屋台その1
「手伝う? 俺が?」
俺は聞き返した。
「本当に迷惑なのは分かっているの! お願い! その日空いている?」
まあ、日程的には空いているが、俺が心配しているのは、そう言うことではないんだけどな……。
「俺にできるのか?」
俺は聞いてみた。
「下準備はこっちでしておくし、時々様子も見に行くようにするから……」
「わかった。了解した」
「わぁ~! ありがとう。ちゃんとアルバイト代も出すからね」
「いらないよ。そんなの。あ、晩飯食わせてくれ。それでチャラだ」
毎年秋に商店街のお祭りがある。商店街の店は、それぞれ近所のグラウンドに屋台を出してお祭りを盛り上げる。龍ちゃんは、一昨年からそのお祭りに参加していて、毎年濃厚麺道はお休みにして、屋台で串焼きを出している。
今年も出店する予定だったが、結構大きなパーティが入ったとかで、店を開けなければいけなくなったらしい。しかも、そのパーティーの主催者が、昔お世話になった人らしく、断るに断れない状況で、今回のこの話になった。
当日は、日曜日ということもあって千も手伝いにくるが、恐らく濃厚麺道だけで、精一杯だろう。最初、龍ちゃんからパーティーの人数を聞いたときに、『本当にその人数がこの店に入るのか?』と聞き返したほどだ。
まあ、店にとっては経済的に非常に潤う話だし、屋台だって俺にできるレベルのことであれば、他ならぬ龍ちゃんの頼みってこともあるし手伝うことはやぶさかではない。
「細かいことは、日が近づいてきたら、また説明するね」
龍ちゃんは大喜びしているようだ。
「……というわけなんですよ」
俺が言うと、青井さんは言った。
「何か、屋台って聞くと大学の時の学園祭を思い出すなぁ……」
あった、あった……。焼き鳥とかホットドッグとか売っていたな……。
「青井さんは何売っていたんですか?」
聞いてみた。
「ああ、俺か? 確かナベだったかな……?」
屋台でナベ?
「ちょっと斬新ですね……」
「当時流行っていたのかな……。どうやって決めたかは思い出せないけど、スチロールの器に、豚汁みたいなのをよそっていた覚えがあるな……」
「調理も青井さんが?」
「手伝ったけど、基本調理らしい調理はなかったな。他のみんなが切った具材とスープの元と水を入れて、グツグツ煮るだけだったしな……。俺が調理したら、せっかくの学園祭に、みんな不機嫌になってしまうしな」
そうだった。青井さんが作る料理は、食べると不機嫌になるまずさだとこの前に聞いた。昔からだったんだ……。
「そうだ! その日、俺暇だから手伝おうか? ちょっと楽しそうだし……。あ、勿論調理はなしな」
青井さんが意外にもこの話に食いついた。
「龍ちゃんから聞いた感じだと、調理は全部先にやっておいてもらえるみたいで、当日は、炭火の上で、それを温める程度でいいらしいです」
「そうか、じゃ、俺は飲み物担当だな!」
あらら、どんどん決まっていくのね……。
「黒川と白石さんに店の呼び込みしてもらうか? 一気に完売して楽だと思うぞ!」
「だめですよ! あの二人使ったら、本当に一気に人が来て、周りに迷惑かけちゃいますよ、きっと」
ありえるし……。
いくら温めるだけっていっても、調理が間に合わないだろうし。でも……、ちょっと待てよ。確か去年までは龍ちゃんが一人でやっていたんだよな。それを楽しみにしている人はいるはずで……、店にきてみたら俺と青井さんのおっさん二人……。
ちょっとだけ手伝ってもらうのは有りかもしれない。あくまで客さんの期待を裏切らないための配慮というか何というか……。決して白石さんと一緒にだと楽しいだろうなぁ……とかじゃなくて。あ、本音がこぼれた。
「枝草?」
青井さん呼ばれてようやく我に返った。
とりあえずは、俺が頼まれた仕事だし、他の人を巻き込むのもどうかと思うので、やめておこう。
「まあ、俺が頼まれた仕事だし、一人でやりますよ」
俺は言った。
「そうか、じゃあ、また人手がいるようなら声かけてくれよ」
青井さんは、親指を立ててにっこり笑った。本当にいい人だ。そのポーズちょっとウザいけど。
そして当日。前日に龍ちゃんの店で、調理器具の使い方とか火加減とかは教えてもらった。屋台の設営までは、千にも手伝ってもらえた。
開店は夕方の五時から。普段は車も通る商店街だが、この日だけは歩行者天国になる。まもなく開始の花火が打ち上げられ、お祭りは始まった。
串焼きは『サテ』とか言う料理だ。ケチャップマニス味とカレー味の二種類だ。タイとかシンガポールの料理らしい。串が日本の焼き鳥と比べものにならないほど長い。
ケチャップマニスってのは、砂糖とおろしニンニクと同量混ぜたものに、ナンプラーって醤油みたいなものを混ぜた調味料で、それだけだとえげつない臭いだ。カレー味もカレー粉とおろしニンニクが同量混ぜられているので臭いはすごい。これに漬け込んだ豚肉の串焼きが『サテ』らしい。昨日知ったけど。
