みんなで
今日も朝から、『f』がズラリと並ぶホーム。
ちょっと寝坊して、朝飯にありつけなかった俺は、駅前のコンビニで買った期間限定のチキンをパクついていた。
買いに行ったとき、まだ調理中とかで、店内でしばらく待っていると、『骨抜きチキンプレミアムのお客様~!』とか呼ばれて、『選び抜かれた腰抜け野郎』と言われたような気分で、ちょっとブルー。
あの店員の女の子、店出るときに『ありがとうございました~』ってお礼言ってたし、撃墜してやろうかな……。
味はまあまあうまかったけど。
最初、おにぎりにしようかと思ったけど、最近のおにぎりはどれ食ってもおいしいが、具材が豊富すぎて、選ぶのに時間がかかるので面倒。
今日は電車が空いている。
学校が夏休みにはいったからだろうか。
ちらほら旅行に出かける家族連れの姿も見かける。
俺の会社には、夏休みなんて洒落たものはない。
サラリーマンは、三六五日毎日同じことを繰り返すのみ。
駅を降りるときに、子ども会の遠足だろうか、小学生くらいの子供が三〇人くらい改札を通った。
普通団体で降りると思うのだが、今日の小学生はそれぞれ一人ずつ切符を持ち、自動改札を通過していく。
『ピヨピヨピヨピヨピヨピヨ……』
いつまで続くのか、うっかり最後まで見てしまった。
いつものようにエレベーターの四階で降りる。
その後、黒川さんとも白石さんとも特に出会う機会はない。
一生に三度あると言われているモテキをあの時に使いきったのかもしれない。
「おう! 枝草! おはようさん!」
青井さんは今日も元気。
本当にこの人は、どうやって毎日のモチベーションをキープしているのか、一度聞きたい。
「知っているか? 白石さん、異動になるかもって」
「本当ですか!?」
「昨日俺がみた夢が正しければだけれどな……」
青井さん、面白いですか? 本当に俺より三年も先に生まれていますか? やっていること、まるで小学生ですよ……。
「それはそうと、最近、白石さんと一緒にいないな?」
「それは今に始まったことではないと思いますが……」
「え? 飲み会の次の日も一緒に食事行ったり、喫茶店行ったりして、俺はてっきりそのままくっつくのかと思ったが……」
「……!!!!」
……何で知ってる?
白石さんが言うわけないし……、もしかして言ったのか?
「青井レーダーを侮ってもらっては困る。どんな情報でも感知する能力があるのだよ……わはははは!」
青井さんは愉快そうに笑う。
明らかに動揺している俺の顔をのぞき込んで言った
「あ、やっぱりビンゴだな!」
ニヤニヤ笑う青井さん。
「何で……?」
思わず聞いてしまった。
これでは、青井さんのはったりに、『正解です』と言っているようなものじゃないか。
「それは、企業秘密。まあ、心配するなよ。外部にゃ絶対漏らさないって。それより、最近うまい居酒屋見つけたから、そこに連れていってやる。万歳お晩菜ってところなんだけど……」
千……! てめぇ! 喋りやがったな!
「あ、その店多分俺知ってます……」
「そうなの? 何だ、外堀から固める作戦を提案してやろうと思ったのに……」
「その外堀、あんまりアテになりません……」
「白石さんの弟のこと知っているのか?」
「ええ、千のことですよね?」
「そうそう、あいつの作る料理、レベル高いよな?」
「確かに。黒川さんも……」
口が滑った……。
当然青井さんがそれを聞き逃すわけがなく、つっこんできた。
「ん? 黒川? 枝草、黒川と行ったのか?」
こうなったら、開き直るしかない。
「ええ、この間、黒川さんの買い物に付き合った帰りにたまたま……」
「黒川の買い物?」
「ええ、新しいパソコンが欲しいからって。あ、この間総務へパソコンの不具合を直しに行ったでしょ? あの日ですよ」
青井さんはちらりとカレンダーを見て、確認している。
「そうすると、俺があの店に行ったのは、翌日ってことになるな。千くん、枝草が来たことも、黒川さんの話も聞かなかったな……」
「彼なりに気を使ったつもりだったんじゃないですか?」
「恐らくそうだろうな。しかしいいのか? 枝草と黒川があの店に二人っきりで行ったことは、白石さんの耳には入る可能性はあるわけだろ?」
どんだけ、俺を白石さんとくっつけたいんだよ、この人は。
「別に構いませんよ。純粋に黒川さんの買い物に付き合っただけだし、白石さんの耳に入ったところで、何も起こりませんよ」
俺は仕事に戻った。
確かに、同じ会社にいるのに、全然出会う機会がない。
かれこれ一週間ほど経つだろうか。
「心配しなくても、枝草のことを避けているわけじゃないさ」
青井さんが言った。
心を読まれたのか?
