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奇跡の欠片  作者: 神田 幸春
第一章 始まりの鼓動
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調査開始

 瑠璃を助けたその次の日、俺たちはさっそく魔術師道場破りの調査を開始した。実際魔術師道場破りという名前なのかどうかはわからないが、今はそう呼ぶしかない。俺は交友関係が広くないので、情報収集は主に雪乃と瑠璃に任せることになる。噂の大好きな女子(偏見)からはいろいろな情報がとれるだろう。

 俺は集めた情報をもとに道場破りを探すことになる。が、俺には力がないため道場破りを見つけたところでどうする事も出来ない。

 とにかく、これ以上意味のない犠牲者を出すわけにはいかない。俺は瑠璃しか犠牲者を知らないが、宮内によれば犠牲者は結構な数になっているらしい。雪乃が狙われる可能性もあるし、再び瑠璃が狙われることだってないとは言い切れない。さすがに、友達を傷つけられては俺も黙っているわけにはいかない。


〝なぎさ――〟


 最近になって、頭の中で女の子の声が頻繁に響くようになった。いったいなんなのかはわからない。どうして、女の子は俺を呼ぶのだろうか。いったい、俺に何を伝えようとしているのだろうか。それとも、ただの幻聴なのだろうか。こんなにもはっきりと聞こえるのに。

 俺は数学の授業を受けながらそんなことを考えていた。数学の男性教員の説明から大事な部分を抜き取りノートにとる。板書は適当に大事な部分をノートに書き記す。

 高校に入学してからまだ一週間弱。数学の授業は月曜日から金曜日まで一時間ずつしっかりと入っていた。別に数学は嫌いではないが、こう毎日やられると飽きてくるし嫌になってくる。

 しかし、俺の最も嫌いな授業は体育である。火曜日の体育は一般的なことをやるので全く問題ない。一般的というと、スポーツとかだ。しかし、嫌なのは木曜日の体育である。木曜日には魔術を使ったことを授業でやる。魔術が使えない俺にとって苦痛でしかない。中学校の時は魔術が使えないとばれたらグラウンドの隅っこでボール使って遊んでいたものだ。

 最初の授業くらいはごまかせる。魔術を使うのが下手なEランク魔術師だと思わせればいい。しかし、それも長続きはしない。この青藍高校ではいつまでもつか。

「桐原、聞いているのか?」

「はい?」

 俺は数学教師に名前を呼ばれて前を見た。白髪の混じった初老の教員が、困った顔で俺を教卓の方から見ていた。

「ずっと外ばっかり見ていたぞ?」

「ああ、はい。すみませんでした」

 生徒たちの笑い声が響く。それがちょっとだけうれしい。俺はまだ、相手にされているのだから。



 一時間目と二時間目の合間の十分休憩。そこでちょうど同じクラスの雪乃と瑠璃が俺の机の周りに集まった。

「どうだった?」

 俺が雪乃と瑠璃にそう聞くと、二人ともおもわしくない顔になった。これといって大した情報は取れなかったのだろう。

「私は早めに学校に来て、他クラスの生徒にもいろいろと聞いてみたんだけど、特に何もなかったわね。みんなそんな暴力事件が起きているなんて知らないみたいだし。情報通とか言われてる女の子にもあたってみたけど、駄目ね。そんなの知らないってさ」

「わたしも同じです。知り合いに聞いてみたんですけど、聞いたことがないって」

「……そっかあ。でも、どういう事なんだ。この学校の生徒が無差別に攻撃されていて、毎日多くて四人はけが人が出ているってのに。誰も知らないなんて。この学校側から口止めされてんのか? それとも俺たちがたまたま本当に知らないやつに聞いているだけなのか? だとすると、どうやって宮内はこの情報を仕入れたんだよ」

 俺は混乱してきて頭をかきむしった。すると、この声が聞こえたのか宮内がやってきた。

「おっす三人とも。どうした? 魔術師道場破りの件か?」

 宮内が爽やかなスマイルを作る。こいつは素でこういうことが出来るやつなのだ。確かに顔は二枚目でスタイルもモデル並みの野郎だが。

「宮内君?」

 雪乃が首をかしげて言う。

「何か知ってるの?」

 宮内は右手で前髪を払った。こいつは何がしたいのだろうか。

「まあ、確かに知っている。こいつは正規のルートじゃあ手に入らないんだぜ? それにしても、どうしてお前たちはそんなことを? てっきり興味ないと思ってたんだが」

「まあ、そうなんだけどさ。でも、瑠璃がその道場破りの被害にあったんだ。たまたま俺がそれをみつけてな。放っておいたらマズイと思って、今真剣に捜してんの。女の子が血だらけで倒れているなんて、もう見たい光景じゃない」

