家飲み
その後、みんなで肉まんを食べた。
当然のようにあり得ないうまさ。散々瑠音さんの料理を食べた後であったにもかかわらず、いくらでも入る。
既に肉まんにつける調味料がセットされていたので、みんなそれぞれを味見し、自分の好みを言い合っていた。さっきの話は何だったんだ……。
それから店を出て、家飲みの材料を買いにスーパーヤスヤスへ。
濃厚麺道で死ぬほど食べたので、惣菜はパス。今食べたら、どんなものでもまずく感じてしまうだろう。とりあえず、飲み物全般を購入、黒川さんと白石さんはお菓子をかごに入れていた。別腹とかいうやつだろう。俺には理解できないが……。
間もなく我が家に到着。
「おじゃましまーす! あ、本当に何にもないな……」
黒川さんの感想。
「ええ、想像以上でした……」
白石さんの感想。
たしかに、テーブル、パソコン、小さな本棚、ベットくらいしかないな。自分でも驚いた。今更だけど。
「テレビない家って初めて見たな……」
黒川さんが言った。
「あ、パソコンで見れるんで……」
俺は返した。
「そんなことができるのか? この間の私のパソコンでもできるのか?」
黒川さん凄い食いつきようだ。
「できますよ」
「今度その方法を教えてくれないか?」
「了解しました」
「見えないところにはいろんなものがあるんだよ。男の部屋ってやつは……」
青井さんの意見。ところが、見えないところにも何もないのが俺の部屋の凄いところだ。ちょっと空しいけど。確かにパソコンの閲覧履歴とか見られたら、息を止めて自殺するくらいの勢いだが……、あ、そこが見えないところか。ちょっと感心した。青井さん。
スーパーの袋からいろいろ取り出して、さあ、家飲み開始だ。
話題は、さっきの瑠音さんの話から、毎日の生活の話になっていた。
黒川さんが最近ブログをつけ始めた件。みんなはやたらとそのアドレスを知りたがったが、個人的な楽しみだからということで、教えてはもらえなかった。わかるわかる。
白石さんは、お菓子作りの話。最近は和菓子も作ったりするようになったとのこと。ただ、一人暮らしなので、張り切って作ってしまうと、食べるのが大変なだけだって嘆いていた。
青井さんは、時々自炊するようになったようだ。龍ちゃんと千の影響だとか。ただし、不機嫌になるくらいまずいらしい。
話題は予定通りであれば、次は俺の番。しかし、俺には何にもない。順番が回ってきたらどうしよう……。
青井さんは言った。
「枝草は、これといった趣味はないって言ってたよな。でも、お前と関わっていると、いろいろ影響されるよ」
まあ、そう言うことになるのかな……。
「私もそう思う。枝草くんと選んだパソコンが気に入りすぎて何か触っていたいと思っているうちにブログ始めていたな」
黒川さんが言った。
「私も、前にお菓子を作る話を枝草さんにしたときに、『イメージ通りだ』って言われて拍車がかかったというか……」
白石さんも言った。
「枝草はそう言うやつなんだろうな。なんか関わっているといろいろ得ることが多いんだよ。自覚はしていないだろうけど」
青井さん、それ褒めてます?
「枝草くんは人をよく見ているんだよな。見られている立場からすると、見守られる心強さっていうのかな。そう言うのが感じることができるんだ。新人研修の時に、必死で私の話に食いついてきた時、私は『心は伝わっている。全力でぶつかろう!』って思ったもの」
黒川さんが言った。
「私もそう思います。前に黒川さんに教えてもらったサイトの人もそうですが、本当に枝草さんは気付くことができる人だと思います」
……え? 黒川さんに教えてもらった?
「ああ、あのサイトか。傑作だろ! 私はバスで寝ぼけてカード読みとり機にパン乗せてた女の人の話は、声を出して笑ってしまったよ……」
「ああ、その話、私も笑いました」
思い出したのか、クスクス笑う白石さん。相変わらず可愛いぞ!
「何だ? そのサイト。俺にも教えてくれよ……」
青井さんは言った。
「いいですよ」
白石さんは答えた。
「枝草、ちょっとパソコン借りていいか?」
青井さんは俺に聞いてきた。
……どうする? 俺。ええい! 何とかなるだろ!
