白石家の秘密
社員食堂で、前に座ったのは白石さん。
食堂で一緒に食事をするのは初めてだ。
たまたま空いている席が俺の前だっただけで、示し合わせたわけではないのだが。
日頃、白石さんはお弁当らしく、お弁当がないときも、何か買ってきていて、総務の部屋で食べることが多い。
今日、白石さんはオムライスを食べている。イメージ通りのメニューだ。
オムライスにはスープが付いているが、上に乗っているクルトンをお箸で一つずつ取って食べる仕草が可愛い。ってか、そんな食べ方する人、初めて見た。
白石さんが話し始めた。
「枝草さん、この間の日曜日、紫音《龍ちゃん》さんの誕生日だったんですね。千から昨日電話で聞きました」
「うん、俺も当日知ったけどね」
俺は返した。
「枝草さんもご存じなかったのですか?」
ちょっと驚いた表情の白石さん。
「うん、リサイクルショップで龍ちゃんにバッタリ合って、そこから一緒に出かけた先で教えてもらった」
「そうなんですか。私、てっきりお二人で誕生パーティーをしようとしているところに千が邪魔をしたのかと……」
「いや、千には感謝しているよ。龍ちゃんも大喜びだったし」
「それならば良かったです。千に『邪魔しちゃだめでしょ!』って叱ったら、『そんなことない! 喜んでくれてた!』って言い張っていたのですが、あの子の言うことは、信用できませんから……」
……可哀想なイケメン&シスコン弟くん。
「しかも、今後ちょこちょこ紫音さんの店に手伝いに行くって言い出していて……」
困った弟を持ったお姉ちゃんの顔の白石さんも可愛い。
一応怒った顔をしているつもりなのだろうが、元があまりに癒し系なので、全然怖くない。
「その件については、龍ちゃんも一度白石さんと相談するって言ってたよ」
白石さんに言った。
「私に? どうしてでしょう……」
白石さんは顎に人差し指を当てて斜め上を見上げた。
「千、一応学生じゃない? で、今も他のバイト行っているのに、その上龍ちゃんところもバイトを追加して、ちゃんと勉強できるのかって心配していたよ」
「紫音さんらしい配慮ですね。その『気付き』に感心しちゃいます。料理できるだけでも尊敬しているのに……」
目をキラキラさせて、白石さんは言った。
確かに龍ちゃんは、性格も気さくで明るいが、常識もしっかりしている。俺には時々常識外れなアプローチをしてくるが。
見た目は、白石さんのようなお姫様ではなく、かといって黒川さんのようなクールでダンディな雰囲気でもなく、ショートカットの似合う、さっぱりしたタイプだ。
しかも、スタイルがよく、店でたまに着ているチャイナドレスは、男女問わず、客が全員ゴクリと生唾を飲むレベルだ。
「白石さんは料理得意なの?」
イメージ的には上手そうに見えるが。
「一応、大体のものなら作れますが、どちらかというとお菓子作りの方が好きです」
……完全にイメージ通りすぎて、逆にリアクションとりにくい。
「イメージ通りっていうか……」
「家の食事は、私が小学校の時から作っていました。千が小学校高学年になった時、千の提案で交代しました。その代わり、私はお菓子を作るという条件で。全部千が決めたのですけどね」
「ご両親も料理やお菓子作りが得意なの?」
聞いてみた。
ちょっと困った様子の白石さん……。どうしたんだろう……。
「大切に育ててもらった親なので……とても言いにくいのですが……、父は料理を全くできません。母はするのですが、めちゃくちゃ下手で……」
「そうなの?」
「私、小学校に入って自分で料理をするまで、自分にはもの凄く好き嫌いがあるって思っていたんです。ところが、小学校で給食を食べたときに、そうではないことに気がついてしまって……」
……よほどまずかったんだろうな。でもそれまでに気がつきそうな話だけどな……。
「実家以外で食事をしたことがなかったの?」
「それが……、小学校までで、外で食事をすると言ったら、親戚のところくらいでしたが、親戚一同、全く同じ味だったので、気が付かなかったのです」
恐ろしい一族だ……。おそるべし……。
「千があれほど料理にどん欲なのは、私よりは短い期間とはいえ、母の料理を食べた経験があるからだと思います。私が小学校に入って、一度私が料理を作った日から、母が料理を作ると言ったら、泣いて嫌がっていましたから。結局その日以来、ずっと私が……」
「ご両親は?」
「おいしい! っていつも食べていましたよ。あ、後、千が悪いことをしたら、『そんなことしたら、お母さんが夕飯作るからね!』って叱っていました。叱り方としてどうかと思いますが、伝家の宝刀的な効果があって……」
不憫だな、イケメン&シスコン弟くん。
でも、シスコンの理由がわかるような気がしてきた。
半分、白石さんに育てられたようなものだしな。
しかし、いいのか? これで。
「あ、つい我が家の恥を晒してしまいました……。恥ずかしいです……」
急に赤くなる白石さん。
前から思っていたけど、ちょっと天然入っているよな。
