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奇跡の欠片  作者: 神田 幸春
第一章 始まりの鼓動
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諦めたら許さない

 岸田悠誠が俺の前に立つ。雪乃曰く、魔術協帝所属の黒の断罪者(ダーク・エイジ)の一人。つまり、簡単に言えば悪の組織の中のさらなる悪の組織。俺に向けるその冷徹な瞳の色が、全てを物語っていた。人殺しなど躊躇するに値しない。無能力者には無慈悲な虐殺を。

「あんた……俺を、殺しに来たのか?」

 俺は未だに起き上がることはできないが、それでも一矢報いようと言葉だけでも抵抗する。

「無能力者なんていない方がましだからな」

「はは。なら、そもそも構うなよ。いないかのように扱ってくれ」

「出来るならそうしたいんだが、どうもそういうわけにはいかないらしい。上からの命令がうるさくてね」

「こんな何もできない無能力者をいちいち殺しに来るなんて、魔術協帝もあんたも案外暇なんだな」

 岸田がさらに一歩俺に近づく。そして、岸田が右足を少し上げ、俺の頭を勢いよく踏みつけた。小石の入り混じった地面に額が直撃し、皮膚が薄く裂けたような音がする。後頭部には岸田の足があり、どうも俺は動けなくなってしまったらしい。岸田は足をグリグリと動かして、さらに俺の頭を地面に押し付ける。しかし、俺は声を出さない。これは、耐える時だ。

「口には気を付けろ。お前は誰を前にしてると思っている」

 岸田が足を後頭部から離す。それで俺は束縛から解放され、岸田を見上げる。

「岸田、悠誠だろ? 同学年の。それ以上も以下もねえよ」

 額から赤い液体が垂れ、目頭と鼻の間を通過していく。それを気にすることも無く、俺は無駄に岸田を挑発した。

「わかっていないのなら教えてやろうか?」左手でつかんで引きずり起こす。そして――。

悪魔の右手インビンシブル・ライトハンド

 その瞬間、岸田の右腕全体が暗黒色に染まった。真っ黒、というような色ではなく、さらに深い闇の色。それがどういう意味を示しているのか、俺には予想がついた。それは、入学式当日に見た、岸田が上級生の腕を叩き斬ったものと同じ。

「俺をあんまり怒らせるなよ」

 そして、その右の拳が俺の腹部に突き刺さった。何の躊躇いもなく、何の手加減もなく。俺は十メートル近く吹き飛ばされる。口の中いっぱいに鉄の味が広がり、せき込むと大量の血液が口の中からあふれ出た。幸い、腹は貫通していない。激痛に足が震えて、立つことも出来なくなっているが。しかし、これで十メートルは距離を取ることが出来た。これなら、まだ何かしらの対策が出来るかもしれない。

 それは、甘かった。

「距離は、関係ないだろう」

 岸田のその言葉と同時、彼は俺に右手を向ける。その手が何かをつかむそぶりを見せた時、俺も何かに掴まれた感触を味わった。まさか、今俺は岸田に掴まれているのだろう。届いてもいないというのに。

「こっちへ来い」

 そして、岸田が右手を思い切り引くと、俺も勢いよく岸田の方へ吸い寄せられら。その速度はあまりにも速い。自分が音にでもなったかのようだ。

 一瞬の出来事だった。岸田に引き寄せられた俺は何の抵抗も出来ず、岸田の渾身の右脚の蹴りを浴びた。それも、魔力を纏っている兵器顔負けの何ともない蹴り。普通の人間がそれを受けて立てるわけがない。まして、まともな体を保てるわけがない。魔術師は受容体の影響で生身の人間よりは体が丈夫にできているらしいが、生身の人間はいたって普通の生身の人間である。核兵器なんて直撃した日には跡形も残っていないだろう。

 けれど、俺は生きている。しかし、頭がぐらぐらと揺れている。血だけではなく胃の中のものまで吐瀉してしまった。目の焦点が合わない。岸田の姿がぼやけている。立ち上がることもろくに出来ない。

