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奇跡の欠片  作者: 神田 幸春
第一章 始まりの鼓動
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真っ白な空間と仲直り

 真っ白な空間だった。あたりを見渡してみても何もない。俺はそんな空虚な空間で、ただ一人佇んでいた。

 これは、夢?

 頬をつねってみるが、痛みがあった。夢なら痛みはなさそうなのに。

 そこで、俺はあることに気が付いた。体には傷一つない。あれだけぼろぼろにされたというのに、かすり傷一つついていなかった。

「お~い」

 声を出してみても、それに応える声はない。声が反響することも無い。

 寒さもない。暑さもない。風もない。

 ここには何もない。たぶん、用意されていないだけ。ここは、とても大切な場所なんだと思う。どうしてかはわからないけど、そう思う。だから、余計なものは存在していない。ここにくる誰かにとって必要なモノだけが用意された空間なんだ。

 でも、呼吸をしなければ息が持たない。つまり、ここでは呼吸が必要だというわけか。

「誰か、いないのか?」

 声を出すこともできる。それは、この空間、いや、この世界にとって必要なことだから。

 すると、俺の前方二メートルくらいのところでバスケットボールくらいの大きさの光の球が出現した。黄色っぽい色をした、遠くから見た太陽のような色。俺の顔くらいの高さのところで静止している。

「な、なんだ?」

 俺が動こうとしたが、足は動かなかった。手は動くし、首も自由に動かせる。けれど、足は全く動かなかった。この真っ白な世界に地面というものがあるのかはわからないが、俺の足は地面に根をはったかのように動かない。

〝なぎさ――〟

 女の子の声が聞こえた。時々聞こえてくるものと同じ。それが、あの光の球の方から聞こえた。

「お前、いつも、俺を呼んでいた?」

 俺が戸惑いながらその光の球に向かって質問する。傍から見れば奇妙な光景だ。俺が大真面目に光の球なんぞに話しかけているのだから。

 光の球ははっきりと頷いた。

〝そうだよ、なぎさ〟

 光の球は動かない。俺も動けない。

「どうして、お前が?」

 光の球は苦笑する。

〝どうしてなんだろうね〟

「それは、わかっているときの口調だぞ?」

〝あはは、そうかもね。でも今はその話はいいや〟

「いや良くねえよ。もうちょっとで俺は精神科を受診するところだったんだぞ?」

〝それは嘘だね。だって、どうやって病院に行くのさ。病院なんてどこも魔力探知機があるし保険証だって発行できないじゃん無能力者は〟

「お前、案外現代知識に詳しいのな」

 えっへん、と、光の球は胸を張る。なんか、ちょっとだけ恐ろしいものではないかと想像していたんだが、どうやらそうでもないらしい。子供みたいなやつだ、話した感じでは。こいつは、ずっと俺に話しかけてきていた。でも俺はそれに応えたことはなかった。こいつは、いつもこの世界で独りぼっちだったのだろうか。

〝それは違うよ〟

 俺の心の中が読めたのだろうか、何も聞いていないのに光の球は勝手に答えた。俺はジト目になって光の球を見る。

「俺の心を読むな」

〝えへへ、ごめんごめん。でもなぎさ、あたしはここにずっと独りだったわけじゃない。わたしも初めてこんなところに呼ばれたの〟

「じゃあ、ここは?」

〝ここはたぶん『白銀の抱擁』と呼ばれる空間。あたしも来るのは初めて。この空間はね、たった二人のためだけに世界が用意してくれる空間なの。二人の心が同調して一つになった時に招かれる空間。そして、二人にとって必要なモノだけが用意される。それ以外のことは何も出来ない空間なの〟

「ふ~ん」

 ということは、俺とこの光の球にとって、動くことは必要ではないというわけか。風も温度も。

「魔術的なものじゃないんだな」

〝うん。ただ世界が用意してくれるお部屋みたいなもの。お前らちょっとここに入って話でもしろ、みたいな〟

 なるほど。どうやらそんなに危ない空間でもないらしい。

「どうやって帰るんだ?」

〝決着がついたら、じゃない?〟

「お前も詳しくわかんねえのか」

〝ごめんね〟

 ちょっと落ち込んだかのような口調で言う光の球。

「いいよ、別に。それで、何か話があるのか?」

〝……うん〟

 光の球は、さっきまでのおふざけ調子とは違って、真面目な口調になる。

〝なぎさ……負けたの、悔しい?〟

「……え?」

〝あの岸田悠誠に負けたの、悔しい? あんなに一生懸命に戦ったのに。友達を侮辱されて、その仇を取ろうと思ったのに手も足も出なかった。……悔しいよね?〟

 悔しいさ。自分が情けなくなるくらい。泣いてしまいそうなほど。

〝そうだよね。悔しいよね。でも、もうちょっとだから。なぎさ、今日はそれを伝えに来たの。この空間から出たころには、またあたしの声はあまり届かなくなるかもしれないから。だから、伝えに来たの。なぎさ、焦らなくていいからね。あたし、ずっと待ってるからね。ずっとずっと、待ってるからね。でも、本当にあとちょっとだから〟

 光の球がだんだん小さくなり、だんだん光が弱くなっていく。俺は動かない足を懸命に動かそうとする。しかし、びくともしない。俺はかわりに腕を伸ばす。届くわけがないのに。

