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瑠音さん

 今日は朝からちょっと体が重かった。仕事は何とかこなせたけど、夕方から一気に元気がなくなってしまった。


 久しぶりに濃厚麺道こてつきめんどうで飯でも食って、元気だそうかな……。明日は休みだし。


 仕事が終わって、会社を出た。


「枝草くん、お疲れさま!」

 後ろから声をかけたのは黒川さん。横には白石さんもいる。

「お疲れさまです。今日は夕方から一気に涼しくなりましたね」

 にこにこしながら白石さんが言った。


「おう! 揃っているな!」

 青井さんだ。


「たまたま今出会っただけですよ?」

 俺が言うと、黒川さんと白石さんは『あれぇ?』みたいな顔をしてお互いの顔を見合わせている。


「まあな、枝草には言ってなかったし。今日の集合場所は『枝草』なんだよ」

 青井さんはヘラヘラ笑いながら言った。

 何だそれ? 集合場所が移動する人間ってどういう発想だ? ある意味その斬新なアイデアに、感心してしまうわ。

 「で、何の集合ですか?」

 俺は聞いてみた。

 青井さんは、『そんなこともわかんねぇのかよ~』ってな顔をして言った。

「え、濃厚麺道こてつきめんどうに行くに決まってんじゃないか」


 横で、黒川さんと白石さんもうんうんと頷いている。

 え? 『行くか?』って聞かれるんじゃなくて? てかその前に『今日、用事あるか?』すらも省略なのね。まあいいけど。


 「じゃあ、行こうか。あ、枝草、今日酒飲みたいから泊めてくれ」

 青井さんは言った。

 「いいですよ。何にもない部屋ですけど」


「初めてだな。枝草くんの部屋に行くのは」

 黒川さんも言った。横で白石さんも頷いている。

 ちょっと待て!

「お二人も俺んち来るんですか?」

 それは、余りに衝撃的な展開。俺の部屋は女人禁制というわけではないが、とてもじゃないが、会社のツートップをご招待するような部屋ではない。


 明らかに動揺する俺に青井さんは言った。

「いいじゃねぇかよ。みんなで『家飲み』しようぜ!」

 いや、青井さんはいいかもしれないけど……。


「やっぱりご迷惑なんじゃ……」

 白石さんは黒川さんに言った。


 黒川さんは腰に手を当て、凛としたポーズで言った。

「迷惑がらないやつの部屋に行って、何が楽しい? 仲間と『家飲み』ってのを久しぶりにしたいだけだ。まあ、心配しなくても、適当なところでタクシー拾って帰るから問題はない!」

 いえいえ、凛とはしてますが、言っていることはめちゃくちゃです!

「ま、そういうことだから……」

 青井さんが言った。


 なんだか、拒否権もなさそうだし、流れに任せるか……。


「本当に何にもないので、ちょっと買い出ししてから帰りましょうね」

 一応それだけは念を押しておいた。


「じゃ、濃厚麺道こてつきめんどうへ行こう!」


 いつもは一人で乗っている電車に四人で乗っていることがものすごく不思議な感じがした。

 ここしばらく、周りの頑張っている姿や、いろんな事情とかを耳にしたことで、自分自身に不安を感じていたこともあって、いつも帰りは暗い気持ちになっていた。

 でも、今日はにぎやかで楽しい。あっと言う間に駅に着いた。


 青井さん、俺が元気ないのを気遣っての今回なのかな……。さりげなくそういうことをするものな、この人。


 駅から歩いて間もなく濃厚麺道こてつきめんどうに到着。早速店に入った。


「いらっしゃい! あ、みなさんお揃いで……」

 今日も龍ちゃんは元気で美人。

「四人だし、座敷行くね」

 そう言って、座敷に向かった。

 座敷には、一人男が座って、酒を飲んでいた。

「ゴメン、お兄ちゃん、カウンターに移動してくれる?」

 龍ちゃんは言った。

「わかったよ。今移動する……」

 そう言って、男は酒の瓶とコップを持って、立ち上がった。


「お兄ちゃん?」

 俺は龍ちゃんの顔を見て聞いた。

「うん、たまたまこっちに来る用事があったらしくて……。瑠音るおんお兄ちゃん」

 龍ちゃんはちょっと嬉しそうだ。お兄ちゃん大好きなんだな……。


 すると男はケラケラ笑って、言った。

「嘘付け! 紅音から紫音が親父ともめてるって話を聞いたから、様子を見に来たんだ! 一度、その『枝草』とか言うやつにも会いたいしな」


 青井さん、黒川さん、白石さん、龍ちゃんの四人が黙って俺を指さした……。


 何だ? 俺、どうなるの……?



 五分後……。


「いやあ、気に入ったよ! さすが俺の妹だ! いい人を見つけたな」

 瑠音さんは言った。


「だから、違うって何回も言っているじゃない!」

 龍ちゃんは必死で訴えている。


「結構お似合いに見えるが……」

 黒川さんも笑っている。


「でも……、でも……」

 白石さんは何か言いたそうだけど……。


「俺じゃ、ダメなのかよ~」

 青井さんは、泣いている……。


 この五分間、客足が引いたこともあって、龍ちゃんが瑠音さんに大体の説明をした。俺もこの間龍ちゃんから事情を聞いていたので、龍ちゃんが調理に入ると、俺が代わりに説明した。


 瑠音さんは、拍子抜けするくらいあっさり納得してくれた。


「実は、紅音から家の様子は聞いていた。それに、紫音のすることは小さい時から大体想像がつく。だから今回も家継ぐ話を断るための口実だろうってすぐわかった。俺に継がせたいんだろ? 紫音は」

