表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/31

青井さんと黒川さん

 何とかその場で弁解し、誤解は解けた……かな。しかし、何でそんな話になっているんだろう……。今度店に行った時、聞いてみることにしよう。


 料理は、素晴らしかった。確かに龍ちゃんの料理とは味が違うが、とにかくおいしい。四人とも、料理が来てからしばらくは、全員無言で食べ続けたほどだ。


 龍ちゃんのお友達特典としては、紅音さんのオリジナル料理を出してもらった。これがまた、お父さんとも龍ちゃんとも違う味なのだが絶品。ただ、龍ちゃん同様、それが原因でこの店では出せないとのこと。


 紅音さんは自分の店を出すことについては、全く興味はないらしい。勿体無い……。龍ちゃんが店を出して、こちらの方の人手が足りないので手伝っているだけだと言っていた。


 紅音さんは、料理を運んでくる度に、龍ちゃんの様子を聞いていた。紅音さんがどれほど龍ちゃんを大切に想っているかがよく分かった。


 店を出て、俺は電車で帰ることにした。青井さんは、送ってくれるって言ったけど、断った。


 白石さんは、何かこっちでしか手には入らない紅茶の葉を扱っているお店があるとかで、その店に向かった。


 結局、青井さんは黒川さんだけを送って帰ることに……。


 駅の改札……。前の女性が切符を入れ、取らずに行ってしまった。俺は代わりに切符を取って、その女性に渡した。

 「あ、すみません。ありがとうございます」

 女性はそう言って切符を受け取った。

 最近カード読み取りでどこでも通過できるようになっているから、ワンアクションが身に付いてしまっているのかもしれないな。俺も同じことしかけたことあるし……。


 その女性とは同じ電車に乗ることになった。

 見た目はまだ若い感じで、黒髪のロング。顔立ちは整っていて、結構美人だ……。


 横座りの電車。彼女は向かいの席に座り、上着を脱ぎ始めた。

 上着を脱ぐと、下は半袖のブラウス……。

 あれ? 脱いだ上着をぐじゃぐじゃに丸めて……?  しかも、半袖のブラウスから出ている腕、肘が汚い……。しかも足はだらしなく投げ出されて赤ちゃんみたいな『イカ型』……。


 まるっきり信じているわけではないが、手入れの行き届かない女性であることは間違いないわけで……。


 ……撃墜。


 帰宅した俺は、早速ブログに投稿。

 シャワーを浴びて、さっさと寝た。



 次の日、いつものように出勤。 会社の玄関で青井さんに出会った。

「よう! おはようさん」

「あ、おはようございます」

 青井さんはいつも俺より先に出勤していることが多いので、会社の玄関で合うなんてちょっと久しぶり。しかも、青井さんは随分と眠そうに欠伸あくびを連発している。


 一階のエレベーターを待っているとき、青井さんは言った。

「あれからさ、黒川送っていく途中、激論大会になってさ……。結局、喫茶店で話し込んで朝四時まで……」


 朝四時まで? 解散したのが、九時過ぎだったから、七時間近くも話していたってこと? 一体何があったんだ?

 恐る恐る、その内容を聞いてみることにした。

「差し支えなかったら……」

 言いかけたとき、エレベーターが四階に到着。そのまま仕事に入ったので、聞けないままになってしまった……。


 昼休み……。食堂に行くと、青井さんが手を振っている。黒川さんと白石さんも一緒だ。

「こんにちは。枝草くん」

 黒川さんが言った

「あ、こんにちは。珍しいですね、二人とも食堂なんて」

 俺は返した。

「そうなんです。本当に偶然で……」

 白石さんは言った。


「それはそうと、黒川。昨日の話の続きだけどな……」

 青井さんは黒川さんに言った。

「いや、青井さん、その件については私も絶対に折れる気はありませんから」

 若干黒川さんにも疲労の色が見える。


 なにやら緊迫した空気……。

「ひょっとして、青井さん、昨日の話ですか?」

 聞いてみた。

「おう! 枝草の意見も欲しいな。黒川がな、肉まんには酢醤油だと言って聞かないんだ。俺はからしだと思うのだが……」

 何だ? その話題?

「俺は、ウスターソースですが……」

 そう言うと、横から白石さんが言った。

「え? ポン酢じゃないんですか?」


「何だと?」

「何だって?」

 青井さんと黒川さんの目の色が変わった。


 どうも俺たちはとてつもない地雷を踏んでしまったようだ……。っていうか、この二人、昨日七時間もそんなくだらないことを語っていたんだな……。二人の意外な一面を見れたような気もするが、俺にとってもは本気でどうでもいい。しかも、この流れだと、そのバトルに巻き込まれかねない……。さっさと退散しておこう……。


「俺、飯買ってきます……」

 既にランチを目の前にある白石さんは身動きができず、土砂降りの雨の中の子犬のような目で俺を見ている……。そりゃあそうだ。白石さんにしたって、こんなくだらないバトルの巻き添えになるのはいやだろうな……。


