表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒箱  作者: 真弥
1/7

警察免許

金坂祥平はどこにでもいるサラリーマンだった。


いつも同じ時間に起き、出勤し、仕事をする。


定時になれば退勤し、家に帰って飯を食べ、寝る。それを毎日繰り返していた。


趣味もなく、テレビや漫画も見ない。


今時携帯は会社支給の物しか持っておらず、家族や昔の友人とも、ここ一年ほど連絡を取っていない。


会社の仲間とも特に仲が良くも悪くもなく、上司や後輩とも深い関係にはならなかった。

 

そんな祥平だからこそ、この物語の主人公になれたのだと思う。

 

目覚ましの音で目が覚めた祥平は、目を擦りながら洗面所に向かう。


顔を洗い、髭を剃り、キッチンに向かう。


トーストに食パンを入れ、スイッチを押し、フライパンを温める。


冷蔵庫から牛乳と卵とベーコンを取り出し、ベーコンをフライパンに放り込む。


その上に卵を落とし、蓋を閉める。


牛乳をコップに入れ、キッチンを離れると、パジャマを脱ぎ、ワイシャツに袖を通す。


スラックスを穿き、ネクタイを締める。


キッチンに戻り、焼きあがったパンに出来立てのベーコンエッグを乗せる。


塩と胡椒を少しふりかけ、それを食べる。


牛乳を飲み干し、歯を洗う。


スーツを羽織り、バックを持ち、財布を胸ポケットに仕舞い、家を出る。


朝の決まった行為。今の会社に入って、三年近くこんな生活を送っている。


ドアを閉め、鍵を閉める。


ふと、ドアに刺さった、新聞の束に気が付く。


勧誘を断れなくて契約してしまった新聞が、もう一ヶ月ほど放置されている。


結局何も読まずに捨ててしまう。三ヶ月以上、無駄に新聞を頼んでいる。


家を出て徒歩五分ほどで最寄の駅に着く。


この駅から電車で三十分ほどの場所に、祥平の会社がある。


いつものように改札に向かい、バックのポケットに仕舞ってある定期を取り出す。


改札に定期を通すと、目の前の扉が閉まった。


ピンポーンと音が鳴る。首を傾げながら、定期を取り、もう一度定期を通す。


ピンポーン、同じ音が鳴る。


「お客さん、定期の更新まだやってないでしょ?」


駅員が祥平に言った。更新? 祥平は驚いた。


まだこの定期の期限は残っているのだが、更新が必要なのだろうか。


「今日から法律が変わってね……まぁどこでもいろいろ変わってると思うけど、定期も更新が必要になったんです」


法律が変わった。それも初耳だ。テレビや新聞を見ないから、何が変わったのかもわからない。


まぁ、特に知る必要もないだろう。祥平は思った。


「じゃあ、定期を更新するんで、免許証出してください」


駅員が言った。祥平は財布から運転免許証を取り出し、駅員に渡した。


「これは運転免許じゃないですか。こっちじゃなくて」


そう言って、駅員は苦笑いした。祥平は駅員が何を言っているのかわからなかった。


免許証といえば……これだろ?


「あんた……まさか、持ってないのか? 警察免許……」


警察免許? そんな免許証なんて、あるわけないだろ。


祥平は駅員が馬鹿にしていると思い、不機嫌になった。


しかし、駅員の目は、真剣だった。返答がない祥平の顔を見て、駅員の顔が強張った。


「出てけ!!」


急に駅員が叫んだ。


「警察免許持っていないなんて……頼む、どこかへ行ってくれ!!」


その駅員の言葉に、周囲の人間も気が付いた。そして、何かを恐れるように、みんなが祥平を見た。


そして、どんどん祥平から離れて行く。


どうなんているんだ? 俺が何をしたっていうんだ? だいたい、警察免許って……何だよ!


周りの目が怖かった。まるで自分が怪物かなんかになったようなそんな心境だった。


次の瞬間、祥平は走り出していた。駅からどんどん離れて行く。あんな場所には居たくなかった。


思い出したくなくっても、祥平を軽蔑するような人々の視線が脳裏に焼きついて離れなかった。


大きな道に出た。足を止めた途端、ドッと汗が噴出した。


走っていたからなのか、冷や汗なのか、今の祥平にはわからなかった。


視線を道路に向けると、遠くからタクシーが向かって来るのがわかった。


祥平は手を挙げて、タクシーを止めた。祥平の目の前で、ドアが開く。


祥平は何かから逃れるかのように、急いでタクシーに乗り込んだ。


「お客さん、どちらまで?」


運転手が言った。祥平は自分の会社の名前を伝えた。


「了解です。で、お客さん、警察免許見せてもらってもいいですか?」


祥平の体が硬くなった。一体何なんだよ!