「お、おい、待てよ! もうちょっとってなんだよ!? 待ってるってなんだよ!?」

 光の球から弱弱しい声が返ってくる。

〝なぎさは、あたしに応えてくれた。だから、あと、ちょっと……〟

「何の、話なんだよ!?」


〝あと、ちょっと。……なぎさ、あたしを……て〟


 光の球は余韻も残すことなく消えていった。結局、光の球の事についてはさっぱりわからなかった。いったいなんなのだろうか。

 俺はまた、白い空間の中で、一人佇んでいた。



 眩しくなって目が覚めた。明かりで照らされたどこかの部屋。そこは白い空間ではなかった。白い天井がある。薄型のテレビも置いてあるし、クローゼットもある。タンスもあればキッチンも。ここには生活のにおいがする。なにもない白い空間とは大違いだ。

 時計があった。見ると、時刻は今日の夜九時を示していた。今日、というのは岸田悠誠と戦った日の事である。カーテンが閉まっていることから、外は暗いのだろう。

「ここは……」

 一人で呟いてしまった。誰かが聞いていたらちょっと恥ずかしい。

「目、覚めた?」

 そこには心配そうな顔をした雪乃の姿があった。雪乃はベッドの脇に椅子を寄せてきて、其れに座っている。俺は柔らかいベッドの上に寝ていた。なんか、布団から仄かに甘い匂いがする。これは、明らかに俺の家の布団ではない。

「えっと、ここは?」

「私の部屋」

「――ッ!!」

 俺は慌てて上体を起こす。何の躊躇もなく言いやがったよこの女は。つまり俺はいつも雪乃が使っている布団に寝ていたという事か。これは羨ましいことなのだろうか。

 と、そういえば、勢いで起き上がったのだが体が傷まない。見てみると、傷がなくなっている。

「これ、雪乃が?」

「……うん」

「そうなのか。でも、魔術は一人一つだけって」

「ああ、それは有属性魔術に限っての話。もちろんそれにも例外はあるけど。無属性魔術なら一人一つとは限らないの。私は有属性魔術を一つと無属性魔術を一つ使えるわ。無属性魔術『治癒術』ね。ホント、一生懸命子供のころから勉強したんだから。感謝してほしいわね」

雪乃の言っていることはおそらく『固有魔術』の話だろう。俺にもそれくらいはわかる。

 魔術は主に二つに分かれる。『固有魔術』と『基礎魔術』だ。『固有魔術』というのは、魔術師それぞれが持っている自分だけの魔術の事。岸田悠誠で言えば、あの『悪魔の右手インビンシブル・ライトハンド』や『冥王の腕』が例に上がる。さらに『固有魔術』は『固有有属性魔術』と『固有無属性魔術』の二つに分かれる。有属性には、炎・地・水・雷・風・光・闇の七つがある。無属性とは言葉通り、属性のつかない魔術だ。『基礎魔術』というのは、魔術師なら誰でも出来る基本的な魔術の事。結界を張ったり魔力を纏ったり、というのが例だ。

 雪乃はその中の固有無属性魔術『治癒術』で俺を治してくれたらしい。

「ありがとな、雪乃」

 雪乃は顔を赤く染めて、少し俯く。

「うん」

 見ると、雪乃は人差し指をもじもじとさせている。何か言いたいときによくやることだ。

「どうした?」

 俺がそう訊くと、雪乃は指を動かすのを止める。少しの沈黙が下りる。そして、雪乃は弱弱しく言った。

「……ごめんなさい」

「はい?」

「だから、ごめんなさい。私がなぎさを事件から退かせなければ、寮にひきこもらせる様なことをしなければ、こんなことにならなかったのに……」

 全部、私のせいだ。そう雪乃は付け加えた。雪乃は雪乃なりに悩んだのだろう。でも、俺は知っている。岸田が言っていたことだけど、俺もあいつのあの言葉にはなんだか賛同できた。

「いいよ、別に。ていうか、俺は感謝しなくちゃいけないし、謝らなきゃいけないのは俺の方だ」

「え?」

「ありがとう、雪乃。また助けてもらっちまった。雪乃は、俺を危険な目に合わせたくなかったから、わざとあんな言い方をして俺を追い出したんだろう? 結果的にこんなになっちまったけど、それでも雪乃は見捨てずに俺の事を助けてくれた。そんでもって、ごめん。俺がこんなにも弱いばっかりに、ずっと雪乃に迷惑をかけている。瑠璃に無能力者ってばれただけで引きこもるなんて、まだ俺の意志が弱いせいだ」

「意志が、弱い?」

「ああ。俺は、本当に自分を変えなきゃならない。大切なものも守れないで、何が男だ。俺には元気な手足がある。そして、俺のために体を張ってくれる人がいる。それを横目で見て何も考えず何もしないなんて、いままでと同じじゃないか。どんな小さなことでも、やれることがあるはずなんだ。どんなに些細な事でも、やれることがあるはずなんだ。出来るか出来ないかじゃない、やらなきゃいけないんだ。俺は、そう思う」

「なぎさ……」

 そこで、雪乃は小さく笑った。なんだか、雪乃の笑顔を久しぶりに見た気がする。

「強くなったね」

 雪乃はそう言った。俺はなんだか小恥ずかしくなった。

「ああ、いや。理想を言っただけだって。まだ俺は口から出まかせしか言ってないだろ」

 だから――。

「だから、それが出来るようになってから、また言ってくれ」

 雪乃は笑顔を崩さずに頷く。

「うん。また、その時にね」

いい最終回だった。

別によくもないけど、最終回ではありません(笑)


もうちょっとだけ続きます。

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