「何だか、今日沢山食べたいなぁ……、白石さん運ぶの手伝ってくれない?」

 自分でも驚くくらいの猿芝居。通用するのかと思いきや、既に青井さんと黒川さんは二人で議論を始めている。

 白石さんは、そっとオムライスとスープの乗ったお盆を持って俺の方へやって来た。


「今日は、お邪魔をしない方が良さそうですね……」

 白石さんはそう言った。

「じゃ、こっちの席で待っていてくれる? すぐにランチ買ってくるから」

 俺はそう言った。

「あの……、お手伝いは……?」

「あはは、必要ありませんよ。すぐ戻りますね」

 二人で移動した辺りから、周りの視線はやや厳しいものになったが、さっきの青井さんと黒川さんの視線に比べたらまだましな方だ。

 俺はさっさとAランチを買って、席に戻った。

「先食べていればよかったのに……」

 俺が言うと、白石さんばフルフルと首を横に振った。

「では、いただきます」

 ようやく俺と白石さんの食事は開始した。


 遠目でよく分からないけど、青井さんはまだ何も食べていないようだ。黒川さんは食べながら依然としてさっきのバトルを繰り広げているようだ。

 おや、時々、青井さん、黒川さんのランチをつまみ食いしているぞ……。仲いいなぁ……。


「激しいですね……」

 白石さんが言った。

「そうだね。二人とも引かないことには絶対に引かなそうだし……」

 青井さんは、ああ見えて結構頑固なところがある。俺は経験上よく知っている。


「枝草さんて、本当に人をよく観察されていますよね」

 白石さんは言った。

「そうでもないよ、結構適当だと思うけど……」


「そう言えば、前に私がお気に入りだって言っていたサイト、ご覧なられましたか?」

 ……ご覧なられるも何も、俺のサイトなので……。


「あ、うん。時々は……」

 また適当な返事をしてしまった。


「あのサイトの管理人さんって、枝草さんとよく似ているなぁって思います」

 ……うぐっ……似ているも何も本人なので……。


「どうして?」

 ああっ! また聞いてしまった。


「昨日、駅で枝草さんを見かけたんです。紅茶を買った後です。 その時に枝草さんが、改札で切符を取り忘れた人を追いかけて行っているのを見たんです。そして、昨日のブログの記事が、全く同じ内容だったので……」


「結構ありがちなことじゃ……ないか、な?」

 ちょっと動揺している俺。絶対にバレてはマズいことではないが、ここまでシラを切ってしまった以上、今更本当のことは言いにくい。


「何だぁ、枝草さんじゃなかったのですね。そうですよね……」


 いえいえいえいえいえ、名探偵ですよ! 白石さん。


「でも、昨日の撃墜のお話で、思わずお風呂で肘ばっかり洗ってしまいました」

 『エヘッ』って舌を出して笑う白石さん。もはや殺人的な可愛さ。周りの視線が厳しい……、気がする。だって、怖くて周り伺えない。正面の遠くに青井さんと黒川さんがまだバトルをしているのだけは見えるけど……。


 そして昼休みは終わった……。


「ああ! 腹が減った!」

 青井さんは、夕方騒いでいた。

「お昼、結局食べなかったんですか?」

 俺は聞いた。

「食ったけど、黒川の飯をつまみ食いしただけだったからなぁ……。あいつサラダとか、サンドイッチとか、ペラペラした女みたいなもんばっかり食っているから、多少つまみ食いしても全然腹の足しにならなかったよ」


 もはやつっこみどころが多過ぎて、何て言っていいかが分からない。青井さん、睡眠不足と空腹でちょっとオカシくなっているみたいだな……。


 それ以来、青井さんは何も言わなかった……。単純に居眠りしていただけだけど。まあ、今日はそれほど忙しくなかったので、代わりに全部俺がやった。

 終業時間になっても、まだ寝ている様子だったので、俺は青井さんを置いて、会社を出た。


 最寄りの駅に着き、向かったのは……。

 そう、濃厚麺道こてつきめんどう

 ちょっと昨日のことで聞きたいことがある。まもなく店に到着。


「いらっしゃい! あ、京ちゃんだ!」

 いつもにこやかフレンドリーな龍ちゃん。

「千円で」

 これが俺のここでの注文方法。常連気取っているわけではなくて、これ以外の注文を龍ちゃんが聞いてくれんだけだ。

「了解!」

 龍ちゃんは何やら調理を始めた。

「昨日さ、金龍菜館へ行ったのよ。青井さんと黒川さん、白石さんと俺で」


「え?」

龍ちゃんが明らかに動揺している……。


「オーダーは、紅音さんに取ってもらった」

「あ、お姉ちゃんだ……」


「それは紅音さんから聞いた。ただ、その後お父さんも俺に会いに来られた」

「お父さんが!?」

「うん、俺の顔を一度見ておきたかったって……」


「京ちゃんゴメンッ!」

 中華鍋をほったらかしにして、頭を下げ、頭上で手を合わせて謝った。

「これにはいろいろ事情があってさ……」


 龍ちゃんが全開で謝るのは、付き合いこそ長いが初めてのことだ。

 龍ちゃんのしたことだから、今更言い訳なわけがないが、事情は聞いておくことにする。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