「いや、別に白石さんの料理がまずいわけではないから問題ないように思うよ。しかも、そのお陰で千があんなにおいしい料理を作れるようになったと考えたら、むしろ白石家の環境のお陰とも言えるんじゃないかなぁ」
白石さんはクスっと笑った。
「本当に枝草さんってさりげなく良心的な解釈が出来る方なんですね。今日は、その言葉を信じることにします」
いや、別に本当にそう思っただけで、他意はないんだけどな……。
「おや、もうこんな時間だよ」
気がつくと昼休みも後五分。
慌てて食器を返しに行く。
「でも、こんなに楽しい昼食になるのであれば、これからは毎日枝草さんと社員食堂で食べようかしら ……。あっ! 枝草さんだって、毎日私に付きまとわれたら迷惑ですよね……」
いや、至って嬉しいだけなのだが、周りの厳しい視線で蜂の巣にされそう……。
今日だって、横を通り過ぎる奴、全員が恐ろしい視線を突き刺して行ったのを、白石さんはわかっていないんだろうなぁ。
「こちらこそ、また是非一緒しましょう!」
体中の根性をかき集めて、そう言った。
「ハイッ!」
笑顔でお辞儀する白石さん……。恐ろしいほど可愛い。
周りの視線……。単純に恐ろしい。
白石さんが行った後、俺も食堂から出ようとすると赤池さんと緑川さんに左右から肩車をされ、食堂を出るまで、交互の腹パンされた……。
午後からは、いつも通りに仕事をこなし、定時に会社を出た。
帰りの電車に塾帰りだろうか……、小学生が三人。
一人は女の子。
その子が言った。
「今回の台風は何ヘクトパスカルでしょうか?」
男の子の一人が答えた。
「九七ヘクトパスカル?」
女の子
「ブブーッ!」
もう一人の男の子が答えた。
「じゃ、九六?」
女の子
「全然違います! 答えは三四ヘクトパスカルです!」
何のこっちゃわからんが、地球に穴があきそうだな、オイ! 折角金払って行ってる塾だ、そこで聞いてこい!
小学生の会話を聞いて一人で笑っているうちに、駅に着いた。
朝は、バスで駅までで出るが、帰りは歩くことが多い。
理由は簡単、スーパーヤスヤスが駅と家の真ん中くらいにあるからだ。
今日も帰りに寄った。
昼休み、散々料理の話をしたせいで、久しぶりに何かを作りたくなっている。
それほど手の込んだものでなくてもいいので、何か作って食べることにする。
俺はこう見えて、ある程度は料理ができる。
人に振る舞えるほどではないが、一人暮らしが長いせいか勝手に身に付いた。
今日は、何を作ろうかな……。
特に得意料理があるわけじゃないが、和食はちょっと苦手。
あの「さしすせそ」の割合をいつも間違う。
大体味付けは塩胡椒と醤油。
これって料理できることにならない?
あ、そうですか。じゃ、俺、料理下手です。
とりあえず、ご飯はレンジのやつ。
それから、カット野菜と、薄切り豚肉をフライパンで炒めて……、塩胡椒&醤油。
よし! できた!
後はインスタント味噌汁……。
え? 全然料理したことにならない?
あ、そうですか。じゃ、俺、料理できません。
結構うまいんだけどな……。
あと、こいつに生卵を割って、飯にぶっかける!
そして食うべし! 食うべし!
もぐもぐしているところに味噌汁を流し込む!
調理時間一〇分、食事時間二五秒で終わってしまった。
名付けて『マッハ飯!』。
極めて虚しい……。
さて、早々に夕食も終わり、ブログをチェック。
まさか、今日の小学生を撃墜するわけにもいかないので、更新はなし。
寄せられるコメントをチェックし、必要であればレスポンスする。今までほとんどしたことないけどね。
ちょっと前に投稿したペットボトルを振る女の話にコメントが付いている。どれどれ……。
『スマホで楽しく読ませてもらっています。ペットボトルの話を読ませていただいて、大笑いしましたが、これを読んでから、スマホのネット接続がもたつく時に、スマホを振っている自分に気づきました。私も人のことを笑っていられません……』
確かにスマホ調子悪いときに、振る人は見かけるな。後、電波悪いときに高く持ち上げる人も。改善するわけ無いように思うのだが……。
俺より上の年齢なら、テレビの調子が悪いときに『叩く』という改善方法が存在したような気もするが、今時の子ってそれもしらないわけだよな。どこで覚えるんだろ……。
そう言えば、昔ゲームしているときに、方向ボタンを必要非常に力を入れて押していたっけ。画面に合わせて体が傾いているときもあったっけ。あれと同じ症状だと考えればいいのか? だとしたら、俺もしてたな。
撃墜してごめんね。ペットボトルの彼女。
まあ、俺ごときに撃墜されても特に影響はないだろうし、大体において、本人が撃墜されていることに気が付いていないのだから、どうでもいいか。
今ふと思い出したけど、昔遊んでいたゲーム機のコントローラーの片方にマイクが付いていたな。自分の戦闘機がやられたときに、あのマイクで叫んでいたけど、あれって何に使うためのものだったんだろう。ちょっと調べてから寝よっと。
その後、ネットで調べたら、コントローラーについたマイクの謎はあっさり解決したので気持ちよく寝ることにした。