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金龍菜館

 朝、出掛けにテレビでやっていた星占いは堂々の一位。

 バス停に向かう途中、小学生(多分一年生くらい)とすれ違ったが、俺の顔を凝視し、目が合ったところで何故だか力強くうなずいてくれた。


 とりあえず、今日の俺は何か持っていると考えて間違いないだろう。いいことが起きそうな予感がする。


 台風が近づいているとかで、天気は生憎あいにくだが、こういう日は初っぱなから気分がよろしい。

 しかし、得てしてこう行った期待は裏切られることも多い。過度の期待は控えておこう。何といっても、俺のウリは『冷静』だしな……。


 バスでは、隣に赤ちゃんを抱っこしたお母さんが座っている。赤ちゃんにもわかるのだろう。今日の俺は持っている。じっと俺の顔を見た後、にっこり笑った。


 その可愛い笑顔に俺の表情も思わず緩んでしまう。思わず笑い返してしまった。


 すると、その赤ちゃん、今まで歯のない口で散々しゃぶり尽くしたであろうビスケットを俺に差し出した。


 どうも、親愛の証として俺にプレゼントしてくれるつもりだろう。赤ちゃんにとってのビスケットの重要性を考えたら非常に光栄ではあるが、半分溶けたべちゃべちゃのビスケット。貰うわけにはいかない。ってかめちゃくちゃ臭いから、さっさと手を引っ込めろ!


 しばらく放置していると、赤ちゃんも諦めたのかまたビスケットを自分の口に戻した。一件落着。



 駅では今日も同じ光景。

 ここ数日、駅のホームが暑過ぎたので、僅かながら改札の冷風の恩恵に授かることのできる階段付近で待機している人もいたが、今日は、比較的涼しいこともあって、みんなホームに待機している。


 ホームに電車が滑り込んできた。いつものように『f』の連中は一様にちらりと電車を確認し、また『f』に戻る。

 電車に乗り込み空いていた席に座った。

 隣はOLらしき女性。俺から見たら超人的な速度でメールを打っている。その昔、ガラケーでの入力速度は早いのに、普通のパソコンになると極端に遅くなる人の為に携帯電話型のキーボードが売っていたな。あれ、結局使っている人いたのかな。


 そんなことを考えていたら、女性はちらりと俺を見て、スマホの向きをクイッと変えた。


 ……別に君のメールにも興味はないんだけどね。


 男なら一度は叫びたい一言だと思う。確かにメールを打っているときに他人にのぞき込まれたら誰だってイヤだとは思う。でも、女性の異常な自意識過剰とも思えるあの反応は、その気の無い者にとっては、最高に傷つく。


 次の駅で、その女性は降りていった。

  

 折角のテンションマックスの出だしに大きな陰りを残されて、何とも不愉快の気持ちのまま会社に到着。


「おはようございます」

「おう! おはようさん!」

 部署に入ると、青井さんがいつも通り明るく挨拶してくれた。


「そう言えばさ、枝草って紫音さんの実家の店に行ったことがあるか?」

 青井さんが話してきた。


「いえ、実家も中華料理屋だって話は聞きましたが、一度も行ったことありませんね。青井さん、行ったんですか?」

 聞いてみた。


「実はな、紫音さんの実家ってのが、俺んちの近所だったんだよ」

「どうしてそれを?」


「この間の休みに濃厚麺道こてつきめんどうへ行ったんだけど、その時に教えてもらった」

「で、行ったんですか?」


「そりゃあな。ただ、とんでもない有名店なんだな、金龍菜館って」

「そうですね。結構有名ですよ」


「なんだ、枝草知っていたのか……」

「ええ、行ったことはないですが……、でどうでした?」


 龍ちゃんの実家の店の味は、俺も興味ある……。

「それがな、紫音さんの味と全然違うんだよ。でも、これはこれでめちゃくちゃうまいんだよな……」


 だろうな……。同じ食材と同じ調味料使っても全然違う味になっちゃうから、龍ちゃん独立したって言ってたものな。


「で、だな。俺は考えたんだ」

 青井さんの目がキラリと光った……気がした。


「名付けて、『紫音さんのルーツを探れ! まずは実家の味を体験しよう! ツアー』ってどうだ?」

 青井さんはウザいくらいのドヤ顔だ。鼻の穴が若干広がっている。ヘタしたら、小太鼓叩いて、パフパフ鳴らしそうな勢いだ。


「どうって言われても……」

「行くか? 行くだろ? 行きたくて仕方ないだろ?」

 青井さん、グイグイ来過ぎ! ってか完全に龍ちゃんの虜だな……。


「青井さんが行くならお供しますが……」


「どうせなら、黒川と白石も誘うか?」

ほとんど俺の返事を聞いちゃあいない……。


「お任せします……」


 黒川さんと白石さんなら行きたがるだろうな。二人とも龍ちゃんのファンだし。


 青井さんは、昼休みに『襲撃じゃぁ~!』とか言って、総務へ行ってしっかりアポ取ってきた。


 仕事が終わり、四人が集合。勿論俺と青井さん、黒川さん、白石さんだ。

 龍ちゃんの実家の店は俺も興味あるが、他の三人のテンションが上がりすぎて、若干萎縮している俺。


 青井さんはこうなることを予定して、車で出勤してきていたので、全員車に乗り込み、出発。

 程なく店に到着した。


 青井さんに案内されて店の前へ。 


 ちょっと驚いた。金龍菜館は、思っていた以上に豪華で大きな店だった。有名店だと誰かに聞いたことがあった程度で、ここまで立派な店だとは思わなかった。


 「四人で予約していた青井ですが……」

 受付で青井さんが言った。


 「青井様ですね。お待ちしておりました、ご案内致します……」

 ビシッと背広を着た男の人が案内してくれた。


 ……中華版の高級料亭じゃね?


