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奇跡の欠片  作者: 神田 幸春
第一章 始まりの鼓動
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非日常の終わり、日常の始まり

 七時間目も一応何事もなく終わり、俺は放課後の掃除に専念していた。教室掃除は意外にも大変である。まずは机を全て教室後ろ(黒板がある方を前とする)まで持って行く。今度は教室の前から箒を使って後ろまでゴミを集めていく。大体たまったら机を少しずつ戻していき、完全に戻したら後ろのロッカーと最後部の机の間にゴミがたまっているという仕組みである。ロッカーと最後尾の間は二メートル級の人間が縦に寝転がっても余裕があるほどである。それだけ教室が広いため、教室掃除はハズレとなっている。

「はあ……」

 俺の口からため息が漏れる。

「何回目だよ、それ」

 宮内がそんなことを言う。たしかに俺はさっきから何度も何度もため息を漏らしている気がする。

「なんだよ宮内。お前掃除当番じゃないだろう? とっとと帰れコノヤロー」

 俺は立てた箒に両手を置き、その上にあごを置いて宮内に毒づく。掃除当番は出席番号順に決まっている。一から十が本日の掃除当番である。俺はぎりぎり十番のため、教室掃除なのだ。掃除はローテーションで変わるので、誰でも教室掃除はやるのだ。まあ、宮内もその内教室掃除の辛さが身に染みるだろう。

「はいはい、さっさと帰りますよ」

 でも、と。宮内が何か言いたそうだったので俺は宮内の言葉に耳を傾ける。

「なんかあったら相談に乗るぜ。まあいつでも俺を頼りな」

 宮内は白い歯を見せて笑う。右手の親指を自分の顔付近につきたてて決めポーズをとる。なんかムカついたので俺は箒の柄の部分を宮内の腹に突き刺した。

「ぐはっ!」

 宮内は体をくの字に折ってその場にくずおれた。腹を両手で抱えて、体全体が小刻みに震えている。

「殺す気か!?」

「知らん」

「知らん、って……」

 まったくもう、と呟きながら宮内は立ち上がってそのまま教室から出て行こうとする。その背中に向かって俺は言った。

「宮内」

 宮内は立ち止まる。

「ありがとな」

 宮内は片手をひらひらさせて、振り返らずに教室を後にした。

「桐原、さっさとゴミ取っちゃって」

 女子生徒の一人にそう言われて、俺はたまったゴミをちりとりに回収してゴミ箱に捨てる。そして、掃除道具を鞄ロッカーの隣、窓際の方にある掃除用具入れに収める。

「おつかれー」

 そういう声が掃除当番全員から上がる。俺もそれにならって言う。

 そのままぼーっとしていると、教室からは人の気配がなくなった。誰もいなくなった教室は、すごく静かだった。

 俺は窓を開けて外を眺める。

 まだ四月。空気はまだまだ冷たさを残していて、ブレザー越しにもその冷たさが伝わってくる。そして、まだ日が沈むのが早い。時間は五時に近づいていた。空は赤い。夕日が俺の頬を照らす。

 時折吹く風が長くもなく短くもない普通の長さの俺の髪を揺らす。ワックスとかで固めてもいない、自然体の髪の毛を。今、俺がどんな表情をしているのか、俺にはわからない。こんなにも悩むくらいなら、最初から「降りる」なんて言わなければよかった。でも、あの時はそういうしかなかったんだと思う。あの時の雪乃の顔があまりにも真剣で、あまりにも、悲しそうだったから。

「なぎさ、君?」

 背後から誰かの声がした。それは、よく知った人の声だ。この一週間で急激に距離を縮めた、ある人の声。

「瑠璃?」

 俺は窓を閉めて、振り返って声の飛んできた方を見る。教室の後ろの方の入り口からだ。そこにはやはり瑠璃が立っていた。彼女は片手を胸に当てて「よかった」と、安心したように呟いた。それからトコトコ歩いてくる。