「いいですよ。俺も白石さんに教えてもらってブックマークしているからサイト立ち上げますね」
そう言って、パソコンの電源を入れた。
「あと、コメントも面白いですよね。私は投稿したことはありませんが、ネットの調子が悪いときは、スマホ振っちゃいそうになりますよね」
と白石さん。いや、白石さんは可愛いから何してもいいけどね。
「ああ、私は『叩く派』かな? 実家で母親が写りが悪くなったテレビをよく叩いていたのを見てきたからかな」
黒川さんはそう言って、ポケットから出したスマホをノックするように指の間接で叩いて見せた。
ようやくパソコンが立ち上がり、俺のサイトへ。
「青井さん、繋がりましたよ。このサイトです」
俺が言うと青井さんがパソコンのところまでハイハイしてやってきた。
「しばらく勝手にやっておいてくれ、俺はとりあえずこのサイトを全部読むことに専念する。ああ、黒川。悪いが俺のビールを取ってくれ」
黒川さんからビールを受け取ると、青井さんはパソコンに没頭し始めた。
それから、紅茶の話になったり、龍ちゃんの実家の話になったり……。
しばらくして、青井さんも合流。
「確かに面白いな。あのブログ」
「でしょ? いつもあの着眼点の鋭さに感心する。例えばあの……、あ、パソコンの電源切ったんですね?」
と黒川さん。
「ああ、ダメだったか。黒川と白石さんは既に読んでいると思って……」
青井さんは言った。
「まあ、内容は覚えているからいいけど……、あのペンの持ち方の下りは、私も同感で……」
それからは、俺のサイトのネタで盛り上がり始めた。
気が付いたら夜中の二時を回っていた。
「あ、もうこんな時間だ……。那由多、そろそろ帰ろうか?」
黒川さんは言った。
「そうですね。そろそろ……」
「じゃ、タクシー拾えるところまで送るわ」
青井さんが言った。
「じゃ、俺も……」
俺は立ち上がろうとした。
「みんなで外出たら、次の店に行ってしまいそうだな……」
青井さんは言った。
「枝草くん、この食器棚の一番下に、残ったお菓子を入れておくね。次来たときの為に取っておいてね」
俺の部屋は溜まり場決定ですか? ま、いいけど。今だって、かつて経験したことがないほどのいい匂いが部屋に充満している。俺と青井さんのおっさんエキスの成分をことごとく分解&消臭している。明日朝起きたときは、俺と青井さんの臭いに変わっているんだろうなぁ……。
「了解です。自由に使って下さい」
白石さんは『そんな……、そんな……』って気を使ってくれているけど、特に問題なし。ついでにもっと動き回ってそのできるだけそのいい匂いを拡散してくれって俺ちょっとキモいか?
四人で外に出た。さすがに九月下旬ともなると、夜は寒い。するとそこに一台のタクシーが。大通りに出る前に難なくタクシーをゲット。二人は車に乗り込み帰っていった。
部屋に帰ると、青井さんが飲み直しだって言って冷蔵庫からビールを二本取ってきた。
まあ、女性がいたら、がぶ飲みできないしな。俺も飲み直すことにした。
「枝草、あのブログ、お前だろ? 書いているの」
俺はビールを吹き出しそうになった。何で分かったんだ?
「何で分かったって顔をしているな。簡単だよ。あのサイト、ログインしていただろ……」
しまった! うっかりしていた。自動ログインしていたんだった……。
「どうも、黒川と白石さんは知らないみたいだったから、一応ログアウトして電源切ったんだがな……。何で自分だって言わなかったんだ?」
あたりめを一本くわえて青井さんは言った。
「別に隠す気はないんですがね。内容が内容だし、あまりにも白石さんに絶賛されてしまって、言い出すタイミングを失った感じで……」
俺は白状した。
「そうか、じゃあ、言いたくなったら俺が代わりに言ってやる。そんな隠すような内容、どこにもなかったじゃないか」
「まあ、そうなんですけどね……」
俺は答えた。
「この件は、基本俺は忘れる。後はお前に任せることにする。それでいいな?」
「了解です……」
今後のことは明日以降に考えることにする。
「それにしてもさ、何で枝草には、こんなに女との出会いがあるんだ? 何か持っているんだろうな……」
少し納得のいかない表情の青井さん。
「だったら、とっくに誰かと付き合っていると思うんですけど……」
俺は返した。
「そうか……。まあ、いいや。とりあえず飲もうぜ!」
それからはあんまり覚えていない。とにかくよく飲んだ。
朝起きたら、青井さんの姿はなかった。っていうか起きたのが昼過ぎだったんだけど……。スマホを見たら着信が一件。龍ちゃんからだった。
『昨日はありがとう。今朝お兄ちゃんから連絡があって、実家に戻ることにしたみたい。今働いている店のこともあるから、ちょっと先になりそうだけど……』
なんにせよ、解決したならそれはよかった。早速返信。
更に返信。
『お兄ちゃんから伝言で、俺をお兄さんと早く呼んでくれ。だって! 私はいつでもOKだからね』
いや、とりあえず今回は見送らせてもらうことにする。それにしても、俺は何で龍ちゃんじゃだめなんだろう……。全てにおいて理想的だと思うのだが……。一度問いつめてみたい。自分の心に……。少なくともこの猛烈な二日酔いがましになってからけどね。
とりあえず、水飲んでもう一回寝ることにする。お休み……龍ちゃん。