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奇跡の欠片  作者: 神田 幸春
第一章 始まりの鼓動
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開戦の兆し

 昨日の水曜日、俺はついにすべてを失った。雪乃には邪魔と言われ、瑠璃にはFランクとばれてしまい……。

 結局、俺は今まで通りだった。まだ全員にばれているわけではないけれど、そうなる日はそう遠くない。そうなると、俺は不本意にも自分の日常を取り戻すことになる。俺の日常っていうのは、クラスメイトや教師たちに散々虐げられるものだ。

 自分を変えるってのは、意外と難しい。だって、これまでの人生で、負け犬根性が染みついているのだから。ちょっとしたことでこうやって殻に閉じこもって……。

 時刻は午前九時。すでに学校に行かなければならない時間帯である。でも、俺はまだに自分の部屋の中にいた。ベッドを背もたれにして、膝を抱えて。部屋の明かりはつけていない。今は明かりすらも煩わしい。ずっと、暗闇にいたかった。なんだか、そっちのほうが落ち着くのだ。

「なにやってんだろ……俺」

 天井に向かって一言つぶやく。もちろん、誰も答えてくれやしない。


〝なぎさ――〟


 けれど、たまにこうして聞こえてくる声がある。ホント、そろそろ姿を現してほしいものだ。もしもこの声を出している誰かがいるのなら。


     *


 今日、なぎさは授業に出てこない。あれはやっぱりショックだったのだろうか。

 雪乃は一時間目の数学を聞きながら、そんなことを考えていた。やはり、自分も少なからずショックだった。あんなきついことしか言えないなんて。もうちょっとやわらかい表現があっただろうに。しかし、逆に助かったという面もある。なぎさが学校に来なくなったので、雪乃も動きやすくなった。今までは常になぎさに注意を払っていたが、今はその必要がない。別に雪乃はなぎさに注意を払うのが面倒だったというわけではない。どちらかというとなぎさに注意を払っていると、なぎさの新たな一面とかを見ることができてちょっと楽しいと思っている。

 そして、朝からずっとぎこちない瑠璃。今日は挙動不審が際立っている。雪乃に奔る由もないことだが、瑠璃は昨日なぎさの真実を知ってしまったのだ。それはもう、雪乃にはわからない心の動きがあるのだ。瑠璃は何度もシャーぺンや消しゴムを落とす。手が震えていて、何度も筆記用具に当たってしまうためだ。文字もこれまでの綺麗な文字と違い、少し雑になっていた。

 少なからず、三人とも動揺があった。

 しかし、それを好機とするものも、この学校には存在する。それが誰なのか、雪乃はそれを突き止めなければならない。出来れば瑠璃と一緒にやりたい。戦力は多い方がいいからだ。

 という事で、雪乃は授業が終わるのと同時に瑠璃の席に寄る。

「瑠璃」

 ポンッ。と、肩をたたくと瑠璃は席に座っている状態で大きくはねた。お尻が椅子から五センチくらい浮いたのではないだろうか。割とマジで。

「な、なんですか?」

 恐る恐る瑠璃は振り返る。そこに立っている瑠璃を見て、彼女は目を大きく見開いた。そして急に立ち上がり、

「すみません。ちょっと、今は……」

 そう言って教室を出て行った。

「瑠璃?」

 どうしたのかしら。考えてみても、思い当たる節がない。何か悪い事でもしただろうか。少なくとも瑠璃にはしていないような。

 そして、ある考えが頭を過った。出席しないなぎさ、挙動不審な瑠璃。

「まさか、ね」

 ちょっと二人で喧嘩しただけなのだろう。その筈だ。もしも、本当にもしも、あのことがばれたのだとしたら、雪乃は一人で行動しなければなくなる。まあ、それならそれでもいいか。雪乃は楽観的に考える。瑠璃にはまたいずれちゃんと話すとして、今はなぎさに直接的な被害が加わることの方が問題だ。

