リサイクルショップ
日曜日。早起きしてしまったものの、特に予定はない。
まあ、学生ではないので、普通はそんなもん。
昨日、銭湯に行ったお陰で体は軽い。
午前中に、家事全般は全て終わった。
昼からぶらりと出かけた。
特に目的があるわけではないが、国道沿いのリサイクルショップへ。
リサイクルショップは楽しい。
特に俺が時々行っているリサイクルショップは、ジャンク商品が豊富で、結構楽しめる。
ブログを書くのに使っているパソコンも、このリサイクルショップで買った中古パーツで作った。
俺の用途で、それほどハイスペックなものは必要ない。
結局一万円くらいでできてしまった。
しかも、このリサイクルショップの近辺は、あと数件のリサイクルショップがある。
一件は、衣類が充実している。もう一件は業務用什器なんかが充実している。
国道まではちょっと距離があって、一五分くらいかかってようやく到着。
今日は、結構涼しいのが助かる。
到着後、店内を物色。
ジャンクコーナーの青いトレイに、『ハイポジション』と書かれたカセットテープが大量に入っているのを見て、何だか懐かしい気分になってしまった。
あれこれ物色してみたが、これと言って心惹かれるものはなく、隣の店へ。
業務用の住器の店だ。
一人暮らしの俺が、実際に使うものはないが、面白いのでいつも立ち寄っている。
奥の厨房用品のところへ行くと、畳半畳分くらいあるまな板があったり、やたらでかい冷蔵庫があったりする。
「京ちゃん?」
背後から声がした。
振り向くとそこには龍ちゃんの姿が。
調理器具でも探していたのだろうか。
「こんなところで出会うなんて、珍しいわね。きっと運命の糸で繋がっているんだわ、私達」
相変わらずの龍ちゃん。
「今日、店はお休み? 日曜なのに」
確か龍ちゃんの店は火曜日が定休のはず。
「うん、前の道路で、水道管の工事始まっちゃって、うちの店も一時的に断水するかもって言っていたから臨時休業にしちゃった」
ぺろっと舌を出して龍ちゃんは言った。
「そうなのか。あ、そうそう、昨日、白石さんの弟が見せに行かなかった? ちょうど俺達が帰った後くらいに」
俺は龍ちゃんに聞いてみた。
「ああ、千? 来た来た。食べ終わるやいなや、『バイトさせて下さい!』って」
……やっぱり。
「で、どうしたの?」
「うち、基本一人で回せるし、バイトは必要ないって断ったよ」
龍ちゃんの手際の良さは、誰が見たって脱帽モノだ。
普通なら二人ぐらいバイト入れてもいいくらいの忙しさだと思うけどな。
「千もその後行くところがあったみたいで、その日はすぐに帰ったんだけど、今日、朝店に出たら、店の前で待っていて、『お手伝いに来ましたッス』って」
「仕方がないからちょっと手伝ってもらおうかなって考えていた矢先に、工事が始まって……。『縁がないのかなぁ』ってしょんぼりして帰ったよ」
龍ちゃんはちょっと笑った。
「それにしても、先になっちゃんの弟だって聞いておいてよかったよ。聞いてなかったら、警察呼ぶところだった。だって、いきなりガンガン来るし……」
千らしいな……。
「あ、それ、俺が忠告しておいたの。あいつ、あの日『うまかったら、そこでバイトするかも』って言ってたし」
「そうなんだ。京ちゃんグッジョブ!」
親指を立てる龍ちゃん。
「龍ちゃん、『万歳お晩菜』って店知ってる?」
聞いてみた。
「うん、聞いたことある。和食の店だよね? レベル高いって結構有名だよ。店主が元料亭の板長だって……」
あ、有名なんだ。やっぱり。
「千、今そこででも、同じ経緯でバイトしているんだよ。この前行った時、千の料理を食べさせてもらったけど、なかなかの腕前だったよ」
龍ちゃんの目が少し興味を示し始めた。
「へぇ、じゃ、今度来たら、賄いでも作らせてみようかな……」
「俺は料理のことはよくわからないけど、凄いと思った」
フォローする気はないが、事実は事実として言っておいてやろう。
「まあ、千のことは、次来た時に考えることにする。ただ、基本学生でしょ? そんなにバイトばっかりしていていいものか、一度なっちゃんにも相談してみる。そんなことより、今日は神様がくれたお休みということで……京ちゃん、これから用事ある?」