「あの二人、違う支店で研修しに行っているんだよ。ここ一週間ほど」
「そうなんですか?」
「黒川はわかるけど、白石は大抜擢だよ。入社二年目でトレーナーなんてうちの総務では初めてじゃないかな」
確かに噂では、白石さんは恐ろしく仕事ができる人だって聞いたことがある。
黒川さんは言うに及ばずだが、黒川さんが白石さんを可愛がる理由はその辺にもあるのかな。
「それで、異動の話を?」
「まあ、そういうことだ。ただ、必ずしも嘘とは言えないんだな。あの二人の優秀さは、社全体でも有名だし。ま、見た目の方もかなり有名だけどな」
すごいな、あの二人。
それに引き替え俺は毎日結構楽だから~みたいなノリ。ちょっと自己嫌悪……。
まあ、そうは言っても、今すぐ仕事内容が変わるわけでもないし、今だって決して手を抜いているわけでもないし。
昼休み、俺はCランチ(カツ丼+うどん+サラダ+漬け物)を食べて屋上へ。
何となく下を見ていたら、スーツケースを頃がして二人の女性がビルに入ってくる。
あの美人オーラは黒川さんと白石さんだ。
出張から戻ってきたんだな……。
屋上で、缶コーヒーを飲みながらちょっとホッとしている自分がいた。
昼からはそれほど忙しくなく、定時に仕事終了。
帰り支度をしていると、青井さんが話しかけてきた。
「枝草、晩飯行こうか?」
「あ、いいですよ」
どこに行こうかな……。
「白石さんからのお誘いだぞ」
「白石さん?」
すると、黒川さんと白石さんが部署に入ってきた。
「お待たせ……」
「お待たせしました……」
二人とも屋上から見たあのスーツケースを持っている。
青井さんに目で確認。
「枝草、めちゃくちゃうまいラーメン屋を知っているんだろ?」
白石さんを見ると、モジモジしている。
「出張先で、那由多にめちゃくちゃおいしいラーメン屋の話を聞いたんだよ。で、問いつめたら枝草くんの行きつけの店だってわかって……」
黒川さんの目は真剣だ。
「いいですけど、俺のアパートの近くだから、ちょっと距離ありますよ」
一応断っておかないと……。
「私は構わない。その話を聞いてから、完全に口がラーメンの口になっていて、出張先で食べたもの全部味が分からなかったくらいだ」
白石さん、どんな説明したんだ?
「それがな、運のいいことに今日、俺車で来ているんだよ。途中得意先行く用事があったし」
そう言えば、青井さん昼前に出かけていたな……。
「じゃ、便乗させていただきます」
「おう! そのラーメン屋、俺も実はちょっと聞いたことがあって、興味津々だ。玄関に車つけるから先行っておいてくれ」
そんなわけで濃厚麺道へ。
どちらも青井さんの帰り道というラッキーな条件が揃ったので、帰りは青井さんが車で送ることに。
黒川さんと白石さんはスーツケースが重いので、大喜びだった。
その後、濃厚麺道へ到着。
「いらっしゃい! あ、京ちゃん!」
「今日は先輩たちも一緒だよ」
「いらっしゃい! いつも京ちゃんがお世話になっています」
……あのな。いつから保護者になった?
「あ、なっちゃん! 久しぶり! と言っても一週間ぶりかな?」
白石さんが小さく手を振る
「一週間?」
思わず聞いた。
「前に京ちゃんときてから、二週間に一回くらいは顔出してくれているよ。なっちゃん」
白石さんを見た。
「弟の様子を見に来ると、帰りに自然にここに足が向いて……」
にっこり笑ってそう言った。
「まま、奥の座敷へどうぞ~」
そのまま奥の座敷へ通される。
「おい! 枝草! 壮絶な美人だな、彼女」
「あ、龍ちゃんですか? そうですね」
「お前、もの凄い隠し玉持っているのな……」
「彼女とは何でもないですよ」
「で? 今日はどうする?」
龍ちゃんが聞いた。
「私は、とにかく那由多の言っていたラーメンだ。出張先で一週間近くこの日を待っていたので」
黒川さんは凛とした表情で言った。
「俺も食ってみたいな、ラーメン」
と青井さん。
「じゃあ、ラーメンメインの一人一五〇〇円で」
「了解! なっちゃん、何かリクエストある?」
白石さんは少し考えてから言った
「じゃあ、私がまだ食べたことがないものを混ぜて下さい」
「了解! じゃ、ちょっと待っててねぇ」
龍ちゃんは厨房へ戻った。
料理がくるまでは出張先の土産話を聞かせてもらった。
結構充実していたようで、珍しく白石さんがたくさん話をしてくれた。
その後料理が出てきた。
黒川さんの表情が変わる。
各自、ラーメンを一口……。
青井さんは、額に手を当てて、『うますぎる……』と呟いていた。
黒川さんは、目を瞑ってしまい、『あぁ……』と色っぽい溜息……。
白石さんは、いつも通りニコニコ。
三者三様だが、満足してもらえたようだ。
その後各種料理には、もはや青井さんと黒川さんはピラニアのような勢いで箸を出していた。
「いい食いっぷりを見せてくれるねぇ。作った甲斐があるってもんだよ」
龍ちゃんが座敷をのぞいて言った。
「やばい……、俺、ここ通うかもしれない……」
青井さんには他の目的があるかもしれないけど。
「ほらぁ、京ちゃん、私と結婚したら毎日作ってあげるのにぃ」
ガタンッ!
一同一瞬固まった。
龍ちゃんの悪い癖が出た。
空気を察したのか、龍ちゃんが続けた。
「なんてね。さあ、後片づけしなくっちゃ……」
そう言って、厨房へ戻った。
黒川さんと白石さんは俺を見ている。
青井さんは俺を睨んでいる。
龍ちゃん、無責任すぎるんじゃないの?
どうすんだよ? この状況……。