「もう帰っちゃったんじゃないかと思いましたよ」

「なんで?」

「いえ、ちょっと。もう一度、二人でお話がしたかったんです」

 瑠璃は俺の隣に立つ。俺と同じく後ろの窓を背もたれにして。実際結構危ないことだと思う。しかし、残念ながらこの窓ガラスは普通のものではない。魔術的な技術を施した強化ガラスである。並大抵の魔術では絶対に割れない。そのため、高校生が普通にもたれても普通の壁よりも信頼できる。

「わたしたち、この一件が終わったらもう離れ離れなんでしょうか」

 瑠璃がそんなことを言う。俯いているので表情はわからない。けれど、さびしそうな声音だった。

「もともとわたしが倒れてたのをたまたまなぎさ君が見つけてくれただけ。たったそれだけのことで知り合って、利害が一致しただけで一緒に行動している関係ですよね。だったら、この一件が終わったら、もう一緒にいる理由もなくなっちゃうじゃないですか」

 彼女なりに真面目に考えた結果なのだろう。俺と雪乃が離れてしまったのを見て、変な考えばかりが彼女の頭をよぎっているのかもしれない。

「瑠璃はどうしたい?」

「わたしは、もっと、みんなと一緒にいたいです。なぎさ君と雪乃さんも仲直りして、もう一度……ううん。これからもずっと、仲良しでいたいです」

「仲直りっつっても、喧嘩したわけじゃないしなあ」

「だったらなおさらですよ。すぐにでもやり直してください、二人とも。もう一度よりを戻さないと、わたしが嫌です」

「よりを戻すって……。付き合ってないし結婚してないし」

「わたしは、仲がいい二人の事が好きです。ですから、ちゃんと話し合ってください、二人で」

 相当俺たちの事を気に病んでいたらしい。瑠璃には、多大な迷惑をかけているようだ。俺たちだけの問題だと思っていたら、全然違っていたらしい。なんだか、瑠璃に悪いことをしたなと思う。

「でも、戦力外通告だぜ? そんなこと言われて、しかも俺には何もできないからとも言われて。まあ確かに、俺には、な」

「そんなに裏の敵が強いなら、わたしも頑張ります。雪乃さんと会いづらいならわたしも一緒に会いますよ」

 顔を上げて、真剣なまなざしで俺の眼を見る。

「瑠璃さ、今まで自分が弱いとか臆病だとか言ってたよな。それで、自分を変えたいからここに入学したって」

「……はい。覚えててくれたんですか?」

「ああ。でも、そんなことないじゃないか。瑠璃は、十分強くて勇敢だよ」

「え?」

 瑠璃はすごく強い女の子だ。こんな俺なんかでは話にならないくらいに。立派に、自分の足で生きている。

「わ、わたし、まだまだ弱くて臆病ですよ。すごく強い敵がいるとわかったら、足が震えちゃってますし、こうやってなぎさ君を説得しているときも、いつ怒鳴られるかとびくびくしてますし」

 う、う~ん。前者と後者のスケールの差がでかい。敵を恐れるのと怒られるのを恐れるって。

「別に怒ったりしねえよ。というよりもさ、なんか元気が出たわ。そうだな。もう一回話し合ってみよう」

 雪乃は、俺をどういう意味でこの一件から引きずりおろしたのかわからない。だから、もう一度お互いの気持ちをぶつけ合ってみたらいい。俺はまだ、「自分を変えたい」という事は雪乃に話していない。それを伝えて、雪乃にも真実を話してもらう。そうしたら、俺たち三人でもう一度走り出す。

 しかし、こういうことを思うと、必ず俺の頭を過るものがある。それは、俺がFランクの魔術師で無能力者であるという事だ。それを、瑠璃に黙っておくのだろうか。俺はいつまでそうしているのだろうか。瑠璃は、わかってくれるだろうか。そういうところも含めて、まだ俺の事を慕ってくれるだろうか。でも、彼女は確かこう言っていた「無能力者は倒さなければならない」と。小さいころからの教育的に、彼女は無能力者が絶対悪と刷り込まれているのだろう。そんな彼女と、俺はやっていけるだろうか。