にっこり笑って俺を見た。
何か企んでいるのはすぐに分かったが、龍ちゃんだしまあいいか……。
「特に何もないよ」
俺は返した。
「じゃ、私とデートしよ」
顎に人差し指を当てて、軽く首を傾げながらそう言った。
死ぬほど可愛い……。
恐らくこのお願いを断ることができる男は地球には存在しないだろうと思うくらい可愛い。
「どっか行きたいところあるの?」
聞いてみた。
「ん~っとね、海見たい」
無理ではないが……。ま、いっか。いつも頑張っている龍ちゃんの頼みだ。
「了解、じゃ、レンタカーでも借りて、海を見に行きますか!」
龍ちゃんはちょっと驚いた様子だった。
「え? え? 本当にいいの?」
しきりに確認してくる。
「え? だって行きたいんでしょ?」
俺が答える。
龍ちゃんは俺に背を向けて、ちょうど大あくびをするとき見たいに両手を挙げ、叫んだ。
「やぁったぁ~~~っ!」
予想以上のリアクション。
そんなに行きたかったのね。引き受けて良かった。
ただ、ここは店内。殆どお客さんがいなかったから良かったけど、店の中の人、 全員龍ちゃんに注目してたよ。
国道沿いということで、目の前にレンタカーの店もある。
「じゃ、行こうか」
龍ちゃんに言った。
レンタカーの手続きが終わり、ナビもセット。
料金は、どうしても龍ちゃんが払いたいと言うので、任せた。
「では、出発進行!」
こうして、ひょんなことから龍ちゃんとのデートが始まった。
とにかく海の景色を楽しみたいとのこと。
ナビで調べてみると、出てくる出てくる。写真付きで教えてくれる。
ナビってすげぇ。
とりあえず、その景観が良い場所が密集した箇所があったので、そこへ行くことにした。
ナビの言われるままに車を運転すると、夕方四時を過ぎた頃、目的地周辺についた。
「コーヒーでも飲んで休憩しない?」
さすがにちょっと疲れたので、龍ちゃんに提案してみた。
「あのさ……、私、ケーキ食べたい」
ちょっと小さめの声で龍ちゃんが言った。
「別にいいけど……。ちょっとナビで探してみるか……」
本当にナビってすげぇ。あっと言う間に見つけてくれる。
景色を楽しめるカフェ。ケーキは手作りだとか。
これに決定! 俺は、その店に向かった。
着いた店は、お洒落なカフェ。
それほど大きな店ではないが、白を貴重としたインテリアはとてもムードがある。
海側の壁は全面ガラス張りになっており、海を一望できるようになっていた。
夫婦二人でやっているらしい。メニューに書いてあった。
じゃあ、コック帽を被ってケーキにホイップを落としているのがご主人だな。
小柄で上品そうな奥さんが、コーヒーを入れたりオーダー取ったり一人で全部こなしている。
龍ちゃんは本当に嬉しそうにケーキを食べていた。
何故かイチゴショートで、俺も同じモノを食べさせられた。
カフェのガラス張りの壁の向こうは、デッキになっていて、外に出ることができる。さらに、そのまま砂浜へ降りる階段が付いている。
ケーキを全部食べてから、砂浜へ降りた。
人影は殆どない。
しばらく砂浜に座って海を眺めていると、段々日が落ちていく。
「うわぁ、綺麗……」
龍ちゃんがため息をつく。
水平線に沈んでいく夕日が反射する。
波も穏やかで、本当に綺麗だ。
「今日、水道工事があって、本当によかった……。京ちゃんとも一緒にいられたし」
「喜んでもらえて何より。俺も生で海を見るのは何年かぶりだったから、すごく楽しかった」
「実はね……」
風で顔にかかった髪を耳にかけながら龍ちゃんが言った。
「何?」
聞き返した。
「今日、私の誕生日なんだ……」
そうだったんだ……。
「へぇ、お誕生日おめでとう!」
「えへへ、どうもありがとう」
ちょっと照れながら龍ちゃんは返した。
「うちさ、店やっていてから、あんまりお誕生日会とかしたことなくってね。まあ、両親や厨房スタッフはいつも口々に『おめでとう』って言ってくれていたし、プレゼントももらっていたけど、何せ営業中でしょ? 慌ただしくって……」
