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しろのはこに は/わ

作者: マト

気がつくと白い部屋の中に立っていた。部屋はとにかく白かった。見渡す限り物がひしめいているのだけれど、そのどれもが穢れ無き白色をしていて目を凝らさないと分からない。私の身体も例外ではなく、消えてしまいそうな白で全身が染まっていた。だから落ちていた物を、一目で異質だと認識できた。

 部屋の中心にネズミ色のネジがあった。彩色された世界なら、見落としてしまうような小ささだった。私は途中、白いMDコンポや白いイスを蹴り飛ばし、白いコードに足をとられ、白い床に倒れこみ、白い棚に手をかけて、白い身体を持ち上げ、白い足でなんとか部屋の中央部に辿り着いた。ネジは手にとって見ても小さかった。何しろ比較するものが背景に溶けてしまっているので絶対的な確証は無いが、人差し指の第一関節までくらいの長さだったと思う。それが何の部品だかは分からなかったけれど、この不確かな世界の中で不完全なモノが存在するということは、それだけで危うく思えた。私は隙間を埋めることにした。

 まずは部屋を探索する。この景色の中、遠目から見るということは意味を成さなかった。注意深く、正面の壁伝いに歩き始めてすぐに、白い箱のような物を見つけた。長さは一辺30センチ程度の立方体で、特に変わったところは無さそうだった。一度座り込み、どこか開くところは無いかじっくりと探してみたが、どの面も固く閉じられていてどうやら開くような箱では無いのだと判断した。ネジが使われている様子もなかった。箱を元の位置に置き立ち上がると、ぐらり、と世界が揺れたような気がした。

 そのまま歩き一度目の角を曲がったところで、大きな物に出会った。私より横も縦も大きなそれは、よく見ると継ぎ目があって引き出しが縦に5つ並んでいた。箪笥のようだった。一通り外側を眺め異常が無いか確認すると、私は引き出しに手をかけた。上から順に開けていく。1番目と、3番目から5番目の引き出しには白い空間が広がっているだけだったが、2番目の引き出しにはオルゴールのようなものが入っていた。外側にゼンマイがついていたのでオルゴールだと思った。ゼンマイを回してフタを開けると、ただ無秩序な音が連続して鳴った。メロディも何も無い、単音の繰り返しだった。はっとして、ネジの差込口を探したが、ネジは全て足りていた。白い色だった。

 私はその後、少し急いで歩きだした。引き出しを閉めて横を振り向いたとき、がらんという音と共に世界が歪んだからだ。心持、視界もぼやけている気がした。2つ目の角を曲がって、3つ目の角を曲がって、しばらく歩くまで物は見つからなかった。私は焦った。このネジが世界を不安定にしているのは明白だった。急がないと。この世界の終わりが近づいているのだと感じた。だからそこに落ちていた物を見つけられたのは幸運だったと思う。真っ白なラジオだった。電源らしきものを入れてみるが、反応は無かった。どの周波数に合わせてみても、ノイズさえ聞こえなかった。電池が入っていないのだと思った。そこで、電池カバーを外してみようとした。しかしカバーの四隅にはしっかりとネジが差し込まれていて、私には取り外せなかった。ネジは全て白かった。

 歩き始めた場所に戻ってきた。腰を下ろした瞬間に、どかんという音が鳴って、世界はほとんど白いもやのようになってしまった。これでは部屋の探索を続けることはできないだろうと思った。私は諦めていた。今思えば、この白い物たちの中からネズミ色のモノを見つけ出すことなど不可能だったのだ。見えないものは見つからない。今更そんな単純な道理に気がついた。私がいつ生まれ、どうしてここに居て、何のために生きたのかなどわからない。それどころか、私がきちんと生まれていたのかさえも。気がついたときに誕生したのか、眠りから目覚めただけなのか、そもそも元から生きてなどいないのか。何もかもがこの世界のようにもやがかっていた。泣きそうになるくらいちっぽけだった。でも涙は出なかった。だからそのまま大の字に寝転がった。全てを放棄してただ穏やかに。がらがらと、もやは一層強くなった。もうほとんど視界は終わってしまったのに、私の右手にあたる感触だけが現実的だった。あの箱の、ある一面が横にスライドしているようだった。

 ぼんやりと、朝起きて顔を洗うくらい習慣的に、私は寝転んだまま箱を掲げ、開いた一面を見上げた。視界は相変わらず死んでいたけれど、私にはそれが何であるか、そこに映ったモノが何か、はっきりと理解することができた。視界に映ったのは、ネズミ色の輪郭。形しか分からなかったが、どうやら手遅れのようだった。箱を抱きしめて眠りにつくことにした。見渡せば、私の歩いたであろう道を点々と示している、ネズミ色の輪郭たちがそこにあった。結局私が何のために生まれたかは分からなかったけれど、それらによって、私が何をしたのかはいつまでも覚えていることができた。

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