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ブログ

 仕事が終わって帰り道、俺は最寄りの駅前『スーパーヤスヤス』に寄った。

 ここで、夕食用の半額弁当を買うのはもはやライフワークになっている。


 ここの弁当の味は、ズバリ「まあまあ」だ。ただし、やたら安い。

 それが半額ともなれば、自炊するよりはるかに安くあがる。


 しかも、日用品や酒まで置いているので、この店だけで大抵のものが手に入る。


 いつも弁当と、酒の肴に惣菜を買うことにしているが、惣菜の品数は無駄に豊富。

 ここに通いだして数年経過したが、まだ半分もコンプリートできていない。


 一時は、手帳に食べた惣菜をメモして、コンプリートを目指していた時期もあったが、新商品がバンバン出てくる関係でやめた。


 そもそもそこにこだわる理由が見当たらない。最初に気付けという話かもしれないけど、そんなもんだよな。


 その昔、友人で『カップ麺全製品コンプリート』とか、『う○い棒全種類コンプリート』を目指している奴がいたっけ。

 当時、俺はそういう奴らを結構馬鹿にしてたけど、気がついたら同じことやってる。


 メインの弁当と、惣菜(どちらも半額シール貼っているやつね)を吟味し、カゴへ。

 新しい種類の焼きそばパンもあったが、もういらん。見るだけで気持ち悪い。

 過ぎたるは及ばざるが如し。

 紙に書いて、おでこにでも貼っておこうな。また同じことをしそうだしな、俺。


 スーパーの帰り、でかい旅行カバンを転がしている女性を見かけた。

 道の端っこで、随分きょろきょろしながら片手には地図を持っている。

 どうも道に迷っているようだったので、声をかけてみた。


「どうした? 迷子か?」

「えっと、国際文化会議場に行きたいのですが……」


「この道まっすぐ行って、二つ目の角を左だ」

「どうもありがとうございます」

 ぺこりとお辞儀をして、小走り気味に言った方向へ。

 ちょっとエキゾチックな雰囲気の漂う美人だった。

 ヒールを履いて、颯爽と歩く姿は様になっている。

 よく若い子で、ヒール履いてよちよち歩いているのを見かけるけど、あれって興ざめなんだよな……。


 ただ、目の前に交番あるのに、それに気がつかない集中力のなさ。

 しかも、旅行が好きの女性は、すぐに環境を変えたがるとも聞く。

 正直、長く付き合うことはできないだろう。

 ということで、彼女は……撃墜。


 おっと、今日は二機脳内撃墜してしまった。


 夕食後、晩酌をしながらブログを書く。これも俺のライフワーク。

 同時に唯一の趣味だ。


 昔、ドイツ空軍だったエーリヒ・ハルトマンという撃墜王がいたとか。

 生涯で三五二機の撃墜記録を持っている。


 それとは全く関係ないが、俺は脳内撃墜記録をブログに載せている。

 関係ないのになぜエーリッヒ・ハルトマンを紹介したか? それは俺にもわからない。『撃墜王』という言葉から、思い出しただけだ。失敬。アミーゴ。


 その日、出会った女性を独断と偏見により査定し、今後がないと判断したら脳内で撃墜する。

 その履歴をブログにて公表するという何とも感心しない趣味ではあるが、目標は三五二機。


 こんなとんでもないサイトに、意外なくらい肯定的なコメントが返ってくる。

 しかも、女性からのコメントが多い。これは意外だった。


 たまに変なことを書き込むやつがいるが、これは管理者ページにて事前に削除する。

 俺は他人のことをいたずらに誹謗中傷ひぼうちゅうしょうしたくてこのブログをつけているわけではないので。


 撃墜に関しては、俺なりにルールがある。

 ひとつは何らかの言葉を交わすこと。

 それから向こうからお礼を言われること。


 恋愛についての第一段階として、まず『出会い』が存在する。

 その出会い、女性が困っているところを男性が助けるところから始まるパターンは少なくない。


 俺はこの出会いがあったときに、その先を考えて将来的に縁を続けていきたい人かどうかを査定する。

 その結果、自分には合わないと感じた場合、脳内撃墜となるわけだ。

 相手の立場、事情、気持ちは、基本的に無視。勝手に遊んでいるだけなので。


 だから、ブログには個人を特定できるような内容は一切書かないようにしている。

 と言っても、街で出会う程度なので、相手のことも全然知らないし。


 困っていれば、お年寄りや男や子供を助けるときもあるが、これば別の話。

 恋愛に発展する可能性がないので査定対象からは除外。

 電車の中で騒ぐ学生とかは、脳内ではなくリアルに撃墜したくなるが、これも除外。


 このブログを始めてまだ一カ月くらいだが、既に十機脳内撃墜している。

 俺自身、決して理想が高いわけではないので、撃墜できなかった人も沢山いる。


 撃墜できない場合は、もう一度出会えることを夢見るだけ。

 その出会いが発展したら……?

 そりゃ、さっさとブログ片づけて、その女性と楽しい日々を送ります。当然の助動詞「べし」です。

 普通、そうだと思いますが? 何か?


 確かに目標まで立てているけど、そんなの彼女できたらどうでもいい。

 大体三百以上も撃墜するのに、何年かかるか。

 その間、ずっと彼女なしってことだろ?

