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奇跡の欠片  作者: 神田 幸春
第一章 始まりの鼓動
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大切なもの2

「ではこれからちょっとした模擬戦に入る。桐原君、すぐに簡易防御結界を張りなさい」

「え?」

 張れるわけがない。俺には魔術が使えないのだから。この人は、明らかに知っている。顔がにやけているからだ。生徒にはわからないくらい小さな変化だが、俺には分かる。

「ではここに二つのサイコロと真っ白なコップがある。誰にもコップの中は見えない。さて!」

 菅原はコップの中にさいころを二つとも入れ、地面にさかさまにして置いた。これは、丁半の博打に似ている。

「桐原君。丁か半か」

「……丁?」

 さいころの目の合計が偶数なら丁、奇数なら半。どっちだ。そもそも、これはどういうゲームなんだ。当たったらどうなる? 外れたらどうなる? まさか、魔術で中御通ししろっていうだけの事なのだろうか。いや、それでは簡易防御結界を張れという意味が分からない。

 菅原がコップを持ち上げる中から出てきたサイコロの目の合計は……。

「一と四。合計五。奇数の半だ。残念」

 瞬間、俺の腹部に重い衝撃がはしった。金属バットで思い切り殴られた感じに似ている。経験済みだからわかることだ。

「ぐ――っ!」

 俺は腹を抱えてうずくまる。膝立ちになり、肩を震わせる。

 どういうことだ。何が起こったんだ。

 生徒たちのどよめく声が聞こえる。その中でもひときわ目立つのが雪乃の抗議の声だった。

「先生! 何をしているんですか!」

「まあ待ちなさい。これはガイダンスだよ。それに、もっと速く簡易防御結界を張っていれば今のは防げた攻撃だ。金属バットで殴られた感じだろう?」

「そんな……」

「雪乃!」

 俺は彼女を制止させる。雪乃はこっちを見て不安げな表所をする。

「いいから、そこで、見てろ」

 菅原は紺色のハーフパンツのポケットに左手を突っこんだまま右手だけでコップの中のサイコロをころころと回している。そして、ダンと地面にコップを逆さにして叩きつける。

 俺は、簡易魔術結界なんて張れもしない癖に、右手を前方に突き出す。

「丁か、半か」

「ち、丁!」

「はずれだ」

 三と六の合計九。奇数の半。俺の右手が下から突き上げたような打撃によって、嫌な音を立てた。幸い、折れてはいないみたいだ。しかし、痛みは本物だった。

「次は?」

「半!」

「はずれ」

 六と六で合計十二。偶数の丁。どうして俺は裏をかいて半なんて言ってしまったんだ。そのまま丁と言っていたらいいものを。

 ゴッ! と、側頭部にさらなる衝撃。俺はたちまち地面にぶっ倒れる。平衡感覚がわからなくなってくる。体に力が入らない。

「次は?」

「……は、はん」

「はずれだ」

 菅原の冷めたような口調。二と六で合計八。偶数の丁。

 そして、ひときわ大きい衝撃が背中にはしった。金属バットを持ちうる力全てを使って叩き落されたような痛み。

「う、ああああ!」

 さんざん痛めつけられた記憶がよみがえる。小学校の時も、中学校の時も。まるで人間じゃないかのように、痛めつけられた。実験と称した残虐行為。これを人に試したらどうなるのか、と。毎日毎日地獄の日々。もう、散々だ。生きるのも嫌になってくる。死ぬことは逃げることだという一般論も聞き飽きた。死ぬことなんて、一瞬の勇気でいい。これから生きていく勇気よりも、そっちのほうが楽でいい。だけど、死ねなかった。死なせてくれなかった。こんな俺にも、死ぬことで悲しんでくれる人がいるから。本気で起こってくれた人がいたから。だから俺は、守られてばかりじゃ駄目なんだ。