「まだやるか?」

 そう言いながら、岸田は再び俺を遠くから掴みあげた。あの魔術は、いったいなんなのか。だが、俺の思考は再び止まった。

 岸田が俺をぶん回し、地面に叩きつけた。大きく陥没する地面。俺は意識が飛びかけた。だけど、俺の意識は決して飛ぶことはない。どうしてかわからないけど、そう思った。

「もうちょっと、面白いことが出来る」

 そういうと、岸田は指をパチンと鳴らした。その瞬間、俺は何とも言えない浮遊感に襲われた。別に俺が浮き上がったわけでもない。

 しかし、俺は感じた。周りを見れば全く同じ風景。しかし、この世界には、どこにも人の気配を感じなかった。目の前にいる岸田と、その後ろにいる宮内と高崎以外は。

 そして、俺は今度こそ浮遊した。岸田の魔術によって持ち上げられているのだ。

 悪魔の右手インビンシブル・ライトハンド。その力はいったい……。恐らく、右手を使う事なら何でもこなせるのだろう。右手で切断することも、今みたいに掴むことも。

「こ、れは……?」

 俺がなけなしの力を振り絞って、岸田に問いかける。教えてくれないかと思ったが、意外にもその問いかけには宮内が答えた。やっぱり岸田は何も言わなかった。あまり話をする性格でもないのだろう。

「こいつは『人除けの結界(ひとよけのけっかい)』と言ってな。魔術師ならだれにでもできる基礎魔術の一つだ。本来は修行用。発動者が任意の範囲を設定し、そこを世界から切り取る。見た目は全く同じだが、この結界内には発動者の許した人間以外は入れない。完全に孤立した空間なわけだ。しかし、今この空間が世界から完全に切除されているわけではない。もしそうならこの空間が元の世界ではポッカリ穴が開いている状態になるだろう? それなら誰だって怪しむ。だから、完全に切り取ってはいないんだよ。言わば、俺たちはこの空間のコピーを作ってどっか何もない空間に貼り付けているだけ。例えば、今俺の前を通り過ぎて寮の中に人が入っていくとしても、俺はそれに気づかないし、相手もここに俺たちがいるなんてことには気付かない。なかなか都合のいい結界だろう?」

 そして岸田は、何の躊躇もなく俺を高く掲げた。何をするのか、大体の予想がついた。

「…………」

 俺も岸田も無言のまま。そして――。

「――っ!!」

 炸裂する轟音。声にならない叫び。

 俺は第二男子寮の屋上から一階まで、寮を破壊しながら叩き落された。寮は十五階まである。さらに、耐魔術用のコンクリートだって使っているだろう。それなのに、それをやすやすと破壊した。第二男子寮は縦に割れ、全壊。岸田に掴まれた俺が弾丸となって寮を上から下まで貫いたのだ。

 痛みすらも感じない。内蔵のすべてが破裂してしまっている感覚。体が全く動かない。さらには俺の真上に落ちてくるコンクリートの残骸。俺は完全に寮の下敷きとなった。けれど、生きている。

 岸田がもう一度指を鳴らすと、体が軽くなった。見ると、俺の前には綺麗な第二男子寮。たぶん、結界が晴れたのだろう。でも、どうしてだ。あの中ならだれにも邪魔されないだろうに。

 宮内が何も聞いてないのに答える。

「人除けの結界ってのはただの修行用なんだよ。だから、ちょっと強い魔術を使ったらすぐに壊れちまう。戦闘には向かないんだぜ。悠誠の悪魔の右手インビンシブル・ライトハンドは発動時に力を使うが、維持には大した力を使わない。だから結界も壊れなかったんだ。まあ、結界なんか張らなくても第二男子寮には近づくなって言ってあるからいいんだけど」

「……?」

「あ、そうそう。第二男子寮の奴らはもうみんな、桐原の事知ってるぜ? 俺が言っちまったから。そうでもしないと寮に近づくな、なんて変に思われるだろう? 全員に『幻惑』使うのもめんどいし」

 なんだ、もう、みんな知ってしまったのか。ああ、俺、これからどうすればいいんだろう。

 なんだか、ここまでボコボコにされると、抵抗する気力も失せてきた。

 そして、もう一度岸田が指を鳴らした。結界に連れ込まれてしまった。そこにはまた綺麗な第二男子寮が。そしてまた、第二男子寮が縦に割られる。俺を使って……。

 音も消えた。何もかも、感じなくなった。さすがに死ぬだろう、これは。けれど、まだ生きていた。こんなに痛みが続くなら、いっそ死んだ方がましだと思うけど。けれど、俺の体はそれを許さない。まだ、生き続けたいと言っている。