 目標達成したって、その後直ぐに彼女が出来る保証もないわけだし。


 ブログに今日の撃墜について書いた。

 これで通算十一機目だ。


 酒も回ってきた。さっさとシャワー浴びて寝ることにするか。



 次の日の朝、バス停でバスを待っていたら、ベビーカーを押した女性が。

 結構若い。しかも美人。


 バスが到着、周りに数名の客がいたが、我先にと乗り込んでいった。

 おいおい、誰も手伝わないのかよ……。


 ベービーカーを押している女性は、結構荷物も多い。どう考えても、手伝わないと難儀だろうに。


 仕方がないな……


「持ってやるよ」

 そう言ってベビーカーを持ち上げた。


「あ、すみません。ありがとうございます」

「いえいえ、軽いですから」

 赤ちゃんがまだ小さいせいか、本当に軽かった。


 車内では、さっき手伝わなかったやつらはこっちを見ようとしない。

 気まずい思いをするんだったら、最初から手伝えよ! と言いたいところだが、世の中こんなもん。俺はその辺達観しているので、いつも通り冷静に。


 バスの中では赤ちゃんもおとなしく、スヤスヤと寝ているようだった。

 まだ生後数ヶ月といった感じだ。

 あの小さな指に、申し訳程度の爪が生えているのが可愛い。

 あと、まだ何の役にも立たないコッペパンみたいな足とかね。


 何の夢を見ているのかわかんないけど、時々ピクッと動く。見ていて飽きないな。


 ってかさ、赤ちゃんって言葉にならない言葉で話すよな。

 俺たち大人は、ものを考える時は言葉でものを考えているわけだ。

 じゃあ、赤ちゃんがものを考える時は?

 頭のなかで『うぎょぎゃぎぎょ……』って考えているのかな……。

 まあ、どうでもいいけど。


 しばらくすると、ベビーカーの女性は手帳を出してきて、何やらチェックをしているようだった。検診とかかな……と。


 ふとベビーカーの女性の手元に視線を移す。

 ゲゲッ! 何だあの爪!

 さっきは気が付かなかったけど、めちゃネイルアートをしていないか?

 しかも、手帳もデコレーションしまくり……。

 スマホのアクセサリーも尋常じゃない量が付いている。


 あのくらいの子供がいる母親って、生活の全てを子供にささげる感じのはずだろ?なんでそんな暇あるんだろ。

 ありえないだろ……。


 絶対に嫁にしたくないタイプ……撃墜!


 朝からいきなり……。




 会社についたら、一階のエレベーター前ホールで黒川さんと白石さんに出会った。

 一礼して挨拶。これも新人研修で黒川さんに教えてもらったことだ。

「おはようございます」

「やあ、おはよう!」


 黒川さんの挨拶は、今日もはつらつとしていて見ているだけで元気が出てくる。

 上下黒のスーツ姿が本当にカッコいい。

 胸元に光るネックレスが上品に輝き、その奥には今朝見た赤ちゃんのお尻くらいの谷間が……。


 いかんいかん……会社の先輩だぞ。

 慌てて目線を違う方向に。


「おはようございます……」

 白石さんは、うつむき加減にやや小さめの声であいさつしてきた。

 何となくギゴチない感じ。

 さっき、他の人には元気よく挨拶していたのにな……。


「やあ、おはよう!」

 できるだけ先輩らしく元気に挨拶したつもりだったが、大丈夫だったかな。


 白石さんに視線を向ける。白石さんも同じくスーツ。ただし、白を基調としたコーディネートが妖精のようなイメージをかもし出している。

 ぶっちゃけ、死ぬほど可愛い。


「あの……」

 小さい白石さんが、さらに小さくなっている。

 ひょいと摘んでパクッと食べてしまいそうな可愛らしさ……。食ってどうする?


「ん? 何?」

 なかなか言い出せない感じだったのでフォローを入れてみた。


「いや、やっぱりいいです……」

 また、それだけ言って、彼女は去っていった。


 何これ? 一番気になって、一番期待しちゃうパターンのやつじゃない?


 でも、まさか朝一番に会社で告白ってことはありえない。

 しかも、直属上司のいる前で。


 昨日のことといい、何かあったのかな……。


 直属上司と言えば、その黒川さんなら事情を知っているかもしれない。

 そんな期待を込めて黒川さんをチラ見。


 黒川さんは両手を開いて、『何のこっちゃ?』のポーズ。

「じゃ」

 黒川さんはそう言いながら軽く手を振って、白石さんの後を歩いて行った。


 その後、エレベーターに乗った俺は、いつも通り四階で降りた。


 部署に入ると、青井さんが開口一番!


「おう! おはよう! 枝草! 社会の窓が全快だぜ! 空気の入れ換えか?」


 ……いつから……? 


 ほとんど脊髄反射で股間を押さえたが、後の祭り感が完全飽和状態。

 今、体中の血管に「しまった!」が超高速でかけ巡っている。

 献血したら、二百CCが三秒以内で満タンになるくらいの速度だ。


 同時に俺の耳には、さっき白石さんが言い出せなかった一言が、今聞こえた気がした。


 死にたくなってきた……。


 部署内では青井さんの笑い声がこだましていた……。

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