ところが、昨日、それぞれを試食してみたところ、これがびっくりするくらいおいしい。しかも、ビールとかハイボールみたいな炭酸の酒と相性がいい。
龍ちゃんが作るものなので、まずいわけはないのだが、自分が販売する商品に自信があるってのは、売っていて楽しい。
祭り開始から五分もしない内に、初めての客が来た。
「何だ? これ?」
俺は簡単な説明と味を説明した。周りにいた数名も、初めて見る料理だったらしく、興味深げに耳を傾けていた。
そして、最初の客がそれぞれ一本ずつ買ってその場で食べた。
「うまぁぁぁぁいっ!」
まるでサクラを仕込んだかのようなナイスリアクション。それならばと次々に周りの客も買っていく。
「マジうまい! ヤバいかも!」
普段なら、このアホそうなリアクションは、ムカつくところだが、今日は嬉しく感じる。
「なになになに? これマジでありえないんだけどぉ~!」
小汚いビッチ臭もカレーとケチャップマニスの臭いがかき消してくれている。
俺の屋台の周りはたちまち人だかりになった……。
正直、ヤバい。調理が追いつかない。しかもこんな時に限って、商品の受け渡しをモタモタする奴が多い。龍ちゃんがスムースに受け渡しできるようにって一本二百円にしてお釣りが出ないようにしているにも関わらず、五千円札とか出す奴、砕け散ってしまえ! 客だけど。
そんなことを考えながら、必死で店番をする俺。こうなることを予想していたのか、在庫は恐ろしい量がある……。こんなことなら応援頼めばよかったな……。せめて飲み物担当がいてくれると助かるな。延々と串焼きを網に乗せ続けている関係で、俺の手は油まみれ。飲み物を注文されたら、さすがに手を拭かなければ渡せる状態じゃない。そのちょっとした時間さえももどかしく感じるほど忙しい。
「救世主降臨!」
そう言って隣に来たのは、青井さんだった。
俺は抱きつきそうになるほど嬉しかった。抱きつかないけど。
「飲み物と金の受け渡しは俺がやってやる。枝草はその料理温めるのに専念しな」
さすが、先輩。状況を見て、即判断。本人にしか聞いたことなかったけど、仕事できるってのは嘘じゃないかも……。
青井さんの協力のお陰で、効率は一気に向上した。在庫のでかいバットも既に二つ空になっている。一つに百本近く入っているように見えるけど……。どんだけ売れてんだよ……。
結局客足は全然切れることなく、二時間が経過した。さすがに疲れてきた……。横で、青井さんが電話している。
「もしもし? 千か? 飲み物の在庫が怪しい。もうちょっと持ってこれるか? おう……、わかった。じゃ頼んだぞ」
まさに大盛況! ちょっと休憩したいけど……。
しばらくして、千、到着。ガラガラと台車を押してやってきた。
「大盛況みたいですね! 枝草さん、全然休憩取れていないでしょ? 俺、三〇分くらいなら店空けていいって紫音さんが言っていたので、店番していますから、これでも食って下さい」
そう言って、包みを俺に渡した。開けてみると、中には容器が入っていた。
「店で俺が作ったッス。紫音さんもフル稼働だったんで……」
容器を開けると、おにぎりだった。ヤバいぐらいうまそう!
「時間的に、ちょっと早いですけど、次いつ来れるかわからないので、今の内に……、あ、いっぱい作ったんで青井さんもよろしければどうぞ!」
実は、朝から忙しくて今日は殆どなにも食べていない。
「おう! 助かるわ! じゃ、頂くよ」
そう言って、店の隅で俺はおにぎりを食べた。何時間もエスニックな匂いの中にいたので、和食(だよな?)がめちゃくちゃおいしく感じる。しかも、具材が極めて高いレベルのものが入っていて、正直おにぎりで涙が出そうになったのは生まれて初めての経験だった。
「青井さんもどうぞ!」
俺は、青井さんに容器を差し出した。
「じゃあ、遠慮なく……」
青井さんも腹減っていたみたいで、二人であっと言う間に全部平らげた。
「千、ありがとう。全部食べたから容器持って帰ってよ。助かったよ。店の方、頑張れよ!」
「あ、でも後一〇分位は大丈夫ですよ」
「いいから、いいから。店、龍ちゃんが一人でやっているんだろ? 向こうは向こうで大変だろ?」
「了解ッス! じゃ、お言葉に甘えて戻ります!」
そう言って、千は戻った。商店街とそれほど放れていないはずなのに、こんなに遠くに感じるのは何故だろう……。
「よっしゃ! やるか!」
青井さんが気合いを入れた。俺も頑張るか……。
仕事再開。相変わらずじゃんじゃん人が来る。千がかなりの量を網に乗せておいてくれたお陰で、捗る捗る……。次から次へと機械の様に働く俺と青井さん。
「お待たせしました!」
屋台に走ってきたのは白石さんだった。