「なるほど……それで、ショートケーキか」
「うん。だから、こうやって静かなところでゆっくりと誕生日過ごすの夢だったんだ」
「そうだったのか……」
「ああ、楽しかった。人生で一番の誕生日かもしれない……。ちょっと寒くなってきたね。そろそろ帰ろっか?」
「そうだな。行こうか」
カフェを出て、車に乗り込み店を後にした。
誕生日というタイミングのせいか、車の中では龍ちゃんの思い出話をずっと聞いていた。
学生時代の話、料理の話、洋服の話……。
どの話にも、関わった人との想い出があり、出会った人、関わった人への感謝の気持ちが伝わってきた。
前から思っていたけど、本当にいい子だな、龍ちゃん。
この人に感謝する気持ちが、そのまま料理に出ているから、あんなに美味しいのだろうな。
レンタカーを返したのは、夜八時を回っていた。
「私、お腹すいちゃった。何か食べに行かない?」
龍ちゃんが誘ってきた。
「ああ、俺も腹減った。どこ行く?」
こういう時は、いつも濃厚麺道が一番なのだが、今日はその店主と一緒なので、不可能。
千の店も日曜日は休みだって言ってたしな。
まさかスーパーヤスヤスの弁当ってわけにも行かないし。
「あ、その前にちょっと店に寄ってもいい?」
龍ちゃんが言った。
「了解、忘れ物?」
聞いてみた。
「そういうわけじゃないけど、ちょっと冷蔵庫だけチェックしておかないと、明日だと使えない食材もあるし、水道工事したって言っていたから、しばらく水を流しておかないと最初茶色い水が出たりするし……」
そんなわけで、濃厚麺道へ。
厨房だけ電気をつけて、龍ちゃんは作業を始めた。
十分もしないうちに完了したようで、カウンターへ戻ってきた。
「お待たせ、じゃ、どこ行く? 何ならここで何か作ろうか?」
確かに龍ちゃんの料理は、最高だが、今日は誕生日。主賓に調理させるわけにはいかない。
その時、店のドアが空いた。
「ちわッス。電気付いているのが見えたんで、ちょっと寄ってみました」
「あ、ごめんなさい、今日は臨時休業で……」
と玄関に視線を向けると、そこには千の姿が。
「あれ? 枝草さんまで。デートの帰りッスか?」
いつも全く悪気なくこういう問題発言をするな、こいつ。
でもまあ、今日は龍ちゃんの誕生日。
「まあ、そんなところだ。今日は龍ちゃんの誕生日だしな」
そう言うと、千は目を光らせた。
「え? まじッスか? 誕生日ッスか? 俺も何かお祝いしたいッス。何か作りましょうか?」
おお! それはナイスアイデアかも知れない。
「龍ちゃん、明日には使えなくなっちゃう食材ってどれ?」
聞いてみた。
「勿体無いけど、冷蔵庫の一番端にあるやつ全部」
龍ちゃんが冷蔵庫を開けると、魚やら肉やら野菜やら……。
「この食材で、千に作ってもらうってのどう?」
「あ、それうれしいかも。食材も無駄にならないし、一石二鳥ってわけだ。あと、千の料理の腕も堪能できるってわけだ」
龍ちゃんは賛成のようだ。
「マジっすか? じゃあ、俺張り切っちゃいます。厨房使わせてもらっていいですか?」
「あ、いいよ。自由に使って」
千はカウンターに入ってしばらく食材やら調理器具やらを吟味していたが、意を決した表情で俺たちに言った。
「すみません、十分だけ待っていてもらっていいッスか? すぐ戻ります」
そう言って、店を出た。
十分後、息を切らせて帰ってきた千の手には、大きめのエコバッグが。
「お待たせしました。俺、店の鍵預かっているんで、俺の包丁と和風調味料を持ってきました」
「おいおい、いいのか? 店のものを勝手に……」
「あ、これ店のものじゃないッス。俺が勉強用に店においているものなんで全然問題ありません。さっき店で大将にも会いましたから……。で、これ持って行けって」
千は、カバンに手を突っ込んで、何やら取り出した。
「これも明日には使えない食材らしいッス」
魚丸ごと一匹。
明日使うためのものに違いない。
大将、千、グッジョブ!
「じゃ、お二人はそこに座っていて下さい。後は全部俺がやりますから……」
そう言って調理を始めた。
「私、嬉しい……」
龍ちゃんの横顔。ちょっとだけ涙がキラリと光った。