、実際に体を動かして行動し、いろんな人と言葉を交わした。

 商品を渡すときに無言でひったくる感じの人もいたが、殆どの人が『ありがとう』とお礼を言ってくれた。きちんと代金を払っているのでわざわざお礼を言う必要も無いのだが、お礼を言われると頑張って手伝いをしてよかったと思う。


 今日一日だけで、何人に『ありがとう』って言われたんだろう。全然余裕が無かったので殆ど覚えていないが、綺麗な女性も沢山いたんだろうな……。


 そう考えると、日常生活で、ちょっとお礼を言われただけで品定めして……撃墜? 何だか、馬鹿馬鹿しくなってきたな……。やめようかな……。サイト。うん。やめよ。

 俺は、パソコンの電源を入れてサイトにアクセスした。沢山のコメントをもらっていたので、記事全部を消すのもどうかと考えたので、一旦、バックアップをとってから閉鎖した。黒川さんも白石さんも喜んでくれていたけど、俺自身の気持ちがこのサイトから放れてしまった以上、更新することもないだろう。

 俺の撃墜日記は、今日閉鎖した。


 次の日。

「おはよう! 枝草くん」

 朝から気持ちが引締まるこの声。黒川さんだ。

「あ、おはようございます」

 一礼して挨拶。

「那由多からちらりと聞いたんだが、昨日は大変だったみたいだな。声をかけてくれれば手伝いに行ったのに……。ちょっと仲間はずれ気分だよ」


「あ、元々俺が一人でやる予定だったので……。結果的には皆さんに迷惑かける形になっちゃっただけで」

 まあ、その通りである。

「そうか……。しかし、那由多はそうでもなかったみたいだったぞ。すごく楽しかったって言ってた。青井さんも同じだったと思うけど」

 黒川さんはそう言った。

「ああ、でも、あの二人はそういう風に解釈してくれる人たちだから……」

 本当にいい人達だものな。昨日改めて実感したけど。


「枝草くんにそうさせてしまう魅力があるんだよ。きっと」

「あはは、きっと『見るに見かねて』って感じですかね」

 俺は、自虐的に笑った。

「理由はどうだかわからないけど、同じように困っていて、協力して貰える人とそうでない人はいるからなぁ……」

 黒川さんはにっこり笑った。

「ありがたいことだと思っています。昨日、改めてそう思いました」

「それそれ、枝草くんの素直なお礼って、本当に『手伝ってよかった』って思わせる何かがあるんだよね」


 まあ、俺が思うに、青井さんと白石さんであれば、相手が誰であったとしても、困っていれば助けると思うけどな。


 部署に行くと、いつもの通り青井さんがいる。

「おはよう! 枝草! 昨日の今日で、ちょっと筋肉痛だよ」

 腕を揉みながら青井さんが言った。確かに、今朝、駅の階段でちょっと膝が笑っていたな……。俺でもそうなんだから、青井さんにはきつかっただろうな。


「昨日は、どうもありがとうございました」

 俺がお礼を言うと、青井さんは慌てて返した。

「そういう意味じゃないよ。寄る年波には勝てぬって話だよ」


「あ、すみません。実は、俺も今朝、駅の階段で膝が笑っていました……」

「お互い、日頃からもうちょっと運動しておくべきだな。あのくらい、楽勝だと思っていたけど……」

「本当にそうですね」


 それから、仕事は開始した。週明けということもあって、結構忙しかったが、無事終了し、就業時間を迎えた。


 帰りにスーパーヤスヤスに寄った。入り口で、カートが引っかかって取れないでいる女の人がいたので、手伝った。その後、子供がカートを押して走り回っていたが、注意もしない。撃墜……、あ、もうしないことにしたんだった。習慣になっていたみたいだな。


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