 通されたのは、個室だった。そこに四人が入室。

「随分立派な店ですね」

 俺がそう言うと、黒川さんと白石さんも横で頷いている。


「だろ? でも値段はそうでもないんだよ。庶民でも十分楽しめる価格設定なんだぜ。俺のすることだ、ちゃんと押さえるところは押さえているって!」


 青井さんのドヤ顔は最高潮。『俺は知っているんだぜ』感が半端ない。女子高生の『アタイら無敵』感に匹敵するくらいの勢いだ。


 ところが、黒川さんも白石さんも完全にテンションが上がっていて、青井さんを羨望の眼差しで見ている。

 「あの金龍さんが生まれ育った実家の店だ、非常に楽しみだな……」

部屋を見渡しながら、黒川さんは感慨深そう言った。


 「ええ、私も前々から紫音さんのご実家のお店に一度お邪魔したいと思っていましたから、とても楽しみです。」

 白石さんは、両手をグーにして喜んでいた。


 まもなく、オーダーを取りに店員が来た。

 さっきの背広の男ではなく、チャイナドレスを来た綺麗な女性だった。ちょっと龍ちゃんに似ている。


 「さて、本日は、金龍菜館にお越しいただきまして、誠にありがとうございます。早速ですが、こちらがメニュー表になります。中にはコースもございます。オーダーの方、お決まりになりましたら、こちらのボタンで呼び出して頂けましたら、伺いますのでよろしくお願いします」


 顔はよく似ているけど、龍ちゃんとは正反対の雰囲気……。


「枝草、黒川、白石さん、メニューは俺が決めていいか?」

 青井さんは俺達にそう言った。

 ここは何も知らない俺達があれこれ考えるより、青井さんに任せるほうが得策だ。黒川さんと白石さんも依存はないようだし、そうすることにした。


「じゃあ、この千五百円コースでお願いします。飲み物は……俺はウーロン茶で」

 青井さんは言った。

「じゃあ、俺もウーロン茶で」

 俺がそう答えると、青井さんが言った。

「枝草、遠慮しなくていいぞ、俺は運転があるからそうしているだけで、枝草は飲めよ」

「いや、料理の味をしっかり楽しみたいので、ウーロン茶がいいです」

 そう返した。

「では、私もウーロン茶を頂こう」

 と黒川さん。

「私もそうします」

 と白石さん。


 美人の店員さんは、俺の顔をじっと見ている。何だ? なんか付いているのか? 鼻血が垂れ流しになっているのか? さすがに気付くだろうけど。


「あの、誠に恐縮ですが、そちらのお客様は『枝草 京』様でいらっしゃいますか?」

 そう聞いてきた。

「はい、俺は枝草ですが……」

 そう答えると、美人の店員さんの表情が一気に明るくなった。


「初めまして! 私、紫音の姉の紅音くおんと申します。妹がいつもお世話になっております!」

 あら、お姉さんがいたのね……。姉妹揃ってまた美しいことと言ったら……。


「あ、こちらこそ、いつも龍ちゃん……いや、紫音さんには美味しい料理を楽しませて頂いていまして……」

 とりあえず、ご挨拶。


「この間は、本当にお世話になりました。妹の誕生日を祝って頂いたそうで……。よろしければ、その時にお料理を作って頂いた、千さんという方にも宜しくお伝え願えますでしょうか?」


 龍ちゃん、お姉ちゃんに全部話していたのね……。まあ、それだけ喜んでくれたってことはよかったな。

「千は、そちらの白石さんの弟です。白石さん、千によろしく言っておいて」

 と白石さんに言った。


「わかりました。千は役に立っていたようですね」

 白石さんは笑顔で答えた。

 ……いや、俺そう言ったはずだけど……。


「那由多の弟はお手柄だったんだな」

 黒川さんは言った。

 すると、紅音さんの表情が更に明るくなった。


「那由多さんって、紫音が言っている『なっちゃん』さんですか?」

 紅音さんが聞いた。

「はい、紫音さんのお店には、私も時々お邪魔しています」

 白石さんはそう言った。


「『なっちゃん』さんのお話はよく聞いております。とても仲良くして頂いているようで、ありがとうございます。 まあまあ、大変です。皆さん紫音が日頃お世話になっている方ばかりなのですね。わかりました。今日は精一杯おもてなしをさせて頂きます」

 そう言って、紅音さんは戻った。


 それからまもなく一人の男の人が現れた。体格のがっしりしたダンディな男だ。

「本日は、金龍菜館へのお越し、誠にありがとうございます。さて、枝草さんという方は……」

 俺は小さく手を挙げた

 男は、じっと俺の目を見て言った。

「貴方が枝草さんですか。初めまして。申し遅れましたが私は紫音の父です。一度、紫音が婿に選んだ方とお会いしたかったので、ご無礼ながら参りました。なるほど、紫音が選んだだけあって、非常によさそうな方だ。これからも紫音のことをよろしくお願いします」

 そう言って、一礼してから厨房へ戻って行った。


 ……今、大変な話をしていなかったか? 俺の耳が正常であれば、『婿』という響きをキャッチしたように思ったが……。


 俺の耳は正常だったようだ。部屋にいた全員が黙ってしまい、空調の音がよく聞こえることと言ったら……。

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