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奇跡の欠片  作者: 神田 幸春
第一章 始まりの鼓動
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大切なもの4

 冴木を俺の部屋に連れて帰り、とりあえず汚れた上着を取りベッドに寝かせる。目を覚まさない女の子の服を(たとえ上着だけでも)脱がすのはかなり緊張した。というより、本当にこんなことをやってもいいのだろうかという罪意識まで生まれてきた。といっても、雪乃が来るまで待っているという事も出来なかった。女の子が血を流したままなんて放っておくことはできない。今までの自分ならいざ知らず、今俺はまだFランクとばれているわけじゃないし、このまま放っておいたら、俺はいつまでたっても昔のままの気がする。

 俺は冴木の頭の血を丁寧にふき取り、慣れてもいない包帯をへたくそに巻く。とりあえずの応急処置だ。雪乃が来るまではもってくれるだろう。

俺はこういう時に実感する。本当に何もできない人間なんだと。今ではほとんど全ての人が魔術を使える。誰もが有用性のある魔術を使えるわけではないが、それでも魔術師は魔術師なのだ。体の中に受容体を宿しているかそうでないかの違いでしかない。ないものは魔術師にはなれない。産まれてくる瞬間に決まる運命だ。産まれてきた赤ん坊を検査して受容体の有無を確認、九十九・九九パーセント有、〇・〇一パーセント無。無いものは気味悪がられて社会から排除される。普通に生活できる手足があるのに、普通に生活できない。どうすれば認めてもらえるのかも、わからない。いつからこの世界は魔術にランクをつけて、魔術を使えない者を排除するようになったのだろうか。

「なぎさ~?」

 その時、外から雪乃の声が聞こえた。気付けばインターフォンが連打されていた。どうやら考え事をしていて気が付かなかったらしい。

「悪い悪い」

 俺は鍵を開けて雪乃を中に入れた。本来男子寮は女子禁制なのだが、今はやむを得ない事情という事で許してもらおう。それに成績トップで入学した雪乃がいるのだから許してくれるはずだ、たぶん。

「本当に冴木さん、どうしたんだろう」

 雪乃が冴木を見るや否や深刻そうな表情になった。と、その前に雪乃が不審な顔をした。どうしたのだろう。

「なぎさ、背中が砂まみれよ? 制服のまま転がったわけ?」

「え?」

 雪乃にベランダに連れて行かれ、彼女は俺の背中を思い切りはたく。すると、確かに砂埃が舞った。何故? 寝転がった記憶はない。

「いや、全然覚えてないぞ、俺。なんで砂がこんなについてたんだ?」

「知らないわよそんなの。まあどうせ寝頃がったのね」

「違うっての!」

 でも実際、どうして砂が背中についていたのか見当もつかない。何か途轍もない恐怖も感じる。俺の記憶にないことが起こっているのだから。

「はいはいわかったわかった。今一番大事なのは冴木さんよ」

 そう言って、雪乃は部屋に戻っていく。ベッドの横に立って手際よく雑な包帯を外して治癒魔術をかけ始めた。一人で暮らすには広い部屋の中に、薄緑色の光が灯る。その光が、俺には少し眩しかった。俺は別に、魔術が嫌いなわけじゃない。たぶん、憧れてはいると思う。


〝なぎさ……〟


「……?」

 また、幼い女の子の声だ。いったいどこからこの声は聞こえてくるのか。あたりを見渡してもいるのは雪乃と冴木だけ。彼女たちが声を発した様子はない。

 見ると、治癒術をかけられている冴木の顔からは傷がふさがっていき、表情も安らかになってきた。

そして、治癒をかけ終えた雪乃が、キョロキョロとあたりを見渡していて傍から見れば不審な動きをしている俺を呼んだ。

「なぎさ? 何してるの?」

「ん? ああ、何でもない何でもない」

 俺は不自然ながらも必死で取り繕う。冴木は完全に安らかな表情に戻っていた。こうしてみると、幼い顔立ちではあるが、かなりかわいい部類の子である。

 俺が冴木に見とれているのを知ったのか、雪乃が俺を睨み付けていた。俺はぱっと冴木から視線を離す。

「で、どうだった?」

「……ふん。傷自体はたいしたことないわね。うまい当たり方をしているから、多分この子は結構やり手だと思う。まあBランクなんだし出来るわけよね」

 雪乃はちょっとご機嫌斜めだ。

「……へえ。冴木ってBランクなのか。それよりも、どうして冴木がこんなことに……。こけたってわけじゃないだろうし」

「あんな更地でこけてもこんな傷にはならないわね。相当ドジでもない限り。この子って案外しっかりしてる子なのよ? たぶん、攻撃されたのね」

「それってさ、道場破りとかいうやつか?」

「? 何それ?」

「え? 道場破りっていう、最近魔術師だけを襲ってるっていう……。聞いたことないのか?」

「うん。全然」

 本当に全く知らなそうだ。雪乃は小首をかしげている。道場破りの件については全生徒に浸透しているわけではないようだ。知っている人は知っているってことなのだろう。

 なら、別の可能性がある。宮内は都市伝説だって言い張っていたが、俺にはどうもそんな範疇には収められないのだ。なぜなら、確かに言っていたからだ。俺の見ていたあの上級生と一年生の少年との喧嘩で、その少年が確かに一言。