 再び元の世界へ。岸田が俺の前に来る。

「もう、死ぬか?」

 岸田の問いに、俺はどう答えるべきかを迷う。しかし、迷っている俺の脳とは裏腹に頭は横に振られた。考えるよりも先に体が動いてしまったのだ。

「バカな奴だ。この学校に来なければよかったものを」

 確かに、その通りだ。この学校に来なければ、こんなことは起こらなかった。自分を苦しめたのは自分自身だ。

「お前、自分を変えたいと願っていたらしいな」

 願っていた。本当に願っていた。もう、自分のために誰かが傷つくのなんて見たくないから。俺がもっと強く、俺がもっと立ち向かえるくらいの勇気を持っていたら。うじうじ悩まずに決断出来たら。結末はもっと違う方に向かったかもしれない。そう思ったことが何度もあった。

「宮内健吾から聞いた。あいつの魔術は『記憶攪乱(きおくかくらん)』だ。だから相手の記憶を覗き見ることが出来る。記憶だけではなく、脳の考えもな。だから、お前と冴木瑠璃を出会わした。どちらも自分を変えたいと願っていたからだ。まんまと、お前たちは罠に嵌ったがな。しかし、宮内健吾にも雪乃のことはわからなかったみたいだな。あいつは疑り深い。いや……」

 まさか、あれを言うのだろうか。こいつが雪乃とどういう関係なのかはわからない。でも、雪乃の疑り深さを知っている。なら、その理由も分かるはずだ。それは、軽々しく口にしていいものではない。雪乃はそれで何度も痛い思いをしてきたのだから。雪乃はそれで何度も泣いたのだから。

「雪乃は人間不信だからな。あいつにとって絶対に信じられる人間というのは二人だけ。お前と――」

「や、めろ……!」

 体を動かすだけでそこら中がみしみしと悲鳴を上げる。けれど、俺は歯を食いしばって立ち上がる。

「それ以上、言うな!」

 口の中に広がる鉄の味。何度味わっても慣れない味だ。

「お前に、何が、わかるってんだ……!」

 岸田はそんな俺を呆れた目で見ている。

「……バカな奴だ。お前も、冴木瑠璃も、雪乃も。自分自身などそう簡単に変わりはしない。だというのに、高校三年間を無駄にしてお前は泥水をすすりに来たのか。三年で根本から人間が変わるなら誰も苦労しない。冴木瑠璃も同じだ。結局弱いまま三年を過ごすことになる。雪乃も、お前なんて言う男を信じなければ、もっと良い人生をおくれたというのに。お前と一緒にいることで、誰もが自分の格を下げている」

「…………」

 そうだ、その通りだ。雪乃は俺なんかを信じてくれたばっかりにこの社会の教育に不信感を抱き、俺を敵視する人たちに敵意を抱き、それがどこもかしこも一緒だったために、人間不信になってしまった。今の雪乃は両親すらも信用に値しないらしい。実際、雪乃は両親の仕送りで過ごしていない。別な方法で過ごしている。

 だけど、だけど――!


〝なぎさ――〟


 俺は、岸田に掴みかかる。しかし、俺の進行は阻まれた。俺の血まみれの左手が虚空で止まる。俺の眼の前には何か魔方陣じみたものがある。いや、これは魔方陣だ。薄青く光る円形。中には複雑な模様がびっしりと描かれている。

 それは、簡易防御結界〈兵器級〉。結界と言っているが、ただの防御魔方陣である。現代最強科学兵器の攻撃力を一ポイントでも越えなければ破壊不可能。しかし、魔術師の戦闘では絶対に使われないものだ。なぜなら、弱すぎるからだ。そんなものは紙ほどの防御力もない。

 俺は、それを知っていてなお、血にぬれた右手を拳にし、岸田の出した簡易防御結界に拳を叩きつけた。ドンッ。という鈍い音が鳴るが、壊れる気配など微塵もない。


〝なぎさ――〟


「俺を馬鹿にするのは、一向に構わない」

 俺は、何度も何度もこぶしを叩きつける。岸田の背後で宮内と高崎が笑っている。無駄な抵抗をしている俺の姿が滑稽に見えたのだろう。でも、今はそんなものは関係ない。

「だけど――!」

 一際強く、俺は魔方陣を殴りつける。すでに拳の肉は裂けていて、骨までむき出しになっている状態だ。けれど、俺は攻撃の手を緩めなかった。痛みよりも、怒りの方が強かった。


〝なぎさ……〟


「二人の事を馬鹿にすることだけは許せない!!」

 渾身の力を込めて魔方陣を殴った。気合を入れたらもしかしたら壊れるのではないかと思ったけど、そんなご都合的なことは起こらなかった。やっぱり、駄目だった。壊れる気配もない。俺の拳も、俺の声も、岸田にはまったく届かない。どうあがこうとも、これが魔術師と無能力者の差だ。絶対に埋まらない、大きな距離。