「ありがとな、瑠璃」

 俺はやっぱり雪乃と瑠璃と友達でいたい。そんなしがらみも取っ払って、普通の友達として。もしかしたら、瑠璃なら……。

 俺は、でもまだ時期が早いと思い、俺の事については黙っておくことにする。ならいつ言うのか。この一件がすんでからでいいだろう。そのころには決心もついているはずだ。

「なぎさ君は、わたしと会えてよかったですか?」

 何故そんなことを訊くのかはわからないが、俺は応えた。

「ああ。あの時倒れていたのが瑠璃でよかったよ」

「ふふ。わたしもです。あの時助けてくれたのがなぎさ君でよかったです」

 俺は一回大きく伸びをする。肩の力を抜く。なんだか、体が軽くなったように感じる。ちょっと瑠璃に話したからだろうか。瑠璃を話し相手にして正解だったらしい。

「もう五時過ぎたな。俺は帰るかな。瑠璃はどうする?」

「あ、すみません今日はわたしが日誌書かないといけないんです」

 日誌とはもちろん学級日誌の事だ。クラスの出来事を細かく記録しないといけない。はっきり言ってものすごく面倒だ。これはなんと俺のクラスはくじで決まるので出席番号は関係ないのである。

「そっか。じゃあ頑張れよ」

「はい。頑張りますね」

 俺は教室を出る。人気のない廊下を一人で歩く。今日の晩飯はどうするかなあ、とかいろいろ考えながら。で、俺は歩きながら鞄から財布を取り出してお金をチェックする。千円札が三枚入っていた。次に俺は冷蔵庫の中身を思い出す。う~ん、まだ余裕がありそうで、ないかもしれない。なんにしてもスーパーには寄るべきか。そこまで考えたところで、俺はあることに気が付いた。

財布の中に入れているはずのもの。大切にしなければならない物が――。

「生徒証が、ない……」

 財布のカード入れには何も入っていなかった。もともとカードなんて持っていない俺の財布のカード入れには生徒証しかないのだ。それが、今は空っぽだった。

 唐突に俺の中で焦りが芽生え始める。ポケットを探ってみても見当たらない。ブレザーの内ポケットにも。鞄の中も探ってみたがどこにもなかった。

「おいおい、嘘だろ。ちょっと待てよ、思い出せ、思い出せ」

 朝出かける前に使った。そこからどうした。いつもは財布の中に入れているはずなのに、今日はポケットにしまったのか? そうだ、確かにポケットにしまったかもしれない。生徒証は毎日使うからいちいち鞄の中から財布を取り出してまた財布の中からカードを取り出すのが煩わしく感じたのだ。大概の生徒がポケットに生徒証をしまっていた。俺もその一人だった。

「くそ! もっと大事に扱うべきだった!」

 俺はみんなとは全く違うのだから、生徒証をポケットにしまうとか、そんな雑な扱いはするべきじゃなかったんだ。後悔しても始まらない。俺は急いで教室に向かう。もしかしたら掃除中に落としたのかもしれない。瑠璃は日誌を書くだけなのだから気付かない可能性もある。そっちにかけるしかない。まだ瑠璃にばれるには早い。

 俺は教室の中に人がいることも気にせず、思い切りドアをスライドさせて開けた。

 大きな音がして、驚いて日誌から目を話し「どうしたんです?」と俺の方を向く。笑いながら俺の方にトコトコとやってきてくれる瑠璃の姿は、

「…………」

 なかった。瑠璃は確かにそこにいた。教室の中に。日誌も書かず、唐突な音にも微動だにせず、俺の事にも気づかない。ただそこに突っ立っているだけの瑠璃の姿があった。片手に何かを持っている。それは名刺サイズの大きさのプラスチックカード。それは明らかに生徒証だった。それが、誰のものなのか、言うまでもない。どうして見つかったのか。それがたまたま瑠璃の机の近くに落ちていたのか。それとも机に向かう途中に偶然見つけたのか。おそらく後者だ。今瑠璃が立っている場所は瑠璃の机の場所ではないからだ。