 わざわざ魔術師狩りなどという話題を作り、魔術師以外は狙わないという情報を与え、なぎさの前に犠牲者を横たわらせた。そうしてなぎさをこの事件の渦中に入りこませた張本人が、この学校にいる。もともと、この事件での狙いはなぎさだ。Fランクを抹殺しようとわざわざ手の込んだ事件を引き起こしたのだ。

 そこまで雪乃は推測できた。それが真実かどうかは別として、問題はどうしてここまで手の込んだことをしなければならなかったのか。それが雪乃にはわからない。雪乃が中学生の時は、なぎさに対する暴力は直接的だった。隠れて暴力をふるうなんてことはあるにはあったが、ここまで猪口才な事はなかった。

 どうしても、隠れてやらなければならない理由があるのだろうか。それも、いずれ調べることにしよう。



 教室を出て、廊下を突っ切り、屋上へ向かうための階段にたどり着いた。瑠璃はその階段の一段目に腰を下ろした。こんなところまで逃げてこなければならない理由は特にない。そう、逃げる理由なんてないのだ。別に雪乃が悪いわけでないことはわかっている。ただ、二人とも内緒にしていただけなのだ。隠していたわけではない。

 けれど、ひどく騙された気分だ。一週間とちょっと前に出会って、それから少しずつだけど仲良くなってきた。どちらも良い人そうだった。けれど、その一人は無能力者だった。それを、雪乃は知っていたのだろう。幼馴染だというのだから、当たり前か。

 なら、どうやって雪乃はなぎさと仲良くやってこられたのか。幼稚園のころから教育は始まっていたはずだ。例えば、正義と悪の物語。ヒーローは弱い人を助けて、邪悪な者を倒していく。幼いころに読んだ絵本の中では、その悪が無能力者だった。当時はどうしてなんの力も持っていないのに悪なのか不思議に思った。明らかに弱い人間じゃないか、と。けれど、大人はそう思わなかった。確かに力の差では無能力者は弱い。けれど無能力者は、傲慢で怠惰で醜悪で、自分たちの方が選ばれた人間だと慢心している人外だ。人としての権利なんてあるわけがない。無能力者はこの社会において何一つ成せない、生産性のないただの肉塊だ。そんな風に子供のころから教わってきた。小学校の頃も、中学校の頃も。無能力者には何一ついいところなんてないじゃないか。瑠璃自身そんな思いにとらわれたことが何度かある。その内、どうして無能力者が悪なのかということを考えなくなった。教えられるがままに無能力者の知識を頭に入れてきた。全然知らない癖に、見たことも無いくせに。いつしか周りの人たちは無能力者を必要以上に敵対視するようになって……。

 どうすればいいのか、わからない。瑠璃の頭の中の価値観が崩壊していく。ここ十年くらいの知識が、頭の中で、新たな想いと絡み合いうねり回る。どちらが強いのかは言うまでもない。けれど、捨てきれない想いもある。

 どうすればいいのか、まったくわからない。瑠璃は頭を抱え、まったくわからないまま二時間目の授業が始まるチャイムの音を聞いた。



 五時間目から体育が開始される。先週は菅原がどういうわけか授業に出なかったため流れてしまった魔術実践の授業だ。こういうとき、なぎさがいなくてよかったと、雪乃は実感する。実際、この授業がある時点でなぎさの充実した人生が終わってしまう。つまり、なぎさの青春高校生活は普通なら最初の一週間くらいでおじゃんなのだ。中学校もだいたいそんな感じだった。

「では出席を取る」

 白の半そでシャツと黒い短パンに身を包んだ菅原の声が雪乃の耳に届く。筋肉質な体型というのは、シャツや短パンから伸びた手足で分かる。色も黒くてオリンピックのアスリートを連想させる。はっきり言って、雪乃は菅原の事を好きになれない。というよりも、たいていの教育者を好きになれない。何でもかんでも無能力者を悪者扱いする彼らの方針が解せないし許せない。なぎさが何をしたっていうのだろう。何もしていないのに。雪乃からしてみれば、今この社会の無能力者に対する教育と認識の方がよっぽど悪だ。無能力者がどんなものかも知らないで――。