「……雪乃も、馬鹿な奴だ。あいつは失敗した。この件から桐原なぎさを退かせれば、お前への危険は遠ざかると思っていたんだからな」

 そして、岸田が右手を前に突き出した。また、その右手が何かをするのではないかと思った。しかし、何も起こらない。燃料切れか? そう思ったが、それはとんだお門違いだった。

 地面に魔方陣が浮かび上がった。闇色の光を放つ、直径五メートルほどの魔方陣だ。地面から俺と岸田を照らす。そして、その魔方陣から出てきたのは巨大な五指。さらに手首まで出てきて、結果、それは腕となった。

「『冥王の腕』――!」

「悠誠、本気かよ!」

 宮内と高崎がそんなことを言う。ということは、これは『冥王の腕』というのか。この暗黒色をした巨大な腕は。腕の直径が四メートルはある。いったい、これでなにをしようというのだろうか。

「雪乃はお前を遠ざけることでお前を救おうとした。だが、それが裏目に出た。結果、お前は一人となり、格好の餌食となった。寮のセキュリティなどどうとでもなる。あいつは人間不信ではあるがプログラムである機械はギリギリで許せる範囲だったらしい。だが次に会うときは雪乃に言っておけ。そのプログラムを作ったのも人間だと。お前のその曖昧で陶酔的な価値観が、お前の大切な者の命を奪ったのだと!」

 瞬間、その巨大な腕は見た目に似合わぬ俊敏さで俺を包み込んだ。五指に自分の体を掴まれ、俺は息をするのも苦しくなる。

「あ、ああ……!」

 次第に体にめり込む指。俺は少しずつ体を締め上げられている。人がこんな風に圧迫されてしまえば、さすがに生還は不可能だ。今度は、岸田も殺す気で来るだろう。

 自分を変えるためにここまで来た。誰が何と言っても俺は自分の意見を曲げなかった。


“なぎさの好きにしたらいいと思う。なぎさの自由にしていいと思う。でもね、自由には責任が伴うものなの。それだけは覚えておいて、あと――”


 あの人が言っていた。俺を快くこの学校に来ることを承諾してくれた人が。あの人が、言っていたんだ。


“絶対にあきらめないこと。諦めたら、何もかも失うことになる。その後の可能性を、全てを棒に振ることになる。誰かの笑顔も、誰かの涙も、何一つ見られなくなる。だから、たった一パーセントでも可能性があるなら、それに掛けなさい。それもしないで簡単にあきらめるなんて、絶対に許しません”


 そうだ。諦めない。それだけは約束した。諦めたら、そこですべてが終わる。終わらせていいわけがない。自分の人生は、自分ひとりのものじゃないのだから。誰かと、小さくたって繋がりがあるのなら、それを守るべきだ。俺が死ぬことで、本気で泣いてくれる人がいる。その泣き顔を見て、満足できるかと言われれば、そんなわけがない。ああ、そう思うと、俺は無能力者の中では恵まれている部類なのだろう。だから、なおさら諦めるわけにはいかない。死ぬわけにはいかない。無能力者が絶対悪なんて、そんなこと、ないはずだから!


〝なぎさ……たしに、えて――〟


 さっきから、女の子の声がよく聞こえる。

気付けば、俺の右腕の骨が粉々になっていた。足も、まったく感覚がない。体中から血があふれ出している。これは、普通だったらもう諦めるところだろう。だけど、俺はもう――。


〝なぎさ――しを……じて〟


 圧迫感がさらに強くなる。耳に響く声が大きくなる。ボタボタと血が落ちていく。すでに致死量の流血ではないだろうか。けれど、諦めはしない。血がないからってどうしたというんだ。そんな液体がなくたって、どうとでもしてみせる。


〝なぎさ、あたしに……!〟


 さらなる圧迫感。俺はもう人間としての機能のほとんどを失っているのかもしれない。何を考えているのかもわからなくなる。

 ああ、そういえば、雪乃、どうしているだろう。雪乃は俺のために俺を遠ざけた。なら、もう一度やり直せるはずだ。もう一度、話し合えば分かり合えるはずだ。

 瑠璃はどうだろうか。Fランクだと知って、俺から遠ざかってしまった。こればっかりはどうしようもないのだろうか。……でも、俺はもう一度瑠璃と話がしたい。やり直せるなら、そうしたい。

 まだ、やり残したことはたくさんある。やりたいこともたくさんある。なら、ここで死のうと思うのは俺自身に失礼じゃないか。

「さよならだ、桐原なぎさ」

 ついに、岸田がそう告げた。そして、一瞬にして強烈な握力をもって『冥王の腕』は俺の体を締め上げた。一瞬にして俺の命を奪う行為。だけど、俺は――!