「お客さん、警察免許、持ってないのかい? 勘弁してくれよ! 早く降りてくれよ! 巻き添えなんてごめんだぜ!」


震える足をどうにか動かしながら、祥平はタクシーから降りた。


怖かった。自分の知らないところで何かが起きている。

 


祥平は、重い足を半ば引き摺りながら、会社までの道のりを歩いていた。


もう何も考えられなかった。家に帰る事も考えたが、今一人でいるのは怖かった。


会社に行けば、とりあえず知り合いと一緒にいられる。唯一の救いはそれだけだった。


公園の脇の細い路地を歩いている時に、ふとあることに気が付き、祥平は振り向いた。


祥平の後ろには、三人の男が立っていた。


年齢は十代後半。茶髪や金髪の若者が、祥平の顔を見ながら微笑んだ。


祥平は嫌な予感がした。すぐに前へ向き直ると、足を速めた。


「おい! 待てよ!」


後ろから声が聞こえた。祥平は走り出していた。若者も追うように走り出した。


祥平は公園を横切り、目の前に現れた公衆電話ボックスに逃げ込んだ。


その周りを若者達が囲んだ。嬉しそうに祥平を眺めている。


祥平は、ドアを押さえながら、公衆電話で110を押した。


「もしもし、どうしました?」


受話器の向こうから、警官の声が聞こえる。祥平は、今の状況を話した。


「場所はどこですか?」


「本当にこいつ、持ってないのかよ」


周りの若者の声が聞こえる。


「あなたのお名前は?」


「あぁ、さっき駅で、駅員が言ってた。笑っちまうよな。持ってないなんて」


そう言って、若者が笑い出す。


「落ち着いてください」


「本当にいいんだよな?」


若者は、地面に落ちていた石を手に持った。


「最後に確認です」


「せ~の!」


若者が投げた石が、電話ボックスのガラスを貫いた。


恐怖で足が動かなくなった祥平は、そのまま崩れるように、地面に座り込んだ。


「あなた、警察免許証、持ってますよね?」




「ハッハッハ! 何か良いのかね? こんな悪い事やっても、全然大丈夫なんて」


若者達の声が聞こえる。


「構わないさ。だってこいつ警察免許持ってないんだもん」


「こいつ、あんま金持ってねぇな!」


「まぁ、こんなに楽しませてもらったんだから、お釣りが来るだろ」


祥平の財布の中からお金を抜き取った若者は、空になった財布を地面に横たわる祥平に投げつけた。


彼らの暴力を受けた祥平には、抵抗する気力すらなかった。


「しかし、この国は恐ろしい法律を作っちまったな。『警察免許証を持たない者へのいかなる行為は許可する』だったっけ?」


「そうそう! で、免許の取得には、警察に行って許可をもらうだけって。簡単すぎないか?」


「結局あれだろ? 警察に来れない奴ってのは、指名手配とかされてる犯罪者だけってやつだろ? 免許取れないのは悪者だから、好きにしていいよってか。まぁ昨日までの三ヶ月間で警察に行かなかった、馬鹿は別だけどな。しっかし、こいつ、なんで警察免許もらいに行かなかったんだろう。あんなにニュースや新聞で伝えてたのに」


そうだったのか。祥平は自分の家のポストに刺さった新聞の束を思い出した。


ちゃんと見ていれば、こんなに酷い目には合わなかったのに。


「でも俺たちは優しいよな。殺さないだけいいと思えよ。殺したって俺たち罪にはならないんだから」


そう言って、若者達はその場を去っていった。


祥平は、体中が痛かった。服は引き裂かれ、口や頭からは血が出ていた。意識も朦朧としている。


祥平は、最後の力を振り絞って、公衆電話まで這って行った。


ぶら下がった受話器を肩と頭で挟み、痛みを堪えて腕を上げ、119に電話をかけた。


今いる場所を伝えてからすぐに、祥平の意識はなくなった。

 


気が付くと、祥平の周りを、緑の服を着て、口にマスクをした集団が囲んでいた。


それがすぐに医者なんだと、祥平は気が付いた。


「気が付きましたか? 今あなたの体は危険な状態です。すぐに手術を行いたいと思います」


良かった。祥平は安堵した。救急車を何とか呼んだ後、ここ……手術室に運ばれたんだ。


「最後に一つだけ確認です」


その医者の言葉に、祥平は背筋を凍らせた。




「あなたは医療免許証をお持ちですか?」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