「水橋。おい、水橋」

 菅原が強めの口調で雪乃を呼んでいた。雪乃は出席確認で呼ばれただけなのだろうと思い、顔も上げずに生返事をする。今はそれどころではない。無能力者がどれだけ人間味を帯びたものなのかを、自分の中で講義している最中なのだから。

「そうじゃない。桐原はどうした。今日は休みか」

 そうなんじゃないんですかー。と、雪乃は棒読みで返事をする。菅原は眉を寄せて雪乃をにらんだが、雪乃は顔を上げていないので気付かない。無視だ。だいたい、菅原と話すことなど雪乃には何もない。あるとしたら、次なぎさに手を出したらぶっ飛ばすぐらいの事だろう。

 菅原が出席の確認を終えたのか、何やらいろいろ説明をしていた。雪乃はそれを一応聞いておく。後でもう一回行ってくださいなんて言ったら面倒臭そうだからだ。

 今日は魔術の実践を主にやるらしい。まずはグラウンド中に生徒が広がり、二人一組の男女別ペアを作る。それからあとは魔術を行使した組み手をやるのだとか。そんな授業、中学校の時にはなかったような。

「お前たちにはすぐにでも実践になれてもらわなければならん。体育の授業だからと言って甘く見るな。お前たちを『魔術師たちの楽園(フェアリーエデン)』に連れて行くためにはこのような授業も必要だ」

 おおー、とか、なるほど、とか。そう言った声がそこここから聞こえてくる。雪乃はその声に耳を傾けながら自身もなるほどと心の中で呟いた。

 『魔術師たちの楽園(フェアリーエデン)』。それは、全国の中高一般の部に分かれる魔術師同士の戦闘競技みたいなものだ。青藍高校は高校生の部で五年前に優勝して以来芳しい成績を残していない。なんでも、青藍高校が全国に名を連ねたのは五年前らしい。そこがピークで、後は魔術の成績も悪いわけではないが良いわけでもない。なら、先生方も青藍高校をもちなおそうと必死になるわけだ。

「では、広がれ!」

 菅原の声で生徒がゆるゆると立ち上がり、いろいろ話しながらグラウンドに広がっていく。そして、雪乃の隣に宮内健吾が立った。男女別のペアと言っていたはずだが、宮内には聞こえなかったのだろうか。

 しかし、宮内はどうやらペアになりに来たわけではないらしかった。宮内はゆっくり走りながら雪乃に声をかける。

「どうよ? 魔術師狩りの件は」

 雪乃は宮内に一瞥くれると、つらつらと喋りだした。

「どうにもならないわね。もうお手上げよ、魔術師狩りの件は」

「へえ。やめたんだ。じゃあ桐原が来てないのは魔術師狩りとは関係ないんだ」

「どうして?」

「だって、桐原が攻撃されたって知ったら、水橋が黙ってるはずないしね」

「昨日なぎさが怪我したなんて情報はないし、魔術師狩りに関する情報なら宮内君が一番詳しいんじゃない?」

「まあ、ね」

「宮内君」

「ん? なに?」

「私はもう魔術師狩りなんて実体のないものは探さないわ。そのかわり、瑠璃に怪我をさせた犯人は暴くつもりよ。全てはそこが発端なんだから。そいつが分かれば、いずれ真実が見えてくるはずだもの。この小細工ばっかりの小洒落た事件の本当の狙いがね」

「この事件の本当の狙い?」

「そうよ。この事件の本当の狙い。ねえ? 宮内君」

 雪乃は唇を少しだけ上げて薄く笑った。その眼は、ただ静かに宮内の瞳をとらえる。宮内は足を止めた。そして、走り去っていく雪乃の背中を眺める。そして一言、

「本当の狙い、か……」

 そう呟いた。そして、

「面白くなってきたなあ」

 心底楽しそうに、宮内は静かに笑った。

まだ三人称視点は終わりません!

あまり上手じゃないですが……。


これからなぎさが空気になるのか?

空気主人公か……。

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