 そう言って龍ちゃんを見て笑った。


「ただ、まだ親父とは和解する気にならねぇ。かといって、紫音に面倒がかかるのは俺としても忍びない。もう一度、親父と話して、白黒つけようかと思ってこっちに来た。ごめんな、紫音」

そう言って龍ちゃんの頭を撫でた。


「何の白黒ですか……? あ、すみません! 込み入ったことを聞いてしまいました」

白石さんは小さくなって謝った。


「いや、気にしないでくれ。寧ろ『よく聞いてくれた!』といってもいいかもしれん……」


 そう言ってちらりと龍ちゃんを見て言った。

「紫音、ここにいる人たちは、お前の味を理解できる信頼の置ける人たちなんだな?」


「うん、間違いないよ」

 龍ちゃんは返した。


「では、この人たちに試食をしてもらうことにする。紫音、ちょっと厨房を借りるぞ」

 そう言って、瑠音さんは、厨房に入っていった。


「ちょっと待っとれ!」

 そう言って、バンバン音を立てながら、瑠音さんは冷蔵庫と冷凍庫をチェックした。


「全員、腹減っているよな?」

 俺達に言った。

 ちょっと忘れていたけど、この店に来てからまだ龍ちゃんが出してくれたお茶しか飲んでいない。全員腹ぺこだ。


「紫音の味でも金龍菜館の味でもない、俺の味を振る舞ってやる!」


 瑠音さんはそう言って、ガンガン料理を作り始めた。龍ちゃんがそれを運んでくる。どれもやばいくらいにいい匂いだ。


「私も久しぶり、一緒に食べていい?」

 龍ちゃんはそう言った。


 俺達は、特に断る理由もないので、一緒に食べることにした。龍ちゃんのお兄さんなら、料理もかなりの腕なんだろう……。


 全員一口食べて絶句した。何だ? このうまさ……。

 もの凄く高い次元での話だけど、ひょっとしたら龍ちゃんよりおいしいかもしれない……。金龍菜館よりも……、そして紅音さんよりも……。


「すごーい! お兄ちゃん! お兄ちゃんが一番おいしい!」

 龍ちゃんはそう言った。確かに今まで口にしたものの中で、もっともおいしいといって間違いないうまさだ。


 みんなまだ無言だ。あまりのレベルに感想が言えない……。


「驚いた……」

 黒川さんが言った。

「凄すぎる……」

 青井さんが言った。

「涙が出そうです……」

 白石さんが言った。


 本当に大げさじゃなくってそんな感じなんだって!


 ケラケラ笑いながら、瑠音さんは言った。

「あったり前だろ! でなきゃ、親父の味を再現できるわけないっての! 大は小を兼ねるってやつか?」


 あっさりそう言ってのけた。


 それからしばらくして瑠音さんが厨房から出てきた。

「今日は、ゆっくりしていってくれ。今から発酵に入るから、ちょっと時間がかかる」


 龍ちゃんは、言った。

「私の分もあるの?」

 瑠音さんはにっこり笑って親指を立てた。


 俺たちは、瑠音さんの料理ができるまで、濃厚麺道こてつきめんどうで飲むことにした。


 龍ちゃんは、そろそろ店じまいの支度をしていた。


 「できたぞ!」

 そう言って、瑠音さんは蒸籠せいろを何段も重ねて持ってきた。

 ついでに小皿を何枚も持ってきた。


「これから、率直な意見を聞きたい。肉まんにつける調味料についてだ」

 そう言って、瑠音さんは小皿に少しずつ調味料を入れ始めた。その時、黒川さんが言った。


「あまりにタイムリーな話で、少し驚きましたが、それについては、私とここにいる青井の二人に関しては既に決着が付いていますが……」

 凛とした表情で、答える黒川さん。横で青井さんも頷いている。


「ほう……では、食する前に、その結論とやらを聞かせてもらおうか……」

 不適に笑う瑠音さん。


 黒川さんは一度青井さんの目を見て、何かを確認した。青井さんは、大きく頷いた。


「何もつけないです」


 予想はしていたけど、このタイミングで言い切る黒川さんの度胸、すげぇ!


「酢醤油やからしといった調味料は、好みだけの問題になるような気がします。自分の好きな味にするのだから、誰でも自分の方法が一番だと思っています。そんな状況で、どれが一番の調味料かといった論争に意味を持たないことに気が付いたのです」


 瑠音さんは、少し驚いた表情をしている。


 青井さんが次は話始めた。

「二人でその結論に達したときに、一度そのままで食べてみようということになり、あちこちの肉まんを試してみたんです。そこでわかったことは、そのまま食べるとうまいものもあればそうでないものもある。しかし、調味料をつけるとどれでも食べれてしまうんですよね。それって、料理がうまくなっているというより、誤魔化している感じがしたんですよ」


 瑠音さんは、目を瞑って頷きながら聞いている。


 白石さんが言った。

「実家では私が作った料理に、父は醤油を、母はソースをドボドボかけて食べます。その両親に『那由多の料理はおいしいねぇ』って言われても全然嬉しくありませんでした……」


 その状況を想像するだけで、同情するな……。可哀想な白石さん兄弟……。


「そう言えば、千は、『一口食ってから考える』って言っていたな……」

 俺は言った。そう考えると千の意見が正解かもしないな。さすがだな。千。


 今まで黙って話を聞いていた瑠音さんが言った。

「よくわかった! 恐らくそれが正解だ! 少し考えればわかることだった。親父との間の話だったから、お互い意地の張り合いをしていただけかもしれねぇ……」


 なんか、解決しそうな流れだな……。


「お兄ちゃん……」

 龍ちゃんが言った。

「分かってるって……」

 瑠音さんが返した。

「そうじゃなくって……」

「なんだ?」


「みんな早く食べたくてうずうずしてんだけど!」


「同感!!」

 全員で叫んでしまった。

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