「……なぎさ」

 俺は吐き捨てるように言った。雪乃が心配そうな声をかける。

「そっか。なら、耳よりな情報を教えてやろう。こいつはさっき手に入った情報でな。大事にしろよ?」

「情報? どんな?」

 俺が身を乗り出して聞こうとする。宮内と顔が近くなってしまい、宮内は面倒臭そうに俺を椅子にすわらせる。

「魔術指導所破りは確かにこの学校に潜んでる。そして、性別は男だ。ただ、どこの学年なのか、どこのクラスなのか、どこのクラブに所属しているのかは、残念ながらわからない」

 俺はその情報をルーズリーフに書き留める。わからないことが多いが、今は小さくても情報がほしいのだ。

「いらない情報だったか?」

「いや、サンキュー。助かった。これで少しは範囲を縮められそうだ。女子を全部切り捨てるんだから、犯人の数はぐっと少なくなった」

 それでも、情報収集はこれまで通り大変なのに変わりはない。情報収集に関しては男子も女子も関係ないからだ。

「宮内君。被害にあった生徒の情報はないの? その子たちに聞けば犯人の特徴とか、何かわかるかもしれないし」

「悪い。それは出来ない」

 雪乃が当たり前な質問をしたが、なんでもぺちゃくちゃ喋るあの宮内が、今日は珍しく情報公開を断った。確かに、情報を持っている宮内に被害者の名前を訊けば早いうちに犯人を見つけられそうだ。それなのに、宮内はそれを良しとはしなかった。

「どうしてだ?」

「……情報はタダじゃないんだよ。それに、言ったろ? 道場破りについての情報は正規のルートじゃ手に入らない。俺は危険と知りながらも裏のルートで情報をもらっているんだ。だから、悪いなそれは教えられないんだ。じゃあ、また何か情報が入ったら教えるよ。教えられるやつはな」

 そう言って、宮内は教室から出て行った。トイレにでも行ったのだろうか。

「口止めでも、されているのかしら」

 雪乃がそう呟いた。

「裏のルートって言ってたな。だったら、そうなのかもな」

 その裏のルートとはいったい何なのか。そこが気になるところだが、たぶんそれも教えてはくれないだろう。

 教えられる情報と教えられない情報。たぶん、核心を突くような情報は口止めされているのだろう。なら何故、その裏ルートの人間は宮内に情報を教えたのだろうか。宮内がポロッと口を滑らうことだって考えられない話じゃない。それとも、宮内に絶対の信頼を置いている奴が情報の持ち主なのだろうか。考えれば考えるほど意味が分からなくなってくる。宮内は、どうして道場破りの情報を手に入れようとするのか。自分も狙われるかもしれないという恐怖心からか。

「あー。さっぱりわかんねえ」

 俺は木製の椅子の背もたれに背を預けてだらしなく座る。

 と、瑠璃がずっと教室の外を見ていた。宮内が出て言った方向だ。

「どうした? 瑠璃。さっきからずっと喋ってなかったけど」

 俺の声に気が付いて、瑠璃は教室の外から視線を離す。

「あ、いえ。何でも。ただ……ちょっと」

 ちらちらと視線を廊下の方にやる。そこには、トイレから帰ってきたのだろうか、宮内の姿があった。他クラスの友人と談笑している。

「なんだ? 宮内の事が気になってんの? まあ、イケメンだからなあ」

「え? い、いえ! そういうことではなくてですね!」

「なぎさも顔を鍛えればハンサムになるんじゃない? そうすれば瑠璃もなぎさに振り向いてくれるわよ」

「だから! 違いますよお!」

 瑠璃が地団太を踏んで必死に否定する。なんかちょっと可愛かった。



 水曜日という事もあって、俺にとってやばい授業もなく、滞りなく学校が終わった。その放課後、俺は急いで家に帰り、入学式の時にもらった冊子をゴミ箱の中から拾い上げた。最後の方のページを開き『冴木瑠璃』の文字を探す。寮の場所は、ここからは結構遠い。学園島の北のほぼ端っこにある。学校を挟んでしまっている。この寮は学園島の南東寄りにあるのだ。