「おおおおおおおおおおああああああああああああ!!!!」


〝なぎさ! あたしに応えて!!〟


 瞬間、女の子の甲高い声が耳に響いた。それに、俺はその瞬間だけ、耳を傾けた。

 が、『冥王の腕』は容易く俺を握りつぶした。そして、ボロ雑巾のように俺を投げ捨てて魔方陣の中へと帰ってしまった。俺は血の海に沈む。彼らの声が遠い。笑い声も聞こえる。

帰るぞ、という岸田の声も聞こえる。ああ、もう、終わったのか。

 

あいつらの攻撃は――。


なら、今度は俺の反撃ってことで、問題ないな。

足音が聞こえたのか、岸田は振り返った。俺のほうを見て驚愕していた。岸田は感情の起伏が乏しいため、多少の変化でもわかる。眉をひそめているのは驚愕しているという事だろう。他の二人は、嘘だろ、などの言葉を発している。

俺でもどうしてなのかはわからない。俺は、立っていた。膝は曲がっていて、背も丸まっているが、それでも、地面に足をついていた。ガクガクと足が揺れているが、俺はそれでも立っていた。

「や、やばい! 『幻惑』解いちまった!」

「ば、バカ! 動揺したら解く癖何とかしやがれ! あいつが来ちまうじゃねえか」

 『幻惑』を、解いた? そこに何の意味があるのかわからない。しかし、彼らには焦る理由があるのだろう。あいつが、来る……。

「…………」

 岸田は無表情のままだ。けれど、確かに今舌打ちの音がした。つまり、岸田ですら嫌と思うほどの者が来るのだろうか。

 岸田は右手を引く。そして、引いた右手を勢いよく前に突き出す。すると、そこからは直径一メートル級の暗黒色の光線が吐き出された。それはどんなに硬い者でもかんたんに薙ぎ払えるだろう。簡易防御結界なら悪魔級くらいなら障害物にもならないはずだ。兵器級をはるかに超える防御力を誇っていたとしても。光の速さで迫るその攻撃を、俺は……。

 その光線は全てをなぎ倒していく。俺を貫通して、様々な障害物を倒しながら、いずれ止む。そう思っていた。しかし、光線は俺に直撃すらしなかった。俺に直撃する前に、何かに進行を阻まれていた。大きく削れていく地面。連続する爆風に耐えられないはずの俺が、誰かに支えられてようやく立っていられる。

 そう、目の前には人が立っていた。片手でやすやすとその光線の進行を阻み、片手で俺の事を支えている。その人物が、俺に振り返る。

「ごめんね、なぎさ。だけどもう、大丈夫だから」

 そこには、悲しそうに笑う水橋雪乃の姿があった。血まみれの俺を優しく抱いている。

 光線が止むと、そこには苦い顔をした岸田が立っていた。

「私が来たからには、もうなぎさには触れさせない」

 雪乃があの岸田に対してそう宣言する。それだけで、宮内や高崎はあたふたとし始める。

「おい、もう行こうぜ!」

「なんでだよ! チャンスじゃん! 今なら三対一だ。勝機はあるだろう!」

 雪乃と岸田はそんなやかましい二人など相手にせず、数秒間にらみ合う。そして、岸田が折れた。

「行くぞ」

「ど、どうして……。俺の『幻惑』があればまだ!」

「……。お前たちが一万人いたところで雪乃には手も足も出ん。今は退くぞ」

 そして、岸田はもう一度振り返る。

「命拾いしたな」

 それだけ言うと、岸田はさっさと歩き去ってしまった。それに続いてほかの二人も歩いてどこかに行ってしまう。

 それで、俺は気が抜けたのか膝から崩れ落ちてしまった。すると、雪乃が血まみれの俺の体で自分が汚れてしまうことなど気にせずに、優しく抱きとめた。

 雪乃は涙を流しながら、聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で呟く。

「ごめんなさい……ごめんなさい、ごめんなさい……」

 けれど、俺にははっきりと聞こえた。それが嬉しかったのか、俺の意識は暗闇に落ちた。さすがに、限界は越えていた。

 女の子の声は、聞こえなくなっていた。

さて、なぎさに聞こえる女の子の声。

なんなんでしょうねー。

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