「じゃあ、黒の断罪者(ダーク・エイジ)って奴は?」

 雪乃は途端に苦虫をかみつぶしたような顔になった。あまり聞かれたくない内容だったのだろうか。けれど雪乃は意を決したかのように答えた。

「……それは、ないわね。黒の断罪者(ダーク・エイジ)は確かに悪い集団だけど、何の意味もなく人を傷つけることはしないわ」

 ……それは少々意外だった。宮内から言わせれば、たとえ都市伝説と言っても黒の断罪者(ダーク・エイジ)は完全に悪いやつらの扱いだったのに。

「そもそも、黒の断罪者(ダーク・エイジ)ってなんなんだよ? 都市伝説じゃないのか?」

 そうして、雪乃は少し考えてから、ぽつぽつと説明し始めた。

「都市伝説なんかじゃない。確かに存在するわ。黒の断罪者(ダーク・エイジ)は、この世界の魔術を裏側で管理している魔術協帝(まじゅつきょうてい)に所属している組織よ。魔術の結社って言ったらわかりやすいかな。魔術協帝に正義なんてない。奴らは自分たちの敵になりそうな魔術師は片っ端から排除しようとする悪徳集団よ。その傘下の黒の断罪者(ダーク・エイジ)も」

「……なんか、恨みでもあるような言い方だな。まあ、そんな悪いやつらなら仕方ないかもしれないけど」

 雪乃は切れそうなくらい唇を強く噛んでいた。拳を握りしめて、険しい表情をする。その魔術協帝なるものと、何かあったのだろうか。

 と、俺が見ていることに気が付いたのか、雪乃はいくらか表情を緩めた。

「ごめん。そういえば、黒の断罪者(ダーク・エイジ)の説明がまだだったわね。奴らも同じようなものよ。世界に三十人存在する魔術師のエキスパート集団。中には穏やかな奴もいるし、中にはちょっとムカついたからってその魔術師を殺すような奴もいる。まあどっちみち悪魔に魂を売ったようなものだから関係ないけどね。まあ、あいつらのことはなぎさはあんまり知らないほうがいいわ。私はもう、なぎさにつらい思いをしてほしくないの」

「……それは、俺も同じだよ。雪乃にはつらい思いをしてほしくない」

「生意気っていうのよ? そういうの」

 少し元気が出たのか、雪乃は俺の頭を小突いた。そして、眠っている冴木の方に向き直る。

 すると、冴木の呼吸がだんだん意識的なものに変わってきた。部屋の明かりが眩しかったのか、冴木の綺麗な眉がピクリと動く。そして、ゆっくりゆっくりと彼女は目を開いた。

「起きた?」

 雪乃が白いベッドに両手をついて身を乗り出すようにして冴木に近づいた。顔が近いといきなり起きた冴木がびっくりするだろうに。

 案の定、冴木は驚いたように顔をひきつらせて小さな悲鳴を上げた。たぶん、雪乃の顔も恐かったのだろう。冴木を心配して真剣な表情をしているので雪乃に悪気はないのだが、起きて早々そんな顔が間近にあったら誰でも驚く。

「水、橋さん……?」

 小さくともはっきりした声に、雪乃は安堵の息を漏らす。雪乃は俺に振り返って命令を下した。

「なぎさ。タオルもってきて。あとお湯」

「はいはい」

 俺も少し安心して、今は雪乃の命令にも文句を言わずに従ってやる。

 俺は流し台から水を流し、それがお湯に変わるのを待つ。その間、彼女らの会話に耳を傾けていた。

「あの、さっきの、桐原君?」

 冴木の声はもともと大きい方じゃないのだろう。けれどしっかりと通る綺麗な声をしていた。

「そうよ。桐原なぎさって言ってね。私の幼馴染なの」

「そうなんですか。えっと、ここは? 水橋さんの部屋?」

「そんなわけないでしょう。なぎさの部屋よ。倒れていた冴木さんを、ここまで運んできてくれたのよ」

「……え? 倒れてた?」

「そう。覚えてない? 頭から血を流してね。私が傷はふさいでおいたけど、どうして傷をつけられたのか、覚えてない?」

「……すみません。でも、確か、今日は早めに家に帰ろうとして。寮に帰る途中、というか、亮の前で、何かがあったような……」

「……。なぎさ、お湯は?」

「今もってく」

 ちょうどお湯が出てきたところなので、俺は洗面器に温かいお湯をためる。それにしても、何か引っかかるな、冴木の発言は。

 俺は雪乃の横の床にお湯とタオルを置く。雪乃はタオルをお湯に浸らせる。そして、俺に対してあっち向いてろと指示を飛ばす。冴木の体の汗を拭いてやるらしい。俺は素直に従って後ろを向く。