 俺は冊子を丸めて持ち、外に飛び出す。バス停のところまで駆け寄り時間を確認する。次のバスは五時二十分。学校前で降りてそこから痛い視線を感じながらも女子寮行きのバスに乗り換えるしかない。残念ながら雪乃は今も情報収集で忙しい。瑠璃は何故かクラブ活動の勧誘に引っかかって今は先輩の寮で大人数で食事の予定が入っているらしい。新体操部に引っかかったらしいが、まあ断り切れなかったんだろう。あんな性格だし。

 ということで、俺がやるしかないわけだ。

 俺は夕日の映える空を見上げて、錆びた青いベンチに座る。学園島南東に位置するといっても、ここから海は見えない。周りを見渡せば、今もなお帰宅中の生徒の姿がある。その喧騒を遠くに感じながら、俺はバスを静かに待つ。焦っても仕方がない。調査開始してすぐ犯人が見つかるなんて都合のいいことは起こらない。急いでみてもバスは来ない。

 この道場破り調査で、果たして俺は変われるだろうか。逃げてばっかりだった自分が、この学校に来て初めて自主的に動いた。それも、瑠璃に感化されてだけど。けれど、それで中身を変えることができるなら、変わりたいのだ。


〝なぎさ――〟


 その女の子の声も、どことなく嬉しそうで。俺にだけ聞こえる声。幻聴かもしれないけど、なんだか今はあんまり不気味に思わない。一人じゃないってことを教えてくれているようだ、その声が。その声に、頑張れって、背中を後押しされているような気もする。

 俺は、気長にバスを待つことにする。後、十分。



 案の定、変な目で見られながらも俺は第三女子寮にたどり着いた。ここが瑠璃のクラス寮である。俺はその高層ビルのような寮を見上げる。

「男子寮も立派だったけど、これを見たら男子寮がかわいそうに思えてくるな」

 俺は首が痛くなったので見上げるのをやめた。

「なんか、男女差別を感じる……」

 俺は気を取り直して調査を開始することにした。といっても、聞き取り調査ではない。瑠璃がここで誰かに襲われたというのだから、何か痕跡が残っていてもおかしくない。なにか、手掛かりになるものでも見つかればいいのだが。

 とりあえず、女子たちの変態を見るような視線を無視して地面の方を探す。なにかがあればいいのだが。

 探し始めて十五分ほどたった。俺は寮の近くにある木々の隙間にとある不思議なものを発見した。

「? これは……」

 木々の隙間、雑草にくっついているもの。

 氷、だった。

 最近雪なんて降っていないし、底冷えするような気温でもなかった。霜が凍ったなんてことも、この時間帯ではありえない。雑草は綺麗に凍っていた。

 その氷を見つけてからは早かった。そこら中に綺麗な氷を見つけた。こんなところで、雑草を凍らすような意味不明な趣味を持った人がいるだろうか。これは、明らかに戦闘の爪痕だ。しかも、魔術によるものだ。いつまでたってもこの氷が消えていないのがその証。この氷がさっきつけられたものだったとしても、解けるそぶりも見せない。魔術の凍りは同じ魔術でしか解けないのだ。

 だけど、誰がこんな……。

 瑠璃だろうか。でも、あいつは俺の住む第二男子寮の前で倒れていた。それに、矛盾を受け入れるのなら、瑠璃はこの女子寮の前で後ろから何者かに襲われて、そこで意識を失ったのだ。

「ということは、これは瑠璃のじゃない、のか」

 女子寮の前で誰かが喧嘩をした。その痕跡ということになるのか。結局、魔術師道場破りについての情報は、ここでは得られなかったのか。

「ていうか俺、瑠璃の魔術知らないな……」

 明日、聞いてみるか。そうしたら、何かわかるかもしれない。都合がいいかもしれないが、もしも瑠璃が氷属性の魔術が使えるなら、この雑草の凍りが、解決の糸口になるかもしれない。

 やはり女子たちから奇異の目で見られながらも、俺はその氷を携帯の写真で撮影し、その場を後にした。


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