 よく見ると、瑠璃の手は小刻みに震えていた。そうして、やっと顔を動かして、瑠璃は音のした方を見た。

 俺と目があった。明らかにおびえの感情が出されていた。

「……なぎさ……君?」

 声もどこかぎこちない。俺は急いで瑠璃の元に向かう。と、やはり手に持っていたのは俺の生徒証だった。

 もう、ここまで来たら黙っていられない。本当の事を話して、そしたら瑠璃も分かってくれるかもしれない。もしかしたら、奇跡が起これば――。

「えっと、瑠璃。これは――」

「ひ――っ!」

 ガタン、という、瑠璃が後ろの机にぶつかった音。

「あ、あああ……!」

 瑠璃は目を見開き、瞳孔は縮められ、大きく揺れていた。

「…………」

 ああ、そうか。やっぱり、駄目だったんだ。俺が馬鹿だった。何を期待していたんだろう。俺の事を理解してくれるとでも思っていたんだろうか。なんてことない、今まで通りの展開だ。誰が期待するんだろう、こんな無能力者に。

 俺はせめて生徒証をとろうと手を伸ばした。これがないと部屋にも入れない。しかし、瑠璃はそれを持ったままさらに後退した。机が一個二個と床をこする。その音が静かすぎる教室にはうるさく響いた。

「いやあ……あ、ああ、い……いや……!」

 瑠璃の声ははっきり言って声になっていなかった。何を言っているのかさっぱりわからない。

俺はただ、拳を握りしめて、耐えるしかない。はっきり言ってショックはかなり大きい。今にも、本当に今にも叫びだしそうだった。叫びだしてそこらじゅうのものを片っ端から蹴り倒し、殴りつける。血が出ても、骨が折れても。しまいにはここにいる瑠璃にまで手を出してしまう危険もある。でも、耐えるしかない。そんなことをしてしまったら、俺はもうここにはいられないし、この世のどこにも居場所はなくなってしまう。

俺は一度大きく深呼吸して、拳の力を抜いた。

「瑠璃」

 呼ばれた瑠璃は、肩を大きく震わせた。焦点の合わないまなざしで俺を見る。

「生徒証、返してくれ」

 意外にも冷静だった。雪乃の時にも思ったが、俺はこういう予想外の出来事が起こった時には冷静らしい。なにもうれしくないが。

 瑠璃はブルブルと震える手を伸ばして、俺の方に生徒証を出す。

 俺はその生徒証を受け取る。瑠璃はすぐに腕を引っ込めた。そして、

「今までありがとな、瑠璃。本当、夢みたいで楽しかった」

 言っている間にも目が熱くなった。それでも俺は笑顔を作って言った。俺はもう、こうやって笑うことはないかもしれないから。

 瑠璃は何も言わず、もう限界だと言わんばかりに、鞄を持って走り去った。

 教室には俺だけが残された。ふと床を見ると、一滴の水が落ちていた。これは、俺の涙だろうか、それとも瑠璃のものだろうか。今となってはどうでもいいことだが。

 教室の中に差し込まれる夕日は、残酷なまでに赤かった。

 こうして、俺の優しい非日常は終わりを迎えた。これからは、俺の本当の日常が始まるのだろう。いや、日常のまだ緩い方。本当の日常はもうちょっと先かもしれない。けれど、そう遠くない。

 俺は、生徒証をポケットにしまう。


〝なぎさ……たし、いる――〟


 また、女の子の声がした。俺はその声がもう一度聴けたらなと思って静かにしていたが、もう聴こえることはなかった。

 もう戻ってこない非日常。そして、動き出す日常。俺は、耐え抜くことができるだろうか。それは、今はまだわからずにいた。

ここからバトルが始まっちゃったり、もしくわなかったり。


主人公の葛藤的な部分がちょっと甘いかな、と思いましたが、まだまだ頑張ります!

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