勇者な彼女は異界の魔王?
「……あら? ここは?」
見覚えのない場所に、少女は周囲を見回した。
石造りのかなり広い部屋だ。
装飾などまるで無く、古さだけが際だつ、そんな印象を受ける。
ふと気づけば自分を見上げている存在がいた。
まだあどけなさを残す大きな黒い瞳が印象的な少年だ。身にまとう白いローブは少々大きめでだぼついている。
そんな少年が、ぽかんとした顔で彼女を見上げていた。
と、足元の魔法陣に気づいた。召喚の魔法陣である。それもなかなか高位のものだが、今は力を失っているようだ。
訝しげになる彼女に、少年はただ見惚れていた。
流れるようなサラサラの金髪は、この世のどんな金細工より美しく、白い肌は名工の手による陶器よりなめらかで美しい。
切れ長の眼に長いまつ毛、エメラルドのような翠眼は、どんな宝石にも無い煌めきが宿っている。
身に纏うのはどこぞの学園指定のセーラー服にケープを羽織り、細くて長い御足を青と白のスプライト地のニーソックスが覆う。が、少年には奇妙な服にしか見えなかった。
ちなみに、少年の位置からなら、少女の柔らかく美しい曲線が集束する重要部分を隠している、これまた青と白のスプライト地の下着が見えるはずだが、なぜかスカートに隠れて見えなかった。まさに鉄壁ガードである。 そんな神世の美しさを体現したかのような少女に、少年が見惚れても致し方無いというものだ。
「……おまえ、何者だ?」
不意に問われて少年は息をのんだ。
半眼になったにもかかわらず、彼女のエメラルドの瞳の美しさは少しも失われはしなかった。
「あ……あ、あのっ! ボ、ボク、アレクって言います。神官見習いで、今回の召喚儀式を任されました! 勇者様っ!」
「…………勇者?」
少年の言葉に、少女は眉根を寄せた。その瞳には、はっきりと困惑のみが映し出されている。
「ごめんなさい、聞き間違えたかもしれないから聞くけど、あたしのことを勇者って言った?」
「ハイッ!」
確認するように聞いた少女に、少年が目を輝かせながら元気良く答えた。その眼差しは彼女が嫌いなものだ。そのはずだ。
しかし、こちらを見上げている少年の愛らしさに、少女の胸の奥が、きゅっとなった。
「……そ、そう。つまりあたしはこの世界に勇者として召喚されたわけね?」
「そうなりますね」
頬をわずかに染めつつそっぽを向いた少女に、少年がうなずいた。
その少年の肯定の言葉に、少女は表情を曇らせた。
「…………あたし、魔王なんだけど?」
「はい?」
逡巡しながら言った少女の言葉に少年は首を傾げた。だから少女は念を押すように言った。
「だから魔王なのよ。あたしは」
「……う、嘘です! 魔王といえば、長く捻れ曲がった二本の角を有し、見るものすべてに恐怖を与える姿をしているはずです! ゆ、勇者様は……まるで女神様のように美しいじゃないですか!」
念押ししたにも関わらず、全否定だ。それも女神並に美しいなどというオマケ付きだ。しかし少女からすると微妙な評価である。なぜなら女神といえば、あのいけ好かない世界の守護者と同等と言われたようなものだからだ。
「というか、そもそもなんで勇者召喚の魔法陣であたしが召喚されるのよ……。この術式であたしを呼び出すのは難しいはずだし……」
少女は自分を召喚できた理由を考え始める。
「?」
ぶつぶつとつぶやき始めた少女に、少年は首を傾げるが、彼女は気にした風でもなかった。
「……そもそも何してたんだっけ? たしか、ネトゲプレイしていたらPKされて、腹が立ったから知り合いのスーパーハカーに個人特定させて、呪いを掛けてやったら、世界の守護者お抱えのハーレム坊やに見つかって攻撃されたのよね。けど、相変わらずのハーレム気質だったわね? 彼。世界に名だたる大魔道士やら、英雄の子孫たる討伐者やらが誘蛾灯に引かれたみたいに集まってきてるし。力も強まってたわね……。まあでも返り討ちにして、あざ笑ってやったら横合いからダンプが……」
つぶやいて、はたと止まる少女。少年はさらに体を傾け少女を見る。
が、次の瞬間。
『異世界トリップだコレぇっ?!』
叫んで頭を抱える少女。
「いやいやあり得ないでしょっ?! 魔王のあたしが、テンプレで異世界トリップとかっ?! そ、そうだわっ!」
懐からスマホを取り出すと、電話帳から一つの番号を呼び出しコールし始める少女。その電波状況は圏外のはずだが意にも介さない。
「……あ、もしもし神? どうなってんのよコレ?! なんであたしがテンプレで異世界トリップ……え? 要望通り? 頼んでない……」
激高しかけてふと思い出した。先日、神や魔王とビール飲みながらチャットでダベっていたときのことだ。
『つーか、テンプレ召喚って体験してみたいわよね?』
『あーあれなー』
『手続き大変そうだけどなー』
『何とかしなさいよ神』
『無茶振りキター!』
『相変わらずねアンタ……』
『別に良いじゃない。龍公女もそう思うでしょ?』
『じゃのう。確かにネット小説での定番じゃしな』
『しゃあねえな。ちょっと手続きできるか試してみるわ』
『ヨロー』
「……アレかーっ!?」
青くなって叫ぶ。通常、魔王がアルコールに酔うことなど無いが、そこはあえて酩酊するように体を調整してあった。
酒の席のシャレのつもりもあったのだが、神は真面目に手続きしたようである。
「って、酒の席のバカ話でしょっ?! なに本気でやっちゃってんのよっ?!」
少女は勢いに任せてスマホを床に叩きつけた。酒の席で冗談で結婚しようと言ったら翌日には入籍していた。みたいな不意討ち感である。
「あんのバカ神〜帰ったらあいつのPCのHDDの中身ネット公開してやるっ!」
怒りに燃える少女だが、少年には何が何やらさっぱりだ。
と、少女が少年を抱きしめ、手をかざした。
「えっ?」
思わず赤くなる。が、次の瞬間、巨大な障気の固まりが少女のかざした手から出現した直径一メートルほどの魔法円に激突した。
『ホウ、召喚されたばかりと聞いていたがやるものだな』
上空より降り注いだ嘲笑混じりの声。そこには、青黒い肌で全身を覆われた二枚羽根の魔族が口の端をゆがめながら浮遊していた。その身から放たれる邪悪な気配に少年は身を固くし、恐怖に目を見開いた。
『ククク、我が名はグルムホ……』
「うっさい」
名乗りを上げる魔族の言葉を両断した瞬間。少女のかざした手のひらに光が灯った。かと思うと、それは瞬時に膨らみ直径十数メートルもの巨大な塊と化した。核融合をコントロールし小型の太陽を作り出す魔法だ。
ちなみに魔族は巻き込まれてジュッと灼けた。
だが、この魔法はここから射出されるわけだ。その熱量を以て、すべてを焼き、溶かし尽くして第二の太陽が天へと上っていった。それは、召喚魔法陣のあった建物、大神殿を灼き尽くし、進行方向にあった浮遊大陸を貫いて崩壊させながら飛び去っていった。
「す、すごい……」
そのあまりの威力に、アレク少年は呆気にとられた。
「スゴいです勇者様! これなら魔王もやっつけられます!」
「当然よ。なにせあたしは、空の支配者、羽根持つものの王にして蠅の女王。強欲なる支配者にして魔界の大公……」
少女は笑みを浮かべてその名を口にした。
「“大”魔王ベル・ゼ・ビューアなのだから」