「なぎさ。ちょっと引っかかったところがあるんでしょう?」

 俺を追い出さなかったのはそれを訊くためだったのか。

「ああ。男子寮と女子寮って大通りを出たら全く逆の方向だろう? 男子寮は右で女子寮は左に曲がる。だけど、俺が冴木を見つけたのは男子寮の前だ。しかも俺が見つけた時の冴木の血はまだ温かかったし固まった感じもあまりしなかった。冴木の女子寮がどこにあるのか知らないけど、ここから一番近い雪乃の女子寮でも距離は結構ある。俺の寮まで来て倒れても、血が流れ続けていたんなら乾いてないのもおかしくない。でも、足跡もなかったし血が垂れた痕跡もない。いろいろとおかしいところがあるんだ」

 しかも、これは単なるたとえ話。なぜなら冴木の記憶が正しければ彼女が倒れたのは夕方の話で、しかも彼女は女子寮の前で倒れたのだ。どうやって男子寮まで来たのか。どうして血が全く乾いていないのか(ということは、俺が冴木を見つけたのは冴木が倒れてすぐという事になる)。そう、時間が全く合わないのだ。時間に矛盾が生じている。魔術師の仕業ではあるだろうが、時間を操る魔術師なんて、俺は一人しか知らないし、その人はまずそんなことをする人ではない。

「なんだか、大変なことになってるね」

 他人事のように冴木が言う。すると、雪乃が突っ込んだ。

「あなたも事件の被害者なのよ? またいつ狙われるかもわからないのに」

「……えっと、ごめんなさい」

「まったくもう」

 そこで、雪乃は思い出したかのように呟いた。

「それで、冴木さん。なぎさが言ってたんだけどね。魔術師しか狙わない道場破りって知ってる?」

 俺が宮内からもらった情報だった。雪乃はそんなことを覚えていたらしい。ばかばかしい話だからすでに忘れたものと思っていたが。

 しかし、冴木は首を横に振った。

「すみません。聞いたことはないです」

 俺と雪乃は顔を見合わせた。冴木もだめだったらしい。ということは、本当にたいして知られていないのだろうか。学校側が隠しているような秘密裏の情報なのだろうか。なら、どうやって宮内はそんな情報を得たのだろうか。

「聞いてみましょうか?」

 冴木はぽつりと呟いた。その言葉には俺も雪乃も驚いた。確かに俺もちょっと調べたいと思っていた事柄だし、雪乃も調べる気満々だろう。でも冴木が協力してくれるなんて思わなかった。しかも情報収集。俺が言えたことではないが、お世辞にも冴木に人脈が多いとは思えない。

「心当たりがあるわけではありません。でも、何かお役にたちたいんです。桐原君にも水橋さんにも。助けてもらって、感謝していますし」

 俺は、なんだか感銘を受けたような気持ちになった。まさか、こんな子がここまで行動的だなんて。それは雪乃も一緒の気持らしい。雪乃は冴木の頭をガシガシとかく。

「案外やる子じゃないのこの子は!」

「ちょ、や、やめてくださいよ~」

 女の子二人がベッドの上でじゃれ合っている。見ていて微笑ましい光景である。『美』を付けてもまったく問題ない程に綺麗な少女たちが自分たちの体を密着させてこすりあっているのだから。

 と、ようやく俺は雪乃を冴木から引っぺがす。すると、冴木は俺を上目づかいで見て「ありがとうございます」と言った。

「あの、恥ずかしいことかもしれませんが、わたし、自分を変えたかったんです」

 え? と、俺は驚いた。まさか、俺と同じような考えをもってこの学校に来た人物がいたなんて。

「わたし、弱虫で臆病な性格を変えたかったんです。そのせいで、だれかが傷ついてしまうのがたまらなく嫌だったんです」

 そうか。だから俺は冴木の言葉に感銘を受けたんだ。俺と同じものを、冴木の中に感じていたんだ。なんだか、一気に距離が縮まった気がした。

 けど、俺はFランクであることを隠している。だから、どこまで距離が縮まろうと、絶対に縮められない隙間が現れる。どうにもならない、どうにもできない、あまりにも遠すぎる距離だ。

「今が、チャンスだと思うんです。自分を変えるための」

 冴木は力強い目で俺と冴木を見る。確固たる意志を持った目だ。

「よし。明日から調査開始よ!」

「ああ!」

 俺は快くそれを承諾する。

 俺も、何かを変えられるだろうか。冴木のように、強く立ち向かうことができるだろうか。

 いや、俺は立ち向かうためにここにいるんだ。絶対に、弱い自分を変えてみせる。もう誰も、傷つけないために。

「あ、冴木さん。私の事は雪乃でいいから。あとこいつもなぎさでいいわよ」

「こいつって……」

 冴木はくすくすと笑って答える。

「はい。わかりました、雪乃さん、なぎさ君。わたしの事も瑠璃でお願いしますね」

 そうして、これから魔術師道場破りの真実を突き止めるための調査が始まる。俺と雪乃と瑠璃の三人で。きっと真実を突き止めてみせる。その先に、俺の希望が待っているかもしれないから。


 けれどこの捜索劇が、あまりにも無慈悲な絶望に三人を連れていくことを、誰一人知る由もなかった。

ここから物語が大きく動くかも……?

遅いですがしっかし投稿していくのでよろしくお願いします。

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