 どこにあるのかもわからない力を振り絞って、俺は立ち上がる。菅原を睨み付け、絶対にそらさない。菅原が薄く笑った。

 雪乃が、驚いたような顔になる。

「なぎさ……」

 菅原はコップを地面にたたきつけた。

「面白い。これで決めようじゃないか。君の本気を見せてくれよ」

「…………」

 考えたって無駄だ。博打なんだから、運に任せるしかない。だから、直感を信じるまでだ。

「……半!」

 菅原がコップを持ち上げる。さいころの目は、六と五。合計十一の半。

「……!」

 なぜか、俺だけでなく雪乃までが歓喜の表情になる。顔がほころんで、やっと救われたんだと実感する。

 菅原はにっこりと笑って言った。

「おめでとう、正解だよ。大当たりだ」

 俺が生徒の列に戻ろうとし、右足を前に出そうとした瞬間のことだった。

 キュイン、という風切り音が耳に届いた。

「な――!」

 土煙をまき散らしながら何かが俺に迫ってきていた、ことに気付いた時にはもう遅かった。一瞬の出来事だった。何かが俺に直撃し、俺はグラウンドの端のサッカーゴールのゴールポストに背中から激突していた。ひしゃげたゴールポスト。頭部から流れる鮮血。何が起こったのか全く分からない。

 それでも、俺の意識は保たれている。霞む視界、朦朧とする意識。俺は消え入りそうな意識をなんとか押しとどめる。

「なぎさ!」

 雪乃が駆けつけてきた。自分の服が汚れるのも無視して、彼女は俺の服に付着した砂や泥を落とす。

「早く、保健室に――」

 そこで何かを思案し、雪乃は苦い顔になった。

「やっぱり、駄目」

 そう言うと、雪乃は右手を俺の頭の傷口に近づけた。雪乃の右手は薄い緑色のオーラをまとっている。

 治癒魔術だ。小さな傷を閉じたり、出血を止めたりするだけの簡単な魔術だ。とはいえ治癒魔術もピンきりだ。とてつもない回復量のものもあれば、今雪乃が使っているものみたいに傷口をふさぐだけというものもある。

「はい。終わり。痛くなかった?」

「……ああ、大丈夫。ありがとな」

「どういたしまして。……それよりも、あの先生……」

 雪乃が小さく語気を荒げて立ち上がり、菅原の元へ向かおうとする。おそらく抗議のついでにぶっ叩くつもりなのだろう。それは駄目だ。彼女まで、変な噂がたっても困る。あんなのは、俺一人で十分なのだから。汚れ役も、俺一人で十分だ。

 俺は雪乃の右手首をつかんだ。雪乃は振り返り、戸惑った表情を見せる。どうして止めるのか、どうして反撃させてくれないのか、それがわからない。といったことでも考えているのだろう。

「今は、いい。俺は、いつも通りやられただけだから……」

「今はって、ならいつなぎさは反撃するのよ!? なぎさ、中学校の時から何も変わってないじゃない……。やられたらやられっぱなしで、なぎさが見ていたら今はいい今はいいって」

 そして、雪乃は一段と小さな声になって続ける。

「なぎさには、力がないんだから。私に頼ってくれてもいいじゃない。一泡吹かせてやりたいなら、私を使えばいいじゃない。私は絶対に、拒否なんてしないから」

 雪乃は力なくうなだれる。顔を俯かせ、肩を震わせている。泣いているのだろうか。そういえば、鼻をすする音が聞こえる。

 ……だから、こそ。雪乃にそんな責任を負わせられない。責任を感じる必要なんてない。それに、雪乃は俺の道具なんかじゃないんだ。俺は、俺自身だけじゃなく、俺の周りの人も変えていかなきゃならないのかもしれない。

「雪乃、元気出せ。大丈夫、俺はもう、昔のまま終わらない。終わらせない」

 俺は、きっぱりと言い放った。自分に言い聞かせる気持ちも込めて。

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